第26話 薬の手がかり

それから暫く時が経ち、特にキルア達が襲ってくることも化け物が現れることもなく、ジャックの体は殆ど回復した。それに比べ、クロエの薬作りは一向に完成せず、あれだけあった素材もかなり少なくなってしまった。そんな中、ようやく今の大統領の出身地である国の教会に孤児院の子供達を送り出す日がやってきた。


「嫌だよぉ!先生と離れたくないよぉ!」


「何で先生は行かないの?先生が行かないなら僕達も行かない!」


「ごめんなさい。先生はここを守らなければならないんです。それに、これは永遠の別れではありません。この国が平和になったら、必ず迎えに行きます。だから、そんなことを言わないでください。」


グレンは嫌がって泣きじゃくる子供達を一生懸命宥めていた。普段イタズラばかりされるグレンだったが、子供達は心の底から彼を信頼し、慕っていたようだ。


「うぅっ、部外者だけどくるものがあるわね…。」


クロエとジャックは子供達の荷物運びを手伝うついでに見送りに門の前までやって来ていた。クロエはぐすんと鼻をすすり、少しもらい泣きしていた。


「そんな心があるなら、俺にももう少し優しくしろよな。金は使うわ散々こき使うわ、俺が怪我したって変わんなかったくせによ。」


「何よ、ちゃんとその腕を使えるように薬作ってあげてるじゃない。」


「完成させてから言えってんだよ!今んとこ炭と燃えカスと得体の知れない物体しか作ってねぇじゃねぇか!」


「うるさいわね!やってあげてるだけ感謝しなさいよ!」


「感謝を求めてるあたり優しさが垣間見れねぇんだっての!!」


二人が案の定ギャーギャーと喧嘩を始めると、子供達を車に乗せ終わったグレンが苦笑いしながら近付いてきた。


「まあまあ、そう喧嘩しないでください。結果はどうであれ、努力は認めてあげるべきですよ?」


「……なんか、さりげなく貶されたような。」


クロエはグレンの言い方に少しムッとしながら喧嘩を止めた。ジャックはざまぁみろと鼻で笑いながらグレンの方を見た。


「ガキ共はやっと納得したのか?」


「ええ、何とか……。あそこまで嫌がられると、流石に心が痛みますが、仕方ありませんしね。」


グレンはジャックの横に立ち、動き出した車の窓から手を振る子供達に手を振り返した。


「やっぱ、あんたも行けばよかったんじゃねぇのか?ここを守るっつっても、ここまで祈りに来るやつもいねぇのに。」


「ここを守らねばならないというのは、あの子達に対しての建前ですよ。ここの権利書も、あの子達の居場所を奪わせないためのもの…教会のためなんかこれっぽっちも思っていません。」


