人生なんて簡単なだけだと思ってた



 奏くんと付き合い始めて約半年。初めての二人で過ごすクリスマスが近付いてきている。そして、クリスマスイブは私の誕生日でもある。こんなに楽しみなクリスマスは、生まれて初めて。こんなに幸運なことが重なって大丈夫なのか不安になってしまうくらい。

 数日前、クリスマスイブだから何処か行こうという話になり、一緒に出掛ける予定を決めた。イルミネーションを見に行ったり、一緒にショッピングしたりすることになった。けれど、肝心の二十四日の午前中は、すでに予定が入っているらしい。

「本当にごめん。午後からは一緒にいれるから、ね?」

 こんなに頼み込まれたら、責めることなんてできないよね。午前中は一人で寂しいけど、午後からは一緒にいられるから。


 ……奏くんと午後だけでも一緒に過ごせることに浮かれていた私は、この不自然さに気付くことができなかった。




 そして迎えたクリスマスイブ。

 一人で家にいても暇だし、沙夜香を誘ってショッピングモールに行こうかな。そう思い電話で聞いてみると、すぐに家まで来てくれて、少し遠いモールまで電車で行くことになった。

「にしても、水瀬くん何してるのかしら? 折角彼女の誕生日だっていうのにね〜。まさか……な訳ないよね、あの水瀬くんだし」

「怖い話しないでよ……そんな訳ないじゃんか」

「そうよね。折角のクリスマスだし、彼にプレゼント買いましょうよ! おすすめはアクセサリーか防寒具ね~!」

 時代の最先端を行く沙夜香のおすすめの店ならはずれはないだろうと思い、素直に連れていってもらう。そこは有名ブランドではないものの、値段もちょうど良くデザインも豊富で、確かに良いものばかりだった。

 確か奏くんの好きな色は青だから、日常で使いやすい紺色のマフラーかな。手に取ったマフラーは、男女ともに使えるデザインで網目も綺麗なものだった。これだったら、色違いで自分用に買おうかな。お金に余裕があることを確認し、横に並んでいる白色のマフラーもカゴに入れて、沙夜香の買い物を待つ。……遅いなぁ。

「ごめんごめん! レジに並ぼうか!」

 残念ながら離れたレジでお会計をすることになってしまった私たち。奏くんに渡す方は、店員さんにきれいにラッピングしてもらった。自分のものは、タグを切ってもらい、今首に巻いている。渡した時に、お揃いってこと気付いてくれたらいいな。

 

「ゆーたん、お待たせ! ハッピーバースデー!」

 まだもう少し時間がかかるかも、と思い店先で待っていた私に突然大きな声が聞こえた。考えてもいなかったサプライズ。自然と口角があがってしまうのも、仕方ないだろう。

「沙夜香、ありがとう!」

 カフェに行きましょ、ケーキおごってあげる。その優しい言葉につい甘えてしまい、一階に入っているお気に入りのカフェに入った。正午まではあと二時間弱。ケーキを食べてから電車に乗れば、おそらく時間までに家に帰って支度できるだろう。

 チーズケーキを沙夜香におごってもらい、一番好きなホットのミルクティーを注文する。店員さんから手渡してもらい、二人席に座った。おごってもらったケーキを食べながら、軽く雑談する。この前の定期テストの話や、普段の勉強の話。奏くんとのお付き合いの話や、沙夜香の片思いの話まで。


「もうそろそろ、時間やばいんじゃない? 一回家に帰って身支度もしたいでしょ?」 

 ちょうどミルクティーを飲み終わったときにかけられた言葉。慌てて時計を見ると、五分後にはここを出ないと間に合わないくらいの時間だった。

「ほんとだ。ちょうど飲み終わったところだし、駅に向かおっか」


 駅のほうに向かっている途中、人の多さでめまいがしてきた。そういえば今日は休みの日だったな、と思い出してため息をつく。これ以上人が多くなると、人酔いしてしまうだろう。そう考えると気が重くなる。


「ねぇ、もうそろそろ予定があるから、帰ろ?」

 後ろのほうから、突然耳に入ってきた声。それは、とても馴染みのある人のもの。——奏くんだ。こんなところで何をしているのだろう。誰といるのかも気になるし、少しくらい振り向いてみたって良いよね。

「えっ」

 思わず声に出してしまったことに無理はないだろう。だって、奏くんと腕を組んでいるのは、とてつもない美人さん。誰かと一緒にいることはわかってたけど、親とか男友達とかといるのかなって思ったのに。奏くんも嫌な顔していないし、同意の上なのかな。じっと見つめていたら、その女の人がこっちを向いて、くすりと笑いながら口パクでこういった。「仕方ないでしょ」って。

