第27話 切り裂きジャックの懺悔

その日の夜、皆が寝静まった頃にジャックは一人で教会に来ていた。最前列のイスに座り、吊るされている十字架をボーッと見つめていた。


「……。」


「何してるのよ、こんな夜中に。」


すると後ろからジャックがいないのに気付いて探しに来たクロエが声をかけた。ジャックはゆっくり振り向き、あんたかと呟いた。


「信者でもないくせに、何を熱心に十字架を見てるのよ。」


「……別に。」


ジャックはそう言いながらも、再び十字架を見つめ始めた。クロエはため息をつきながら、ジャックの横に座った。


「…あの双子に正体がバレた時、顔色変わってたでしょ?何か嫌なことでもあったわけ?」


「ホント、容赦無く人の傷口を抉ってくるなあんたは。」


ジャックはガシガシと頭を掻きながら呟くと、一息ついて話し始めた。


「……俺はさ、ここで生まれて、ここで『切り裂きジャック』になったっていう記憶しかねぇ。あとはがむしゃらに『切り裂きジャック』として生きてきた。相手に情なんか持たねぇ、殺すべき相手は容赦無く殺していった。」


「さ、流石国一の殺人鬼ってところかしら……。」


クロエは返答に困りながら顔を引き攣らせた。ジャックはその様子を横目に見ながら話し続けた。


「『切り裂きジャック』ってのは、迷いも悔いもねぇんだと。あいつの事は母親から聞いた内容しか知らねぇけど、確かにそんなものがあったら出来ねぇ事だって実感してた。」


ジャックはふと自分の手を見つめた。


「だが、俺にはたった一つだけ、後悔がある。」


「後悔?」


「あぁ……それが、あの双子に関わる件だ。」


クロエは何かを察し、ピクっと肩を震わせた。ジャックは手をぎゅっと握りしめると、瞳を細めながら話し続けた。


「……あいつらの親なんて、もうこの世にはいない。俺が殺したんだ。」


「っ!」


クロエは目を見開き、思わず息が止まりそうだった。


「じ、じゃああの子達は生きていない両親をずっと生きていると信じ込んで待ってるって言うの?どうして言わないのよ!」


「…勇気が出なかった……怖かったんだ。」


「っ……。」


クロエの怒りが滲んだ言葉を聞き、ジャックは少し声を震わせた。クロエはジャックのその声を聞いて、口を閉ざした。


「…殺しに漸く慣れてきた頃、俺はとある二人の殺人鬼に目を付けていた。一人は戦争時代に開発された人間兵器の生き残り、そしてもう一人は戦争時代に敵国の権力者を暗殺していた暗殺者。俺はそいつらが戦争が終わった後、手を組んで殺しを続けてる情報を掴んで、殺すことにしたんだ。そして満月の日、俺はそいつらのアジトを突き止めて、タイミングを伺っていた。」


「……。」


「そいつらのアジトは、街から少し離れたちっせぇ小屋みてぇな家だった。そして夜中にふらっとでてきた人間兵器の男の首をナイフで一突きして殺し、男の悲鳴を聞いて出てきた暗殺者の女の心臓にもう一本のナイフを投げて突き刺した。無事に終わったと顔についた返り血を拭った時、俺の耳に入ってきたのは……二つの赤ん坊の泣き声だった。」


「っ!?」


そこまで話を聞いたクロエは、今までの事が全て繋がり、顔を真っ青にして恐る恐る口を開いた。


「ちょっと待ってよ……。男と女の殺人鬼で、二つの赤ん坊の声って……まさか、」


「……そのまさかだよ。」


ジャックは手で顔を押さえ、何かを必死に堪えながら更に声を震わせた。


「俺が殺したのは、最後の人間兵器キルアと暗殺者ガルディア……その子供が、リオとレオだ。」


「そんな…あの二人の子供が、あの双子?てことは、あの二人がジャックにしようとしてる復讐は、ジャックが子供が生まれたばかりの二人を殺したから?」


「それだけじゃねぇ。あの二人は、俺が赤ん坊まで殺したと思い込んでるんだ。自分達のことより、子供を殺された事に対しての方がでかいだろうよ。」


「そ、それこそ言えばいいじゃない!子供はちゃんと生きてるって!折角蘇ったんだし、知ったらきっと……。」


「あんたが母親の立場なら、俺を許せるか?」


ジャックのハッキリとした言葉に、クロエはハッとした。


「…それは……。」


「俺だったら、子供が生きていようが復讐するね。あいつらは普通の生活を送れるように、自分達に関わる人間…ガルディアの場合雇い主とか、そういうのを殺してたんだ。そしてあの日、キルアは最後の関係者を殺しに行こうと家を出たんだ。ガルディアは出産して間も無かったから、いつもは一緒に行くところキルアに止められて渋々家に残ろうとしていた。俺は…足を洗って普通に生きようとしたあいつらを……あの家族を壊しちまったんだ。」


