第23話 鷹の目のグレン

〜教会〜


「……こんな辺鄙なところだなんて、聞いてないわよ……っ!」


「うるせぇ……車降ろされてからここまで怪我人の俺が荷物持ちしてやったんだ文句言ってんじゃねぇぞこの野郎ぶっ殺すぞ……っ!!!」


ヘロヘロの状態で教会にたどり着いた二人は、最早定番となったやり取りを交わしながら呼吸を整えた。


「いらっしゃい。待っていましたよ。」


そこにニッコリと笑ったグレンが二人を迎えに出てきた。


「私はグレン……大方はロニーから聞いているとは思いますが、ここの牧師と裏の孤児院の院長を務めさせていただいています。今回はお二人の安全の確保と、確か薬の材料の提供でしたか……って、お二人大分お疲れの様子ですね。」


グレンが自己紹介と用件の確認をし終わっても、二人の疲労は回復せず、ジャックに関しては傷が開きそうで青ざめていた。


「お疲れもくそも……怪我人がこんなくそ重いカバン持たされてここまで歩かされた日にゃ死ぬっつーの普通……。」


「しょうがないじゃない……あたしのこの体じゃそのカバン重すぎて引き摺っちゃうんだから……。」


「おや、それならお迎えに伺いましたのに…すみません。」


グレンは慌ててジャックからカバンを預かり、簡単に右手だけで持つと左腕でジャックを支えた。


「どうぞ、中まで私の肩に腕を回してください。」


「……お、おぉ…。」


ジャックは見かけによらず怪力のグレンに戸惑いながら右腕をグレンの肩に回して立ち上がった。


「……ロニーといいこの人といい…どんな力してんのよ。」


クロエはキョトンとしながら呟いた。グレンはクスッと笑いながら歩き出した。


「私達は色々と訳ありですから…。さ、こちらへどうぞ。」


「う、うん……。」


クロエは戸惑いながらもグレンの後ろについて教会の中へ入っていった。





〜教会の中〜


「…事情は聞いていましたが、まさかここまでの怪我とは…。いや、最早怪我と言っていいものか……。」


グレンはジャックを椅子に座らせ、怪我の様子を確認して顔をしかめた。


「痛みの方は、当然あるんでしょう?」


「まぁ、大分……。あいてて!」


「おっと、失礼…。一応医療の知識はあるんですが、普段は子供達の怪我ぐらいしか手当てしないものですから……。」


グレンはそう言いながらも丁寧に怪我を確認し、慎重に消毒と包帯を巻いていった。クロエはその様子をじーっと見つめながら、ふと思ったことを口に出した。


「まぁロニーからネガティブってことは聞いていたけど……ここまで目が死んだ魚みたいだとは思わなかったわ。」


「ぐっ……!」


グレンはその言葉がグサッと胸に刺さったのか、胸を押さえてうずくまった。


「そ、そこまでダイレクトに言われると……っ。」


「あんたな!ちったぁ考えてから物言えよ!」


「ご、ごめん……まさかここまでダメージを食らうとは思わなくて……。」


介抱してもらうはずが、介抱するハメになったジャックはクロエを怒った。流石にクロエも焦って謝ったが、既に遅かったのかグレンはブツブツと呟き始めた。


「いいんですよ……別に自分でも分かってますし、子供たちにもいつも言われますから……。どうせ私はネガティブで根暗で何をやるにも勇気も覚悟もないゴミクズ当然の人間失格ですよ……。」


「あーあ……先生がネガティブモード入っちまったじゃねぇか。どうどう、先生は目が死んでてもいい人ですよ〜、元気出してくださ〜い。」


ジャックは手馴れた様子でグレンの背中をポンポンと叩き、棒読みで励ました。するとグレンはクスッと笑い、両手で覆っていた顔をひょっこりと出してジャックを見つめた。


「……やっぱり、君はマリアの子ですね。昔と慰め方が変わっていない。」


「っ!」


ジャックとクロエは不意をつかれたような顔をして驚いた。実はロニーからややこしくなるからとジャックがマリアとジョーカーの子だということは隠してあると聞いていたのだ。だがグレンはジャックが呪いで存在が忘れ去られているのにも関わらず、ジャックのことを覚えているようだった。


「それに、定期的にお金を持ってきてくれていた金髪眼鏡の彼も……君だったんでしょう?仕草や体を触って気付きました。……大きくなりましたね。」


グレンは優しく微笑み、ジャックの頭を優しく撫でた。ジャックは状況が把握出来ず、ただキョトンとしていた。


「……やっぱり、あたしが知っている呪いの効果じゃないわね。切り裂きジャック以外の、別の姿をしたジャックや、昔のジャックは忘れられていないということかしら……?だとしたら唯一覚えているあたしが死んだらジャックが死ぬっていうのはどうなるのかしら…。謎は深まるばかりね……。」


クロエが頬に手を当てて悩んでいると、グレンはクロエの言葉が引っかかったのか瞳を細めて何か考えた。


「……ふむ。」


「な、何だよ先生……今度は顔が怖ぇよ。」


「おっと、失礼…少し考え事をしていまして。」


ジャックに指摘され、慌ててグレンは表情を緩めた。


「まぁ、今日はお疲れですし、お休みになってください。本当はマリアが使っていた小屋の方に準備していたのですが、そこもここから少し離れているので移動は明日にしましょう。今日は客人用の部屋でお休みになってください。」


「あぁ……ありがとう。」


「はぁ……やっとベッドに行ける。」


クロエは太ももを揉みながらため息をついた。グレンは苦笑いしながら二人を部屋に案内し、温かいスープを振舞った。そして二人が寝静まった後、教会の奥にある自室に戻り、机の上に置いてある蝋燭に火をつけた。灯りはそれだけしかなく、部屋全体が薄暗かった。


「…相変わらず、君の息子は君にそっくりだったよ、マリア…。」


グレンはそう言って蝋燭の横に置いてある女性の写真…そう、マリアの写真をそっと撫でた。その写真の中のマリアは優しげに微笑んでいて、今にもグレンの名を呼びそうな感じだった。


「でも、何故だろう…どうしてもアイツと重なってしまう。憎くて憎くて堪らないアイツに…思わず首に手をかけてしまいそうだった。」


グレンは先程まで見せていた笑顔が消え去っており、まるで人殺しをした後のような表情をしていた。あの笑顔に似合わない光を宿さない左目も、この時のグレンには違和感もなくピッタリだった。


「…『切り裂きジャック』なんて、いなかったらよかったのに。何故……何故君はアイツと一緒になったんだ…。何故あの子だけ私の元に残して……私にどうしろと言うんだ……っ。」


グレンは両手で頭を抱え、ベッドに崩れるように腰かけてうずくまった。グレンの闇は、夜の空よりも暗く、深そうだった。

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