第2話後編

 王国。国王の執務室。




「国王様! 黒子が戻りました!」




 血相を変えた宰相が、部屋に転がり込んできた。


 本来であれば、その無作法を叱るのだろうが、宰相の報告は、国王からその言葉を選ぶ選択肢を奪い去った。




「誠か! すぐに全員を集めるのじゃ!」




―――


――





 宮殿の隠し部屋。




「国王様。ただ今戻りました」




「おお黒子よ、待っておったぞ。ん? お主、黒子二号か? 黒子一号はどうした?」




「はい。今回は黒子一号に変わりまして二号が報告いたします。


 今回の”シナリオ”ですが、当初の予定していたものより、大分結末が変わってしまいました。


 まず、予定とは異なるパーティーメンバーでの”地下迷宮”の攻略です。本来は、我々が見繕った冒険者を自然に合流させる手はずになっておりましたが、これが果たせませんでした。


 勇者自身が独自に動き、新メンバーをスカウトしてしまったのです。しかもそれが、勇者パーティーを監視していた黒子一号でした」




「なんだと? 勇者に監視が見破られたということか!?」




「そうではないようです。勇者は純粋に、実力のある人物に声をかけた、と言っておりました」




「むむう。確かに黒子一号は戦闘能力、潜伏能力、工作能力全てがトップクラスの力を持っている。その実力は勇者たちに引けを取らないだろう。


 しかし、黒子一号は潜伏し、監視に努めていたはずだ。なぜ勇者に見つかった?」




「それが分からないのです。我々ですら潜伏する黒子一号を発見することは困難です。あの時も、黒子一号の潜伏は完璧なものだったと思っておりました。全くの偶然、たまたまとしか考えられません」




「ぐぐぐ、そうか。だがこのようなことは二度あってはならん。今後はより一層慎重に動くよう、黒子達に通達するのじゃ」




「かしこまりました」




「では、報告をつづけるがよい」




「はい。勇者に誘われた黒子一号は、パーティーに参加することを了解しました。おそらく固辞しても怪しまれるだけだと考えたのでしょう。勇者パーティーに同行し、”地下迷宮”の攻略に向かいました。


 そして、最下層にて勇者パーティーと共に”魔王四天王”の一体、ドラゴンゾンビと対決。これを打ち破ったのですが、ここでも想定外の事になってしまいました。


 キーワード”仲間の死”を満たすため、予定されていた犠牲者は聖騎士様でしたが、ドラゴンゾンビとの戦闘の中、聖騎士様は途中で戦線離脱してしまいました。


 黒子一号はタイミングを計っていたようですが、聖騎士様は戦いに復帰できず。そのまま最終局面を迎えてしまい、黒子一号はやむを得ず、勇者を庇う形で自らドラゴンゾンビの攻撃を受け、死亡いたしました」




「なんとそんなことが……。黒子一号は死んでしまったのか。何と言う忠誠心か……。いや、今は浸るまい。


 それで、もう一つのキーワード”力の覚醒”は成ったのか?」




「はい。黒子一号の死の後、勇者に”力の覚醒”が起こり、無事”次元魔法”を獲得いたしました。そして獲得した”次元魔法”を使用し、ドラゴンゾンビに止めを刺しました」




「そうか、それはよかった。


 しかし、黒子一号を失ったのは痛いな……。あやつはあらゆる面で有能。替えのきかない技巧者だった」




「国王様。実は今回はまだ続きがあります」




「なんじゃと?」




「”次元魔法”にてドラゴンゾンビを討伐した勇者は、聖女様のお力を用い、黒子一号の体を癒しました。もちろん一号は即死でしたので、傷を塞いだだけですが」




「それでどうしたのじゃ?」




「勇者は”次元魔法”の一つ”ワープ”を連続使用し、行きに2日かかった道筋を僅か1日で踏破。神殿にて黒子一号の蘇生を行いました。


 結果は成功。蘇生のリミットである24時間、ギリギリのタイミングでしたが間に合ったようです」




「なんと! 生き返ってしまったのか!? いや、黒子一号の生存はありがたいことだが、キーワード”仲間の死”はどうなった? まさか、今回の”シナリオ”は失敗になるのか!?」




