中学編~第四話

 転入してきて一週間程経ったころからだろうか。

『一目惚れです』という理由から、何人もの女の子から告白されるようになった。クラスの男子にそのことを話すと、『帰国子女だし、なんでも出来るし、彼氏にしたいんじゃない?』と少々嫌味の篭った口調で言われてしまった。一週間は、みんな様子を見てたというわけか。そういえば、やたらメールアドレスを聞かれたなと思い返す。


 日本に来て初めて携帯電話を持ったから、あまりメールも得意ではない。今アドレス帳に入っているのは、両親と妹に雅やんと巽。それに転入当初からよく話すようになった、数人の男友達だけだ。このまま毎日のように告白されるのは、ありがたい反面鬱陶しい。かと言って、いいと思える女子がいるわけでもない。


 散々考えた挙句出した答えは、2カ月という期限付の交際だった。2ヶ月置きに最初に告白してくれた子と必ず付き合う。期間の延長はなし。けれどその間は、相手の望む通りの交際をする。最初の頃は、引かれたが段々と噂が広まり、一種の学校名物のようになっていったから、結果オーライだ。


 それを打ち出してから、最初に告白してきてくれた子と付き合った。打ち出したのが、5月の最後の週だったから7月の終わりまでだ。名前も知らない子だったから名前を聞いて、2ヶ月だけということを説明して了承を得て、アドレスを交換する。


 なんでも隣のクラスの子らしい。自分のクラスの子たちを覚えるのに手一杯で、隣のクラスまで気が回らなかった。この学校は一学年6クラスある。卒業までに全員の名前を覚えられる気がしない。


「しおりね、了解。アドレスも登録かんりょー。期限付きではあるけど、その間はしおりちゃんの自慢の彼氏でいれるよう頑張るから、よろしくね」

「…はい…よろしくお願いします」


 しおりは顔を真っ赤にして頷く。


「こらこら、同い年なんだから敬語とかいらないよ?あ、あと近々暇な日ある?」

「暇な日…?」

「そう。デートっていうほどのものじゃないけど俺、しおりのこと何も知らないからさ。ご飯でも食べながら、色々話したいなって」


 こうして交際が始まった。しおりはテニス部入っていたから、一緒に帰るために何もせず待っているわけにもいかず、仕方なく自分も部活に出る。剣道部以外にも、助っ人を頼まれるとそちらに出張しに行ったりしながら、時間を潰していた。部活を終えて、しおりと手を繋いで彼女を家まで送って行く。


「俺汗臭くない?大丈夫?」

「うん、大丈夫。剣道部の防具ってすっごく臭いって聞いたけど…」


「ヤバイよ。めっちゃくちゃ臭い…。最初もうとてもじゃないけど、被れなくて家から洗剤とブラシ持ってきて洗って、ファ●リーズかけまくってようやく被れるようになったよ」


 一応自分用の防具を揃えることになっていて、そろそろ揃えなくてはいけないのだが、すっかり忘れていた。他愛ない会話をしながら、無事家まで送り届け、休日にデートの約束をして来た道を引き返す。


 そして迎えた休日。

 同年代受けする服装など思い付かず、結局店に行く格好と同じ系統の、今でいうモード系ファッションに身を包み、しおりを迎えに行く。家の前に着いてから、電話をすると数分後にオシャレをしたしおりが出てくる。やはり普段制服とジャージを見慣れているせいか、私服は新鮮だ。


「すっごい似合ってる。普段制服とジャージしか見ないから、私服だと新鮮でなんか変な感じ」


「よかったあ……。これ、一番お気に入りのやつなんだ。すっごく可愛くって、思わず一目惚れしちゃって」


 そう語る彼女は純粋に可愛いと思った。それでいて、自分が本気になれないのだということも悟る。

 二人が待ち合わせたのは、お昼近くだった。時間も時間だったので、雅やんオススメのカフェへと向かう。なんでも、雅やんの知り合いが経営しているお店らしい。


 店内は前世紀のヨーロッパ貴族の一室のような感じで、アンティーク家具や小物が品良く並んでいた。カウンターの向こうにはたくさんの種類のお酒が並んでおり、夜はバーになるのかもしれない。

 人気店なのか、席はほぼ満席だった。『オレの名前出せば、入れるようにしといてやるよ』とのことだったので、カウンターの中にいた、この店の店主らしき男性に声をかける。


「あの…すみません、雅樹の紹介で来たんですけど…」


 雅樹の名前を聞いた途端、店主が満面の笑みを浮かべながらこちらに小走りでかけてくる。この感じはもしかして……。


「あんらーっ!いらっしゃーい、待ってたわぁ。あなたが葵ちゃん?私、ここの店主のノブって言うの。ノブママって呼んでちょーだい。そんなことより…聞いてたより全然可愛いじゃなーい。あら、そちらの可愛いお嬢さんがあなたの彼女?んまー…素敵だわぁ!」


