第11話選択

「…ひどいよ、あんな全速力で逃げたりして」


「…ごめん、でも俺覚悟決めたから」


翌日、学校に行くといきなり三人娘から拉致された。


生徒のあまり通らない、階段下での一コマ。


「また逃げたら春海ちゃんにチクるから」


と井原に釘を刺され、逃げ道を完全に塞がれた。


「私、知らなかった。宇堂が私のことあそこまで拒否りたいくらい嫌いだったなんて」


「違うんだよ。それは何の間違いもなく俺が悪いけど、嫌いだからとかじゃないんだ」


「じゃあ、何で?」


「それは…」


そこまで言ってチャイムが鳴る。


何と空気の読めるチャイムなのだろう。


「今日、このあと春海が来るって、聞いてるだろ?その時話すから」


半ば無理やりに、話を打ち切り教室へ急ぐ。


三人も不承不承と言った様子で同じく教室へ向かった。




その日は授業など同然頭に入らず、体育の授業も散々だった。


男子はサッカーをやっていたのだが、顔面でボールを受け、クラスメートのタックルを避けきれず転倒。


更には後頭部にボールが直撃。


呪いにでもかかったんじゃないかというほどについてなかった。


俺自身がボケッとしていたのも悪いのだが。


「大輝、どうしたんだ?今日はやけにボケッとしてんな」


隣のクラスと合同でやる体育の授業だったので、良平も一緒だった。


調子悪すぎて途中から見学していると、良平も隣に腰掛けてきた。


当然全てを見ていたから、少し心配してくれたのだろう。




「なるほどね、そりゃお前が悪いわ」


良平にも全て話した。


暴発の件は何とか伏せて。


「わかってるよ。けど、そういうのって俺、まだよくわかってないのかもしれない」


「周りからしたら、爆発しろ、くらいには思われる案件だな」


「ああ、ああ、そうだろうよ…」


「あれでなかなか、桜井さん人気あるからな」


「そうみたいだな」


その話は前にちょっと聞いたことがある。


されてきた告白の全てを断り続けてきたということも。


「告白されることも多かったみたいだけど、全部お前のために断ってたんだよな、桜井さん」


「…そうだな。考えない様にしてたのに…」 


「この際だからもっと悩め。あと、少し開き直ってもいいかもな」


「開き直る?そんなの…」


「発想の転換ってのかね。お前は色々重く受け止めすぎなんだよ」


「そういうもんかね…」


「最悪、二股ってかハーレムエンドなんてのも…」


「ないだろ…誠死ねから大輝死ねの時代到来とか笑えねぇよ」


「ははっ、そりゃいいな。是非流行らせてほしいわ」


「てめ、人事だと思って…」


「まぁな、間違い無く人事だし。ああ、人事ついでに一つ言っとくわ」


「あ?」


「俺、井原さんと付き合うことになったから」


「はぇっ?」


驚きすぎて情けない声が出てしまった。


追求しようとしたところで終業のチャイムが鳴る。


しれっと爆弾落として逃げて行きやがった、あいつ。




そして迎えた放課後。


春海は学校まできてくれると言っていたので、俺も桜井も玄関手前の校舎な中で待つ。


井原と野口の姿はない。


井原は良平とでも出掛けたのだろうか。




「ねぇ」


「ん?」


「一つ、聞かせて」


「…何だよ?」


気まずい雰囲気の中、桜井が話を切り出す。


まだ待ち合わせ段階なのにいきなり本題とかやめてほしい。


「私のこと、嫌いって訳じゃないんだよね?」


「あ、ああ。けど、それはこのあと…」


「ちゃんと言ってくれないとわからないよ!」


桜井が叫び、詰め寄ってくる。


耳元でどん、と音がする。


これは…。


壁ドンだ!テレビで見たことある!


