② ベンチの前で


(ガラス張りの店内、カフェの文字……お高く止まりやがって)


 僕は訳もなく怒りを感じていた。何に対して? チェーン店に対してだ。


(クリアな店内、爽やかな「カフェ」のポップ体――まるでジャンクフードの茶色いイメージに対する挑戦のようだ)


 そんなことを考えながら、僕はベンチに腰掛ける異形に目を向けた。


 僕は小さい頃から、コイツが嫌で仕方なかった。

 病的に白い表皮、紅いパーマ。狂ったような黄色の衣装は、まるで警告を示しているように見えた。毒を持ったカエルを彷彿とさせるおぞましさだ。


 紅と黄色の異形。

 

 彼はベンチを我が物顔で占領し、感情の希薄な表情で、駐車場を睥睨していた。「あれ? お一人さまですか(笑)」とでも言いたげな、或いは「僕は何も知りません」とでも言いたげな、無責任な表情。


 こんな奴がマスコットだと――?

 ふざけるな。

 食欲が失せるにもほどがある。


「微に入り細を穿ちチェーン店の批判、批判……相変らず子供ね。宇都宮くん」


 背後から「ずずっ」と暗闇が顕れた。


 くらやみももこだ。


「その発想力が、就職に活かせたらいいのにね――二十二歳の無職さん」


「…………」


 彼女は、僕であって僕でない。

 誰しもが、心に一つは闇を抱えているだろう。どんなに親しい友達にも、親にも、恋人にも語れない闇が。


 人間である以上、必ず何かあるはずだ。


 僕にとってはそれが彼女――「くらやみももこ」だったというだけの話。

 それほど、珍しいものじゃない。

 気にするほどの、ものではない。


「貴方は、自分から不愉快なものと関わろうとする点において愚かなのよ。嫌いなら眼を閉じればいいの。耳を塞げばいいの。両手を抱えてうずくまればいいの。貴方がいつも、お家でそうしているようにね――うふふ」


 くらやみももこは無視する。

 そしてもう一度、紅と黄色の異形を見つめる。


 ――気に食わない顔だ。

 

(チェーン店のマスコットキャラだかなんだか知らないが――お高く止まりやがって)


 そのまま僕は、店内に入ろうとして――


 入口と衝突した。


 一瞬、何が起こったか分からなかった。

 自動ドアの不調? チェーン店でそんなことが在り得るか?

 だとすれば、一体、何が――


(………!? そうか……ガラス張りの店舗!)


 僕が入り口だと思っていたものは、。そういうわけだ。


 慌ててガラスの側面に回り込むと――しっかりと、扉の取っ手が付いていた。


 ――ああ。

 なんという失態。

 幸先が良くない――最悪のスタートだ。


 こんな調子で――この先、本当に大丈夫なのだろうか?

 

「……今後を憂う前に、さっさと入ったら? 後ろで親子連れが変な目で見てるわよ」


 僕は後ろも振り返らず、店内に突入した。

 

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