真鍮のアルルカン

安良巻祐介

 

 彼は尖った片つま先を上げ、ひどく愉快げに立っている。

 纏うた衣装は打てば響くようなこがねの一色、笑みを浮かべた面も同じである。

 少し上を向いた彼の笑みはどこかしら謎めいていて、好意とも悪意とも受け取られるようになっている。

 音楽的な彼のポーズもまた、見るものをして悦ばせるが、同時に、どこか恐ろしい印象を与える。

 過ぎ去った過去の郷愁的な匂いと、未だ来ないメカニカルな予覚も、その色合いと光沢の中に同居している。

 彼は相反する要素を相反するままに主張しており、それゆえに言い様のない不安と、言い様のない美しさを備えるのだ。

 或る者はそこに呪いを見たが、或る者はそこに祝いを見る。その二つもまた表裏のものだ。

 ここまで述べれば、彼の顔が前後に二つあるのも、何らおかしな事とは思われまい。

 彼は前を向いていると共に、常に後ろを振り返っている。こちらを見つめながら、顔を背けている。

 そして、片つま先を上げたまま永遠に始まらぬ彼の舞踏こそが、森羅万象に前奏を奏でさせるのだ。

 バウを結んだ彼の胸元、そこに眠るオリカルクムの心臓は、誰の目にも触れることなく、輝かしい黄金の酒と、どす黒いタールとを、動脈と静脈の捻れ絡んだ双蛇でもって、こがね色の全身へと巡らせ続けているだろう。

 彼はどこにいるのか。

 何ということはない、小部屋の隅の、卓の上である。

 その小部屋はどこにあるかと問われれば、やはり私は、どこにでもあるし、どこにもない、と答えなければならないであろう。

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真鍮のアルルカン 安良巻祐介 @aramaki88

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