急襲作戦
メキシコ――タマウリパス州。深い闇の中、東シエラ・マドレ
機内では隊員たちが硬い長椅子に身を寄せ合い、装備の最終点検を行っている。夜間戦闘用にセットアップされたSIG516自動小銃や、
隊員たちは皆一様にバッファローを思わせる分厚い体躯をしている。だが一方で、装備を扱う手付きは意外なほど柔らか――自らと仲間の命を護ってくれるであろうそれぞれの装備に対して、敬意を惜しみなく注いでいる。
無骨さと繊細さを同時に持ち合わせた屈強な水牛の群れ。
その群れの中に、場違いにも
サラサラの黒髪。切れの長いエキゾチックな
「なぁ、
対面に座る隊員がヘルメットの下に装着した
「あー……気分の問題かな。つーか、あたしのこと
むすりとした調子で少女が返答する。
「おっとこれは
「だからやめてってば……」
少女の困惑を余所に、周りの隊員らがクスクスと笑いを漏らす。
まるで
会話だけを切り取れば、彼らがこの国で最強の
ほどなくしてヘリは、高級材木であるマボガニーの森林の中に標的の姿を見つける。森を切り開き造られた
その中央に位置する二階建ての母屋の上でヘリは
そして最後に、少女がヘリから――ロープも使わず飛び降りる。空中で顔と四肢がエメラルドの輝きに包まれる。《転送を開封》――少女の全身が、漆黒で流線型の〈特殊転送式強襲機甲義肢〉、通称〈特甲〉に覆われる。
リアン・ルナ・クルス――FES所属の特甲児童。
片膝立ちで屋根に着地。落下の勢いを乗せた右腕――超振動型雷撃器と化した拳を思い切り振り下ろす。鉄球クレーンもかくやという一撃が、建物の天井に大穴を開け、崩落した瓦礫が室内にいた敵の一人を押し潰す。すかさず投げ込まれる
リアンらがヘリから降下するのと同じタイミングで、別ルートで予め浸透していた地上班が農園を囲む塀を爆破――一列縦隊で敷地内になだれ込む。その中には、他の隊員の倍近い背丈を持つ黒い巨人――米軍が開発した軍用アームスーツ、サテュロスの姿もある。脚部からホイールを展開し、素早く散開――手にした大口径の対物ライフルで遊撃を開始する。
空と地上、両面からの急襲に慌てふためくカルテルの
銃を手に果敢に飛び出した者たちが、
まるで予め定められた演目を淡々とこなすかのような、正確無比で一方的な制圧。しかし相手はこの国でも屈指の武闘派犯罪集団――生き残り同士が連携し、次第に統制の取れた反撃を試み始める。
そして突如、離れのひとつが爆散する。建物の壁を突き破り飛び出してくる、
素早く反応した三頭のサテュロスが対物ライフルを怪物に向け発砲――タングステン製の弾芯が、分厚い装甲に弾かれ砕け散る。
攻守交代――怪物の機銃が唸りを上げる。
後退するサテュロス。手近な遮蔽物に身を隠す隊員たち。弾痕が四方八方に穿たれる。
機銃の制圧力を盾にして
「――そいつはあたしの獲物だ!」
衝撃で鋼鉄の躰が大きく浮き上がる。
リアンの誤算――機体下部に設置された
リアンはギリギリで鉛玉の噴流から頭部を反らす。突撃手の度胸――反応がコンマ数秒でも遅れていれば脳が吹き飛ばされていたにも関わらず、怯まず、止まらず、アッパーカットでひしゃげた装甲をめがけて追撃の左ストレート。
装甲を貫いた衝撃が、
沈黙した機体を足蹴にして、頭部にあるトラックボールのような視覚センサーに向けファックサインを掲げてみせるリアン――その視覚センサーがまだ赤く点滅していることには気づいていない。
母屋の正面玄関の前にビニールシートが広げられ、死んだ
見張りの隊員は拘束された
リアンは特甲を解除し、制圧された母屋の中をぶらついている。
高価そうな石材でできた壁、高価そうなソファー、高価そうな大型テレビ、高価そうな冷蔵庫、その他高価そうな家具や家電――どれも漏れなく弾痕が
軍用機体をノックアウトした
