攻略
「着陸は許可できないそうですよ、隊長」
ブラックホーク・ヘリコプターの操縦桿を握る若い隊員からの報告。目前には荒れ地の真ん中にぽつりとある変電所――偽装された転送塔がある。
原因は眼下に広がる物々しい大軍――施設に至るまでの道路と、敷地の周りにずらりと展開された大部隊。二〇〇名はいるだろう歩兵に、数十台に及ぶ装甲兵員輸送車と
ビクトリア――妻を代表とする左派が日頃「警察の軍隊化」と批判するように、この国の警察機関の重武装化の度合いは、先進諸国に置いても群を抜いている。とはいえ眼下の部隊の武装はそうした事情を差し引いても、異常と言える充実さ――地方警察に充てがわれる予算だけではとても賄える規模ではない。
大統領命令だと告げ、無線で着陸の許可を要請するも、にべもなく断られる。偉く強気――出処は不明だが、相手も正規の命令書も持っているという。
地方警察に軍の施設の警備を命令? 彼らの持っているという命令書をひったくってその署名を確認したいところ――とは言えそれは今優先するべき事柄ではない。
幸いにも、自分たちに照準を向けている兵士たちの練度はそれほど高くはない。重機関銃の配置に無駄が多いし、このブラックホークの進路上に射線を合わせることすらしていない。
「あの男の要請の内容を復唱してみろ」
そう部下に告げるとともに、機内の隅で怯え縮こまっている技術者に目配せ――無理矢理連れ立っておいて悪いが、あんたたちの出番はなさそうだ。
「転送塔の無力化でしたっけ」
白々しいその返答。予めこうした事態を想定していたからこそ、重武装のブラックホークで駆けつけた。
「なら、着陸せずとも達成できるなだろう」
「……問題になりません?」
部下の懸念――緊急事態とはいえ、これから自分らがしでかそうとしている行動は、下手をすれば国家反逆罪にも問われかねない、無謀。土壇場でもう一度命令を確認したくなる心情はわからないでもない。だから、その背を再び押してやる。
「なるだろうが、俺の娘の命が危機に晒されている」
「養子縁組は断られましたんでしょ?」
「うるさい」
どうせローターの爆音と激しく吹き込む風の音でかき消えるだろうと、不用意に笑いを漏らす隊員たち――彼らをぎろりと睨みつけて黙らせてから、さっさとやれと、操縦手の後頭部を小突く。
「まぁ、すでに一度盗賊扱いされた身ですしね。我らが姫君のために、治安当局が守備する自国の軍事施設を攻撃するくらい――」
操縦手の隊員が操縦桿の兵装操作スイッチを操作――HUDの
「――朝飯前ですよ」
ブラックホークの
あっけに取られる地上の兵士たち――慌てて手にした重機関銃の引き金を押し込もうとするがすでに手遅れ。ブラックホークは射程外に離脱している。
もうもうと立ち昇る黒煙を背に、彼らはただ立ち尽くすことしか出来ない。
こちらが地上に這い出た瞬間に狙いを定め、迫りくる数十機のドローン――群れの奥に潜む二機のドローンが、離れた瓦礫の山に隠れ潜む狙撃手によって続けざまに撃墜される。途端に群れの動きが鈍くなる――まるで突然目隠しをされたかのよう。
続けて直下に投げこまれた手榴弾が炸裂する。右往左往していたドローン群がその爆心に向けて闇雲に突進――地下から現れた軍用機体によるチェーンガンの掃射に薙ぎ払われる。
その隙にリアンらは地下道の出入り口から素早く散開。掃射の隙間を縫い潜り込んできたドローン――
空を舞う相手まで届くリーチを確保するため、
空を見上げる。一面を覆い尽くしていた黒い機影――なし。
瓦礫の山となった一帯を見渡す。ドローン群との戦いの中で、自分が確認した限りでは八棟の建造物が倒壊――そのおかげで河川から工場に水を汲み上げるための地下水路を途中で発見。以後はその水路を拠点に迎撃をし続けた。
自爆ドローンには二種が存在する。複数のセンサー類を搭載し、攻撃対象を索敵する親機。そして親機の指示に従い攻撃対象に突撃をしかける子機。マルチコプターの弱点――
子機には最低限の音響センサーしか積まれていない。親機を破壊され視界を失った子機は、間近にある音の発生源に目がけて突進するか、新たに自分たちを指揮してくれる親機と合流するために拡散して待機を行うか――二種の行動しか取れなくなる。
鋼鉄の大蛇の胸からエメラルドの輝きが失われてからというもの、優先的に親機を破壊し――剥き出しのセンサー類のおかげで冷静に観察さえすれば識別は容易――、迷える子羊となった子機たちをミニガンやチェーンガンの掃射、時にはC4の爆発に巻き込み、まとめて吹き飛ばすという工程をひたすらに反復。
一息つき、脚部に突き刺さった破片を引っこ抜いていると、河岸の方向から爆音――空から
「まだあの化け物蛇の本体は無傷だ。気を抜くな」
ドローンの供給を断たれた後、あの犠脳体兵器は本体に搭載された
「サテュロスの半数が行動不能。軍用機体も一機が全損、残る二機も辛うじて動けるというだけだが、幸いにも人的損害はなし――しかも相手は今やただの水上砲台だ。いけるぞ」
ただの水上砲台――簡単に言ってくれる。確かにこうして距離を取っている限りは、あの兵器はもはや驚異ではない。だが
〈あとはもう、軍に任せる、ってのは駄目っすかね〉
リモンからの通信――敵の主力攻撃手段が失われた今、わざわざあの本体と正面切って戦う理由はない。そしてこうしている間にも、ラ・オルミガの背中はどんどんと遠ざかっていく。
あの兵器にルシアの脳さえ使われていなければ、自分もその意見に同意していただろう。だがここまで来て、あの化け物に背を向けるなどということはありえない――とはいえ、それはあくまで自分個人の事情。そのために仲間たちに命を賭けろとまでは言えない。隣にいる男がどう判断するのか、思わず不安げに見上げてしまう。
「軍は先程からこちらに駆けつけようとしているが、この一帯を取り囲むように配置されたドローンの攻撃によって行軍を妨害されている。彼らが到着する頃には、都市に飛び立ったドローン群がその役目を終えているだろう――大丈夫、策ならあるさ」
パトリックの操る黒山羊の拳がこつんと、この胸を叩く。
「お前の力が必要だ。やれるか?」
リアンはひびだらけの右手を強く握り、黒山羊の胸を叩き返してやる。
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