あの娘が取り上げた。

鍍金 紫陽花(めっき あじさい)

第1話

 クラスの隅で私は掲示板のおっさん達を釣る。私が女性と言うだけで暇な男達は虫のように集ってきた。昨日の夜にスレッドを立てたけど、保守をされて継続している。必要とされない私が必要とされるための手段だった。


「筑紫、呼ばれてるよ」

「筑紫さん。貴方はどう思いますか」


 急に呼ばれたから慌てて顔をあげた。私は教室を見回して視線を受け取る。その時、自分が何をさせられそうなのか理解した。


「私は塾があるから文化祭委員にはなれないかな」


 隣の友人が鼻で笑う。そして、私に耳打ちしてきた。


「どうせ嘘だろ?」


 私は言い返す言葉が見つからなかった。本当に嘘だから返せないため、黙っていく度か追い込まれていく。

 前にクラスの役員決めで嘘をついたことがあり、それから信頼されていない。


「じゃあ田中さんは?」


 友人は名指しされて俯いた。クラスの人は不審そうに目を向ける。友人の田中は目立つことが嫌いだから、注目されると固まって周りを苛立たせた。

 田中は沈黙するから厄介事を押し付けられる。


「……はい。私やります」

「筑紫さん。塾はいいの?」

「塾の先生に行っとく」


 今は文化祭の委員決めをしていた。委員は面倒な仕事で誰かに押し付け合う。あまり自分と関わりが少ない人と、クラスで目立ってない人を推薦していた。どうせ今回も私が委員になる。


「あ、そうなの。他の人はやりたい人いる?」

「……」


 爪をいじったり友達と話す人。先生は放任主義で問題さえ起きなければいい。退屈な時間を区切りつけため、誰かが委員をやることになる。それまで無駄な放課後は伸びていくだけだ。


「ていうか、誰でもいいからやれば良くない?」


 クラスを仕切るのはクラスで発言権のある安藤。彼女は姉がモデルなことを自分の長所と捉えているらしい。


「早く決めて帰ろうよ」

「なら、俺がやるよ」


 赤色の教室に肌色の腕が伸びる。黒い表面からの助け舟は頼りがいのある柱だった。


「大須くん。いいの?」


 大須はクラスの目立つ男子の中で、いつも人懐っこい笑みを浮かべている人だ。彼だけは私のことを積極的に弄らない。目立つ男子とよく仲良くしてるから、この役員決めは消極的だと捉えていたのに。


「いいよ。誰もやりたくないでしょ?」

「大須くんかっこいー!」彼の友達は自分を棚に上げて冷やかした。それでも、大須は怒らないで照れ隠すようにやめろと呻く。


 役員は大須の名前を書き、遠慮がちにけ、決定とクラスに伝えた。啖呵切った皆はカバンを持って立ち上がる。予定に追われて走る人や、友達がどう帰るか探る人。その中で大須は見回す。そして私と目があうと、あの好感度が上がる笑みをした。


「よろしくね」

「え、え。うん」


 私は手入れしてない膝裏がひどく汚いもののように感じた。今まで気にしなかったのに身体が痒くて仕方ない。だから、私はカバンを持って逃げた。その感情を教室に捨て家に帰りたかった。


 それから私と大須は一緒に作業することが増えてくる。彼は私の鬱々した周りとかけ離れた世界の住人だから、発言がすべて新鮮だった。


「あの京って人いるじゃん。アイツはトイレでセックスしたらしい」

「安藤、声でかいだけで何もしないから、周りから嫌われてるらしいよ」

「体育の担任が生徒にセクハラしたってよ。なんで話題にならねえんだろ」


 大須が会話を率先して受け持つ。クラスの人々を違う視点で捉えるようになった。


「大須くんはすごいね。役員に手を挙げるんだから」

「そうかな。俺は面倒事押し付けられただけだよ」

「そうなの?」

「自分からやるわけねえじゃん。こんな楽しくなくて面倒な仕事、ね?」

「う、うん」


 私と大須の距離は縮まった気がする。荷物運びで肩に当たる時があるし、廊下で通りがかると手を振り返してくれた。初めて出来た男の友達で、こんなに話してくれると思わなかった。


 そんなある日、文化祭でクラスが何をやるかという話になった。私と大須さんは隣に並んで壇上から見回す。私と話さない女子や態度の悪い男子が私を見ている。まるで私に用意された舞台だった。


