第18話 エピローグ 焼かれる理由

 ケイナンから、約一万八千光年のかなた。

 太陽系第3惑星地球。

 人類発祥の地であるこの星は、西暦2676年に至っても統一政体はないままだ。

 核兵器から始まる大量兵器が国境の変更を容易に許さなかったため、ほぼ中世以来そのままで、200余りの国家群がそのまま生き延びている。

 この星では宇宙開拓歴は使われない。宇宙開拓歴自体が反地球の思想から作られたものだからで、地球では中世以来の西暦が使われている。

 現在、地球人口は120億。70%の女性、30%の男性で構成されている。

 人工子宮は限定的使用にとどまってる中でのこの男女比の偏りの原因は、二卵子女性の増加、産み分けの蔓延、男性の星外流出である。

 現在、出生男女比率は男性1に対して女性1.9に達している。女性同士で子供を産む二卵子授精技術が古くから確立し、産み分けでも男児が敬遠される傾向が長く続いているため、比率は女性過多に向けて進行し続けている。地球で生まれた男性の多数が子供を作る前に星外へ流出してしまうことも、この事態に追いうちをかけている。

 しかし地球人はこのいびつな男女バランスを改善すべきとは思っていない。

 なぜなら男性の減少による犯罪、性犯罪が減少という恩恵があり、男女差別が女性優位の形で解決した現在、男性は必要最低限さえいればいいという認識が共有されているからだ。

 地球人はおおむね、人口過多の現在、軽度の少子化は容認できると考えている。

 そして政府首脳、企業幹部など主要役職を女性が占め、120億という市場規模によって地球が先進的で豊かであると信じている。過去においてはそれは確かに事実だった。


 北米大陸、カナダ共和国。

 この日オンタリオ州トロントのコンベンションセンターで、汎銀河女性差別撤廃委員会の全体集会が開かれていた。

 全体集会では女性差別にまつわる様々な演題が講演され、著名講演者達があちこちで取材を受けており、ワーキンググループの結成や各地方組織の活動報告も行われている。

 会場にはマスメディア、各国政府職員、NPO関係者、個人放送者、企業関係者が詰めかけ、華やかで知的な祭典の様相を呈していた。

 演題は、植民惑星での女性進出率の低さだったり、男女人口比が異なっていても女性の社会進出率を男性と同等にするための政策提言だったり、ガイノイドの性的取り扱い禁止案だったり、人工子宮税の提案だったりと様々だ。

 特に活況を呈していたのはケイナン関連の演題群である。

 全体集会でもケイナンを考えると名付けられた集中講演があり、銀河かなたの女性差別国家への興味と問題意識が多くの参加者を引きつけていた。 

 内容は差別国家ケイナンへの教育方法や、ケイナンへの汎銀河制裁の検討、洗脳されたケイナン男性の目を覚ます方法と様々だった。

 いずれの講演も、演者と聴衆の熱気は高く、ディスカッションは活発だった。

 様々な年齢の女性が、目を輝かせいきいきと女性差別について講演を聴き、質問をし、語り合う中で、常に最前列に座り他の女性とは異なるオーラを放つ美しい中年女性がいた。

 その女性は金髪とブルーアイという今となっては希少な北欧系の顔立ちをしているが、皮膚はみずみずしく、スタイルも太っていたりたるんでいたりしているところはない。

 しかし皮膚の若さに反して、人々を率いてきたものだけがもつ重々しいオーラと優しい笑みが人を圧倒し、若いとはいわせないなにかをもっている。

 ある講演の最中、やはり最前列にいた中年女性は、そっと物音をたてずに寄ってきた一人の女性に耳打ちをされた。

 その時は二三度うなずき、彼女は再び講演を聴き続けたが、質疑時間になると彼女はすぐに席をたち講演会場から去った。彼女を二人の女性SPが追っていった。


「失敗したというのね」

 コンベンションセンターの目立たない一室に、その中年女性はいた。

 二人の女性SPが後ろに控えているが、彼女達の目は主人の気持ちを代行するかのように厳しい。

「ロマーヌ、残念ながらそういわざるをえない。セツルメントを核で一基焼いたが、目標のセツルメントではない」

 スーツをきまじめに着こなした大柄で体格のよい白人壮年男性が、ホロディスプレイに静止画像を映し出す。ケイナンのスペースセツルメント、「アダムの楽園」が日付入りで映っていた。もちろんなんの損傷もないいつもの光景だが、日付は襲撃より後で、現在の日付よりは10日程前になる。ケイナンから地球までは通信でも10日ほどはかかるのだ。