「ジャック……。」


クロエはジャックの深すぎる後悔を聞いて、胸が苦しくなった。


「俺は咄嗟に赤ん坊の双子を抱えてこの教会に運んで、嘘をついてグレンに預けた。あれだけ雲がなかった夜空も、いつの間にか土砂降りの雨が降ってたよ。」


ジャックは顔から手を離すと、ふと天井を見上げた。


「…二人の遺体は、俺が家の近くに埋めたんだ。いつか、双子が大きくなったら全てを話して…何なら殺してもらっても構わねぇと思ってたんだ。だが、あの二人が蘇って、子供が殺されたと思い込んでる今…正直どうしたらいいかわかんなくなっちまった。まだ俺にはやるべき事があるし、俺が死ぬにはあんたが死ななきゃならねぇ。それを知ったあいつらは容赦無くあんたを殺す。子供が生きてると伝えても、きっとやることは変わらない。それどころか火に油を注ぐだけかも知れねぇ。「そんなことして、罪滅ぼしのつもりか」ってな。別に俺は許してもらおうなんて思っちゃいねぇし、当然の報いだとは思ってる。だがあんたは…あんただけは何の関係もねぇ…こんなことに、巻き込みたくなかった。」


「……ジャック。」


クロエは歯ぎしりしながら悔しそうに拳を握りしめたジャックの背中に優しく触れた。


「あたしは、別に巻き込まれたとは思ってないわよ。というか、ゼウスの手のひらで転がされていたとはいえ、呪いの件はあたしが巻き込んだものだし…自業自得よ、自業自得!あなたは悪くないわよ!」


「……んだよ、らしくねぇ。」


ジャックはそう言いながら、少し微笑んだ。クロエはそれを見て少し安心し、ジャックから手を離した。


「とはいえ、このまま殺られるのはゴメンだわ。何とかしてあの二人を止めないと。」


「言い訳にしか聞こえねぇだろうが、前襲われた時もそんな過去があったせいで、やっぱあいつらを前にすると攻撃する時怯んじまったんだよな。あいつらをもう一回殺せって言われたら多分無理。」


「本当に言い訳ね。まぁでも仕方ないっちゃ仕方ないけども。それでも放ったらかしにして逃げるだけじゃキリがないわ。どうにか説得出来ればいいんだけど。」


「ぜってぇ話聞かねぇよ。キルアは極度の馬鹿で、ガルディアは極度の天然ってので有名だったんだぞ?」


「殺人鬼がそんなことで有名でいいわけ?」


クロエは呆れた様子でため息をついた。


「まぁ、どうにかするにも、その腕をちゃんと使えるように薬を先に完成させないとね。前みたいにボコボコにやられちゃ話もクソもないわ。」


「頼むから他にはこの話バラすなよ?俺だって後悔して反省してんだから……。」


「分かってるわよ。というか、なんかグレンは分かってそうな感じだったけど?」


「あの人、戦争時代に『鷹の目』って言われるぐらい目が良かったらしくてな。人の細かい動作とか表情の微妙な変化とか分かるんだとよ。そこに加え頭が良くて、そういうのを見て状況とか組み合わせることで大体のこと分かっちまうらしい。」


「じゃあグレンはそういうのを見て、ジャックが双子に嘘ついてること見抜いてるかもしれないってこと?」


「かもな。」


「何それ怖っ。」


クロエはわざとらしく腕をさすった。ジャックはそれを見てケラケラと笑うと、ゆっくり立ち上がった。


「っと、十字架の前で罪を告白し切ったところで、冷えるから戻るか。」


「そうね。明日はあの双子に薬の作り方を指導しないと!」


「あんたは口出ししない方がいいんじゃね?」


「うるさいわね!あたしの仕事を取らないで!」


クロエはポカポカと叩きながら、笑いながら逃げるジャックを追いかけた。





「成程、そういう事だったんですね。」


二人が出て行った後、こっそりと奥に隠れて話を聞いていたグレンは一人納得しながら教壇に出てきた。


「確かに大体のことは察していましたが、まさかあの子達の親が人間兵器と暗殺者だったとは…ま、父親の方も大体予想はついていましたがね。」


グレンはまるで誰かに語りかけているように独り言を言った。


「それにしても皮肉なものですね。ここに縁がある者の子が、まるで決められた運命のようにここにたどり着くとは。この国もそうですが、ここは特に罪に囚われた場所ですね。『切り裂きジャック』の件だってそうでしょう?マリア……。」


グレンはそういうと、教壇に置いてあるマリア像の傍に座り込み、そっともたれかかった。


「…君が来てから、ここの罪の歯車はどんどん回り出した。私の鎖も、ここの歯車に絡みついてもう外れなくない…まるで君が、災いをもたらす悪魔のように思えて仕方がないよ、マリア。」


グレンはそっと瞳を閉じて、マリア像に身を委ねた。


「それとも、『切り裂きジャック』という悪魔に魂を売った憐れな女神…だったりしてね。」

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切り裂きジャックの鎮魂歌 天邪鬼 @amanojaku44

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