だから彼らを取り締まる司法機関は資金力の圧倒的な非対称性に悩まされることになる。
この国の内部安全保障に費やされる年間予算額は二億五〇〇〇万ドルに過ぎない。
個人レベルの比較となると、その差はさらに悲惨なものとなる。
経済誌は大手カルテルのボスの資産総額をおよそ一〇億ドルと見積もっている。一方で選りすぐりのエリート兵士であるFESの隊員たちですらその年収は四万五〇〇〇ドル。末端で働く地方警察の警官や職員たちについては数字を上げるまでもない。
日々の生活費に家族の養育費、保険に税金――毎月郵便受けに届けられる請求書の束に頭を悩ませている公務員たちに対して、
買収の横行――
そしてカルテルの買収に応じる/応じないという選択は、個々人の経済的な事情や道義心の問題に留まらない。買収を拒んだものには封筒の代わりに、AK47自動小銃――その形状から
カルテルが突き付ける選択肢――理不尽な二択。そうして多数の警官や役人が、本人の望む望まざるに関わらず買収されていく。
FESはこの国最後の正義の剣。だからこそカルテルによる買収に対抗するべく、特別な施策が取られている――
奪う側であれ。
類まれな能力を持ち、その能力と自らの命を国に捧げると誓った隊員たち――彼らを忍び寄る腐敗から守るために下された命令。
「これはさっき俺の命を救ってくれた礼だ、
貢ぎ物で無節操に飾り立てられているリアンの首に、リモンが金のネックレスを更に追加する――スマートフォンでその姿を撮影する。口笛や拍手が彼らを囃し立てる。
「もう、だからそれはやめてって……」
FESにおける紅一点――かつ特甲児童という特異な立場にあるリアンは、他の隊員らとって格好の弄りの的で、作戦後の押収作業では女性物の装飾品やドレスなどを両手いっぱいに貢がれるのが通例となっている。
男所帯にありがちな
とはいえ、この手の扱いはやっぱりこそばゆく、いつまでも慣れそうにない。適当なタイミングを見計らって隊員たちの輪から抜け出し、母屋の外に出る。
外には
リアンはあの男の姿を探す――自分が粉砕した軍用機体の残骸の傍らに、その男の姿を見つける。
金髪。白い肌。青い目。くぼんだ頬に淡い髭。鋭く尖った精悍な顔つき。年齢は四十を越えているらしいが、三十代中盤とまだ言い張れそうな容姿。安物ではないが、悪目立ちするほど高価そうにも見えない灰色のスーツ。
パトリック・イングラム。
男がリアンの気配に気づき振り向く。
「これはこれは、随分と綺羅びやかで、
「――っ!」
「なのに機嫌はよろしくなさそうだ。どうした、
「……何でもない」
姫扱いに抗議しようと思った矢先に今度は
「作戦の映像はヘリの中で確認させてもらった。特甲があるとは言え、軍用機体相手に正面からの殴り合い……まったく、たいした闘争心だよ」
「……そうかな?」
「とはいえ“
ほらきた。褒めたと思ったらお説教。だが反論らしい反論も思いつかず、リアンはただそれを聞き入ることしかできない。
「勇敢と蛮勇は似ているようで全く違うものだ。もうお前はカルテルの殺し
「……でもあんたがくれた情報と違って、
買収された軍人たちが中心となり結成されたラ・カンパニアは粗野な暴力集団と思われることを嫌っており、
言われるがままでいるのが悔しくて、相手の不備を突くことで話を逸らそうとする。しかし目の前の男はその余裕ぶった態度を崩さない。
「そうでもないらしい」
「え?」
パトリックが母屋に向けて顎をしゃくる。振り向くと、後ろ手に縛られた禿頭の中年男――
「大方、
「残念だがこっちは減点なしのようだ」
パトリックが勝ち誇ったように涼し気な笑顔を向けてくる。リアンは苦い顔でそれに応える。
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