第19話 エピローグ 人類離脱演説

 その人には何かがある。僕にすらそう感じられた。

 壇上にひょいとたった小柄な老人。白髪と優しげな瞳、まだしわがそれほど多くはない顔。街を歩いていれば普通に通り過ぎそうな人だったが、しかし演台に向かう姿には、確かに何かあった。


 レンタル衣装店を出た僕とねねさんは、ログナー一尉達とともに車で港に乗り付け、そのまま車ごとISSLに乗り入れて、政治の中枢ザファーストセツルメントへ入った。

 そして入港すると、港からまっすぐ議事堂に向かい、玄関からレッドカーペットの上を案内されて、議会に入場したのだ。

 301核テロ事件国民議会特別慰霊顕彰講演と銘打たれた行事は、僕達の入場を契機として始まった。

 僕達は招待席に座らされ、議員達に見つめられながら、この行事に参加する羽目となった。

 まず犠牲者の名が読み上げられ、黙祷の後に、彼らに議会恒星勲章が授与された。

 その後議員による短い追悼演説が行われ、議会はこの上なく厳粛な雰囲気になっていた。

 その雰囲気を変えたのが、この小柄な老人男性である。

脱出者エクソダシズの指導者にして、建国の父が一人、国民議会政治顧問、マシュー・レヴァンドフスキ! ようこそマット! 皆があなたを待っています。さあ、あがって!」

 議長が、老人の名を呼ぶとともに、歓声と拍手が巻き起こる。議員の老人達が目に特別な色をたたえて、手を叩き続けた。

 マット! 大将! などの声がかかり、演台に向かった老人はにこやかにそれに手を振ると、一度咳払いをする。そして彼は始めた。忘れ難い講演を。

「ご紹介にあずかったマシュー・レヴァンドフスキだ。政治顧問などという肩書きを紹介してもらったが、今の政治家と官僚は優秀で、私などにできる仕事はない。しかしこうして呼ばれたからには、呼んでくれた人々と聴いてくれている諸君のために、私の思うところを語っていこう」

 そう言うとレヴァンドフスキ氏はいきなり演壇を離れ、聴衆のすぐ前に立った。

「さて、まず現状を整理しよう。我々は他星系に軍事的な侵略行為をしていないにも関わらず、多数の核ミサイル、ミニニュークで焼かれかけた。理由はいろいろ考えられるだろう。だが確かなことがある。我々は、焼いて殴り倒せば言うことを聞くだろうと、敵に思われていることだ」

 つい先ほど喝采をあがていた聴衆に怒りの気配がゆらりと立ち上がった。

「殴っておもちゃを取り上げて子供に言うことを聞かせようとする駄目な親のように、我々を殺し、貧しくし、惨めにすれば言うことを聞くと敵は考えている。その見識は愚かしいし、もちろん、私達は従わない。だがなぜ敵はそう考えるのだろうか?……」

 聴衆の怒りの気配が揺らぎ、困惑の気配が混じり始める。

 確かに、離れたところで楽しくやってる連中を殴りつける意味は僕にもわからない。

「私なりの答えを述べてみよう。敵は我々を中途半端に同胞だ思っているからだ。もちろん我々が困っていた時には助けもせず、惨めな時にはあざ笑っていた。そういう時には同胞意識はない。けれど我々が豊かになり、楽しく生活できるようなると、敵は我々が同胞であることを『突然』思い出したのだ。そして援助や豊かさのおこぼれを求め、それが拒絶されると怒り、言うことを聞かせるために、核をぶち込もうとした。我々が悪いと思い込み、懲罰で焼こうとしたのだ。我々はただ自力でがんばっただけなのに」

「そうだ!」

「俺達は自力でここまで来た!」

「誰も助けてくれなかった!」

 声が会場のあちこちであがり、会場が憤激で満たされていく。だがレヴァンドフスキは片手の手のひらを会場に向けて、その憤激を制止した。

「諸君、諸君がいかに努力したか、それは私が一番よく知っている。だが話はまだ途中だ。私に語らせてはくれないか?」

 憤激が熱を残したまま、しかし収まりをみせたのをみて、僕は彼に恐ろしいほどの力を感じた。そしてレヴァンドフスキ氏は再び語り始めた。

「しかしそもそも、我々は出身星において、同胞扱いされただろうか? ネイターク出身の私の場合は、性犯罪者予備群扱いだった。このケイナンは若い人が日々増えている。50年近く前のことを知らない人が多数を占めるようになった。退屈だろうが老人の昔語りに少々つきあってもらいたい」

