エピローグ 後日談
後日談。
あの日のあの一件の後、どうやら、北沢姉妹と星野凛花は、ほどなく和解したらしい。北沢は少々ぶっ飛んでいるやつだが、頭の悪いやつではない。自分がしてきたことをわかった今、それを繰り返すような真似はしないだろう。
「神之倉ぁ! なんで、お前が指定してきた待ち合わせ場所に行ったら、お前やなくて、あの女子高生がおんねん!! 俺をはめよったんか!?」
「神之倉先輩っ! 神之倉先輩も来てくださいっ!」
電話越しに聞こえる、酉井と北沢の声。北沢は嬉しそうに、対して酉井は半ギレで叫ぶ。
俺は鼻をつまんで、いつもよりトーンを落として言う。
「げほん、げほん。いやー、急に風邪ひいてしまったみたいでなあ、ごほん、ごほん。てなわけで、今日はいけないわすまん」
画面の電話マークを押す。通話終了。と、同時に酉井から折り返しの電話が来るが、それには応えず、ベッドの上に携帯を放り投げる。
だって今日は土曜日だ。土曜日は、休日だ。お休みの日なのだ。だから、俺は休まなければならない。やれやれ、国レベルで休みの日と決められちゃあ仕方ない。後輩の遊びの約束を断るのは、全く不本意ではあるが、仕方がない。甘んじて、酉井を派遣するに留めておこう。
「まあ、でも、一休みしたら気分が良くなったってことにして、夕方くらいになったら行ってやるかな」
北沢と約束しちまったしな。俺を頼ってくれ、と。いい先輩のフリをして、いい先輩ぶって、そんなことを言ってしまったのだから、いい先輩を演じてやるのが筋というものだろう。
しかし、これから、俺と北沢と酉井で、というようなことが増えるのだろうか。増えるも何もそんな珍妙な組み合わせは、今までの今まで、昨日くらいしかなかったのだが。まあ、増えるんだろうな。たまには、酉井を使って、たまには、酉井に使われて。まあ、それも悪くはないんじゃないかと、そう思える。
「兄ちゃんって何部だっけ?」
妹登場。俺の部屋のドアを開けるが早いか、口が早いかというくらいの間合いで、そんな質問を投げかけて来る。
「おい、妹、ノックしてから入れや」
いや、ノックすらするな。入ってこようとするな。今日は土曜日だ。休日だ。妹と会話をするなんて、仕事だよ。タスクだよ。
「で、何部だっけ?」
こいつ、謝罪するところを、「で」で片付けやがった。どんな妹だよ。兄貴の顔が見てみたい。
「部活? 入ってねえよ。あ、それとも高校の時のことを聞いてるのか? それなら、俺はバスケやってたけど」
「いや、高校の時のは知ってるよ。今のことを聞いたんだよ」
俺が突然の質問の意図を掴めずに、混乱していると、妹がさらに説明を加えた。
「いやー、兄ちゃんが遅く帰ってくるのってさ、部活が関係してるのかなって」
「そうそう俺は天文部に入ってるんだ」
「いや、兄ちゃん、星なんか一つも興味ないじゃん。月より団子のモデルになったといわれる人間じゃん」
「誰がデブだっ!」
俺は至って標準体重だ! いや、そりゃあ現役でスポーツやってるこいつに比べたら、肉は多少なりとも付いてるかもしれないが、デブといわれるいわれはない。
いや、そこまでは言ってないよ。と、妹が殊勝にも優しさを見せる。で、と再び切り出す。
「兄ちゃん、夜中に何してんの?」
うーむ。誤魔化せなかったか。話を逸らしたつもりだったが。しつこい妹め。
何してんのと言われてもなあ。虎退治……と言っても信じてもらえそうもないし。弱ったなぁ。やや、抽象的だが、こう言っておくか。そらなる追随を受けそうだが。
「人助け」
どう考えても、一般化が過ぎる表現だった。こんなアリバイ工作がまかり通るのであれば、日本は犯罪大国になってしまうだろう。
妹は、うーんと唸って、それから眉間にしわを寄せて、腕を組んで、組んだ腕を解いて、右手を顎に当てて、その右手で拳を作り、左の掌をポンと打った。
「そっか、おつかれ、お兄ちゃん。大変だったね」
果たして、妹の下した判決は、温情判決、無罪放免。おまけに労いの言葉付きだった。
こんな珍しいこともあるんだなあ、と、空に虹が二重に掛かったときのような気持ちで、妹をぼんやりと眺める。
妹というのは、案外、俺が思っていたよりも良いものなのかもしれない。なんて、一瞬でも思ってしまうのは、北沢に毒されたからだろうか。
妹は、でもね、とその判決に但し書きを加える。
「お兄ちゃんのその貧相な身体を張るなら、私のこの引き締まった身体を張った方がいいと思うよ?」
と。
そんな、解釈のしようによっては色んな意味の取り方ができる、曖昧なことを言って、俺のことを心配?(勘違い?)してくれる妹。妹っていうのは、まあ、こんなところだろう。北沢もそれに気づくときが、きっとくるはずだ。それも、そんなに遠い未来ではなく。
納得したと思っていた妹が、口を開く。
「今回はそういうことにしといてあげる。お兄ちゃんの頑張りに免じて、大目に見といてあげる。でも、今度はぐらかしたら、分かってるよね?」
腕を固く組んで、首を絞めあげる仕草を見せる妹。彼女自身がそう言っていたように、腕っ節はそうとう鍛えられているらしく、俺では抵抗できそうにない。
一時休廷。仮釈放。それが、妹の下した、真の判決だった。
人と人っていうのは、どうだろう、やっぱり自分の思い通りにはいかないものなのだろう。いずれ、妹とのこの件についても落とし所を見つけなければいけない。それでも、たぶん、全てを開けっぴろげに打ち明けるわけではないだろう。擦り合わせ。二人の間で丁度いい塩梅のところで手を打てるように、擦り合わせる。そうやりながら、大きな摩擦を起こさないように、俺たちは生きていくのだ。
まあ、たまには摩擦もいいけどな。
Frictions 甘露 @kokoa7034
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