「いいえ、国王陛下。大聖堂にある”神授の石板”に変化はありません。現在も新しい”シナリオ”が送られてきています。失敗にはなっていないのではないかと」




「神殿長、どういうことじゃ?」




「恐らくですが、キーワード”仲間の死”と”力の覚醒”はセットだったのではないかと。


 ”仲間の死”を目の当たりにした勇者に”力の覚醒”が起こるのが想定していた流れで、その流れを一度辿ってしまえば、その後仲間が生き返っても問題ないということなのではないでしょうか」




「なるほどの。それは盲点であった」




「はい。結果として今回の”シナリオ”は丸く収まりました。


 黒子一号は、ケガの治療を理由に勇者パーティーから離脱するようです。そして、回復し次第通常の監視業務へ戻る予定です。しかし、一度予期せぬ形で勇者たちと接触してしまったため、以降は距離を置いての監視に務めるようです。


 ですが問題もあります。予定していた筋書きからの逸脱が激しいことです。大幅な修正の必要があります」




「むむむ、確かにそれは頭が痛い。しかし、俯瞰的に見ればこの結果が最善であるように思える。


 騎士団長。お主の娘、まだ出番があるぞ」




「娘―聖騎士―のことは諦めていました。大願成就の為、いつか訃報が届くことを覚悟しておりました。しかし、こうして生きていると分かると、涙が、止まりません」




「”シナリオ”の遂行は何に変えてもなさねばならん大事じゃ。我々の失敗は人の世の終わりを意味する。


 しかし”シナリオ”に関わる全ての人間―むろん、わし等もじゃ―は、ただの”駒”、それも舞台裏に近いものであるが、課された役割もまた大きい。安易に失っていいのもではない。