男女逆だけど…。


何故逆壁ドンなのか…。


「ちゃんと、言って…」


「さ、桜井…」


ヤバい、これ以上近付かれるのは…。




「おっとォ!ここから先は一方通行だァ!!」


ビュン!と風を切って俺と桜井の間に割り込み、俺を庇う様にして立ちふさがる人影。


他でもない、春海だった。


何でこんなヒーローっぽく登場すんの…。


そういう登場憧れるけど、俺が助けられる側なのはさすがに想定外なんだよね…。


「春海ちゃん…ごめん」


「いいの、わかってはいたから」


「あ、あの…俺いつまで庇われてればいいの?」


「あなたは…私が守るから」


「カッコいいなおい、けどとりあえず場所変えないか?人目が気になりすぎる」


さっきの小芝居を見て人が少しずつ集まりつつある。


「大輝は見られると燃えるM男だから大丈夫かなって思ってたんだけど」


「カッコいいお前には悪いが、俺にそんな性癖も設定もない」




とりあえず妬み嫉みの視線が痛いので、場所を変えるべく学校を出た。


そりゃそうだ。


この辺じゃ馴染みのない美少女に学校の人気者を従えてラブコメしてりゃ、そうなるのは当然。


「駅前の喫茶店でいい?それともファミレスか?」


「音とか声気にならないし、カラオケとかは?」


「カラオケは却下」


珍しく春海が拒絶の意志を示す。


「カラオケ嫌い?」


「歌が苦手なだけだけどね。歌いに行くんじゃないし、別に良いけど」


とうでもいいけど、音とか声気にならないとか言われると良からぬ妄想が頭の中を支配してしまう。


悲しいけどこれ、男のサガなのよね。




結局先日鉢合わせしたときと同じファミレスに行くことになった。


「ドリンクバーとケーキでいい?」


春海がちゃっちゃと注文を決め、店員を呼ぶ。


注文を終えるとさっさと飲み物を取ってきた。


「さて」


ごくり、と唾を飲む音が聞こえる気がした。


「桜井さん、大輝のことどう思ってるの?」


いきなり本題の、ど直球。


しかもパワーありすぎてキャッチャーごとなぎ払ってしまいそう。


「あ、あのさ春海」


「今は桜井さんのターン。ちょっと黙ってて」


「あ、はい」


荒ぶっているわけでも怒っているわけでもないのにこの迫力。


逆らえるはずもない。


「私…私は…」


「聞き方が悪かったなら、質問変えるね?大輝のこと好きなんだよね?」


これまた豪速球の直球。


「…うん、好き…なの」


あれ、桜井ってこんなに可愛いやつだっけ。


ただうるさいやつだと思ってたのに。


しおらしさが出ると印象ってガラッと変わるもんなのか。


「うん、わかった。で、大輝は今のを聞いて、どう思ったの?」


「あ、俺?えっと…」


どう思った、って聞かれてもな…。


「はっきり答えてね。それによって対応変わるから」


対応って…。怖いなマジで。


適当なこと言ったら本当に命ないんじゃないかこれ。


「何とも思わなかったの?」


「いや、そんなことは」


「ヘタレもいい加減にしないと、身を滅ぼすことがあるんだよ?」


で、ですよねー…。


「正直なことを言えば、驚いた。嬉しいって感情もあると思う」


「そうだよね、よく出来ました」


ほっと安堵したのも束の間、春海から次の質問が。


「で、大輝のことが好きな桜井さん」


何でそうトゲトゲした言い方するの…。


「大輝と、どうしたいの?私がいるのをわかっている前提で聞かせて?」


「それは…」


「それは?」


「私も、宇堂と付き合いたい!だって、好きなんだもん!どうしようもないんだもん!」


恋する乙女、ってやつか。


既に恋愛中の女の子とはまたちょっと違うわけね。


「桜井さんの気持ちはよくわかった」


ケーキをつつきながら、春海が言う。


「大輝は?どうしたい?どっちかを選ぶ?どっちも選ばない?」


「俺は…」


いや何言ってんのこいつ。


元々お前は俺の彼女なんじゃないのかよ。


「それとも」


フォークを置いて春海が俺を見据える。


「二人ともと付き合う?」


は?


桜井も、呆気に取られた顔をしている。


「さっき桜井さんは、私「も」宇堂と付き合いたいって言ったのよね。これって、例えば世間的に言う二号さんとか二人目の彼女として、って意味じゃないの?」


えっ、そういう意味だったの?


私だって、みたいな意味だと思ったんだけど、違ったの?


二人と付き合うとか…昼間良平が言った通りじゃねーか!


ハーレムエンドとか…最後マジで死亡エンドなんじゃないのか…。


「…それでも、いい。宇堂が私を、女の子として見て付き合ってくれるなら」


のおおおおおおお!!


何でこの子、自らイバラの道を歩もうとするの!?


「おい桜井、正気か?俺たちまだ中二なんだぞ?無責任な言い方にはなるかもだけど、俺なんかよりずっといい男と知り合えるかもしれないんだぞ?」


「わかってるよ!けど、今は宇堂しか見えないの…」


昔の偉い人は言いました。恋は盲目。


もっとちゃんとその目、開けて見た方が良くないか?


