⑤ 待機時間
店員とのコミュニケーションを乗り切ったことで、思考がクリアになっていた。世界がフラットになっていた。緊張感から解放された時の感覚だ。
冷静になってみると、店内には様々な音が満ちていることを知った。
ポテトが揚げられる音、紙袋の音、子供の泣き声、ギャルの騒ぐ声……他愛もない会話。いずれも、僕とは縁遠いものだった。
「ねぇ、待っている間退屈だし、何かお話してよ。他愛のない会話」
くらやみももこが、僕の耳元で囁いた。
まったく、無茶ぶり要求しやがる。
僕だぜ?
そんな気の利いた真似、できるわけねぇだろうが。
「なんでもいいのよ」
くらやみももこは、僕を追いつめる。
流石は僕の「くらやみ」だ。
僕が嫌う言葉と表情を、熟知している。
「……そうだな。ん」
僕の前に並んでいた人が、注文を受け取った。
そのトレイに乗っていた飲料は――ウーロン茶。
「あら」
どうやら、くらやみももこも気が付いたようだった。
「ハンバーガージャンクフード店において、ウーロン茶を注文する人間は偽善者だ、とか言うんじゃないでしょうね?」
見透かしたように、くらやみももこは笑った。
彼女の言いたいことは分かる。
ジャンクフード店。高カロリーと不摂生のユートピア。トランス脂肪酸の充満する空間で――ウーロン茶。
それはチェーン店に対する挑戦のように思えなくもない。この場で健康志向など――教会で祈りを捧げる殺人鬼よりも滑稽だ。
しかし。
それはあまりにも――
「ジャンクフード店でウーロン茶を頼むヤツは偽善者だ」と言う人間こそが偽物だ。何故なら――こういった店のウーロン茶は、「水に等しいレベルで薄まっているから」だ。
ジャンク至上主義の人間は知らない。
浴びるような不摂生だけが、ジャンクではないことを。
暴力的なカロリー量だけが、ジャンクではないことを。
むしろ、味が皆無に等しいウーロン茶の中にこそ、本物のジャンクが潜んでいる。即ち、大量消費社会の裏に潜む資本主義の怪物。
原価数円の液体に数百円を支払う行為――それこそが、ジャンクフードの本質なのだ。
僕はそう思う。
「なるほどね……どこにでも「くらやみ」は存在するものね。どうでもいいけど、さっきから店員さんが呼んでるわよ」
「……あッ!」
思考に没頭するあまり――自分の注文が来ていたことに、気が付かなかったのか。
――後ろの列は振り返らない。
そそくさとトレイをもって、席の方へと退散する。
再び、異形の後頭部が見えた。
(うッ……! ぐ、うう……!)
嗤うな……!
僕を嗤うな、異形めっ……!
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