 今回はたまたまうまくいったが、次回も同じように行くかはわからん。


 黒子組各員に伝えよ。命を大事に、慎重に行動しろとな。黒子一号へは、特に強く伝えるのじゃぞ?」


「かしこまりました」




 ◇ ◇ 




 人と荷物が、ひっきりなしに行き来する。


 何かを打ち付ける槌の音。鎧が立てる金属音。人の怒声。


 この場は音に満ちている。




 ここは前哨基地。


 明日はついに、勇者たちが魔王城へ乗り込むのだ。


 突入の手段は、過去の遺跡から発掘された飛行機械。


 完全にオーパーツだが、できる限りの整備が行われている。




 太陽が落ちて久しいというのに、ここを包む熱気は収まらない。


 人々は集まり、散って行き、また集まる。




 そんな基地の中にある、一際大きく立派なテント。


 そのテントの中では、明日戦いに向かう勇者たちが英気を養っているはずだ。




 きっと苦しい戦いになるだろう。


 魔王は強大な存在だと伝わっている。


 そんな強敵に挑むのは、たったの6人。




 勇者。


 聖女。


 魔術師。


 聖騎士。


 槍使い。


 そして、新入りの暗黒騎士。




 彼らは、大陸中の人々の希望だ。


 彼らの前に道はなく。彼らの前にしか未来は無い。


 ここに残る兵士たちは、明日の戦いに直接関われない分、今できることに全力をつぎ込んでいる。少しでも、戦いに赴く勇者たちの力になるようにと。






 人で溢れかえる広場から逃れるように、人気のない裏路地を行く人影が一つあった。


 まるで暗がりに溶け込むような、暗い色の外套を纏った、小柄な影。




「やあ、そこのキミ。ちょっといいかな?」




 その、ともすれば怪しい人物に、突如声がかけられた。 


 こんな薄暗い裏通りに合わない、ナンパな声のかけ方だった。


 外套の人物の肩が震え、立ち止まった。




「こうして顔を合わせるのは久しぶりだね。黒猫さん?」




 建物と建物の間。


 より暗い影の中から姿を現したのは、明日の戦いの要であるはずの勇者だった。


 勇者は、人当たりのよさそうな、にこやかな笑顔を浮かべ、外套の人物と対峙した。




「……人違い」




 外套の人物は、フードのヘリをつまみ、より深く被り直しながら短く答えた。




「いいや。キミは確かに鉱山の街で僕たちを助けてくれた黒猫さんだ。僕は人を見る目には自信があるんだ」




「……話にならない」




 冷たく言い放ち、外套の裾を翻す。強制的に話を終わらせるつもりのようだ。


 けれども勇者は、己に背を向け、足早に去ろうとする人影に向かって、変わらぬ口調で言葉を続けた。




「聞きたいことがあるんだ。今しかないと思ってね」




 去って行く背中に言葉を投げかける。


 外套の人物の足は止まらない。


 しかし、




「僕は、王様や君たちが思い描いた『勇者』として、合格だったかな?」




 そう言うと、外套の人物はピタリと歩みを止めた。


 そして、弾かれたように振り返る。


 勇者の黒い瞳とフードの下からの覗く黒い瞳が、交錯する。




「……どうして」




 細く、かすれた声が漏れ聞こえる。


 声を出した人物の動揺故か、わずかに震えている。




「ここは場所が悪い。場所を変えよう」




 勇者は、変わらない笑顔でそう促した。




 ◇ ◇ 




 基地を囲むように立つ、防壁の上。


 凶悪なモンスターたちに対抗するために建てられたこの防壁は、高く厚い。


 ところどころに立つ物見台からは、基地の様子が一望できた。




「ほんとに、お祭りさわぎだね」




 そう嘯く勇者に、緊張の色は見られない。


 夜も更けた時間だが、基地の中は人と光に溢れている。


 そこは相応の喧騒に満ちているのだろうが、その音はこの物見台までは届いてこない。


 優しい夜風が頬を撫でるだけだ。




「この光景をみると、世界を救うのって大変なんだなって、実感できるよ」




 相も変わらぬ笑顔で勇者は言った。


 傍らには、フードを被ったままの小柄な影。




「……気づいて、いたの?」




 外套の人物が勇者に尋ねる。


 その声は平坦に聞こえるが、恐れと不安が滲んでいるのが分かる。




「気づいていたってのは、どのことだろう?


 王様と宰相と騎士団長と、後は神殿長もかな? が、なにやら結託して、僕たちをなにかの筋書き通りに動かそうとしていたことかな?


 それとも、黒猫さんみたいな役割の人たちが、僕たちを監視しながら、時には町の人に変装して、僕たちの行動を誘導しようとしていたことかな?


 はたまた、パーティーメンバーの槍使いが、君たちと僕たちの橋渡し役だったってことかな?」




 あくまで柔らかく勇者は言った。


 しかし、その発言を受けた外套の人物―かつて黒猫と名乗った少女―は、腕で己の体を抱きしめ、ふらりとその場に膝をついてしまった。


 風に煽られ、フードが頭から外れた事にも気が付いていないようだ。


 押し込められていた黒髪が風に踊る。




「……そんな、全部、知られていた、なんて」




 勇者は、座り込んでしまった黒猫の、その華奢な両肩に手を置いた。


 そして、視線を合わせて、




「教えてほしい。僕は何をしたのかを。そして、なぜ、そうしなければならなかったのかを」




 そう聞いた。




 ◇ ◇ 




 この世界の人々に、試練の訪れを告げるモノ。”神託”


 黒猫が語ったのは、その”裏”の事情だった。




 ”神”からのメッセージ、”神託”は大神殿にある”神授の石板”に現れる。


 これは、誰もが見ることが出来、国のトップは”神託”を元に難事に備える。


 それが、一般に広く知られている事柄だ。




 しかし”神”よりもたらされるのは”神託”の他に、もう一つあった。


 それが”シナリオ”。


 ”シナリオ”は”神託”とは、異なる内容を持つ。


 両方とも、人々に降りかかる災いに対する警告という点では同じ。


 ”神託”は、短い文章に曖昧な内容の予言じみた言葉を示すのみだが、”シナリオ”は、ゆうなれば舞台の台本のようなモノだった。


 登場人物、取るべき行動、、踏まえるべきキーワード、達成までの時間など、さまざまな条件が細かく定められている。


 もちろん、解釈の仕方によって異なる意見が出ることはあるが、これらを満たしていれば問題ない。




 そして、”神託”には無い”シナリオ”独自のルールとして、登場人物たちに”シナリオ”の内容を知られてはならない、というモノがある。


 つまり、”シナリオ”によって定められた登場人物たちが、自発的に動き、自ら困難に立ち向かってゆくという形にしなければならないのだ。


 だから、”シナリオ”の存在は徹底的に秘匿されていた。知っているのは、ほんの一握りの国のトップたちと、”シナリオ”の達成のために作られた秘密組織”黒子組”のメンバーのみだった。




 なぜ、そんな訳の分からないものが”神”からもたらされるのか。


 その理由は判明していないが”神”が刺激的な”物語”を求めているからではないか、と考えられている。




 ではもし、上記のルールが破られたらどうなるのか。


 ”シナリオ”の定める通りに行かなかったら?


