第9話 向き合うことをやめた男達

 ブザーが鳴り、「アダムの楽園」セツルメントの港湾ブロックへ通じるエアロックが開いた。

「射撃開始」

 向こう側の様子はカメラで把握しているため、確かめる必要はなかった。

 陸戦団の兵士は構えているケースレス弾仕様の内外兼用ショートライフル、その引き金を引く。

 軽快な音とともに、銃弾が発射された。

 兵士の装備は、無重力活動オプション付きパワーアシストギアを着け、灰色を基調とした市街船舶内迷彩に塗られた防弾プロテクター一式をまとい、簡易酸素供給装置をつり下げ、MRゴーグル一体型ヘルメットで頭部を覆った今日の平均的な陸兵装備である。

 内外兼用というのは、銃弾の火薬はもともと真空でも使用できるが、内外兼用はリコイル機構などが真空中でも作動できるように作られているものをさしている。

 陸戦団は、重要施設及びセツルメント警備、VIP護衛、そして臨検船舶制圧の専門部隊だから、真空中でも確実に作動するショートライフルを必要とするのである。

「射撃中止」

 兵士は撃つのをやめた。

 規則正しい無限軌道の音ともに、敵の空挺戦闘車が動きだす。

 随伴歩兵が現れ射撃を始めた。

 カメラで見えてた随伴歩兵は、すべて空挺戦闘車の後ろに隠れてしまっていたのだ。

「待避!」

 その上部の機関砲が、陸戦団兵の方を向くと、兵士は慌てて物陰に飛び込んだ。

 その後を機関砲の銃撃が追いかけたが、兵士をとらえることはなかった。

「こちらの攻撃効果無し!」

「了解、下がって味方と合流せよ。無理するな」

「了解!」

 はじめの空挺戦闘車がエアロックからセツルメント内に走りだす。

 それを所属不明の随伴歩兵がカバーして援護射撃、さらにもう1輌が続くと、随伴歩兵も走り去った。

 去ったのを確認して、兵士は分隊内通信で語り合う。

「あいつらヴァンマーネンくさいな」

「装備はエリダヌスと地球っぽいね」

「別ルートで防御対象にいる連中と合流だ。急げっ」

 私語を止めさせるように指示が入り、走ってきて急停止した輸送トラックに、兵士達は急いで乗り込んだ。トラックがモーター音とともに再び走りだす。

 かなたに去っていく空挺戦闘車の上をドローンが飛び交っているのが見えた。



 全身に与えられた電撃は、ひどい筋肉痛となった。もちろん電撃傷を与えられたところは、特別うずくように痛んだ。

「ぐずぐずするな、クソオスが」

 尻を蹴飛ばされて、無様に僕は転がる。

 セツルメント「アダムの楽園」に着いた。観光居留セツルメントと同じように、監視ボート発着場は、橋の地下にあった。

 僕達はまた橋のたもとに出た訳である。けれど僕は途中の虐待により動けない状態だった。正直、歩いて欲しければあんな虐待しなければ良かったのにとしか思えなかった。

 だが理不尽にも女テロリストは、僕をせかした。

 おそらく衝動的に虐待して、今焦ってるらしかった。

 そう、このアダムの楽園には今、銃の音が鳴り響いていた。時折爆発音もする。

 戦闘が行われているらしい。それが彼女の焦りの原因のようだった。

 けれど僕は全身のしびれと痛みで動くことができない。

 いらだった彼女が、倒れた僕に銃を向ける。

「死にたくなければ立って歩け」

 やったのはおまえのくせにと口の中で小さくののしりが出たが、実際はもごもご言っただけだった。

 力を振り絞ってふらふらと立ち上がった。自分でも驚くほど根性が出たと思う。

 けれど歩こうとして倒れかかり、柔らかな手に抱き留められた。

 ねねさんだった。相変わらず無表情でしゃべることもない。

 なのに、どこかねねさんの感じがあった。

 ねねさんは僕の肩を支えると、ゆっくりと歩みだした。

「……ふん、人形風情が。まあいい。そいつを引っ張ってついてこい」

「もうちょっとやから、がんばるんやで」

 フェンテスさんが彼女に続いて歩きだした。

 なんでもうちょっとってわかるんだよと毒づきながら、がんばって足を動かす。

 僕達は彼女に続いて、丘の上の巨大な灰色のビルを目指して歩いていった。



 陣地構築された拠点の前では、さすがに空挺戦闘車でも足が止まった。

 むしろよくここまで保ったというべきだろう。予定の1/3に減った戦力の割に士気は高い。

 だがどうするつもりだ? と防御陣地を指揮している陸戦団の三佐は思った。

 敵には後続がないのだ。ここで足が止まれば敵はすりつぶれるしかない。

 子供達を守って欲しいという、星系防衛軍司令部からのお願いは、はっきり言って不可解きわまった。しかし陸戦団司令は何を思ったのか結構な戦力をこのアダムの楽園に送った。

