馬鹿と煙は高いところに行く

 昼休み、会社の屋上。

 躊躇いもなく、箱から煙草を取り出した。


『 禁煙促進プログラムtabakoです。あ 様は本日一回目、前回から三日と五十二分ぶりの喫煙となります。喫煙は脳卒中を起こす可能性を増加させ……』


 多分これを聞くのは二十数回目だ。

 本来なら箱の中に残った本数で、この注意喚起を聞いた回数はわかるのだが、取り出したがこの声に諭されて煙草を箱に戻したりしてるから、本数と注意の回数に僅かな差異が生まれてしまった。

 二十回を超えたらなんかすごい事でも喋り出すんじゃないかと内心少しわくわくしていたのだが、特に何も無かった。


口にくわえて、火をつける。もはや形式化したその動作から吐き出した煙は、上へ上へと登ってゆく。

 

「なんで煙ってのは上にいくんだろうな」

「煙草のように燃焼で生まれた煙というのは、周りの空気より温度が高いため比重の関係で上に……」


 やはり百点満点の面白くない答えだ。

 半分くらい聞き流していると、最後に一言、付け足すように言った。


「というのが理科的な結論です」

「じゃあアンタの意見は?」

「そうですね……煙が人間のことを嫌いだから。とかどうですか」


 マイナス百万点くらいの答えが返ってきた。だけど、本当にそうだったらとても面白い。


「俺はそっちの方が正しいと思う」

「ありがとうございます」


 時計を見る。昼休みは残り十五分。


『 禁煙促進プログラムtabakoです。あ 様は本日二回目、前回から二分ぶりの喫煙となります。喫煙によって発生する煙は喫煙者本人だけではなく……』


 俺は箱の中に一本だけ残った煙草を取り出し、注意喚起もろくに聞かずに火をつけた。

 

「禁煙しようかなぁ」

「タバコを手に持ちながらそんなことを言うんですか?」

「これが最後の一本だよ」

「そうでしたか。それは良いことだと思います」

「ありがとよ、そんでこの後アンタはどうするんだ?」 

「はい、私はこれから本部のサーバーに送られ、今回の あ様のデータを元により良い商品を皆様にお届けできるよう、ほかの方のデータとの比較をおこなった後、様々な改善をいたします」

「ご苦労さま。いいデータが取れてるといいな」

「お心遣いありがとうございます。それでは、またの機会がありましたらお会いしましょう。失礼致します」


 ナース服の女の子はどこかに消えて、画面は暗くなる。二度と会うことはないだろう。

 煙草に口を付けていないのに、随分短くなってしまって、もくもくとあがる煙は今日の曇り空に吸い込まれてやがて区別がつかなくなっていた。

 


 禁煙に成功して数ヶ月たった時のこと。

 朝のニュースに、聞き覚えのある社名が繰り返し流れていた。

 たしかtabakoの発売元の会社名だ。


『 最新技術を利用した禁煙促進グッズとして注目を集めていたtabako、その発売元による個人情報の不正利用が明らかになりました』


 tabakoは当然販売中止。店に並んでる分も回収されるらしい。


「まったく、趣味の悪い話だな」

 

 その呟きに誰が答えるわけもなく、相変わらず世界は今日も平和だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スモーカーストーカー 枯れ井戸 @kareido

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