 思ったとおりだった。所謂〝オカマ〟と呼ばれる人たち。葵は雅やんの店で見たことが、あったがしおりは初めてだったのか完全に気圧されている。

 そんなしおりの様子に、ノブママも気付いたのか、『あらぁ、ごめんなさいね。びっくりさせちゃったかしら?』と気を悪くした様子もなく、謝って二人を席に案内してくれた。

 二人が案内されたのは、店内の半地下窓際の席だった。そこは、地上から日の光が降り注ぎながらも半分地下なのを利用して、窓際沿いに造られた曲線状の水槽があり、そこには色とりどりの熱帯魚が優雅に泳ぎ回っていた。


「わぁー…すごい…綺麗」


「食事しながら、ちょっとした水族館に来てるみたいだ……」


 二人でしばらく泳ぐ魚たちに見惚れる。


「普段ここは昼間あまり使わないのよ。月に数回、私の気まぐれでお昼の時間帯も解放するの」


 いつのまにかノブママが立っていた。注文を聞きに来たのだろう。慌ててメニューを開いて決めようとすると、『バイトの子たちに上は任せてあるから、ゆっくり決めていいわよ』と笑われてしまった。

 お言葉に甘えて、二人でじっくりメニューを見る。ハンバーグやパスタにオムライス、パンケーキといった定番から和食まで、カフェというには多すぎるくらいのメニューが揃っていた。


 散々迷った挙句、二人ともノブママに勧められたハンバーグとパンケーキを頼む。『葵ちゃんは男の子なんだから、800gくらい余裕よね?』と言われて、危うく巨大ハンバーグが出てくるところだったが、なんとか言い訳して300gにしてもらう。普通のハンバーグが150gくらいだというのに、800gとなると相当の大きさだ。育ち盛りとはいえ、その大きさを考えただけで胸焼けがする。


 一方しおりは、ノブママおすすめのフルーツとクリームたっぷりのパンケーキを頼んでいた。料理が運ばれて来る間しおりが、この街のことや自分のことを話してくれる。


「7月の半ばと下旬に花火大会とお祭りがあるんだけどね……それ、葵と行きたいなぁーって、思って」


 どちらも日本の風物詩だ。幼い頃から旅行感覚で日本には帰ってきていたけど、夏祭りや花火大会なんかの行事は行ったことがなかった。


「いいよ、行こうか。夏祭りといえばやっぱり浴衣なの?日本って。俺、浴衣って着たことなくてさ。しおりが浴衣着てくれるなら俺も浴衣着てみようかなって…」


 その後運ばれてきた料理は、とても美味しくてノブママに素直にそう言ったら、デザートをサービスしてくれた。繁華街の近くにある割には静かで、ゆっくり過ごせるそんな場所だ。それからはその日は、しおりの希望で映画を見に行った。なんでも今流行りの〝携帯小説〟を原作にした恋愛映画だ。


 男の自分的には、冒頭数十分でラストシーンが想像出来てしまうベタな恋愛映画などのどこが面白いのかと思うのだが、隣で号泣しているしおりを見ると、なにも言えなくなる。


「目腫れてない…大丈夫?」


 映画が終わって、外に出るとしおりが心配そうに見上げてくる。


「ちょっと目赤いけど、大丈夫。てか、すごい泣いてたね。泣き顔も可愛かったけど、喜んでもらえてよかったよ」

「うん!内容もそうだし、ラストにいくまでのストーリーが、見てて泣けてきちゃった。葵はこういうの嫌い?」

「面白かったけど、やっぱ俺男だしね。最近の女の子はこういうのが好きなの?」


 そうしおりに聞いてみると、そうだと言うので記憶にとどめておく。夕方になってしおりを家まで送って、家に帰る。しおりと付き合い出して一週間。日に日にしおりが、自分に対して恋愛感情を強めているのが分かる。そういう風に接しているのだから、当然といえば当然のことなのだけれど。


 自分の気持ちはどうだろう、と考える。本気にはなれないけれど、しおりに恋心を抱くことは出来るかもしれない。葵が考える〝本気〟とは、〝死ぬまで一緒にいたい相手〟の事だ。まだ一週間だし、これから知っていくことも多いだろう。期限は決めたが、それこそ本気の相手に出会えれば、こんなことをする必要もないのだ。


 だからなにも気に病むことではない。お互い楽しめればそれでいいのだ。そう割り切り、着替えて今日も店へ行く。

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純愛デュエット 澪汰 @crazycat1140

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