 登場人物たちに、裏の事情を知られてしまったら?


 それは”神託”によって知らされている災いを、何倍にも増幅させたような、未曽有の悪夢として人々を襲うと言われている。


 実際、過去の文献の中には、そうして滅びていったと思われる国々が登場する。




 だから、国王をはじめ”シナリオ”に関わる者たちは、几帳面な程慎重に行動していたのだ。


 万が一にも、失敗することのないように。


 ”シナリオ”の秘密が外部に漏れることの無いように。


 最小限の人数で、最大限の力をつぎ込んできたのだ。


 だが……。




 ◇ ◇ 




「……だけど、あなたに知られてしまった、わたしたちは失敗してしまった」




 黒猫は、その場で蹲ってしまった。


 顔は伏せられ、勇者からは見えないが、すすり泣く声が聞こえてくる。


 勇者は、困ったように頭をかいた。


 思っていたより、重たい事情が飛び出して、正直、困惑していた。




「後ちょっと教えてほしいんだけど、君が僕を助けてくれたのも、その”シナリオ”のせい?」




「……あの場で、誰かが死ななければならなかった。あの状況で、それが自然にこなせそうだったのは、わたしだけだった」




「ダンジョンで躓いたり、強敵に苦戦した時に情報を流してくれていたのも、君たちなの?」




「……そう。そのために仲間がなん人も犠牲になった」




「そうだったのか」




 黒猫が頭を上げて勇者の顔を見た。


 彼女の瞳は赤く充血し、頬には涙の流れた何条もの跡が残っていた。




「……わたしも、おしえてほしい。なぜ、気付いたの? わたしたちは、なにを間違えたの?」




「あー、うん」




 勇者は、視線を彷徨わせながら考えた。


 正直に答えてしまって良いモノか。少し悩んだが、結局答えることにした。




「僕は、特別な”眼”を持っているんだ。


 僕は眼で見たモノを忘れないし、一瞬しか見えなくても、正確に思い出すことができる。


 その他にも、違和感を敏感に感じ取れたり、ほかの人には見えないものが見えたりもするんだ。


 君たちが、僕たち一行を監視していることや、姿を変えた人間が、度々僕たちに接触してきていることも、早い段階から気が付いていた。鉱山でキミに声をかけたもの、そのことについて探りを入れるためだったんだ。


