Spiegel del Guerrero ―ある突撃手の物語―

篠塚陣

プロローグ

 海の向こうの、遠い見知らぬ場所で、どこかの誰かさんが世界を救ったらしい。

 その世界を救った誰かさんは、自分と同じくらいの歳の少年少女だという。

 世界は救われた――それなのに、この目の前に広がっているクソったれな光景はなんだ?

 朝焼けに照らされた、山間にぽつんと存在する小さな村。木切れや波型のトタン板で作られたこじんまりとした家々。村の生活を最低限支えるだけの慎ましい家畜と畑。

 住人は皆、農民カンペシーノ――貧乏な小作農。誰かの葬儀が行われたばかりのようで、彼らの多くはまだ喪服姿のままでいる。

 なのに彼らを葬送する人間はもういない。

 男から女、老人から赤ん坊まで――村の住人は全員、今は畑に掘られた大きな穴の中に横たわっている。

 ガソリンの匂いが鼻腔の奥をつん、と刺激する。

 司令官コマンダンテに指示され、隊員エスタカたち――彼らも自分と同じくらいの歳の子供――がポリタンクの中身を穴の中で眠る人々に向けて撒き散らしている。

 司令官コマンダンテは笑っている――まるで悪魔エル・ディアブロを思わせる邪悪な笑み。

 悪魔エル・ディアブロが咥えていた煙草を手に取り、指で弾く。吸い殻がガソリンに濡れた死体の山へと吸い込まれていく。

 熱気が頬を撫でる。

 炎が激しくなるにつれ、空に向けて巻き上がる風に黒い塵が混じりだす――その塵が目に入り込む。指で目元を擦ろうとして、思いとどまる。

 異物感を堪えながら、瞼をゆっくりと開き自分の手を見る。

 久しく無くしていた指先の感覚をその時やっと取り戻す。

 感じるのは――滑りと生暖かさ。

 そうして初めてこの光沢のない鉛色の腕を自分の腕だと知覚する。

 改めて、ゆっくりとその手を握る――紅く濡れた鋭利な金属製の指と指がカキン、と高い音を響かせ触れ合う。

 あたしは、胃の中のものをぶち撒ける。

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