平行世界探索指令

ねむり

平行世界探索指令

突然蔓延し始めた奇病が、世界を覆いつくそうとしていた。

世界中で、思いつく限りのあらゆる手が尽くされ、

それでも病を直すことはできなかった。


人類統括会議は、汚染地域の封鎖を宣言。

奇病への対抗策を【外】に求めることを決定する。


【外】とは、数知れず存在する平行世界のことだ。


ここではない別の世界の人類が、

この奇病の特効薬を開発しているかもしれない。

我々に残された最後の希望は、そこに縋ることだけだった。


種の存亡の危機に際して、世界は初めて1つとなった。

たった1つの目標のために全てのものが全力を傾けたのだ。

あらゆる規模のあらゆる組織が手を結び、

選りすぐりの候補者たちが世界を渡るための試験を受けた。


母国におけるエリート魔導部隊に所属していた私は、

うぬぼれでなく、任務を遂行するに足る能力を持っていると自負していた。

そんな私でも、平行世界に渡る上での講義や訓練は苛烈を極めた。


愛するものたちを救うため、

使命に燃える私や、認め合い切磋琢磨する他の候補者たちは、

歯を食いしばって訓練スケジュールを消化していった。


しかし、訓練中の事故やメディカルスタッフによる判断、

各種魔道具との相性などにより、候補者たちは次々と除外されていき、

最終的に世界を渡れる資格を得たのは私だけだった。


自らギブアップをした候補者などいない。

皆、悔しさを滲ませて、残った私に後を託していった。

彼らの分まで、私は想いを背負っていかなければならない。


知力や体力では、私よりも優れた候補者が何人もいた。

最新鋭の魔道具との相性が良く、誰よりも多く多重起動できたことが、

私の選ばれた最大の要因であったように思える。


これはつまり、身を守るような危機が常に襲い掛かってくる状態で、

魔道具を重ねて使うような手数が必要であると、想定されているということだ。

知力や体力は重要だが、それだけでは乗り越えられない壁もある。

より一層、気を引き締めていこう。


そして、ツライ訓練を終えると、ついに時空を超える特別任務が私に下された……。


-----転送準備開始-----


-----平行世界の座標設定-----


-----設定成功-----


-----対象の転送開始-----



-----転送中-----



-----転送中-----



-----対象の転送完了-----


乱されていた平衡感覚が元に戻ってくる。

次元のゆがみが霧散した旨のアナウンスを確認してから目を開く。

……周囲の状況を確認。

重力・大気・その他諸々の安全項目をチェックする。


大丈夫、誤差範囲内で活動に支障のない数値だ。


転送装置の信頼性は高い。対象を必ず平行世界へ送り込んでくれる。

この技術については、理論上では転送事故が発生しないというレベルにまで昇華されている。


しかし、転送先の状況を確認して送り込めるわけではないので、

マグマの中に出て高温で溶かされてしまったり、

即座にリカバリーできないような水中や地中など、

転送先によっては世界を渡った瞬間に終わってしまう可能性がある。


そして、その可能性は実際のところ驚くほど高い。

11回目から、世界を渡った瞬間に終わる確率が50%を超えてしまうため、

私は10回以内の転送で当たりの世界を見つけるように指令を受けている。

転送先の世界を選べるわけでもないというのに、ずいぶんと無理を言われたものだ。

ちなみに初回で終わる可能性は5%程度らしい。最初から十分に命懸けだ。


世界を渡ることに成功するのと、

渡った先のポイントが安全であることは別の話なのだ。

それを了承することについて、私もサインをしてから旅立っている。

もっとも、私が自署した書類は300枚を超えているわけだが……。


それにしても魔力に満ちた世界だ。

あたりの龍脈を流れる力強い魔力に、期待が高まる。

初めての転送で、これほど期待できる世界に当たるとは考えていなかった。


軽く視線を巡らせて周囲の構造物を観察するだけでも、

それなりの文化や文明が栄えているであろうことが分かる。


魔道具のサーチ範囲を広げると、直ぐに人類を発見できた。

ありがたいことに、外見に関しては我々とそれほどの差異はない。

出来る限り多くのサンプルを集め、平均値を割り出して外見を偽装する。


-----偽装完了-----


続いては、コミュニケーション手段の確保だ。

観察によると、表音と動作を連動させることで意思疎通をしているように見える。

解析さえ済めば私にも再現可能な方法で助かった。


我々の目的を考えれば、細やかな説明が可能でなければ意味がない。

意思疎通の方法によっては、

この世界での活動を諦めて、別の世界への移動をする必要がでてくる。

できることなら、私としてもそういう無駄な手間は省きたい。次の世界に渡った瞬間に、任務を遂行できなくなる可能性も当然あるからだ。


-----言語解析中-----

-----エラー110-----


おかしい。


-----言語解析中-----

-----エラー119-----


言語の解析に頻繁なエラーが発生する。


-----言語解析中-----


いくつもの魔道具による解析を併走させたところ、

複数の言語が混在して使われている可能性が示唆された。

ここでは言語が1つに統一されていないらしい。


私のサーチできている範囲だけでも10種類以上の言語が確認されている。

こんな状態で混乱しないのだろうか?


