第6話 蛇の神と神徒

ここは根之国。穀物や野菜など豊かな所だ。

正に豊穣国である。川のせせらぎ、虫の声など

心が癒される国なのだ。


「いやぁァァァァっ!」


「やめてくだいっっっ!」


こんな声が聞こえてくるのは異常事態なのだ。

その原因は数日前から滞在している、八十禍津日神(ヤソマガツヒノカミ)の仕業である。


「良い、良い♪やはり、女子はこう!キャー、キャー言いながら追いかけっこしたりのぉ〜!」


1人の老人が両手をグーで握り、体を縮めて跳ね上がり両腕を天に伸ばす。その様子を遠巻きに見るものもいれば、そそくさとその場を離れていくものがいる。ただ、近づくものはい無かった。

少なくともついさっきまではいなかった。


「ヤソマガツヒノカミ様に置かれましては根之国をとても楽しんでおられます様子で私も筆舌に尽くし難い思いですわ…」


クシナダが禍々しいオーラを発しながらヤソマガツヒノカミに近付いて行く。


「クシナダかえ?いやぁもう最高だネ!ここにいたら若返りそうでのぉ!!」


満面の笑みでヤソマガツヒノカミはクシナダの方を向くがその顔は一瞬で衰弱して行った。


「それは、それは!良うございました!これで私も心置き無く、八十様を送り出すことが出来ますわぁ!」


クシナダは般若の面を着けていた。面の下の表情は言うまでもなく鬼神となっているだろう。


「や、やぁだなぁ…わし、遊んでいただけじゃよ…」


ヤソマガツヒノカミは試しに言ってみた。試しに…と言うのはもう誰にも止めらんないのが分かっていたからだ。


「黄泉国へご案内して差し上げますわ…」


クシナダが草薙の剣を振りかぶる。


「いや…堪忍してェェェェッッッ!!」


ヤソマガツヒノカミは悲痛な叫びを上げる!


「ちぇぇぇすとぉぉぉぉぉっ!!」


目を怪しく光らせ、笑いながらクシナダは草薙の剣をヤソマガツヒノカミ目掛け振り下ろす!


その瞬間と同じタイミングでヤソマガツヒノカミを突然、炎が包み込んだ!!


「ッッッッッッ!?」


言葉にすらならない叫びを上げながらヤソマガツヒノカミは神庭宮から出ていった。


「クシナダが手を下すまでもありませんよ…」


声のする方に見るとクシナダは面を外した。その顔は正に「女神の祝福」と言う笑顔だった。


騒然としていた宮内もこの人物の登場に落ち着きを取り戻した。


「お騒がせしました。もう大丈夫です。」


整った顔にスラッとした体型の高身長に真っ赤な髪の毛の青年が大きめの声で話した。


クシナダは青年にお礼を言った。


「火之迦具土神(ヒノカグツチ)様ありがとうございます!」


「クシナダがあんな穢れに触るなどあってはならないからな…スサノオもそんな事になれば悲しむだろう?」


クシナダは感謝はしているがこのキザな所は苦手だった。




その頃、スサノオとミチヤは神庭宮から離れた

山岳地帯にいた。


「スサノオ様、この辺りでしょうか?」


ミチヤが息を切らしながら尋ねる。


「そうだな。もう少し先に湖があるのだがそこをねぐらにしておるからな。あと少しで着くだろうよ。」


スサノオは眼下に広がる田畑の美しい景色を堪能している。ミチヤも根之国を一望できるその景色に目を奪われ足を止めている。


こんな山岳地帯を歩いているのはスサノオの直属の神徒を呼びに行くためだった。スサノオ自らミチヤと行くのも険しい山でのミチヤの体力作りと神気のコントロール訓練も兼ねているからである。また、スサノオ自身も神区の調査をする目的もあった。

神庭宮を出て、既に半日程が経っていた。朝早くに出たので今はお昼頃だ。


「ミチヤ、この辺りで一息入れようか。」


スサノオはそう言うと適当な岩に座り水筒の水を飲んだ。ミチヤも同じ様に座り水を飲む。


穏やかだ…ミチヤは先日の事を思い浮かべ「穢れ」や神気について自分なりに整理をしていた。


一先ず、神気については通常のコントロールは出来るな。身体に纏う様にイメージすれば身体能力が向上する。あとは、心の欲望に神気を引っ張られ無いようにしなければまた、神気は「穢れ」となり、暴走してしまうな…