グレンは車が見えなくなると、ゆっくりと手を下ろしてクスリと笑った。


「ですが、それでも私はここを離れる訳にはいかないのです。」


「何でだよ。」


ジャックは不思議そうにグレンの横顔を見つめた。グレンは少し黙り込むと、踵を返しながら呟くように答えた。


「…ここは、私の墓ですから。」


そう言ってグレンは一人で教会の方に戻っていってしまった。


「……墓?」


二人は首を傾げながらグレンの背中を見つめた。


「相変わらず病んでるわねぇ。自分はもう死んでるとでも思ってるのかしら?」


「さぁな。なんかここで未練でもあるんじゃねぇか?」


「ま、どうしようとあの人の勝手だからいいんだけどね。それより、早く戻って薬作りの続きをするわよ!」


「一回本読み直した方がいいんじゃねぇの?このまま続けても完成より材料が尽きる方が先になるぞ。」


そう言いながら二人も離れの方に戻ろうと、教会の敷地内をトコトコと歩き出した。


「そうだけど、もう何度も読み返したわよ。文脈だっておかしな所はどこも無いし、これ以上読み返しようがないわ。」


「ったく…じゃあ何であんな爆発ばっか起こるんだよ。」


「「穢れがあるからなのだー!」」


ジャックが呆れたように呟くと、急に茂みの中から双子が飛び出してきた。二人は声にならない叫び声を上げ、腰を抜かした。


「こ、子供!?」


「て、てめぇらさっき車に……!?」


「ふふん、僕達はここから離れる訳にはいかないのでな。こっそりと抜け出してここに隠れていたのだ。な、弟よ!」


「姉ちゃんったら凄いんだよ!こんな脱走計画を簡単に思いついちゃうんだ!」


姉のリオを弟のレオは誇らしそうに褒めた。二人は突然のことに唖然としていたが、暫くしてハッとし、くるっと後ろを向いてコソコソと相談し始めた。


「おい…これどうするよ。ぜってぇ先生に言ったら気絶しちまうぞ?」


「そんなこと言ったって……バレるのも時間の問題じゃない。今から車を追いかけたって間に合わないし…。」


「さて、弟よ。先生にこれからも世話になるよう挨拶に行くのだ!」


「そうだね姉ちゃん!行こう行こう!」


二人がどうしようか必死に話し合っている間、双子はルンルンと手を繋ぎながら勝手に教会に入っていってしまった。二人がそれに気がついたのは、教会からグレンの馬鹿でかい断末魔のような叫び声が聴こえてからだった。






「全く……あなた達は何でこんな事ばかり……。」


気絶していたグレンはジャックとクロエにしばらく介抱されると、目を覚まして頭を抱えていた。


「にゃははは!先生の驚いた顔は世界で一番面白いのだ!」


「先生!今日は急だからおやつはなくても大丈夫だからね!」


リオとレオは全く反省の色を見せず、教会の椅子に座ってニコニコしていた。グレンは深いため息を吐き、キリキリと痛む胃のあたりを押さえた。


「大丈夫っすか……。」


「大丈夫そうに見えますか…?」


「すんません。」


ジャックはグレンの背中を擦りながら謝った。クロエは呆れたように腰に手を当てながら双子に問いかけた。


「あなた達、どうして勝手に脱走なんてしたのよ?さっきここを離れる訳にはいかないって言ってたけど。」


「僕達、ここでママとパパが迎えに来るのを待ってるんだ!なのにここを離れちゃったら、迎えに来ても僕達がいないじゃない。」


「そうなのだ。今まで迎えに来れないくらい忙しいのだ。その一日を逃したら、今度いつ迎えに来れるか分からないのだ。だから弟とここに残ると決めたのだ!」


二人が眩しいくらいの笑顔で嬉しそうに話すのを聞くと、グレンはハッと何かを察してジャックを見た。


「……。」


ジャックはグレンの背中を擦る手を止め、顔を真っ青にしていた。グレンはそれを見て瞳を細めたあと、双子の方を向いて何も見なかったかのように話し出した。


「だからって、勝手に決めないでくださいよ。ご両親がお迎えに来る際には、連絡を事前に頂くようお伝えしています。その時に事情を説明してあちらにお迎えに言って頂くようお伝えするつもりでしたのに……。」


「えー、それでも僕達ここを離れたくないよ。」


「そうなのだ。先生は勿論、世話になっているお兄ちゃんとも会えなくなるのは嫌なのだ。やっと久し振りに会えて、さらに暫くここにいてくれているのだぞ?」


「「え?」」


そのリオの言葉を聞くと、ジャックとグレンは目を見開いて耳を疑った。


「世話になってるお兄ちゃんって……?」


クロエはなんの事かさっぱり分からず、首を傾げながら聞き返した。すると双子は同時にジャックを指さして答えた。


「「そこのお兄ちゃんなのだー!」」


「へ?」


クロエはキョトンとしながらジャックの方を振り向いた。ジャックは動揺のあまりグレンの服を握りしめていた。


「…な、何でバレてんだよ。」


「あなた達、どうしてこの人が定期的に来てた人と同じって分かってるんですか?髪型も色も、格好も違うでしょう?」


グレンはジャックの手に自分の手を重ねながら尋ねた。双子はうーんと暫く考えてから答えた。


「何でって言われても、見た瞬間になんか分かっちゃったもんね?」


「うむ。確かに見た目が全然違ったから別人かと思ったが、オーラというか気配が全く一緒だったのだ。」


「何よそれ。て言うかジャック、この二人の世話をしてたってどういう事?」


クロエは全く状況が読めず、プチパニックになりながら尋ねたが、それにはグレンが代わりに答えた。


「…初めここに来ていただいた時にも少し言いましたが、彼は正体を隠して定期的にここに来ては金銭的な補助をしてくれていたのです。そしてそれとは別に、この二人にも金銭的な補助をしていたのですよ。赤ん坊だったこの子達を、この教会に預けに来たのもジャック君です。」


