第20話 エピローグ 僕は僕を赦す

 議場にはまだ熱気が漂っていた。レヴァンドフスキ氏の演説の余韻だった。

「相変わらず、火付け屋だね、マット。50年前と変わらない」

 やがて議長が楽しそうな声で語りかけた。

「私達は核を打ち込まれるほど、目立つ存在になったのだよ、ジェス。それだけ強大になり豊かになった。こんなに早くなるとは思っていなかったけどね。だから老人なりの次のビジョンを示すべきだろうと思ったのさ」

 レヴァンドフスキ氏が議長に向かって、ウィンクしてみせた。

「なるほど。しかし完全人工卵子にそんな意味があったとはね。驚いたよ」

「な~に、欲さ。嫁との本当の子供が欲しいってこだわりが、どうにも振り払えなくてね。スタッフにはずいぶん無理を言ってしまった」

 レヴァンドフスキ氏が頭をかいて、その時ばかりは申し訳なさそうな表情をする。

「ありがとう、マット。正直、核を打ち込まれてへこんでたが、元気が出た」

「気にするな。私は火をつけて煽るのが大好きな悪い老人でね。死ぬ前にまた火付けができたから、死んでいったあいつらに地獄で自慢してやろうと思う」

「そうだな、マット。……ああ、そうだ。へこんでいる場合じゃないな。彼らに笑われる。マット、もう一度言う。ありがとう」

 議長とレヴァンドフスキ氏の目に、追憶の色が現れ、そして消える。

 拍手が湧いて、マシュー・レヴァンドフスキは演台を降りていった。

 だれもが何かを心に抱いて、人垣の中に消えていく彼を見送った。

「では、次に移ろう。ミスター、ユウト・クガ。前へ」

 議長の声が響き、僕の中の感傷は吹き飛んで、緊張に満たされた。


「貴殿は、きわめて危険度が高い任意受諾の政府要請事業に応じ、多数の生命と重要プロジェクトを護り、ケイナンへのきわめて重要な貢献を果たした。よって、その功績により、ここに議会青色彗星勲章を授与する」

 議長がじきじきに僕の胸に、青い彗星をかたどった徽章をつける。

 そして右手を伸ばしたため、僕は慌てて手を伸ばし、議長と握手を交わした。

 またもや拍手がわき起こり、無数のレンズや撮影ドローンが僕達を見つめた。


 長くて短いような撮影時間が終わり、握手を外した議長は、聴衆に向き直った。

「さらに、ミスタークガにはこれから述べる特典を授与することが決定している。

 まず、申請中だった国籍取得は、今この時をもって許可される。なお根拠法については後で更新される政府公報に掲載する。ようこそ、ミスタークガ。今から君は我らの同胞だ」

 再度拍手がわき起こり、僕は自然に頭を下げた。

「次に、ミスタークガが政府公庫から受けた個人融資の返済義務を即時免除する。この融資はミスタークガが長期冷凍睡眠において負ったやむをえない肉体的損傷への医療費支払い目的に行われたもので、今回の功績を鑑み、返済義務の免除が妥当と判断した。この根拠法及び金融的影響のシミュレーション結果も更新する政府公報に掲載する」

 僕はびっくりして議長のほうをみた。議長がウィンクをして、その周囲の偉い人たちも笑顔を浮かべた。

「君の借金は、人工子宮で育ててる子供五人分ちょっとぐらいで、政府としては安いものさ。それに時間をかけて免除するか即座に免除するかの違いしかない」

 わけのわからない熱いものがあっというまに体を駆け巡り、僕の目からあふれでた。

 僕は口も動かせずにただ涙を流しながら無様に頭を下げるだけだった。

 それでも拍手が僕を包み、目からあふれでるものは止まる気配を見せなかった。


「やれやれ、借金チャラはミスタークガには刺激が強かったようだ」

 議長がおどけたように言うと議場から温かい笑い声がかえってきた。

 僕も照れながらなんとか涙を抑え、手でぬぐった。

「では、ミスタークガ。スピーチを頼む……と言いたいところだが、その前に会わせたい人たちがいる。まずミスター、エドァルド・フェンテス、どうぞ入ってくれ」

 言葉と共に、議場の扉が開いて、電動車いすに乗った痛々しい姿の青年が入ってきた。

 忘れもしないあの赤毛。けれど頭にはプラスチックの創部保護材がつけられ、体はやせ衰えている。

 電動車いすは衛視に導かれて、スロープをあがって演壇にのぼり、僕の前に来た。

「初めまして、なんやけど、やっぱり君は僕のことを知ってるんやね」

 握手を交わしながら語るその口調はまぎれもなく彼で、けれど声の力強さと張りは失われていた。

「ミスターフェンテスは、ケイナンの前の寄港地、デゾルの病院に収容されていた。そこでスナッチャーにやられたのだね?」

「はい。最後の記憶はデゾルで船の点検してるところです。そこで撃たれたのやと思います。……ミスタークガ。君があいつをやってくれたんやろう? 俺のかたきをとってくれてありがとな」

 議長に答えているフェンテスさんの、僕の手を握る弱々しい手にわずかに力がこもった。

「フェンテス……さん」

「俺もケイナンの国籍をとろうって頑張ってた時にあいつにやられてもうた。もうミリーにあえへんって思ってた。だから……だから」

 その言葉を聞いて、僕の胸は締め付けられた。けれど、僕は言わなければならない。

「……すいません、フェンテスさん、ミリーさんは……」

「ちがうんや」

 不思議にフェンテスさんは、僕に向かって微笑んだ。そして 

「ミリー!」

 扉が開くと、そこにはあの優しくおっきな胸のガイノイドの姿があった。



 結局、僕はスピーチを大失敗してしまった。

 いっつもいっつも肝心なところでやらかすのだが、今回は本当に派手にやらかしてしまった。

 国の記録にずっと残るし、映像アーカイブにも残るし、たぶん僕が死んでも残るだろう。

 べちゃべちゃに泣いてしまって、声が詰まってしまって、何も言ないまま泣き崩れて、今思うと本当にみっともなくて、情けなくて、みもだえしたくなるほどやらかしてしまった。

 ぐちゃぐちゃになった僕はねねさんとミリーさんに抱きしめられ、フェンテスさんはそんな僕と一緒に泣いていた。

 オリヴァーさんが目の下にくまをつくって、あの巨体でだるそうに座っていた。

 でもオリヴァーさんは満足そうに微笑んでいた。

 彼の少女ガイノイドが、オリヴァーさんの頭を背伸びしてなでていた。

 フェンテスさんが言うには、オリヴァーさんがミリーさんのAI修復に携わったそうで、とても難航したらしくストレスでまた少し太ったほどだったそうだ。


 情けない大失敗した僕のスピーチはこうだ。

「ありがとうございます」

 たったこれだけ。映像ではこの言葉もろくに聞き取れず、なきじゃくる僕の見苦しい姿しか映っていない。もう本当に正視できない。


 けれど、……けれど、だれも失敗した僕を責めなかった。

 ただ拍手がずっと続き、僕は言葉にならない感謝をつぶやいて、招待席に引き返した。

 僕はまたも失敗した。大失敗した。


 それでも、失われたと思った人にもう一度会えた奇跡があったから

 大切な人と共に生きていける未来があるから


 それでいいんだと


 失敗してもそれでもいいんだと


 僕は、


 僕を、


 赦そう。……そう素直に思えたんだ。

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