 レヴァンドフスキ氏は聴衆の顔を、そしてカメラのレンズをゆっくりと見まわすと、彼は演壇の前に戻った。

「私が18の時だ。まだネイタークで父と共に農家をしていた頃に、あの「大離婚」が起こった。当時の私は「性犯罪防止のためのパートナー不適格男性の予防隔離法」という長ったらしい名前の法律が何を意味してたのかさっぱりわからなかった」

 彼の顔にわずかな苦笑が浮かんだ。

「大離婚が始まっても私は父と共にのんきに畑を耕していたが、ある時10km先の移住してきて日が浅い女性農園主から畑を手伝って欲しいと父が頼まれた。父と二人トラックに乗って、朝焼けの中を一緒に手伝いに行ったのを覚えている」

 彼は目を閉じて、そしてまた見開いた。

「彼女の農園の手伝いは、それで終わりとならず、その後何度も頼まれるようになって、私達自身の仕事にも支障を来しかけていた。にもかかわらず、彼女はメッセージ一つで私達に助力を乞い、感謝のメッセージだけで礼を済ませた。金銭も食事も、茶の一杯すらもらったことはなかった。それが続き、たまたま私達に農園を任せ、何かの用事で出て行こうとする彼女に、私は我慢できず、いい加減自分のことは自分でやれ、ババアって罵った。その時の彼女の憎しみに満ちた顔は今でも忘れられない」

 彼は、両手をまるで手錠がかけられたような格好でつきだして見せた。

「警察がやってきて逮捕されたのが翌日、裁判は三日後、弁護士は女性で全くやる気がなく有罪判決は即日だった。農場の接収もされ、私と父は無一文になって即座に宇宙に送られた。ネイターク性犯罪予備群矯正教育セツルメント、「ローズガーデン」に。今諸君が立っている、この「ザファースト」の昔の名前だ」

 音もなく衝撃が走った。僕もまた驚いていた。もちろん知っていた人もたくさんいるようだった。だが、ネイタークの中心たるセツルメントにそのような来歴があるのは衝撃的だった。

「私はネイタークで同胞ではなかった。性犯罪者予備群だった。私と共にエクソダスに関わった人々は皆そうだ。後からケイナンに来た諸君はどうだっただろうか? 諸君は諸君の星で同胞として扱われただろうか?」

 しんと静寂が会場を覆った。

 僕は同胞ではなかった。冤罪だったのにほぼ犯罪者として扱われた。

「たぶん同胞として扱われたのなら、ケイナンに来る必要はなかっただろう。よくて便利で酷使してよい労働力、そしていわれのない性犯罪予備群、女性への抑圧者として扱われたはずだ。そうした存在だった我々が、出身星を捨ててここケイナンに来て、努力により自由と豊かさを得たのだ。なのに今度は勝手に同胞にされて言うことを聞けと核で殴られる。

 私達はどうすればいいのだろうか? 頭を下げて彼らの言うことを聞けば、大事にされるのだろうか?」

 もう一度レヴァンドフスキ氏は会場を見まわした。

 そして彼は悲しげに首を横に振った。

「頭を下げても同胞扱いはされない。ただ奪われてまた無価値な我々に逆戻りするだけだ。我々は認めるべきだ。出身星において我々はたいして価値がない存在であることを。ことに女性が多い星では、私達のほとんどは価値がない。たとえこのケイナンにきて、自由と豊かさを手に入れた後でも、私達は豊かさと使い勝手がいい労働力という面以外に魅力がないだろう。金をもたらす存在としか扱われないわけだ。我々は女性にとってのスペシャルではない。だが……」

 悲しげに閉じられていた瞳が見開かれ、強く明るい輝きを発するのを僕はみた。

「だが、私はあえて言う。その価値のなさが、スペシャルでないことが、私達をブライドロイドと引き合わせ、素晴らしい幸福をもたらすことになったのだ。その結果は偶然ではない。必然なのだ。スペシャルでない男達が適切な行動をしたからなのだ。そしてそれは私もおこなったことだ。その行動とは何か?」