 まあ、そんなこんな、些細な違和感や、王様たちの態度から、僕たちに何かの役割を押し付けようとしているんじゃないかって推理したんだ」




「……そう、だったの。わたしたちは、失敗すべくして、失敗した」




 そう言って、黒猫は立ち上がった。ゆらりと、力のない動作だった。


 そして、物見台から出て行こうとする。




「どこへ行くの?」




「……国王様に知らせる。わたしたちは、失敗した。すぐに大きな災いがこの国を襲う。対策を練らないと」




 そう言って去ろうとする黒猫の進路を、勇者は体で遮った。


 黒猫の、輝きを失った、うろんげな瞳が勇者を見返す。




「あーとその、災いって奴は今回起こらないんじゃないかって、僕は思うよ」




「……どういう、こと?」




「神様はこの結末に満足しているってことさ!」




 明るく断言する勇者。


 黒猫の顔に、疑問符が浮かぶ。




「実は僕、この世界に勇者として召喚される前に、君たちの言う”神”に会って、話をしているんだ。


 なんでも僕は、前いた世界では事故で死んでいて、魂だけの存在になっていたみたいなんだ。そうして、漂っていたところを”神”とやらに捕まったんだ。


 そして、僕の眼の事やらを話しているうちに、面白そうだからって、新しい体に押し込められて、この世界に送られてきたんだ。


 つまり、何が言いたいのかと言うと、”神”はここまでの事を全部予想していたんじゃないかってことさ。


 僕が、隠された秘密に気が付くことも。気が付いても、気が付かないように振る舞うことも。そして、最後にこうして君を問い詰めるだろうってことも。


 むしろそうするために、変な”眼”を持った僕みたいな存在を、この世界に送り込んだんだと考える方が納得できるんだ。


 きっと今頃、思惑通りになったって、笑っているんじゃないかな?」




 黒猫の眼が大きく見開かれた。


 目尻に溜まっていた涙の残りが、頬を滑り落ちて、消える。


 黒猫の瞳に、勇者の朗らかな笑みが映り込む。




「だから、君が泣くことなんて無いんだ。失敗したことなんて無いんだよ。むしろ、胸を張って”神”に言ってやればいい。『どうだ、面白かっただろう』って」




「……そう、なのかな?」




 勇者につられ、黒猫の顔に笑顔が浮かぶ。


 少女の瞳に、光が戻った。




「ああ、あと、それから」




「……?」




「君を泣かせてしまった後に、こんなことを言うのは、ちょっと違うんじゃないかとも思ったんだけど」




「……なんです?」




「えっと、その」




 今まで、自信満々な態度を取っていた勇者が、急に言葉を濁した。


 ああ、とか、ええっと、とか、文章にならない言葉ばかりが、口から出る。


 特殊な力が宿るという瞳も、あっちこっち泳いでいる。


 黒猫は、そんな勇者の様子に首をかしげた。




「ああ! もう!」




 やがて、勇者が気合を入れるように叫び声を上げた。


 そして、両手を伸ばし、黒猫の肩をがっちり掴んだ。


 勇者の真剣な瞳が、黒猫を射抜く。




「黒猫さん! この戦いが終わったら、僕と結婚を前提に、お付き合いしてください!」




「……!!」




 唐突な、愛の告白だった。


 しかも、だいぶプロポーズに近い。


 でも、勇者が冗談でそう言っているようには見えなかった。


 勇者の顔は、緊張と興奮故か耳まで真っ赤に染まっている。


 そしてその瞳にも、確かな情熱が込められていた。




「一目惚れだったんだ。キミの黒髪と黒目が懐かしかったっていうのもあったけど、クールに振る舞う姿にその姿に心惹かれたんだ。


 そして今、こうして面と向かって話をして、君が仲間思いで、世界や人の生活を憂うことのできる優しい人だって知って、惚れ直した。


 死亡フラグなんて関係ない! どうしても想いを伝えたくなったんだ!」




 黒猫の顔をまっすぐ見つめる勇者の双眸。


 視線に込められた熱は、やけどしそうなほど、熱い。




「……わたしは、ふつうを知らない。ものごろろ付いた時から、黒子の修行をしていた。つまらない女」




「そんなことは無いよ。いろいろなことを、これから一緒に体験していこう」




「……わたしは表舞台に立てない、ただの黒子。舞台裏から出られない」




「なら僕が舞台裏へ行こう! この戦いが終わったら、僕も黒子組に入れてもらえるように王様に頼むよ。僕の”瞳”は役に立つはずさ」




「……ほんき?」




「本気も本気さ! まさに一世一代の大勝負って感じだよ」




 しばし二人は見つめ合った。


 冷たい夜風も、戦前の喧騒も、いつのまにか途切れていた。


 今ここには、人間がたった二人しかいないのでは、と錯覚するほどだ。




「……わかった。待ってる。ぜったい勝ってきて。勇者」




 黒猫が答えた。


 涙の痕の残る頬に、うっすらと朱が差していた。




「ああ! 神託も勇者も舞台裏も、全部僕に任せとけ!」




  ◇ ◇ 




 しばらくして、勇者たちの手により魔王が討伐されたとの報告がもたらされた。


 人々は沸き立ち、偉業を成し遂げた勇者たちを讃える言葉が大地に満ちた。




 だが、不思議なことに、讃えられるべき英雄である勇者は、ある日を境に表舞台から姿を消した。


 その足取りは、ようとして知れない。




 ”神託”は変わらずもたらされ、その度に人々は踊る。


 ”勇者”は危機あるたびに現れ、大地を駆け回る。


 ”舞台裏”は確かに存在する。けれど、誰の目にも映らない。




――神託と勇者と舞台裏・end――

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神託の勇者と舞台裏 栄養素 @eiyou

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