そんな事を考えているとスサノオがミチヤに小石を投げてきた。


「難しい顔をするな!暴走自体は力の扱いに成熟すれば抑えられる。その為にも今から会う奴の指導が必要なのだ。恥ずかしい話だが俺が過去天津国で暴れた際は暴走ではなく、自分の意思で暴れていた。その為に「穢れ」に飲まれることは無かったのだがな。」


スサノオは過去に天津国を崩壊させる勢いで暴れた事があるそうだ。その理由はイザナミ様に、お母さんに会うために。


話は逸れるが、今の神々は各々引き継ぎによりその地位にいるため原初の神々では無い。その為、実際はイザナミ様とイザナギ様は夫婦でも兄妹でもないそうだ。ただ、スサノオ様とイザナミ様は本物の親子だそうだ。先日、酔っ払ったヤソマガツヒノカミがペラペラと喋ったのである。スサノオが怒ったのはいうまでもない。


「そうですね。スサノオ様。八十様の言う「来るべき時にしかる場所」に入れるように俺も頑張ります。」


決意を確認する様にミチヤの言葉にはちからがこもる。


よく言った!そう言うとスサノオは立ち上がり再び歩き出した。ミチヤもその後ろを歩いて行く。



1時間ほど歩くと1つの山を越えた。その山中に広く広がる森と湖が見えた。


「ミチヤ。見えたぞ。あそこだ。」


遠くにみえる湖を指差しスサノオが笑う。

ミチヤも目的地が見え、安心したのか表情が緩む。


「ここからだが、ミチヤ。俺とあの湖の畔まで競走だな!」


スサノオは新しいイタズラを思いついたような顔をしている。ミチヤは嫌な予感しかしないが避けられないと悟った。


ならば…先手必勝!!


無言で飛び出す。神気を使い大地を蹴り上げ大きく跳躍しながら木の枝を飛び移っていく。


いつもの待ってください!と言いながら慌てるミチヤを想像していたのでスサノオは虚をつかれた。小さくなるミチヤを見てハッとしてから笑った。


「それは、フライングというのだ!!」


いつもはスサノオの方がフライングなのだが、やられたと言う顔でスサノオは走り出す。


15分ほどで湖の辺近くまでたどり着いていたミチヤはふと後ろが気になり振り向くと遠くでメキメキと音がしている。よく聞くとさらに遠くでドォーーン…と音がする。


まさか…嫌な予感ばかり最近では当たる。スサノオは直線に湖を目指し走って…いや、特攻している!目の前の障害物を霧を払うように軽くなぎ倒しながら!!


「出た…怪力おばけ…」


あと少し、ここまで来て負けるわけには行かない!!

ミチヤは更に神気を解放しながらスピードを上げて木と木を飛び移りながら進む。


「そんなに力を使っても溢れ出すだけで無駄な使い方だな。」


どこからともなく声が聞こえた気がした。ミチヤは先程から周囲の気配に人がいないことは確認済みだ。


そのため気に留めるとこはなかった。程なくして目の前に湖が見えた!


終わりだ!勝ったな!そう思い湖畔へと木の幹を蹴り、大きく跳躍する。


森から湖畔へと身体が飛び出した瞬間ミチヤに強い衝撃が走る。


なんだ!?攻撃!?スサノオ様のじゃない…誰だ!?