 ロマーヌと呼ばれた美しい中年女性は、普段浮かべている笑みを全く消してしまい、感情を見せず押し黙った。

 男性は続けた。

「時間をおかない再度の襲撃はきわめて難しい。現在のケイナンは観光客の女性も排除している。協力的な傭兵や海賊もほぼ皆無になってしまった。やるならば準備に数年必要となる」

 ロマーヌは沈痛な顔で沈黙を続け、やがて絞り出すような苦渋に満ちた声がでた。

「エンゾ、このままだと新しい女性差別が避けられなくなる」

「ロマーヌ、あなたなら女性達に警鐘を鳴らすことができるはずだ」

「そうね。でもミサンドリー男性嫌悪に馴らされた女性達に、どこまで通じるか……」

 沈み込むロマーヌを慰めるようにエンゾは続けた。

「今更これをいうのもなんだが、やはり彼らを放っておいて、女性自身での自立と自由を目指すべきなんじゃないか、ロマーヌ? 彼らが人形を抱こうと人工子宮で増えようとも無視して、女性は女性で自由と幸福を目指すべきじゃないのか? 私は核を手に入れるのも傭兵達を集めるのも何度だってやってみせる。だが、ケイナンのようなクズ達に君がそんなにも囚われるのは、正直理解しがたい」

 だがエンゾの提案にロマーヌは沈痛な顔で首を横に振った。

「エンゾ、私もかつては女は女だけでやれると思っていたわ。でもね妊娠出産のハンデは考えてた以上に重い」

「ロマーヌ……」

 絶句するエンゾの顔を見て、ロマーヌは寂しい笑いを浮かべた。

「エンゾ、私はね、かつての自分の強さと恵まれ具合を自覚していなかったの。子供を産んで半年で仕事に復帰できるその境遇の意味を理解していなかったの。すべての女がそれぐらいできるだろうと思っていたの」

 ロマーヌは自らの下腹部をなでた。

「二人目の妊娠末期に、少しだけあそこから血が出たわ。その時仕事が面白かった私は、それを無視した。そうしたら次の日に胎動がなくなってて、慌てて病院に行って、胎児が死んでるっていわれた。泣きながら死んだ子供を分娩してたらね、血が止まらなくなって、そのまま生死の境をさまよったのよ。このとおり助かって退院したけども、退院後自分で愕然とするぐらい体力が落ちて何もできなくなっていたの。そしてね、優しかったパートナーの女がね、変わってしまったの。これくらい、どうしてできないの? なんで死産したからってそんなに怠けられるの?ってね。ショックで彼女とセックスすらできなくなったのよ」

 エンゾは痛ましげな目をロマーヌに向けた。

「結局その女と別れて、勤務先に復帰したものの、そこでも体力ががたおちして何もできなくなって解雇されて、収入がなくなったから子供は相手の女に取られたの。私は生活保護をもらって独りで公営住宅に移って、そこでね、女の実態を見たのよ。今のあなたと私がいる上流階級ではなく、下層のきれいごとが通じない女の実態をね」

 ロマーヌの視線がエンゾを射ると、エンゾは背中に幻想の氷柱を感じて静かに身を震わせた。

「そこではね、女は安い労働ロボットでしかなかった。社会保障費の増大で、収入が低くても消費税と直接税合わせて60%以上税に取られるわ。そんな過酷な環境で女が女と互いを慰め合って愛し合っても、その後の生活はひどく厳しい。まずね、どちらが出産するかの口論するのよ。産んでも貧しさ故に出産後早期の社会復帰をせかされ、産まない方は稼ぎや援助が足りないと恨まれるわ。二卵子受精は古い技術とはいえ、彼女らにとっては充分以上に高額だから、その負担ものしかかる。妊娠出産育児での働けない期間、彼女達は二人とも貧困に苦しむのよ。そして貧困は諍いを生んで、我慢しない女達は、あっけなく別れる。そうやって母親が一人しか居ない、シングルマザーの子供達が増加していく。育児生活補助金は充分ではないし、出産後体調が早くに回復しないと充分に働けず、捨てられて貧困に落ちていくの。そんな貧しい女達は、裕福な女のベビーシッターや家政婦を低賃金でやって、裕福な女が楽々と数人の子供を産むのに協力させられるのよ。裕福な女は、男にもてるから無料で妊娠できるし、男の稼ぎや育児家事の補助も期待できる。どう、素敵な格差でしょ?」

