中学編~第三話

 かけた覚えのないアラームの音で目が覚める。思考のはっきりしない頭で発信源を探すと、ベッド脇に設置してある据え置きのカウンターに内蔵してある時計からだった。そういえば、巽に昨日起きる時間を聞かれた気がする。アラームを消して、巽の姿を探したけれどどこにもいなかった。既に会社に行ったのだろうか?


 連絡先も交換していない。同性同士の付き合いは割り切ってする人が多いと、雅やんに言われたけれど巽とこれっきりというのも少し寂しくも思う。

 着替えを済ませ部屋を出ようとして、テーブルの上に巽が頼んでおいてくれたのか、朝食のケータリングと、『昨夜は楽しませてもらったよ。君とは長い付き合いをしていきたいと思う。またいつでも連絡してきてほしい。』というメモとともに、巽の連絡先が書かれていた。


 お互い年が離れすぎているから、付き合うだとかそういうことは言えないし、言うつもりもないけれど、感じたことはどうやら同じだったようだ、となんとなく感じ取る。少し冷めた朝食を取って、一度家に戻るとこれから寝ようとしている雅やんと出くわす。


「おはよーさん。お前昨日どこ行ってたんだ?友達んとこか?」


 眠たそうに欠伸を噛み殺している雅やんに、昨夜のことをそのまま話す。


「はあぁっ!?おっま…っ……大丈夫だったのか!?」

「…?なにが…?特に何もなかったよ。よくしてもらったし。あ、俺あの店では高校生で通すから雅やん、よろしくね」


 完全に雅やんはほうけている。変な趣味趣向のやつも多い中、運が良かったのは間違いないだろう。雅やんは頭を抱えていたが、諦めたのか特大の溜息とともに了承してくれた。そして、さっさと学校へ行けと急かされる。


 時間を見ると、遅刻ぎりぎりの時間で慌てて家を出る。流石に転入二日目で遅刻はしたくない。なんとかぎりぎりで遅刻を免れて、席に着く。授業は思ったとおり、英国にいたころ教えてもらった内容ばかりで、正直退屈だった。

 現代文などは、もちろんやっては来なかったけれど書物は和洋問わず、読まされていたから特に問題はなかった。


 問題は英語だった。

 英国英語と米国英語、一応両方教えてもらっていたからそこは問題なかった。ただ、英語の担任が一生懸命なのはわかるのだが、噂には聞いていた日本語英語というかカタカナ英語で、ヒアリングでは何を言ってるのかほとんど聞き取れない。


「…これは……」


 渡されたプリントもお世辞にも字が綺麗とは言い難く、本場の英語を聞いて育った葵からすれば苦痛以外の何物でもなくなってしまう。仕方なく、英語の時間は机に突っ伏すか、教師の言葉を極力耳に入れないように、違うことを考えるか、周りの子にプリントに書いてある意味を解読してもらい、提出物の点数稼ぎに徹していた。


 次の時間は体育。このあたりも向こうの学校では、同い年で身長が180cm超えの子たちも大勢いたから、それと比べてしまえば球技系は大したことない。柔道や剣道といった競技はオリンピックやTVなどで目にする機会はあったけれど、実際にやるのは初めてだった。

 基礎を覚えるのには苦労したが、基礎さえ覚えてしまえばあとは思いの外簡単だった。昔から要領は悪い方ではなかったから、コツさえ分かってしまえばなんとなく出来てしまう。


 これが葵がモテる要因の一つだということに、もちろん葵本人は気付いているわけもなかった。


 何度目かの剣道の授業を終えてからというもの、クラスの剣道部からしつこく勧誘に誘われ、あまりにもしつこかったため入部することにした。


 しかし、元々本意ではなかったため普段の練習にはほとんど顔を出さなかった。試合があるという前だけ、参加して試合の補欠要員として試合に行く。


 それだけだ。反射神経や動体視力諸々は、父親と共に秘境を転々としていた頃に身に着けたものだ。

 毎日練習に来ている他部員に示しがつかないのだということは分かっていたし、選手に選ばれて合宿などというのはごめんだったからちょうどいい。


 お次は音楽の授業だったが、これも特に音感がないというわけでもなかったので問題なかった。強いて言えば、昔の日本の曲はあまり知らなくて歌詞の意味を理解するのに苦労したくらいだ。

 リコーダーやなんかは持ってなかったから、ピアノで代用させてもらえた。楽譜は読めなかったが、隣の子の音色を聴いて弾いていた。日本の中学では普通なのか、琴の授業もあった。日本に来て、初めて触った琴の音色は心地よく耳に響いてくる。後にも先にも、琴に触ったのはこの授業でだけだった。

 その他の教科もこれといって問題はなく、数学の教師が何かと余計な世話を焼いてくるくらいだ。


 放課後は、彼女を家まで送って、友達と遊びに行って夜は雅やんの店に入り浸って、その日だけの夜を過ごす。しばらくしてできた彼女に対して罪悪感はあるけど、所詮どちらも遊びだ。本気の相手に出会えれば違うのかもしれないけれど。


「藤堂ー!今日どーするよ?投げ行く?」


 仲良くなったやつらの最近のブームは、ボウリングらしい。おかげで、二日に一度はボウリングに付き合わされている。


「毎日毎日、ボウリング飽きないの?たまにはビリヤードとかダーツとかやればいいのに」

「だってルール知らねーし、そもそも面白いのかよ?」

「…お前らビリヤードバカにすんなよー。ルール分かったら、面白いから絶対!」


 剣道部の大会がない時は、毎日こんな調子で彼女と友達との約束を熟す。

 休みの日は、駅前のジムに行って身体を鍛えたりして過ごす。いくら成長期とはいえ、人に身体を見せる以上、ある程度引き締めておきたい。


 あれから巽には連絡を取っていない。あの日書かれていたアドレスに、一言添えて自分のメアドと電話番号を添付して送ったけれど、返信はなかった。


 そのあと何度か連絡しようと思ったが、仕事が忙しいのかもしれないと思いやめておく。そうして繋ぎとめようとしなくても、巽とはまた会うような予感がするのだ。

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