-----言語解析・進捗35%で中断-----


最低限のコミュニケーション可能レベルまで、言語解析完了。


時間は限られている。不安のある解析率なのは間違いないが、完璧を追い求めるような悠長なことはしていられない。


私は、こちらの世界の人類とコンタクトを開始することにした。


大きすぎず小さすぎない個体のうち、できるだけ攻撃的でなさそうなものを選ぶ。

余計に警戒させることになるので、ファーストコンタクトで腰が引けてはいけない。

と、講義の教本だった平行世界のしおりにも書いてあった。


「ヘロにちわー!ハッピーになれるドラッグ大好きくださーい!!!」


何故か逃げられかけた。やはり言語解析率が低すぎただろうか。


ファーストコンタクトの失敗が、その世界での活動を不可能にすることもある。

何らかの誤解を与えてしまったようだが、重ねて説明を行うことで誤解を解くことに成功した。家族が病気で困っていて薬を探しているという要点は、何とか伝わったように思う。


コンタクトと取ってから気が付いたのだが、

この世界の人類は非常に微弱な魔力しか持っていないようだ。

どうやら、体の中にある魔力を伝達する経路が、とても細くて脆弱に見える。

これは面白い進化の方向性だ。おそらく体のつくりもある程度は違うのだろう。


こんなにも魔力に溢れた世界にいるのに、それに適した体をしてないというのは、

何とも勿体ないことだ。

しかし、魔力を使いこなす技術には優れているようで、

我々でも再現することが難しそうなレベルの魔道具が、いくつも見受けられた。


これもまた平行世界のしおりに書いてあったことだが、

他の世界の者たちを侮ったり下に見るようなことをしてはいけない。


どうしても自分たちが一番優れているような気になってしまうものだが、

そもそも自分たちで解決できない問題を、誰かに助けてもらおうとしているのだ。

平行世界で出会うものは全て、自分より優れた存在であることを念頭に置くようにと、教本には記載されている。


言語解析が中途半端な私の説明は、理解しようという姿勢で根気強く聞かなければ内容を把握することはできないであろう。こちらの世界で初めて接触をした相手は、とても親身に私の話を聞いてくれた。いまも手元の魔道具に何やら文様を指先で描きながら、情報の引き出しをおこなってくれている。


協力者の話によると、この近くに薬を扱っている施設を見つけることができたようだ。誘導に従い、ヤッキョクという場所へ付いていく。


-----ポイント501からポイント503へ移動-----


体のつくりの違いが災いした。この世界の薬が我々に適合しない。


そこには、この世界の薬がところ狭しと並んでいたが、どれも我々の求める薬とは違っていた。もっと根本的に情報を書き換えるような方法でないとダメだ。

協力者に改めて病状の説明をおこなってみると、遺伝子治療と呼ばれるものが近そうだが、協力者にも良く分からないらしい。


類似の病気について調べるため協力者についていく。


-----ポイント503からポイント505へ移動-----


人類が居た。


-----エラーXXX-----


我々と比べれば恐ろしく原始的だが、


それは間違いなく人類だった。


-----エラーXXX-----


手足を持たず、


魔力を外部からの供給に依存させられ、自発する器官がなかった。


入出力も経路を限定されている。


物事を自発的に考える能力も無いようだ。


-----エラーXXX-----


-----エラーXXX-----


それまで協力者だと思っていた人類のカタチをした何かが、


笑顔で私の方を振り返り、原生人類をコンコンと叩いて見せる。


-----エラーXXX-----


「このパソコンで調べれば、たぶん分かると思うよ。」


-----エラーXXX-----


入力装置を用いて、原生人類に何らかの思考を強いているのが見て取れる。


-----エラーXXX-----


-----エラーXXX-----


あまりのおぞましさに震えを抑えることができない。


私は間違っていた。この世界は危険すぎる。この世界は、どうかしている。


警告とエラーが視界を覆って明滅する。


-----エラーX……XX-----


過負荷に耐え切れず、各所の機能が次々と落ちていく。


姿勢制御を失い、ガシャンと金属音を立てながら横たわると、


私はそのままシャットダウンした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

平行世界探索指令 ねむり @Nemuribriarrose

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