⑦ ごちそうさまでした


 大きいバーガーを食べ終えた後、満腹になった。

 ポテトが半分以上残っているが――最早食欲の欠片もない。


「宇都宮くん。二十二歳になりながら、未だに自分の空腹感を図りきれないのね」


 くらやみももこは、嬉しそうに言った。


「きっと貴方は、忘れた頃に再びハンバーガーショップを訪れて、食べられもしないサイズのポテトを注文して、後悔するのでしょうね。この先何度やり直しても、それはきっと同じ。遠回りしようが、近道しようが――結果は同じことなのよ」


 そうかもしれない。

 僕は何度もポテトのLサイズを注文し――残すだろう。その度に後悔し、胸やけに苦しむことだろう。


 だが――それが一体なんだというのだ?


「舐めるなよ、くらやみももこ――僕は大人だ。つまり」


 勢いよく席から立ち上がり、トレーを持った。


「――


 そう。

 食事という行為は――突き詰めれば、社会的行為。

 金銭が生じる。

 金銭のやり取りで得た物ならば――その食べ物を、どう扱おうが僕の勝手。


 小学校の、給食の時間ではないのだ。

 ――


 僕は、僕を赦そう。

 僕が何度、注文するポテトのサイズを計り違えようと――

 その果てに何度ポテトを残そうとも。


 そんな僕を、僕は許したいと――思う。


(さて。後はこのゴミを捨てれば、ミッションコンプリートだ)


 ゴミ箱を探す。

 この手のチェーン店は、だいたい出口の近くに設置しているが――


「――なっ!」


 そこで僕は。

 見てはいけないものを――見てしまった。


(何故だ……! どうしてそんなところに、お前が……! 馬鹿な……!)


 確かに、ゴミ箱は出口の傍にあった。

 食事を済ませて即座に退出できるよう、配慮された位置に。


 しかし、そこに――サービス過剰というものだ!


(ぼ、僕は……! 自らが残したポテトの処理を、人の手に委ねなけらばいけないというのか!?)


 そんな――

 そんな不条理な話が――


 まかり通る――のだ。

 僕達が生きている社会では。


 大量消費社会、チェーン店、仕組まれたマニュアル、スタッフの笑顔、「ありがとうございました」という明るい声――!


 その全てに――僕は一体、どう立ち向かえばいい?


(……! しかもグズグズしている間に、子供に先を越された!)


 僕の腰ほどしかない、小さな子供がゴミ箱に手を伸ばしていた。


 見かねたスタッフは、小さく屈んで微笑んだ。

 そしてトレイを受け取りながら、囁いた。


「偉いね。


(あ……ああ……)


 その瞬間。

 僕の中で、何かが壊れる音がした。


(そんな……まさかこれは……僕は――)


 スマイル0円。

 その瞬間に、立ち会っているというのか――


「あっ、お待たせしました。トレイお預かりしますね」


「はっ!?」


 時間にすれば、一瞬。

 いつの間にか、僕は自失状態に陥っていたようだ。


 子供の姿は、もうどこにもない。

 あれは夢だったのだろうか?


 いや――夢であろうと現であろうと、関係ない。

 大切なのは――だ。


「いえ――


 意味不明の言い訳を残した僕は、自分の席へと戻った。


 向かいの席に座るくらやみももこが、意味深に微笑んだ。

 そして、高らかに叫ぶ。


「ふざけんな! あの狙いすましたタイミング――あれじゃ、! ――みたいな?」


「…………」


 僕は。

 その後、黙々と――ポテトを口に押し込んだ。


 ちなみに彼女の物真似は、全く似ていない。






 



 


 

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