「ねえ、これやらない?」


 安藤はクラスの注目を手にした。余裕そうに足を組んでポケットに手を突っ込んでいる。


「劇をやるの?」さすがの大須も聞き返す。


「劇じゃないよ。この動画みて」


 大須の前だけ携帯を差し出す。彼はその画面に食入り、安藤は大須の横顔を見てる。


「あー、かっこよくペットボトルけってゴミ箱に入れるやつか」

「そうそう。かっこよくない?」


 今流行りのおしゃれに捨てるやり方。例えば床においたペットボトルを一蹴りでゴミ箱にシュートするという動画で、これをバカッコイイというらしい。


「だって同じ高校一年ってもう返ってこないんだよ? 思い出作りしようよ。ね?」

「そ、それいいかも!」

「みんなするの?」


 無責任の同調が安藤を中心に広がっていく。それについていけない男子はため息を吐いたり舌打ちをしていた。それでも、安藤と仲がいい男子も乗り気になる。


「来年も同じクラスになれるかわからんもんね。今のうちに楽しめること楽しみたい」

「そうそう。分かってるー!」

「これみんなが参加できるようにしようぜ」


 練習できる場所をとらないといけない。誰かがカメラを回しながら、演者をする。

 安易に想像つく。私たちは手伝いを任されて上の人たちの青春を飾り付ける。それだけのために駆り出されていく。

 大須は手を叩いて注目を集めた。


「わかった。やろう」


 クラスの上の人たちは大盛り上がりで、黒板に走る文字を見守った。大して目立たない私たちは落胆し自由が来ないことを理解する。


「早速、土曜に集まってね」


 場所は近くの公園で朝の9時から開始することになった。思い出作りに励む人たちは、どうせ私たちの心なんて理解していない。

 集合場所が決まって解散する。私はカバンを取って隣に話しかけた。


「ねっ、面倒なことになったね」

「……」


 田中は聞こえてるはずなのに返さない。周りの世界を分断してるように無言だ。


「どうしたの?」

「ごめん。今日は早く帰るから」


 彼女は鞄を手にし、出口に急いだ。投げ出された私は田中机で放心する。


「見てあれ」


 教室の入口に目を向ける。その声は姉をモデルに持つ人だった。私の惨めな現況に満足したのか、睨みつけながら去っていった。



 土曜日。

 安藤さんは遅れてくると連絡してきた。ここに集まったのは役員の私と大須。田中は休むとラインが来た。

 大須は右足をパタパタさせながらベンチに腰掛けている。全く私を見ていない。


「ね、ねえ。大須くん、動画の編集どうする?」

「やっといて。得意でしょ?」

「え? え? ごめん、私得意じゃない」


 大須は今日初めて私の目を見た。つぶらな瞳で光を取り込んでいる。


「見掛け倒しかよ」

「ご、ごめん」

「大須くーん!」


 安藤が私たちのところに駆けつけた。学校とは違っておしゃれに気を使ってる様子だ。私は全身が黒くて影と同じ色をしている。


「安藤さん! 待ってたよ。早速やろうか」


 安藤が来た途端、表情が晴れた。他の男子も集まって、途端に仲良しごっこが再開される。

 彼女が連れてきたグループはメイクして男子に話しかけていた。私だけが孤立して、カメラを落とさないように持っている。


「じゃー、カメラやって」

「は、はい」


 慌てるあまり滑り落としそうになった。すると、大須はまゆを潜める。


「そういう天然アピールいらないから」

「ご、ごめん」

「クスクス」


 安藤は私の失態を笑っていた。

 その後、私はカメラをずっと回す。ペットボトルを補充して蹴るだけの光景。頭が狂ったのかと錯覚した。周りだけが楽しそうだ。なんで田中は無視したのかな。何で、こんなことしてるんだろ。


「安藤さんのこと好きなの?」

「お前に関係ないだろ」


 大須は汗を拭って、ペットボトルを蹴った。置かれたゴミ箱に入り、成功する。

 私の中で何かが切れた。


「大須くん。私編集するよ」

「また嘘ついたのかよ。まあ、ありがと」



 文化祭当日。

 私たちは体育館でモニターを下ろした。最終調整して、司会が私たちのクラスを発表する。


「1年c組のバカッコイイ動画です」


 瞬間、体育館がざわつく。クラスの皆も困惑とした表情でモニターを見つめた。


「な、なんだよこれ」

『1-cの京はトイレでセックスした。安藤は周りから嫌われてる。体育の担任が生徒にセクハラした』


 私はクラスの裏事情を赤裸々に書いて、投稿したり

 クラスの人々はあの動画が再生されると思い込んでいた。私は彼の言葉を忘れるわけがない。だから、全てをみんなに知って欲しくて体育館で流した。今まで見せたデモテープはすべて偽物。

 真っ先に彼の顔を探した。

 大須は仲良しグループの中で唖然としている。

 引き出した、と思う。彼の中にある絶望を一つの編集で引きずり出せた。安藤の色気は絶望に満ちた彼に勝てない。ねえ、私は大須くんが好きだよ。


 クラスの裏事情はどんどん公開される。担任が慌ててモニターを消すのか走り去っていく。クラスの皆は画面に釘付けだった。でも、そんなことはどうでもいい。ただ、大須くんが余裕を崩している。

 それだけが一番の価値になった。

 私一つのわがままが、彼を変えることが出来た。

 ねえ、私のことどう思ってる?


「ふっ、くく」


 何て都合のいい言葉が浮かぶんだ。あまりに幼くて笑いがこみ上げる。すると、体育館の画面が真っ暗になり、全校生徒が騒然とした。


「あっハハハ」


 私はおかしくなってきた。大須はこれから私のことをどう思って接してしくれるのかな。


「アハハハハ!」


 突然、私の手は掴まれる。担任は顔を赤くして、私を列から引き出した。ならば、大須くんの顔を凝視しないといけない。だって、初恋だから。そう、私は大須くんの学生らしさに惚れてしまった。どうせなら、スライドに告白でも乗せれば嫌がらせになれたかもしれない。

 この恋という感情に向き合うことにした。彼の顔は頭に強く焼き付いた。

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あの娘が取り上げた。 鍍金 紫陽花(めっき あじさい) @kirokuyou

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