 凄絶な内容を語ったロマーヌにエンゾは、ただただ絶句していた。

「わ、私は……」

「いいのよ、エンゾ。あなたは愛妻家でたった一人の、あのかわいい奥さんを愛し抜いていたから、他の女のことなんか知る気もなかったのでしょ?」

 にこりとロマーヌは笑う。

「エンゾ、あなたは男として誠実で立派だわ。でもあなたが目を向けなかった女がどんな目に遭ったかは知っておいて」

 そういうとロマーヌは続きを語り始めた。

「女だけでやっていくという幻想を破壊された私はね、男がどうしてるか、仕事の間に調べてみたの。なにせ下層には驚くほど男がいなかったから。調べてみたら、男の半分はエンゾ、あなたみたいなスペシャルだった。ジョックっていってもいい。複数の女を渡り歩き、女に求められるセクシーな男ね。30%は完全な犯罪者よ。犯罪ハーレムを築いて警察も手を出せない地下の王国を築いている。15%はゲイ。そして残りがインビジブル。女に相手されない透明男。……じゃあ普通の男は? どこにいったと思う、エンゾ?」

 壮年の白人男性エンゾは、苦々しい顔で答えた。

「ケイナンやその協力星系がある銀河中心方面だ」

「そうよ、正解。普通の男はそこそこの数が生まれて育つのだけど、成人するまでにほとんど流出するわ。女達も全く気にしない。そうして逃げる男達が決まってこういうのよ」

 そこでロマーヌは言葉を切り、おもしろそうにエンゾを眺めた。

「僕はスペシャルじゃないから、君は僕を愛せないだろう? 君にはスペシャルなあいつがお似合いだよってね」

「……それは問題なのか? 自分を知って潔く身を引く殊勝な態度じゃないのか?」

 疑問が浮かんだエンゾの顔に、ロマーヌは笑った。

「わかってないわね。もてる男に面倒な女を全部押しつけて、楽に暮らそうって甘い毒なのよ? 殊勝? 女より人形の方が楽しめるって思って、面倒ごとを女丸ごと置いていったってことわからない?」

「しかし……選ばれない男が引き下がるのは自然の仕組みだ。選ばれた男と女が愛し合って子供を残していく。愛されなかったものは退場し、自分で孤独を慰めるのが……」

「じゃあ、その選ばれなかった男達の話をしてあげる」

 ロマーヌはエンゾの言葉を遮った。

「中学の時に、まだ馬鹿な小娘だった私に告白してきた男子がいたわ。馬鹿な私はもう一度告白してきたら考えてもいいなんて思って、けんもほろろに断ったの。もちろん、その後彼から何もなかった。だって彼は告白して一月後にケイナンにいってしまったから」

「え! たった一月?」

「そうよ。そしてね、彼が今ケイナンで何をしてるか調べてみたの。高速貨物船の船長で、収入は私の2倍だったわ。どこか私に似たロボットをパートナーにして、二人の男の子を育てていたわ。どう思う?」

 エンゾの顔が複雑な色を帯びた。

「もう一人、告白されたことがあって、そっちは友達に冷やかされたからふったの。今何してると思う? ケイナンのロボット工学技術者で、収入は私の3倍。やっぱりロボットをパートナーにして、男の子3人育てていたわね」

 ロマーヌの唇が自嘲の笑みにつり上がる。

「こうして話してると馬鹿な小娘だった私を射殺したい気分になるわね。……でもエンゾ? 彼らは淘汰される側かしら? 違うわね、私の方が危うく淘汰されかかった。二人とも、私にとってのスペシャルな男じゃなくてごめんって謝って去っていったのに、今のこの逆転はどうしてなのかしら?」

