第22話 対抗手段

「……んで?俺が寝てる間本の解読は出来たのかよ?」


ロニーに包帯を取り替えてもらいながら、ジャックは話題を変えてクロエに尋ねた。クロエはふふふと笑いながら足を組んだ。


「あたしを誰だと思ってるの?超可愛くて賢い魔女様よ?」


「前の部分要らねぇし、賢いならこんなことなってねぇし。」


「一冊だけ普通の文字で書かれた本があったわ。それには呪いについてと言うより、呪いに効果的な薬の調合方法が書かれていたのよ!」


「無視してんじゃねぇぞこの野郎。」


ジャックはイラッとし、眉間にシワを寄せたが、ロニーがまぁまぁと苦笑いしながら宥めた。クロエはそれをも無視して話し続けた。


「そこにあなたにぴったりな薬を見つけたの!その薬を飲めば呪いの力……つまりあなたのその左腕の力が最大限に高められるの。もしかしたらあの化け物みたいに形を変えられたりできるんじゃない?そうなれば、あの殺人鬼夫婦にも少しは対抗できるんじゃないかしら?」


「ふーん、そんな薬あるんだな。……魔女の薬とか嫌な予感しかしねぇけどな。」


ジャックが少し嫌そうな顔をすると、クロエはぎくっと肩を震わせた。


「……おい、なんだ今の反応。」


「い、いやぁ……別に?」


「クロエちゃん、実際に作ろうとしたんだけどね。ちょっとガサツなところがあるのか分量とか大雑把になっちゃって…出来たものがおぞましい見た目してて……。」


「ロニーッ!!何で言っちゃうの!?」


クロエが慌てふためいて弁解しようとしたが、ジャックは最早絶望に満ちた顔をしていた。


「あぁ……俺呪いで死ぬ前にこいつに毒殺される…。」


「あ、あたしがいる限り死なないっての!てか毒じゃないし!」


「毒じゃないものを毒に作り替えてんだろうが!」


「まぁまぁ…、そうなった原因は、クロエちゃんのガサツなところだけじゃないのよ。」


時たまクロエをディスってくるロニーは、顔に手を当てながら真剣に話し始めた。


「どうもその記載されてる素材が、かなり繊細なものばかりなのよ。だから少しでも傷ついていたり、汚れていたら駄目なんですって。あたし達が集めたのはそこら辺の草っ原とか出店だから、駄目だったんじゃないかって話してたの。」


「そんなの、種から大事に育てねぇと駄目なんじゃねぇのか?いつになったら完成すんだよ……。」


「ところがどっこい。実はグレンに電話して聞いてみたら、似たようなのが沢山生えてるんですって!確か、マリアが使っていた小屋の周りで育ててたらしいの。」


「……母さんが?」


ジャックはマリアという名を聞いて少し反応した。クロエは以前のように不機嫌になるんじゃないかと警戒していたが、今回は思いあたりが無いような感じだけだった。


「まぁ、あっちの方が森もあって殺人鬼夫婦に見つかりにくいんじゃないかと思って、ジュニちゃんが目覚めたらそっちに一旦避難させようかって話をしてたの。あたしはこの店もあるし、ある程度抵抗はできるから安心して。」


「……だけど、あっちには子供が…。」


子供たちを巻き込んでしまうのではないかと、ジャックは不安そうにロニーを見たが、ロニーはニコッと笑った。


「大丈夫よ。向こうには『鷹の目』がいるんですもの。普段はまぁ引っ込み思案だけど、やる時はやるわよ?」


「……そっか。」


ジャックは少し微笑んだが、クロエにはそれが悲しげに見えて仕方なかった。


「それに…そろそろ子供達だけでも安全な場所に非難させるらしいわ。いくら街から外れてるとはいえ、あの化け物は関係ないだろうし…。子供達は嫌がってるらしいけどね。」


ロニーはそう言って苦笑いした。


「あの子、ネガティブで根暗で頼りないところもあるけど…子供達にはとっても慕われてるの。イタズラもされるみたいだけど、皆グレンが大好きみたい。」


「だから、離れたくないのね。ならグレンって人も一緒に避難すればいいのに……。」


クロエは何故一緒に行かないのか疑問に思いながら呟いた。


「…あたし達はね、この国に縛られてるのよ。」


ロニーはふと窓から街を見つめながら言った。その声は少し低く、真剣な様子だった。


「この国に忠誠を誓い、この国のために他の国の人を殺め、燃やした。例え戦争が終わっても、それはあたし達の『罪』として、鎖として残り続ける。だからこの国で死にかけたって、のうのうと他の国に逃げるなんて許されない……きっとグレンも、そんな馬鹿な考えに縛られて、一人教会に残るつもりなんだわ。」


「ロニー……。」


クロエはその言葉を聞いて胸が苦しくなった。ロニーがまるで死を覚悟してるかのように、今にも消えてしまうように思え、堪らずロニーの手を握った。


「嫌よ、あたし…ロニーのこと、好きだもの。あんな化け物に殺られるなんて……この国が滅んだとしても、ロニーには死んで欲しくないわ!」


「ふふっ、ありがとうクロエちゃん。大丈夫よ、あたしだって簡単に死にたくないもの。こんなこと言ってるけど、あたしはグレンより気が緩いから、多分いざとなったら逃げちゃうわ。」


ロニーはいつもの声のトーンに戻り、くすくすと笑いながらギューッとクロエを抱きしめた。クロエはほっと安心し、ロニーを抱きしめ返した。ジャックは呆れた様子で少し笑い、包帯だらけの自分の体を掛けてあった鏡で見つめた。


「ま、そんなわけだからジュニちゃん、ゆっくり向こうで休んでいらっしゃい。あたしはこっちでもう少し色んな情報集めてみるから。」


「……あぁ。」


ジャックはグッと右手を握り締めながら暫く強く目を閉じると、やがて覚悟を決めたかのように瞳をゆっくり開いた。こうしてクロエとジャックは、グレンの教会に身を寄せることになった。

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