 涙が零れてしまいそうだった。あの女の人は私よりも優れている。奏くんは私のことが嫌いになったのか、なんて私お得意のネガティブ思考が事態をさらに悪く考えてしまう。沙夜香を困らせるのも悪いから、先に一人で帰ったほうがいいかもしれない。

「ごめん、沙夜香。ちょっと急いでるから、先行くね! 今日はありがとう!」

 あの場から逃げ出してしまって、沙夜香は困っているだろうか。私と同じ光景をみて、ショックを受けているだろうか。わからないし、今はとりあえず一人になりたい。その一心だった。




 私って、こんなに弱い人間だったっけ。失恋しただけで部屋にこもるなんて。二度と奏くんに会いたくないと思ってしまうくらいには気が滅入ってしまっている。さっきから何十回と不在着信がきてるけど、もうどうでもいい。私はずっと布団にくるまり、目を閉じていた。チャイムの音やノックの音がしても、動かずに。このまま、無数に存在する塵にでもなってしまえたら良いのに……。


「優花、あんたにお客様よ。いい加減、部屋から出てきなさい」

 お母さんはいつもそうだ。私が今どんな気持ちなのかもわからないくせに、私に命令ばかりする。大学生になったら、絶対に一人暮らししよう。

 そんな下らないことを考えている間に、お母さんの言った「お客様」のものだと思われる足音が聞こえて、私の部屋の前で止まった。そして、聞こえた声は。


「優花ちゃん、大丈夫? 具合悪いの?」

 なんで、こんなところに奏くんがいるんだろう。あぁ、私の家の前で待ち合わせだったっけ。でも、私はあの光景を見てしまった。なら、そのことを隠さずに言ったほうがいいと思う。

「奏くん、私、ショッピングモールで貴方のことを見たの。隣に美人さんがいたじゃない。私のこと、本当は嫌いなんじゃないの?」

 え、あぁ。そんな声が耳に入るとともに、ドアの開く音が聞こえる。そういえば、鍵をかけることを忘れていた。我に返った瞬間には、奏くんはもう目の前。部屋も散らかったまんまだし、今まで以上に嫌われちゃうな。別れよう、と言われることを覚悟し、ぎゅっと目を瞑った瞬間。


「お誕生日おめでとう、優花ちゃん」

 嘘じゃないか、と疑ってしまった。あんな決定的な瞬間を見てしまったのに、私の誕生日を祝ってくれるとは思わなかった。

「ありがとう。……冗談じゃないよね」

「ふふ、どういたしまして。あの子はね、同じクラスの女友達で、プレゼント選びを手伝ってもらっただけ。特別な関係とかではないから、安心して」

 信じてもいいよね。受け取ったプレゼントを手に取り、中身を袋から取り出す。それは、純白の毛でできた、暖かそうな手袋だった。実は色違いで自分用にも買ったんだよね、といたずらっぽく笑う彼。奏くんに渡すプレゼント、手袋にしてなくて良かったな。

「私も、クリスマスプレゼント買ったんだよね。少し早いけど、メリークリスマス」

 そういいながら、店員さんが丁寧に包装してくれたマフラーを手渡す。彼は受け取った瞬間、満面の笑みを浮かべ、私に抱き着いてきた。プレゼントのこと、予想外だったのかな。

「ありがとう、優香ちゃん! ねぇねぇ、早く出掛けよう!」

 時計をみてみると、午後三時。待ち合わせの時刻から、三時間も経ってしまっている。今すぐ用意してくるからちょっと待ってて、と言い残して洗面所のほうへ向かった。鏡で見た私の目は、赤く腫れていた。さっきまでの感情を洗い流すかのように、水で顔を洗う。うん、少しすっきりした。


「ごめんね、待たせちゃって」

 部屋に帰ってみてみれば、奏くんは私とお揃いの手袋と、私があげたマフラーを身に着けていた。直視できないくらいかっこいい。私もコートを羽織り、その上から買ってきたマフラーともらった手袋を身に着けた。

「じゃあ、行こうか」




「あのイルミネーション綺麗だね! 一緒に写真撮ろう!」

「そうだね! あれをバックに撮ろう!」

 沢山の声が響き渡るなか、一際目立つ私たちの声。それは、幸福に満ち溢れていた。さっきまでの微妙な雰囲気はまるで泡のように消えていた。

 私たちはまだ高校生だから、高級レストランでディナーをしたり、旅行先でプロポーズみたいなロマンチックなことは出来ない。けれど、この瞬間はそんな陳腐なシチュエーションよりずっと幸せな気がする。


「ねぇ、奏くん」

「ん、なぁに?」

「いつもありがとう。大好きだよ」

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人生なんて 紫月 真夜 @maya_Moon_

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