 彼は聴衆の顔を一人一人見つめていった。誰もが答えを待ち、固唾をのんでいた。

「それは、出て行くことだ。価値を認めてもらえないところから、外に出て行くことだ。私はエクソダスを共にした諸君と、ネイタークを出た。後からこの星に来てくれた諸君も、出身星から出た。適切な行動をとったから幸福がつかめたのだ。そしてそれは古く恒星間移民をしてきた先祖達の行動の繰り返しでもある。我々普通の男は、スペシャルでない男は、女性のいる故郷から正しく出て行くことが重要なのだ。それを今から語ろう」

 そう言うと彼はにこりと笑い、軽く咳払いをすると演台の椅子に腰掛けた。

「さて、古くからある話にこんなものがある。女性は85%の男性に性的魅力を感じないという話だ。私はこの話、根拠はあまりないが、実感としてはかなり正しいように思う。そこで考えるのは、15%の男性と我々とは何が違うのだろうか? 容姿? 身体能力? 知能? まあこんなところだろう。これの意味するところは何だろう? そう、魅力的な男は平均より際立っているところだ。平均より外れて優秀な男、スペシャルな男だ。そして我々はだいたい平均か平均以下だ。悲しいことにね」

 肩をすくめて、しかしレヴァンドフスキ氏はにこやかに首を横に振った。

「けれど、集団のことを考えれば、女性の選択は合目的だ。優秀な男の子供を産めば優秀になる可能性が少し高くなる。それを何度も続ければ集団は強くなっていく。太古から何度も言われている話だし、矛盾もない。女性がこれを本能と言うのもうなずける」

 一つうなずいて、そして彼は右手の人差し指をたてた。

「しかしここで、私は一つ疑問を持った。ならば自然淘汰は、女性に選ばれない男からなぜ性欲を奪わなかったのか? 我々は選ばれないにもかかわらず、なぜ性欲があるのだろうか?」

 指を立てるのをやめて、彼は手を組み合わせる。

「私はこう考えた。ある集団で選ばれない男性にも性欲が発現するということは、群れの外の女性に選ばれる機会があるからではないかと。実際ネイタークにいた頃、他星の男をもてはやす女性の意見は何度も聞いた。だから矯正労働の合間に歴史と動物の行動を調べてみた。歴史は言うまでもない。国際結婚は高い離婚率があったにもかかわらずもてはやされ、族外婚や旅人を受け入れる集落の話もある。そしてそのために重要な前提がある」

 レヴァンドフスキ氏は椅子から立ち上がり再度人差し指を立てた。

「それは成年に達したオスの群れからの追い出しだ。オスは追い出されない限り、群れの外のメスと出会うことはない。群れの中に留まるとメスに相手にされないから性欲を温存する意味がない。だから動物では、成年に達したオスを群れから追い出す行動がある。そして、ひょっとしたらその本能行動は人間の女性にもあるかも知れないと私は思うのだ」

 彼は手のひらを広げ、話と共に指を折っていった。

「例えば、童貞蔑視、ミソジニー男性嫌悪の一部、様々なもてない男性への非難、オタクへの侮蔑。本来なら女性にあまり関係のない男性へのこうした不当な攻撃をうまく説明したものは少ない。反対にもてる男、スペシャルな男は女を好き勝手に抱きながらネイタークで生きることを許され、攻撃をされなかった。これを説明できる話も少ない。だが、成年に達して伴侶がいない男性を、外に追い出すべき男性と女性が無意識に認識して、そのための攻撃行動だと考えたらどうだろう? 女性からみて言葉が通じ接する機会がそこそこにある独身男性を、無意識に群れの中の伴侶がいないスペシャルでないオスと考えてしまっていたらどうだろう? 反対に群れの中で伴侶を作ったら、追い出さないで済む男だから攻撃しないと考えたらどうだろう?」

 そして彼は手を大きく広げた。

「つまり、我々、スペシャルでない普通の男が、女性に憎まれ追い出されたのは、伴侶を作らないまま、生まれた地で女性達と一緒に暮らしたからではないか? 女性は本能に従って、共に暮らしている伴侶なき平均的な成年男性を群れの外に追い出そうとしているのではないか? あれは本能による追い出し行動だったのではないか? ということなのだ」

