エピローグ

本当においしいもの

 込み上げそうなほどの胸やけを堪えて、僕は店の外に出た。


 ガラス張りの扉。

 たった一枚隔てただけで――こんなにも、別の世界だ。


(う……くそ、吐き気が……)


 無理矢理ポテトを喰らった弊害が、早くも出始めている。

 食事の前は、焼肉を喰らえるハングリー精神が羨ましいと思っていた。


 しかし、今はそうは思わない。


 身の程を知る――ということ。

 それが成長に直結しないことは、知っている。


 しかし僕はもう二度と、ポテトのLサイズを注文することはないだろう。

 

 それはきっと――前進と呼べるのではないだろうか。


 「……………」


 僕は再び、ベンチを占領する異形と向かい合った。


 小さい頃からコイツが嫌いだった。

 その理由が、今になってやっと分かった。


(コイツ……僕に似てるんだ)


「あれ? お一人さまですか(笑)」とでも言いたげな、或いは「僕は何も知りません」とでも言いたげな、無責任な表情。


 それは――鏡に映る、自分の顔にそっくりで。


「…………」


 多分、僕は。


 この先も、彼みたいな表情を浮かべて、生き続けることだろう。


 成長もせず、遠回りを続けながら。

 たまに一歩、前進とも言えない小さな一歩を踏み出しながら。


 そしてメシを喰う。

 生きている限り、メシを喰う。


 それは――人として生きる以上、当然の行為。

 金を払って、メシを喰う。

 喰いたくもないメシを喰っては――生き続ける。


 何のために?


「そう、何のために? ――貴方、結局何がしたかったの?」


 くらやみももこがベンチに、異形の隣に腰かけながら問いかけた。


「そんなに食事が嫌いなクセに、どうして食べることを止めないの?」


 そんなもの――決まっている。

 生きるためだ――なんて理由じゃなくて。


 もっと、純粋に――そう。


 僕はただ――


「本当においしいと思えるものに、出会いたかっただけなんだ」


「……そう。見つかるといいわね。本当においしいもの」


 そう言い残して、くらやみももこは消えていった。

 その表情に浮かんでいたのは――呆れたような微笑み。


「……ふん」


 どうせまた、彼女は姿を現すだろう。

 食事という行為に、僕がストレスを抱き続ける限り――何度でも。


 繰り返す、繰り返す。

 遠回りをしながら。近道をしながら。


 同じ答えをはじき出しながら。


「やれやれ」


 反吐が出るほど、満腹だ。

 僕はジャンクフード店を背にしながら、誰にも聞かれないように小さく呟いた。


「……食事って、本当にめんどくせぇなぁ」

 


 


 


 

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