③ 入店、着席、即お冷
店内に入る。
時刻は11時を回ったくらいだったが、それでもかなりの客が入っていた。
見たところ、マダムの群れが多い――
(……まぁ、パスタってやたらと高いからな。学生が日常的に食すには、財布の事情が厳しいか)
そんなことを考えながら、席につく。
(……!? しまった、この店……! インターホンがない! つまりは「店員を捕まえて注文する」タイプのシステム!)
迂闊――そして憂鬱。
今からでも決して遅くはない、「あっ友達と待ち合わせてたはずが間違えて別な店に入っちまった、失敬失敬」的なオーラを出しながら外に出れば、まだ間に合うはず――
「いらっしゃいませ。お冷お持ちしました。ご注文決まる頃、お伺いいたします」
(ぐっ……! 時、既に遅し……!)
入店、着席、即お冷。
パスタ専門店の店員――
見ていないようでいて、しっかり観察してやがる!
侮れない――お洒落な店の、お洒落な店員。
こうなってしまった以上、席を立つという選択肢は消えてしまった。
お冷自体は無料だろうが、この状況を造りだされた以上、客として認識された以上、場を覆すことは難しい。
そんな度胸、僕にはない。
しかし逆に言えば、これはチャンスだ。
「すいません。注文いいですか?」
即お冷に対するカウンターとして、即注文!
店の前で予め注文を決めていたのが功を奏す!
(張っておくものだな……予防線)
文句なしのファインプレー。「わざわざ店員を呼びつける」というハードルを回避できた。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、注文フェイズに入ろう。
「ガーリックトマトスープパスタと……ストロベリーシェイク。シェイクは食前で」
「かしこまりました。少々お待ちください」
店員が目の前から失せたのを確認し、ようやく肩の力を抜いた。
「……シェイクを注文したのは何故? 別に好きってわけでもないでしょう」
当然だ。僕に好きな食べ物などない。
それには、深い事情があった。
「この手の店は、本格であるが故に注文が出るまでにやたらと時間がかかる。その上この込み具合だからな……恐らく、二十分は待たされるだろう。その間、手元にシェイクがあったらどうだ?」
「あー……つまり「コイツ分かってる」感を店員にアピールしたいのね?」
「違う」
――くらやみももこ。
こいつは僕を何だと思っているんだ?
「食前の甘味は食欲を刺激するスパイスになるんだよ、僕の場合はな。待ち時間も相まって、シェイクが解けていく微妙の味の変化を楽しむことができる――つまり、単純で押し付けがましい甘さを誇るシェイクも、どうにか飽きずに済ませることができるんだよ」
「それ、頼む必要あるかしら?」
「それは……僕は飲食店で、一品だけ注文する客になりたくないからな。シケた一人連れだな! って思われたら嫌だろ」
「…………………………誰も貴方のことなんて気にしないわよ」
くらやみももこは、冷めた目で僕を見下していた。
そこはせめて「小心者なのね」くらいの罵倒に留めてほしかった。
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