第24話 掠れた記憶

次の日から、二人は少し離れたところにある小屋に移動し、クロエは薬の製作に、ジャックは治療に専念した。ロニーに聞いていた通り、小屋の周りにはかつてマリアが世話をしていた様々な植物があり、その中に必要となる素材が全て集まっていた。


「あー、また爆発する。やめとけって。」


「いーや、こっからよこっから……っわ!!」


クロエが草の煮汁を一滴作った液体に垂らすと、一瞬にして中の液体は真っ黒に焦げてしまった。ジャックは最初の内は笑っていたものの、いい加減同じことの繰り返しで飽きてきていた。


「本当にやり方合ってんのかよ。普通の言葉で書いてあったんだろ?」


「うるさいわね……ちゃんと合ってるわよ!何で上手くいかないのかしら…?」


「どうでもいいけどよ、あんま無闇にやって失敗しまくったら草も尽きるぜ?」


ジャックは芝生の上にごろりと寝転がり、大きな欠伸をした。


「どうでもいいって……あなたのための薬なんだからね!?」


「へーへー。」


ジャックは腕を枕にし、ゆっくりと流れる雲を見つめた。クロエはため息をつき、一旦休憩しようとジャックの横に座った。


「……ねぇ、ジャックはここで生まれ育ったんでしょ?何してたの?」


「……知らね。」


興味本意でクロエが尋ねるも、ジャックはしれっとそう答えた。


「知らねって…知らないわけないじゃないのよ。自分の昔のことでしょ?」


クロエが頬を膨らませながらジャックの顔を覗き込んだが、ジャックは表情一つ変えずに言った。


「なんか…よく思い出せねぇんだよな。こう、思い出した情景が全部ぼんやりとしてるって言うか…人の顔とかははっきりしてんだけどよ、俺に話しかけているであろう言葉も、耳鳴りみたいなんがして遮られて…何言ってんのかわかんねぇ。」


「なにそれ…それもその呪いのせいなの?」


「さあな。それに気付いたのは呪いにかかってからだし……。」


「ふーん……ま、何かのショックで飛んでるのかもね。」


クロエはそう言ってジャックの横に寝転がった。


「……ショックねぇ。」


そう言われると、ジャックは自分がマリアを殺した時の事しか思い当たらなかった。何故かその時の記憶は他の記憶よりはっきりしていて、たまに夢にも出てくる程だった。だがその記憶の中でも、ジャックに対する言葉やジャック自身の言動などははっきりしていなかった。


「あ、またなんか気に触ること言った?」


「別に、俺の過去なんてどーでもいいし。今はそれどころじゃねぇ。」


「まぁ、そうだけど……。」


クロエは少ししゅんとしながら寝返りをしてジャックに背を向けた。ジャックはクロエの背中を見て何か考え込んだ。


「何を考えているのですか?」


すると急にジャックの視界にグレンの顔がひょこっと写った。


「うぉっ!?」


ジャックは驚き過ぎて咄嗟に飛び起き、横腹辺りの傷がプツッと開いてしまった。


「うぐぉっ!?」


「おや、急に動いたら駄目じゃないですか…。」


グレンはあわあわと焦った様子でジャックの手当てをした。


「誰のせいで急に動いちまったと……っ!」


「というか、いつからここに……。」


クロエもグレンの存在とジャックの声に驚き、心臓がバクバクと鼓動していた。


「それはたった今ですよ。どんな感じかと思いまして……まぁ、この黒焦げのフラスコ達の残骸を見ればお察ししますが……。」


「…………。」


グレンの鋭い察しに、クロエは言葉も出ずふいっと顔を背けて口笛を吹いて誤魔化した。グレンは苦笑いしながらジャックの手当てを終え、ゆっくり立ち上がった。


「そうそう、一つ思い出したというか、気付いたことがあるのですが…。」


「?何?」


クロエが首を傾げて尋ねると、グレンは顎に手を添えて言った。


「実は、君の名前がどうしても思い出せないのです。記憶ははっきりと覚えていたのですが、よくよく考えてみれば君の顔だけがはっきりとしないというか…靄がかかったようにぼんやりとしているのですよ。これは呪いと何か関係しているのでしょうか?」


「!」


クロエとジャックは目を見開いてその言葉に驚いた。


「…そう言えば、ジャックって『切り裂きジャック』のジャックだったけど…まさか、本当の名前も分からないとか言わないわよね?」


クロエは恐る恐るジャックの方を向いて聞いてみた。ジャックは少し顔をしかめて頭を押さえた。


「っ……。」


ジャックは必死に自分の名前を思い出そうとした。だが、「やはり」どうしても思い出せなかった。


「っ……分かんねぇんだよっ。」


ジャックは悔しそうに、苦しそうにそう呟いた。


「記憶の中で、母さんや先生が俺を呼んでるんだ…だがその言葉が、名前が呼ばれる度に耳鳴りが悲鳴みたいに激しくなって掻き消される…っ。だから昔のことはなるべく思い出さないように…考えねぇようにしてたんだ。」


「だから前グレンの話をしてた時、様子がおかしかったのね。」


クロエは納得したように頷き、頬に手を当てて考えた。


「……やっぱり昔のジャックの存在も消えているのかしら。でもぼやけている程度で、存在は分かってるわけだから消えてはいないのか……てことは消えかかっているとか?」


「ふむ……難しいですね。」


グレンは既に頭がパンクしそうで顔をしかめていた…と言うのは演技で、本当は思い出せず頭が痛くなったジャックの様子を見てこれ以上この話をさせないように話を変えようとしたのだった。


「取り敢えず、無闇に考えても仕方ないですし、ティータイムでもどうですか?子供達もお昼寝時間ですし、ゆっくりお菓子でも……。」


「お菓子!?食べる食べる!」


「……餓鬼かよ。」


クロエが無邪気にお菓子に反応すると、ジャックは馬鹿にしたように少し笑った。グレンはその様子を見て微笑み、二人に手を差し出した。


「ささ、行きましょう。」


二人はグレンの手を掴んで立ち上がると、孤児院の食堂の方に向かった。

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