 それが今功を奏している。

 自分達が守っているものに、何かあるらしい。というのは馬鹿でもわかる。

 陸戦団司令と星系防衛軍司令は、あのエクソダスを少年兵として戦い抜いた筋金入りの兵士だったと言う。

「オールドソルジャーのつながりという奴か」

「? 何か?」

 司令部付き曹長が聞き返してきたのに、三佐は首を振った。

「いや。今のまま粘るぞ。弾は節約しろ」

 そういった二人に影がさす。とっさに上を見えた二人の視線の先を、身長3mほどの人型兵器が飛んでいく。

「ボーディングアーマーを持ち出した馬鹿はどいつだ!」

「……ベルナルド伍長のようです。トップアタックをかけてみると」

「……奴が失敗したら20kmフル装備でランニングさせろ、いいな!」

 怒りまくる三佐に曹長は苦笑いをしながら敬礼した。


 ボーディングアーマーは、臨検と船内外制圧用の装甲強化服である。

 装甲は小火器を防ぐ程度で、威圧と事故防止が主目的の兵器である。

 まかりまちがっても、セツルメント内とはいえ、通常の陸戦に用いるものではない。

 だから、ベルナルド伍長がこれを持ち出したのは、独断専行である。

 ボーディングアーマーが大好きなベルナルド伍長は、ボーディングアーマーのスラスターでするするとビルを駆け上がり、屋上に陣取った。

 手にしているのは車載機関砲だった。人間では無理だが、ボーディングアーマーをフルパワーで動かせば、数秒の手持ち射撃は可能なのだ。

 伍長はドローンの映像を頼りに、敵の空挺戦車の位置を確認すると、

「いやっほう!」

 次の瞬間、屋上から飛び出し、ボーディングアーマーごと逆さになりながら機関砲を空挺戦闘車に乱射した。

 空挺戦闘車は車載機関砲銃座やパワーユニットを撃ち抜かれて擱座し、横倒しになって煙を噴いた。

 ベルナルド伍長はたくみに姿勢変換を行い、隣のビルに掴まると対抗射撃を避けて隠れた。

 そして、

「どうだ! 撃破したぞ! みんな俺におごれよ-! イエーイ!!!」

 その無線を指揮所で聞いていた曹長は肩をすくめ、三佐は頭痛をこらえるように額を押さえた。



 観光居留セツルメントの避難シェルターでは、無為な時間が流れていた。

 避難民がガイノイドともに全員伏せ、真ん中あたりでぽつりと一人だけ、若い女が重そうな自爆装備を着て立っている。右手には拳銃、左手には爆破スイッチを握り、ただひたすら立ちすくんで待っていた。

 そんな時間が30分ほども続いたころだろうか?