 聴衆の顔に驚きの色が浮かび上がる。それをみてレヴァンドフスキ氏は微笑んだ。

「ネイタークの矯正教育キャンプで矯正労働させられながら、私はこの考えに至った。他の人々にこの考えを話すと笑われた。しかし、私は笑った人々に尋ねた。では、我々をこんな目に遭わせた連中と今後もずっと一緒に暮らし、場合によっては、口説いて妻や恋人にするのですかと」

 彼は皮肉げな笑みを浮かべた。 

「結果、私は今ここに立っている。私と話し合った人の多くも、このケイナンにいる。我々はネイタークに戻るより、出て行くことを選び、今の幸せな生活を獲得できた。これは偶然だろうか?」

 レヴァンドフスキ氏はぐっと拳を握りしめた。

「もちろん、偶然ではない。私達はケイナンを作った後、女性を一切入れなかった。これによって社会保障費、差別問題対策コスト、意志決定コストの大幅な削減を可能とした。そして、ブライドロイドを理不尽な制限なしに社会に導入することを可能とした。人間を超えた部分をいくつも有するガイノイドとAIを私達は真の意味でパートナーにして活用することができたのが、我々の発展と幸福の原動力であることは、明らかである。私達は追い出されることで、本当に素晴らしい嫁と共に生きる機会を得たのだ」

 そして彼は身を乗り出した。

「ここで私は諸君に問いたい! 諸君は、我々に核を打ち込むような敵に屈して、ケイナンに女性を入れて、嫁を取り上げられ、再び無価値な男に戻って、人類の同胞扱いをねだるような生活が望みか!」

 議会の中で、否定と憤激の嵐が爆発した。

 ブーイングを至るところで起こり、足が踏みならされる。

 後で聞いたところによると、各セツルメントで、演説を中継していたパブリックビュー会場はもっと熱かったという。

「では、諸君は人類の叛逆者と言われても、女性を入れずにブライドロイドと共に生きぬく道を選ぶのか!」

 今度は賛同と熱気が議会場を吹き荒れ、長々と議会を揺さぶった。

 その中でレヴァンドフスキ氏は、高揚もせずただ静かに僕達をみていた。

 そして彼の次の言葉を期待して、議会が徐々に静まり始める。

「諸君、今の諸君の選択は、また新たな喜ばしき出発である。我々は、今、女性をパートナーとせず、ブライドロイドをパートナーとして生きることを選んだ。しかしこれは我々の独善ではない。考えて欲しい。我々望まれない男性が、女性に性的欲望を抱くことは正しいことだろうか? 女性の意志を変えるようにデートやプレゼントすることは、女性の意志を曲げてさせていないだろうか? たとえ合意があっても、生きて動いている人間を他者の欲望解消に使うことは、本質的に正しいことだろうか? 反対にブライドロイドは、我々に合致するように作られ、望まぬ妊娠も性病もない。ブライドロイドは男性とのセックスで傷つかない。ブライドロイドと我々は真に喜びを与え合う間柄だ」

 レヴァンドフスキ氏は、両手で何かをつつみこむような仕草をした

「人間の女性は傷つきやすく、もろい。望まれない男性からの接触で傷つくのだ。そして彼女達は特別でない独身男性との共生を望んでいない。ゆえに我々が出て行くことは、彼女達の望みにもかなう。我々の脱出は人類すべての幸福にもつながるのだ。だからこそ、人類への叛逆と罵られようと、我々は行動を止めてはならないのだ。そのために、私はさらなる希望を諸君に示そう」

 レヴァンドフスキ氏が左手をさっと振ると、背後に巨大なホログラムが浮かび上がった。

 映し出されたのは、真円に近い惑星のようにみえる。

「コードネーム、イースターエッグ。私が政治から外れ、開発に携わったその成果だ。今、ここに紹介しよう。これが完全人工卵子だ」

 虚を突かれたように議会が静まりかえる。誰もなぜそんなものが希望なのかわからなかったようだった。僕もさっぱりわからない。

「完全人工卵子がなぜ希望なのか? 多くのものが誤解しているが、完全人工卵子は卵子を買わなくていいとか、男性だけを効率よく育てるためとか、そういう目的のものではない。それらは副次要素でしかない」