「……それは……」

 エンゾは言葉に詰まり、目をさまよわせた。

「結局、甘い毒なのよ、エンゾ。特別、もてる、選ばれたってうたい文句で、この星ごと、女もあなた達もてる男も捨てられて、置き去りにされていく。エンゾ、あなたはとてもいい男だけど、あなたが幸せにできるのはあなたの妻だけ。他の女はどうすればいい?」

「……けれどロマーヌ……」

「男女比からすでに女性超過の上、男が逃げていって、さらにミサンドリー男性嫌悪にまみれてる女達は、だれが救うの? だれが彼女達の生活を、老後を、妊娠出産を支える? あなた達スペシャルな男が全部の女を抱え込んで幸せにできるの?」

 エンゾは首を横に振った。

「そう、いくらスペシャルでジョックなあなた達でも、せいぜい女を二人か三人しか抱えられない。残りは捨てられるわ。いいえ、男から見えないもの、ないものとされていく。しかも、悲惨な環境を訴えても、『僕は彼女達に求められていない』と切り捨てられる」

 ロマーヌの目に悲しみと絶望の色が浮かび上がる。

「私達は、耳に心地よい甘い毒をのまされて、いい気になってただけなのよ。女だけの気楽な世界も、女の自由自立も甘い毒。私達のミサンドリー男性嫌悪を、男達は巧みに利用して、私達を捨てて、人形を抱いて身軽になったのよ。なんのことはない、本当に解放され幸せになったのは、ケイナンの男達だけ。……本当にずるい。許せない」

「ロマーヌ……」

「女の苦しみを救わず、女の悲しみを共有せず、自分達だけがよければそれでいい。それこそが新しい女性差別じゃないの? そして女性差別をするものは人類への叛逆よ、そうでしょ、エンゾ?」

 その迫力にエンゾは思わずうなずくが、ロマーヌの目はもはやそれを見ていなかった。

「だから……だから焼くの。あいつらの人工子宮も完全人工卵子も人形も全部焼いて、すべてを取り上げるの。そしてあいつらを欲求不満にして私達の体をえさに支配して従え、私達を支えさせる」

 ロマーヌの目が狂的な光を帯びて輝き始め、エンゾは慄然としながら、同時に陶酔にも似た崇拝に引き込まれていく

「私達を捨てて身軽になって自分達だけ幸せになろうなんて、決して決して決して許さない。エンゾ、私は必ずあいつらを、人類のために、女のために焼き滅ぼすわ」

「だが、ロマーヌ。核はまだしも、もう海賊達は……」

 ロマーヌは首を横に振る。

「テロでは限界があるし、もう今回の手口は警戒されて通用しない。……だから毒には毒を。植民星には植民星をよ。銀河中心方面で戦争を起こし、反抗的な彼らから豊かさも平和も奪い取って、地球にもう一度従わせましょう? できるでしょ? エンゾ・デュランカナダ安全保障局部長?」

「……時間がかかるぞ?」

 ぼそりとエンゾはつぶやいた。

「構わないわ。ふふ、素敵な夢を見る時間を与えてあげましょう? いずれ全部焼くのだから」

 ロマーヌは目に冷たい光を宿しながら笑う。

 だが、館内アナウンスが流れると同時に、いつもの優しい微笑みと重いオーラが戻った。

「ロマーヌ・ルロワ汎銀河女性差別撤廃委員長、おられましたら運営局までお越しください」

「呼ばれたわ。詳細は後でディナーを食べながら話しましょう? 奥様によろしくね、エンゾ」   

「ああ。ロマーヌ」

「……それと、今晩は楽しめるのよね? 奥様はドバイなのでしょう?」

 声を潜めて、しかしどこか少女めいたいたずらっぽい顔で、ロマーヌは誘う。

「あ、ああ」

 エンゾに断る選択肢は無かった。それを確かめたロマーヌは満足そうに笑う。

「今日は奥様にはできない愛し方をしてあげる。まっててね」

 そういうと美しい委員長は、SPとともに部屋を去った。

 腰を浮かしかけていた残った壮年白人は、再び椅子に腰を下ろすと、ザーディからホロディスプレイを展開し、彼の妻のバストショットを映し出す。

 そして一言、すまんと妻の静止画にわびたのだった。

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