この物語の主人公――風見巴子の日々は、灰色の日常だった。
大学の研究室での人間関係は煩わしく、彼女の理解者であるはずの恋人ともいまは疎遠になりつつある。
まるで届かないモノに手を伸ばすように、研究室の窓から星空を見上げる彼女の前に姿を現したもの――それが〈妖精〉であった。
『夜の闇の中で、不自然なまでに輝く浅葱(あさぎ)と黒の美しい文様が目に焼き付いていた』
彼女の日常の灰色に比して、この〈妖精〉の羽根はなんと美しく鮮やかに描かれていることだろうか。
そしてこの〈妖精〉が彼女と入れ替わり、彼女の日常の辛い時間を肩代わりするようになってから彼女の灰色の日常は〈妖精〉によって大きく塗り替えられていく。
灰色の日常から――色鮮やかな日常へと。
だが――
『自分以外の誰かになる』と願う気持ちは、『私が私でいたくない』という気持ちにほかならないこと。
そんな単純なことにさえ、彼女は気づいてはいなかったのだ。
――そうして城ヶ崎権悟もまた、届かないモノへと手を伸ばす。
彼が最後に、手を伸ばそうとしたモノ。
それは羽ばたく蝶か、それとも失った恋人の幻影だったのか。
あるいはそれは――彼自身がもつ〈孤独〉であったのかもしれない。