「そうなのだ!お兄ちゃんはとても優しくしてくれて、いっぱい遊んでくれたり、なかなか迎えに来なくて不安だった時もママとパパは必ず迎えに来ると安心させてくれたのだ!」


「でも最近全然来なくなったから、何かあったのかなってずっと心配してたんだよ?そしたらものすごい大怪我でここに来たから、僕達ビックリしたんだ。」


「そ、そうだったの……。」


クロエは何故ジャックが変装をしてそこまで双子の世話をしていたのか気になったが、何となく察しあえて聞かなかった。


「お兄ちゃん、僕達はお兄ちゃんの味方なのだ。お兄ちゃんが何か困ってるのであれば、今度は僕達が助けるのだ!」


「うん!さっき言ってたお薬のことも、僕達お手伝い出来るよ!」


「お手伝い?」


ジャックは相変わらず顔色を悪くしたまま首を傾げた。


「そう言えば、さっき穢れてるからとか言ってたわね……って、誰が穢れですか!」


クロエは自分で言っておいてキレた。双子はゲラゲラと笑いながら答えた。


「僕達、こっそり離れに行って本を読んでたんだ。確かにお姉ちゃんの作り方は間違ってないけど、一つだけ見逃してたんだよ。」


「何を見逃してたって言うのよ。」


クロエは不機嫌そうに腕を組みながら尋ねた。


「絵なのだ!あの本には説明文と一緒に、絵がいっぱい描いてあったのだ!」


「そうそう。そしてその絵の中に、聖女様がお薬を作ってる絵も描いてあったよ。多分、聖女様みたいに高潔な人が作らないとダメなんだ!」


「……っ。」


クロエは不意をつかれたように目を見開いて驚いた。確かに本には細かく絵が添えられていたが、作っている人物まで気にしていなかった。そしてそれと同時に、自分が穢れている理由も心当たりがあるのか少し顔色を悪くした。


「なるほどなぁ。あんたみたいに男を騙し誑かした奴が作っても駄目なのかぁ。」


「う、うるさいわね……。ほっときなさいよ。」


いつも通りのジャックの皮肉にも勢いがないまま返すと、クロエは自分を落ち着かせてからもう一度双子に尋ねた。


「で?それであなた達がどう手伝えるっていうのよ?」


双子はそれを待っていたかのように顔を見合わせてにっと笑うと、クロエの方を向いてピースした。


「「僕達、純粋な心を持った子供だから、穢れてない!」」


「!そうか、穢れを知らない子供だったら、薬が作れるかもしれないという事ですね。」


三人は目からウロコというように納得した。


「初めてあなた達の考えに納得しましたよ。普段から賢い方にその頭脳を使って欲しいものです。」


「えっへん!もっと褒めてくれていいのだ!」


「今回脱走したお咎めを無しにしてチャラです。褒めません。」


「えー、先生意地悪ぅ。」


双子はプクーっと頬を膨らませた。グレンはクスッと笑うと、ゆっくり立ち上がって双子の頭を撫でた。


「仕方ありませんね。相手側の教会には連絡しておきます。その代わり、しっかりとお二人のお手伝いをするんですよ。勿論イタズラ無しでね。」


「「はーい!!」」


「……なんか、腑に落ちない。」


「しょうがねぇじゃねぇか。純粋のしの文字もねぇ俺達じゃどうしようもねぇんじゃ。」


ジャックはポンっとクロエの肩を叩きながらため息をついた。


「しっかし……あの双子の洞察力は侮れねぇな。気配で俺の変装を見破るなんざ……。」


「どんな変装をしてたかは知らないけど、同時にあなたの存在自体が消えていない事実がまた増えたわ。何故『切り裂きジャック』という存在の記憶だけが皆から消えているのかしら?」


「さぁな。とにかく今は薬を飲んでこいつを使い慣れるところからだ。いつまでも服破ったり引っ込めて不自由な生活を送るのはゴメンだぜ。」


「そうね。やっと作れるかもしれないし、あの子達に任せてみますか。」


「おう。」


こうして二人は双子のリオとレオに薬を作ってもらうことにした。

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