⑥ 食事


 混雑した店内の中で、一人でも許されるであろう席を探すのは難儀なんぎした。

 さて、と。僕はトレーを置く。


 この時点で、食欲がほとんど消え失せていた。


(僕は……僕は何故、こんな店に入ろうと思った……?)


 穏やかな休日の昼下がり。


 僕は――自分を罰したかったのかもしれない。この緩み切った時間帯に。現を抜かす自分自身に……。


 ポテトを手に取る。しなっとしていた。

 そのまま口に運ぶ。


(……うん。芋だ)


 何の感想も浮かんでこない。

 強いて言うなれば――まるで棒状のポテチでも喰らっているかのような。


 ポテトを口に含む度、ポテトチップス製造メーカーの名前が脳裏に浮かんでは消えていく。その度に、指がどんどん脂っぽくなっていく。


(しまった……慌てて注文を受け取ったせいで、ナプキンを取り忘れていた)


 しかし――今更、引き返せない。


 

 この期に及んで、席を立つなど――言語道断。


 賽は投げられた。

 ならば――運命に従うのみだ。


(……まぁいい。手をギトギトにしている方が、ジャンクフード喰ってます感が出るからな)


 一旦ポテトの咀嚼そしゃくを放棄し、大きいバーガーへ手を伸ばす。

 ……そこで異変に気が付いた。


(大きいバーガー……お前、昔から「箱入り」だったか?)


 僕の記憶が正しければ――前に来店した時は、包み紙に入っていたと思ったが。

 その時代は、とうに終わったというのか? そもそも最後に来店したのはいつだ?


(僕を置き去りにして――世の中は進んでいくのか)


 ペーパーレス社会。

 こんなところまで迫っていたのか――


 大きいバーガーを、箱から取り出し喰らいつく。

 

(……普通だ)


 パンとチーズと肉の味がする。層になったからといって、味が変わるわけでもない。


 層を喰らっていく内に、レタスがバーガーから零れて箱に落ちた。僕にはどうすることもできない。両手が塞がっているから……。


 レタス。


 混沌とした茶色い層に、唯一清涼感をもたらすベジタブル。


 ピクルスは酢という背徳に染まり、本来の鮮やかさを失ったが――レタス。お前だけはそのままでいてくれた。世の中が進んでいこうとも。バーガーの包み紙が箱に変わろうとも。


 お前は――変わらない。

 まるで僕のように。


(さて……そろそろフロートに着手するか)


 僕はストローを手に取り、突きさす。


(……!? フロートの部分がやたらと肉厚!)


 一瞬。

 そう、一瞬ではあるが――確かに、ストローがフロートに


 (……ふっ)


 思わず、頬がつり上がる。


 旺盛じゃねぇか、サービス精神。

 嫌いじゃないぜ――そういうの。


 そして飲む。意外と吸引力を要する。

 ずぞーっという音とともに、フロートを吸い上げた。


(……これは、アレだ。カラオケで食べるアイスクリームの味がする)


 そのあとに、コーラが追いかけてくる。

 普通だ。


 そして甘ったるい。


 二口で飽きた。裏要素の欠片もない単調な味。


 いや――僕が気付いていないだけなのか?


 真実がいつも虚実の裏側に潜んでいるように。

 そして「裏」を、文字通りの意味で解釈するならば――


 そっとコップを持ち上げた。

 コップの底に、トランス脂肪酸みたいな黄色が沈殿していた。


(……!? なんだこりゃあ!?)


 思わず、カウンターのメニューに視線を向けた。


 ああ――良く見ると、書いてある。


【レモン風味が裏要素!? 新感覚のコーク!】


 「……ははっ」


 成程、成程――

 そういう――ことか。


 独り相撲、考えすぎ、杞憂――取り越し苦労。


 安堵感。


(全く――いつもそうだ)


 一人で勝手に遠回りして、気苦労を重ねる。


 きっと人生を何度繰り返しても――同じ道を選ぶのだろう。


 遠回りをしたんじゃない。近道をしなかっただけだ。


 そんな格好いい台詞、僕にはまるで似合わない――


「…………食事の時くらい思考を黙らせなさいよ!!!」


 向かいの席に座るくらやみももこが、とうとうキレた。







 


 

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