僕は君の神様になる

成井露丸

第一話 神様になる宣言

「僕は君の『神様』になるよ」

「え? 何それ? イヤよ」


 君は露骨に眉をひそめる。綺麗な顔立ちに不似合いな皺が眉間に際立った。そんなつれない君のリアクションに僕は唇を尖らせる。


 校舎の二階から眺める外は高校の裏庭で、その向こう側には学校の敷地と道路を隔てるブロック塀が立っている。僕たちは、ステンレスの窓枠に手を掛けて、開いた窓から二人で顔を突き出していた。


 冬の風が間欠的かんけつてきに吹き込んでくる。今日はそこまで寒くないが、本格的な冬の最中さなかだった。

 いつまでも廊下の窓を開け放していては、誰かに絶対嫌そうな顔で苦情を言われるし、さっさと閉じた方が良いのだが、僕も君も、窓を閉じる気配はなく、その冬の街並みを眺めていた。

 ブロック塀の向こうの道路に男性が立っている。何かこっちの方を見ていたようで少し目があった気がした。こちらを見遣った後に、男は一人で空を眺めだした。

 ――何しているのだろう?

 とは思ったが、今は見知らぬ人の観察をしている場合ではない。


「なんで?」

「……いや、なんでって。なんで、あなたが私の『神様』なのよ? そもそも、『神様』になるって何なのよ。どう考えても頭おかしいわよ?」

「そうかなぁ〜。でも、君の『彼氏』のポジションは埋まっちゃったんでしょ?」


 僕はさっき彼女がした報告を蒸し返す。

 学年末も迫った冬の日の、何気ない二人の日常会話の中で、さっき彼女は僕に近況報告をした。「きのう、彼氏ができました」と。

 きっと、彼女は僕の気持ちに気付いている。それなのに、それに気付かぬ振りをして「彼氏ができました」と僕に報告しに来たのだ。

 廊下の窓を開け放って、寒いけど、何だか気持ちの良い冬の風を浴びながら。


「……う、うん。そうだけど」

「だったら、僕は君の『神様』のポジションを狙うよ。空いてるんでしょう?」


 僕の「君の『彼氏』のポジションは埋まっちゃったんでしょ?」発言に、彼女はちょっときまりが悪そうに、視線を逸らす。照れているんじゃない。これは僕の気持ちに気付いていて気付かない振りをしている素振りなんだ。


「先輩の事は好きなんでしょ? だから僕が彼氏になるっていう選択肢は、もう無いんだよね?」

「なっ……何言ってんの? う〜、……うん。先輩のことはずっと好きだったし。付き合えるなんて夢みたいって思ってる」


 先輩というのは彼女の部活の先輩で、三年生の先輩だ。僕たちは二年生だから、一つ上の先輩になる。人間的にも良く出来た人で、僕でもちょっとカッコイイなぁと思うこともあった。早い話が僕に勝ち目は無いのだ。僕と彼女は友達止まり。頑張って、腐れ縁。それ以上でもそれ以下でもない。


 先輩は来週卒業する。その先輩が、先日、彼女に告白したのだ。彼女は天にも昇る気持ちだったことだろう。晴れて両思い。ただし、先輩は東京の大学に進学することが決まっているので、すぐに遠距離恋愛なのはちょっと可哀想かな、とは思う。とはいえ、僕には、彼女の恋愛を止める権利も、その力も無いのだ。


 なんだか話の流れで、今、僕が告白したみたいになったけど、まぁ、いいや。

 最早もはやそれは大きな問題ではない。


「先輩とは付き合うけど……、だからって、なんで『神様』なのよ?」

「あれ? 君、特定の神様を信仰してたりしたっけ?」

「……ううん、してないけど。特に信心深くもないし。お盆とお正月くらいはお墓参りするけど」

「だったら、君の『神様』のポジションはまだ空いてるわけだ。僕にもチャンスはあるよね?」

「無いわよ」

 バッサリである。気持ちいいくらいにバッサリ斬られた。


「……なんで?」

 唇を尖らせながら、僕は食い下がる。


「『なんで?』も、なにも……。そもそも『神様』になるってどういうことよ? 神様って『なるっ!』って言ってなれるものじゃないし、奇跡を起こす力なんてのも無いでしょ?」

