第25話 グレンの過去
「ん~、美味しい~!見かけによらずお菓子も作れるのね。」
グレンにお菓子と紅茶を出され、子供のように口いっぱいに頬張りながらクロエはまた失礼なことをストレートに言った。
「だからなぁ、そんなこと言ったら先生がまたネガティブモードに入っちまうだろうが。つかマジでうめぇ。」
ジャックもクロエを注意しながらお菓子を一口食べ、あまりの美味しさに瞳を輝かせた。グレンは胸をずきずきと痛めながら、何とかネガティブモードを抑えていた。
「ま、まあ子供たちに普段から作ってあげていますからね、どんなに下手でも自然とうまくなりますよ。」
「でもこれ、本当に美味しいわ。お店でもやれば?たぶん売れるわよ。」
「そうですね。ですが、こうやって人に食べてもらうのも本当は控えたいんです。」
グレンは苦笑いしながら、自分の手を見つめた。
「私の手は、血に染まりすぎた。」
「……。」
ジャックはもぐもぐとお菓子を食べながら、じっとグレンのことを見つめた。
「…グレンも、戦争に参加していたのよね。やっぱり、たくさん殺したの?」
「あんたな…ダイレクトに聞きすぎだっつーの。」
「いえいえ、いいんですよ。ロニーにも、あまりお二人に隠すなと言われていますし…私のこの精神状態は知ってもらっておいたほうがいいです。」
グレンは怒ろうとするジャックを止め、カップに入った紅茶に映る自分の姿を見つめた。
「…私の父は、威厳のある将官でした。私にはとても厳しく、生まれた時からこの国のために命を捧げるように言われ育てられてきました。おかげで国のために人を殺すことに全く抵抗を持たないまま、最年少で軍に入隊しました。すぐに『鷹の目』などと呼ばれるようになり、あの戦争にも特攻隊として参加されられました。そこでロニーと君のお父さんのジョーカーに出会ったのですがね…。ある日、私は一人で高い建物に籠り、上から逃げようとする人間をことごとく殺していくように命令され、それを何の感情も持たずにこなしていました。」
思っていたよりも残酷な状況を生きていたグレンの話を、二人は真剣な表情で黙って聞いていた。
「その作戦を始めて三日経った日、私は一人の幼い少年をライフルのスコープで見つけました。」
そこまで言うと、グレンの表情が少しこわばり、二人も思わず固唾を飲んだ。
「…彼は血だらけで、それでも懸命に生きようと走って逃げていました。私はその時人を殺しすぎて、もはやゲームのような感覚で少年を暫く観察し、ぎりぎりの所で殺そうと思っていましたが、ふと彼は足を止め、私とスコープ越しに目を合わせてきたのです。最初は向こうから肉眼で私のことが見えるわけもないし、たまたまだと思いました。ですが彼が止まったのはちょうど私の直線上で、じっと見つめてきたので、私は少し焦って引き金に指をかけ、いつでも引けるように構えていました。すると彼はその小さな体に隠していたライフルを取り出し、スコープも使わずに…真顔のまま私を撃ちました。」
「っ!」
クロエは思わず背筋がぞっとし、ぎゅっとジャックの服を掴んだ。
「幸いなことに、私は咄嗟に反応して体をそらし、眉間を撃ち抜かれることを避けました。今思えば、眉間を撃ち抜かれた方が断然楽だったと思います。弾は私の右目を掠め、私は慣れない痛みに気絶しそうになりながら必死に片目で少年を探しました。すぐに肉眼で彼を見つけ、憎しみのままに彼を撃ち殺しましたが、彼の死に顔はあの時と変わらぬままでした。そこで私は気づいたのです、彼は私と同じだったのだと。そして急に恐ろしくなりました…自分もあんな風に死んでしまうのではないかと、感情もなく、何の夢も希望も抱かず、ただ命令されたとおりに命を奪い、何もないことにも気づかずただの転がっている小石のように死ぬのだと。応援に来た兵が私を見つけた時には、私は錯乱して手が付けられない状況だったそうです。…あの時の感覚は、まるで絶望と後悔の海に沈んでいくようでした。」
「…それで、罪を償うために教会に?」
クロエはグレンに恐る恐る聞いた。グレンは苦笑いしながら首を横に振った。
「そんないいものではありませんよ。私はただ、逃げたかっただけなんです。信じてもいない神とやらにすがってでも、あの地獄から救われたかった…。」
「おいおい、牧師様が教会の敷地内で言っていいセリフじゃねえだろ。」
ジャックはあきれた様子でグレンを咎めた。グレンは「つい本音が」と笑いながら、人差し指を口の前で立てた。
「まあ、そういうことで私はずっと精神的に病んでいまして、時々あの日の悪夢に苦しめられているのです。でもこれは当然の報いですし、私はこの罪を背負ってここで一生を遂げるつもりですよ。」
「…なんだか、想像以上に重い話だったわ。」
クロエはようやく話が終わったことに安堵しながら、一口紅茶を飲んで心を落ち着かせた。
「まあ、普通の人間からしたら重いよな。」
一方ジャックはクロエに同情しながらも、精神的には余裕そうだった。そんなジャックを見て、グレンはくすっと笑った。
「そういうところは、お母さんに似たのでしょうか?ジョーカーには「精神が弱すぎるだけだ」と馬鹿にされてきたのですが。」
「あいつがどんな性格だったかは知らねえけど、普通は先生の症状が一番正常だろ。戦争からまともな精神状態を保って帰ってこれるのは、せいぜい指示出ししかしてないお偉いさんだけだろうよ。」
ジャックはまた父親の話をされてふいっと顔を背けながら言った。その様子にグレンはまた笑い、落ち着いた様子で紅茶を飲んだ。
(こんなに落ち着いて過去を話したこと、今まであっただろうか。やっぱりあの人の子だから、あの時のように落ち着いていられるのか…。)
グレンは最後のお菓子を取り合っている二人をほほえましく見つめながら、ひそかにそう思っていた。
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