ミチヤは衝撃で崩れた態勢を立て直す。


湖畔には青髪で長髪の綺麗な女性がいた。


「あなたは…誰ですか!?急に横から…」


遮るようにその人物は答える


「自分が何をされたかも分かっていないのでしょう?全く….スサノオ様も何をされているのか…」


声はいくぶん低いようだ。溜息をつきながら森の方を睨んでいる。


すると息を切らしながらスサノオが走ってきた。


「っはぁ!っはぁ!……っやぁ〜!!見事に出し抜かれたわ!ミチヤもやるようになったな!」


「笑っている場合ではありません!」


青髪の女性はスサノオに言葉をぶつけた。


「お?出迎えか!?殊勝な心掛けだのぉ!」


女性はスサノオの態度に痺れを切らし勢いよくスサノオに檄を飛ばす。


「いいですか!?そんな事ばかりしているからクシナダ様が苦労されるのです!昨日来ましたが八十禍津日神様がいつまでもスサノオ様を子供扱いされるのですよ!!根之国の主神としての自覚はおありですか!?………!!」


女性の説教はまだ続くようだ。この後スサノオから紹介をされるのだが、まず女性ではなく男性だった。それほどまでに美しい容姿をしていて、なおかつ華奢な体つきであった。


彼の名は八俣遠呂智(ヤマタノオロチ)。過去にクシナダの姉妹を7人喰らい、クシナダを喰らおうとしたところスサノオに切り倒された。

実は最後に尾を切り裂く際に草薙の剣と共に剣を抱いた状態で彼が出てきたのだ。

結局のところ草薙の剣を隠れて手に取った神徒の若者が暴走して、八俣遠呂智となったようだ。


その後はスサノオの神徒として根之国を守る事と新人の育成を行っている。自身の失敗が再び起きないようにと。


その為、八十禍津日神も希に彼の様子を見に来るそうだ。以前言っていた残った「穢れ」の欠片がおおかったのだろう。


無事にオロチとも合流することは出来た。スサノオとミチヤはオロチを連れて神庭宮に向けてもどりのであった。



──場所は再び、神庭宮。



「きゃぁぁぁぁっっ!!」


「やだぁぁぁっ!!」


女性の悲鳴は続いていた。しかし、先程とは違いはしゃいだ様子でいるのだ。


「スサノオ様が戻るまで俺とお茶しようか?」


火之迦具土神は宮内の女性を口説きまくっていた。火之迦具土神は整った顔に赤く短い髪を逆立てている。正に爽やかな王子と言った様子の風貌をしている。こんな男に声をかけられ女性もまんざらではない様子だがカグツチは断られ続けている。


原因はカグツチの後のクシナダが「いいか?誘いに乗るんじゃねぇぞ?行くなら明日からお前の名札はビッ○になるからな!?」と念を出しているからだ。


カグツチはつまらなそうに呟く。


「根之国の女の子は硬いよね〜?」


クシナダは素知らぬ顔で答える


「大和撫子を体現出来ていますね。我が国ながら感動しますわ!」


スサノオに手伝って欲しいと言われ天津国から馳せ参じたのに呼び出した本人は留守のためカグツチは暇を持て余していた。


「もどったぞー!!」


大声が聞こえた。どこからとも無くいきなり現れクシナダがスサノオに駆け寄りイチャつく。


スサノオの後ろのふたりが苦笑いしながらたっている。2人とも神徒か…1人は新人て感じだな。

カグツチはスサノオのお供を値踏みしている。


そしてもう1人を見た瞬間に口元を歪ませ青髪の青年に突進した。


青髪の青年。オロチは既のところで気づき、突進してきたカグツチの拳を受け止める。


「あ、相変わらず元気そうですね…しかし、出自が野蛮なだけあってその性格は変わりませんか!?」


オロチは嫌味を吐き捨てる様に言った。


「そうだなぁ。俺が野蛮ならお前は何だろうね?

人喰らいで欲望まみれの青蛇さんよォ…!」


いがみ合う2人の美青年の顔が近づく。周りの女官たちは興奮がやまない。クシナダまでもが息を飲んで見ている。


チュッ…


「!!!!?!!??!!!?」


二人の青年の唇が重なる。


「きゃぁぁぁぁっっ!!」


女官たちは歓喜する。クシナダは…っしゃ!と拳を握る。どうやら宮内ではBLがトレンドのようだ。


「お前達、相変わらず仲いいな!」


原因はスサノオだった。2人の顔を強引にくっつけた。


オロチとカグツチの2人はその場へへたり込んだ。


目の瞳孔が開いたままになった2人を続行不能と判断し、車椅子に2人を乗せ執務室へと近くにいた官職に運ばせた。



──続く

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突然ですがあなたは今日から死神ですよ!? 来栖槙礼 @kurusumakirei

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