 突然、シェルター内の照明が消えた。足下の誘導灯すら点灯せず、シェルター内は真の闇に陥った。

「明かりをつけろ!」

 女が怒鳴るが、照明はつかなかった。

「どうやってつけろって言うんだ? ここの照明、中にスイッチはないぜ」

 レ・ヴァン・コンの声が答えた。声に皮肉と嘲笑の色が濃く表れている。

「点灯できるところに連絡するぐらいは考えろ!」

「いいのかよ? 警察とかに連絡いくぜ? それに外は戦闘中だ。修理屋はこねーぜ」

 女に鼻白んだ気配があった。

「全員動くなよ! 私の体に触れてみろ、ここで道連れに死んでやるからな!」

「へいへい、触りゃしねーよ。好きにしな。レズ女なんかより嫁の方がずっと良いってもんだ」

「ふん、変態ドールハガー人形を抱くものどもめ」

 だが彼女は微妙な声質の違いに気がつかなかった。気がつくはずもない。

 そのまま彼女は待った。待ち続けても暗闇に光がともることはなく、いつしか一人だけになっていた。


 ガイノイド達の目には赤外線モードがある。男性の感情や性欲、健康状態をモニターするためだ。

 この赤外線モードで、ガイノイド達にとって、この暗闇は暗闇ではなかった。

 そしてネットワークから、政府承認済みの指示が降りてくる。

 災害時や避難誘導時などの、公的機関などが行う避難などの行動指示のことである。

 ガイノイド達はそれに従った。

 一番外側から、ガイノイドの誘導で男性達がそっと抜け出していった。

 気配を減らさないように、残りのガイノイド達が呼吸音をエミュレートして流している。

 人質達はシェルターの奥まったところにある廊下を進まされ、行き止まりについた。

 そこで浮遊感を覚えたと思ったら、ガイノイド達に上へ押されてふわふわと上っていく。

 壁を伝いながら浮き上がっていくと行き止まりにあたり、そこでぐっと腕を引っ張られて、床に着地した。そのまま二枚の布をくぐると、光があふれた。

「光が漏れるぞ、すぐに閉めろ」

 声とともに背後の二重遮光カーテンがすぐに閉められる。

 そこはシェルターの屋根に設けられた緊急脱出口のすぐ横だった。

「さ、こっちへ」

 警察官の指示に従って、膨張式脱出シュートに乗って滑り降り、下に降りた。

 辺りは警察車両だらけだった。ただし、一切サイレンも拡声器も使われず、静かに緊迫感を漂わせて集結している。中には特殊作戦部隊や救出者移送用のバス、かなり大きなトレーラーに載せた機械もある。その機械に接続されたぶっとい電力ケーブルがどこかに伸びていき、冷却システムの轟音は、中に聞こえないかと心配になるほどひどい。

 それでもそこでやっと脱出者達は安堵して息をつき、嫁達や互いと微笑みを交わし合うのだった


「もう警察が来てたんですねぇ」

「ガイノイド達の目で一部始終見てたらしい」

 あごひげをしごきながら、アハマドが感心したようにつぶやき、レ・ヴァン・コンは男性達とともに脱出してきた嫁達を見た。

「あれ、レさん、犯人の女としゃべってませんでしたか?」

「ああ、最初は俺だが、最後は警察のガイノイドだ。俺の嫁が警察に俺の音声データを渡した」

「ほほー、じゃあ今下にいるのは?」

「わかっているくせに。ほとんど警察のガイノイドだけだろう。今は残存者の確認をしているみたいだな」 

 やがて、先ほどの出口からぞろぞろとポリスガイノイド達が出てきた。

「よお、警察さん、終わったのかい?」

 側にいた男性警察官にレ・ヴァン・コンは尋ねた。

「ああ、全員救出完了だ。今はドローンを入れて、「環境音」を流している」

「逮捕しねーのかい?」

「もうちょっと暗いのを楽しんでもらってからだな。下手に脅かすと、すっころんでどっかーんっていくんでね」

「それにしても、最新のVGFGU可変重力場発生装置はたいしたもんだなぁ。セツルメントコリオリまで綺麗に消してるじゃねーか」

 レ・ヴァン・コンは轟音をたてて稼働しているトレーラーに搭載された機械を見上げて言った。

「あれは防災局のものさ! 防災出動してたから来てくれって頼んだんだよ。そっか、どうりでみんな綺麗な姿勢で上がってくると思ったよ」

「私なんか、セツルメントコリオリに慣れてるもんだから、なんか気色わるい感じでしたよ」

「違いねぇ。妙な感じだった。楽で良かったけどな」

「防災局の奴らが言うには、移住者が多くなったからこっちの方がいいんだとさ」

 警察官の解説にアハマドが微妙そうな表情を浮かべ、レ・ヴァン・コンもわずかに苦笑した。

 そんなレ・ヴァン・コンに、横から階級が高そうな警察官が声をかけてきた。

「ああ、ここにいた。ちょっと主犯のことを聞きたいんだが。モニターした動画ではアダムの楽園と言っていたが、間違いないか?」

「ああ」

「……それともう一つだが……」

 救出者移送用バスに人質達が乗り込んでいく。その前で警察官達と会話をしていたレ・ヴァン・コンとアハマドの顔が、驚きと嫌悪にゆがんだ。

 ふとレ・ヴァン・コンは気がついた。

 あの胸がやたらと大きいセクサロイド、ミリーが所在なげに立っていたのだ。

「なあ、警察さん。ちょっと頼みがあるんだが……」




 丘を登り切ったところに、小さな入り口があった。

 わりと厳重そうな入館認証装置がある。掌紋と眼底認証らしい。

「おい、おまえ、こっちだ」

 僕は肩を担がれて、認証システムの前に立つ。

 目でセンサーをのぞき込み、手のひらを押しつける。

 当然ながら、不許可の文字が出た。

 しかしそこへテロリストが手元の機械で何かをすると、表示が許可に変わった。

「入るぞ。来い」

 僕達は女テロリストに続いて中に入っていった。


 中は薄暗かった。廊下を通り抜け、広間に至ると光量の乏しい赤い光だけがえんえんと続いている。どこかでモーター音やポンプ音が響くが、人の気配はない。

 そして無数の、人の胴ほどの大きさがあるガラス円柱が赤い光の下で音もなく並んでいた。 天井とつながった上端からいろんな管が降りて、途中で黒く遮光されたガラス円柱となり、遮光が切れた下の方には、様々な電子機械が詰め込まれて、床に固定されている。