「桜井さんは答えを出した。それがどれだけの痛みか、大輝にわかる?」


何で言うことがいちいちカッコいいんだよこいつは…。


「私ね、大輝」


ちゅーっとコーラをすすりながら春海は言う。


「桜井さんとなら、一緒に付き合うのもありかなって思った。だって、桜井さんは絶対私と同じくらい大輝のこと大事にしてくれる」


「だからって…」


「大輝、よく考えて。ここで桜井さんを友達に押し留めることが、桜井さんにとって本当に幸せだと思う?」


「それは…」


「何処かでねじ曲がってしまうかもしれない。確かに、二人で大輝と付き合うのも、そうなる可能性がないでもないかもしれない。けど、私と桜井さんの理想が一致する部分があるんだったら…上手く行くと思うし、その可能性に賭ける方がよっぽど前向きだと思う」


「そうかもしれないけど、俺にとって都合良すぎないか?」


「二人がそうしたいから、そうする、って言うのじゃ納得できない?」


桜井が問う。


本当にこれが一番の解決策なのか?


そうだ、俺はどうだ?


俺は現時点では春海を大事に思っている。


けど、桜井を大事に…出来るのだろうか。


大事にしてくれる、だからこそ俺はそれに応えていくべきだと思う。


俺に、それが出来るのか。


「大輝はきっと、俺は桜井を大事に出来るのか、って思ってるんだよね?」


お前すげぇな。


そこまで行くとエスパーだよ。


「大輝は、多分出来る。私と同時進行でもどっちも蔑ろにはしない。というか出来ない」


「何故、そう言い切れる?」


「それが、大輝だから」


敵わないなと思った。


それは桜井も同様で。


「今はまだ、春海ちゃんに敵わないと思う。でも、これからもっと宇堂のこと、知って行きたい。だから、宇堂さえ良いなら…」


ここまで言われてグダグダ言うのは男らしくないと思った。


童貞のくせに生意気だと思われるかもしれない。


だがそんな針の筵に座って男を鍛えるのも悪くない。


俺ももう、恐らく普通じゃないのだ。


「…わかった。努力する。あと、春海」


「どうしたの?」


「独り占めさせてやるつもりだったのに、ごめん、こんなことになって」


深々と頭を下げる。


端から見たらダメ男が浮気バレて謝罪してる構図にしか見えない気がするが、それでもそうせずにいられなかった。


「それなんだけどね」


「何かいい案でもあるのか?」


「桜井さん、いくつか条件があるんだけど、いい?」


「い、痛いのとかじゃなければ…」




春海の出した条件は、こうだ。


・俺の初めては春海が頂く。


・桜井と二人で会うときは、予め春海に連絡を。


・週に一度は三人で会う。


・週末は春海の日。


大まかに言うとこんな感じ。


破ったらその時点でご破算。


もちろん例外は要相談。


何だこれ…。


「随分優しい条件だな」


「私の生活は大輝が全部なの。だから、大輝の為になることなら何でもするよ」


ならないことも散々された気がするけどな!


それこそもう、忘れよう。




「あとは…みんな名前で呼び合おうか」


桜井…朋美だっけ?


春海はいいとして。




あと、学校ではとりあえず現状維持ってことに落ち着いたことにするのが良いと言われた。


俺が二人と付き合ってることがバレれば、当然俺の立場が悪くなると春海は予想した。


間違っていないだろう。


下手をすれば学校に居場所はなくなってしまう。


桜井…朋美にも大いに気をつける様釘を刺していた。


今まで通り適当に休み時間話す程度で良いだろうし、俺は多分そこまで気をつけなくて大丈夫だろう。


やらかすことがあるとしたら朋美の方だ。


正直俺の居場所がなくなるのは別に構わない。


だが春海も朋美もそれでは納得しないだろう。


そこでまた問答をするのは、二人も望むところではないだろうと思った。




その日は結局、そのまま解散することに。


こんなにも恵まれていて、良いのだろうか。


そんなことを考えながら帰宅する。


今まで何となく交換していなかった、桜井とも連絡先を交換した。


これで俺には彼女が二人。


これは本当に現実なのだろうか。


あまりに急展開すぎて頭がついて行っていない。


感情も追いつかない。


爆発して死ぬとか、やっぱり朋美に滅多刺しにされて死んだりとか、そんなオチがあったりするんじゃ…。 


何だか最近世界が俺に優しい。


幸せだと素直に思えない辺り、歪んでる。


取り返しのつかない選択をしたんじゃないか、そんな思いが頭を支配した。

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