「奇跡を起こす力は神様に必須じゃないよ。奇跡を起こしてくれるのが神様だ、みたいな功利主義的な宗教観じゃぁ、宗教の先生に怒られるよ」

 僕がニヤニヤと笑いながら取った揚げ足に、彼女は口を尖らせた。


「だったら、あなたが私の神様になるっていうのは、一体どういうことなのよ?」

「それは、良い質問だし、難しい質問だね」

 僕はステンレスの窓枠に右肘を付いて顎を乗せる。


 東からの風が僕の右頬を打つ。その風は舞い上がり、君の長い髪の毛をさらった。ファサッと舞う髪の毛を君は左手で押さえる。僕の視界の中心には君が居る。その背後には廊下の女子や男子の姿があるが、視界の中ではピントが合わずにぼやけている。冬の風に髪を揺らし、左目を瞑る君の姿だけが、僕の視界のなかでクリアだ。


「実際、僕が君の『神様』になったとしても、すぐに何かをしてあげるのは難しいかもしれないね」

「な~んだ。それじゃ、ただの友達と変わらないじゃん」

「今のままじゃそうかもね。でも、だからこそ、僕は君の『神様』になりたいと思うんだ」

「自分でも何なのか良く分からないモノになりたいってこと?」

 君は呆れたように僕を見る。そんな君の呆れた顔も、僕はたまらなく好きだ。君を困らせても、喜ばせても、僕は幸せだったりする。


「何だってそうなんじゃないのかな?『彼氏』だって。何が出来たら彼氏なの? 何をしたら彼氏なの? 告白にOKしたら彼氏なの? 手を繋いだら彼氏なの? キスしたら彼氏なの? セックスしたら……」

 真っ赤な顔をした君の両手が僕の口を塞いだ。

 僕に顔を近づけた君は小声で『何言ってるの? ここ学校の廊下だよ! わきまえてっ』と耳打ちした。近付いた距離で話す君は可愛い。また、僕の唇が君の右手の平に触れている。そのことも僕は意識した。


「でも、『彼氏と付き合う』って幾らでもある話だし、『彼氏になる』っていうのも普通のことだよ。それに比べたら『神様になる』なんて聞いたことがない」

「『神様を信じる』とか『神様に信仰心を持つ』とかいうのは、普通にみんなやっているよね?」

「そりゃそうだけど……。私……、あなたに『信仰心』なんて持たないわよ?」

 眉を寄せながら、目を細めて僕を見る君。


 ……残念。なし崩し的には信仰心を得ることは出来なかったか。

 『神様』への道は険しい。


「う〜ん。残念だなぁ。まぁ、今日のところはそういうことにしておこう」

「今日のところって何よ? いつになっても私は絶対にあなたを『神様』だなんて認めないわよ」

「まぁ、少しずつでも、君の『信仰心』を手に入れてみせるよ」

「……好きにすれば」

「うん、好きにする」

 

 ――キーンコーンカーンコーン


 チャイムが鳴った。僕たちは窓枠から手を離し、一緒に廊下の窓ガラスを押して閉めた。窓ガラスを動かす間、君は僕に「ほんと、バカね」と囁いた。


 ――気持ちに応えられなくて、ゴメンね。


 彼氏になれるのは一度に一人だ。彼氏の二番手のような存在として、彼女に二股を掛けさせるだとか、肉体だけを求めてセックス・フレンドになるだとかいう選択肢も世の中的にはあるのかもしれない。でも、それは僕の気持ちが持たないし、何よりも、彼女にそんなふしだらなことはして欲しくない。

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