 途中の遮光された中でポンプの水音のようなものが聞こえるが、何が入ってるかわからなかった。

 テロリストの女が振り返り、ガラス円柱を指さしながら僕の方を見た。

「おまえ、あれが何かわかるか?」

 僕は力なく首を横に振った。隣のフェンテスさんは、ものすごく驚いたような顔をしている。

「見せてやろう。おまえ達の罪をな」

 そう言うと女テロリストは、中央の制御コンピューターに歩み寄った。

「全ユニット遮光スクリーンオフ」 

 その言葉とともに、円柱の中央部の黒かったところが、色を薄れさせていった。

 中には肉の布団のようなものに横たわった……胎児!!。

 どの円柱も様々な大きさの胎児が、胎盤と思われる肉に臍帯で接続され、水の中に浮いている。その胎盤からは様々な管が伸びて、上部の管に入っていっていた。

 女テロリストが、憎しみと怒りで顔をゆがめながら、僕にわめく。

「これが人工子宮だ。おまえ達のミソジニー女性嫌悪の現れだ! 女を疎外している象徴だ!」

「……人工……子宮?」

「そうだ。地球では500年以上も前に禁止された技術だ」

 彼女は背負っていたバックパックをおろし、中から機械を取り出した。タイマーがついていて、いかにも爆弾ですという雰囲気がぷんぷんする。

「本当は、植民惑星のひどい男女比の偏りへの救済策として人工子宮は解禁されただけなのだ。それをおまえ達は悪用し濫用した」

 制御コンピューターに彼女は爆弾らしきものを設置した。

「用があるのは卵子だけとばかりに卵子を買いあさり男だけで子供を作って、女をのけものにしたんだ。それをおまえ達は、口では女性の望まぬ性交、望まぬ妊娠出産、望まぬ育児を防ぐためとお題目を垂れる。だが見ろ!」

 彼女はぐるりと人工子宮を指し示した。

「おまえ達が奪った我々の妊娠出産だ! 我々の幸せと経済的安定がこうもたくさん奪われたのだ。おまえ達はなぜ女性に向き合わないのだ! なぜこんな安易な方法に逃げるのだ!」

 彼女の拳が制御コンピューターに振り下ろされる。

「おまえ達が人形と戯れている間に、女性が苦しんで年を取っていくのだ。おまえ達のやるべき過酷な仕事が女性に押しつけてられて、過労のあまり恋愛と出産の機会まで奪われて!」

 女はテロリストはにやりと笑う。

「だがそれも終わる」

 爆弾にスイッチが入れられ、ランプが不気味に明滅しはじめる。


「さあ、来い。おまえ達の罪をもっと見せてやろう」

 彼女が満足そうな笑みを浮かべて歩きだし、僕とフェンテスさんは人工子宮を見回しながら、次の部屋に入った。


 次の部屋は中央に独立した小部屋が設置された部屋だった。照明はやはりおとされているが、ホロディスプレイが各所で光を放っていた。

 中央の小部屋に女テロリストは近寄り、小部屋の壁にある機械を操作した。

 ホロディスプレイが輝きを増し、何かの写真を映し出す。

 それは丸い惑星のようだった。惑星の外側には、透明な殻のようなものがある。

 けれど不思議と美しく整った惑星のように見えた。

 見とれる僕に、女のテロリストはあざ笑う表情を浮かべた。

「これは、惑星ではない。……卵子だ。コードネーム『イースターエッグ』」

 とんとホロをはじく。解説文をのせたホロディスプレイが浮かび上がった。

「顆粒膜細胞、透明体、卵細胞質はすべて完全合成。ミトコンドリアは体細胞のミトコンドリアを参考にカスタマイズ。そして核も精子から採集されたDNAのうち、先天奇形のDNAをできるだけ取り除き、不都合な遺伝子も改良。さらにX染色体に特異X接合拒否タンパクを付与し、XX接合が起こらないようにしてある」

 女テロリストが、憎悪の笑みを浮かべた。

「これは女の体を通らずに作られた、男しか生まれない完全人工卵子」

 彼女が僕に指を突きつける

「おまえ達のミソジニー、その罪の結晶がこれだ!」

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