 レヴァンドフスキ氏の顔が、今度こそいたずらっ子のようににやりと自慢げな笑顔になった。

「これはブライドロイドと我々の本当の子供を得るためだ。ブライドロイドに似た容姿をもつ人間の卵子ではない、本当のブライドロイドの子供達をこれで作ることができる」

 再び氏が左手を振ると、データシートが流れ、簡単な解説が上書きされた。

「人工卵子には、ブライドロイドの外見や基本性格などを遺伝情報に変換してDNAに書き込むことができる。同時に人間をより宇宙に適応させる遺伝情報もDNAに変換して書き込む。これにより我々とブライドロイドの子供は確かにブライドロイドの美しさを受け継ぎながら、人間をより宇宙に適合させ、新しい人類を作っていく。つまり、この完全人工卵子と我々の精子が結合してできる愛しい嫁と我々の子供は、愛しい嫁の容姿を受け継ぎながら、より宇宙に適合し、新しい人類へと少しずつ進化させていくのだ。我々の子供達が、新しい人類となるのだ」

 虚を突かれていた聴衆に、氏の言葉が染みこんでいったのがわかった。僕もその言葉の意味がわかると、思わずねねさんを見つめ、手を握った。

 ねねさんと僕の本当の子供……。それは恐ろしく甘美な希望だった。

 議会が興奮したざわつきに満たされ始める。

「この人工卵子は、我々とブライドロイド達を結びつけるエンゲージリングならぬ、エンゲージスフィアだ。これで我々はブライドロイドと真のつがいになる」

 レヴァンドフスキ氏が優しく満たされた笑顔を聴衆に向けた。

「そしてこの我々の未来を、彼が守ってくれた。本当に心からの礼を述べたい」

 彼が唐突に、僕をその手で示し、僕にスポットライトが当たると、レヴァンドフスキ氏は深々と頭を下げた。

 どこかで一つ、拍手が鳴った。それが二つとなり、ぱらぱらと増えていき、あっと言う間に満場の拍手と変わり、万雷の拍手と歓声が議会を渦巻いた。

 僕は恐れにも似た気分で議会を見まわす。誰もが興奮と喜びをたたえて、手を叩き、僕と視線があった人は、皆笑顔を返し、手を振る人も少なくなかった。

 そして頭を上げたレヴァンドフスキ氏が、僕をみて、軽くうなずいた。

 やがて長く短い時間と共に、議会が静寂をとりもどす。

 再びレヴァンドフスキ氏が口を開いた。

「今、人類は天の川銀河系の1/6程度の中に点在しているに過ぎず、しかも実効支配はほぼ可住惑星のある星系内に過ぎない。まだまだ銀河は広大で奥深く、我々は自らを変革していきながらブライドロイドと共に銀河の残りに、そして他の銀河系に渡っていくだろう。そしてその時には、旧人類の発祥の地が地球と紹介され、新しい人類の発祥の地が、このケイナンになるだろう。諸君、このケイナンが銀河を渡る最初のオアシスとなり、ケイナンから銀河人類の歴史が始まるのだ。我々は人類の叛逆者ではない。我々が新しい銀河人類なのだ。我々は旧人類の干渉を振り切り、さらなる開拓と繁栄を必ず手に入れるだろう。それは諸君と諸君の子や孫、そして愛するブライドロイド達とマザーをはじめとする素晴らしいAI達がいれば、決して不可能ではない。私はそう確信している。……ご静聴に感謝する」

 今度はそろってわれんばかりの拍手と歓呼の声がとどろいた。僕もまたその強烈な希望に惹かれて懸命に手を叩いていた。

 僕はあのミニニュークのタイマー解除のことを思い出し、拍手をやめるとそっとねねさんの手を握った。ねねさんも手を握り返し、僕の顔を見かえしてくれる。 

「僕は、……守ったんだね。とても大きなものを」

「ゆうくんはね、どんなにひどい状態でもがんばれる男の子だって、私知ってたよ。だからね、私は怖かった」

「……ねねさん?」

 ねねさんが僕の肩に頭をもたせかけた。

「がんばってこわれちゃいそうだったから、助けてって言って欲しかった。……私も助けられちゃったけどね? ……でももう一人でがんばりすぎないでね?」

 ぺろりとねねさんが小さく舌を出し、そして真剣な目で僕を見上げた。 

「うん……」

 僕はねねさんの肩をそっと抱いた。

 拍手はまだ続いていた。

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