第8話 女性とちゃんと向き合えない男達
レールの上を稲妻をまとって砲弾が走り、虚空に躍り出た。
誘導管制に従って、わずかにスラスターをふかして軌道遷移を行う。
そしてフルブースト。
キャニスターも兼ねた固体ロケットブースターが長々と噴射炎を引き、宇宙を翔る。
地上では与えられない弾体回転だが、宇宙空間ではライフリングに頼らず、固体ロケットブースターによって回転が与えられる。
ジャイロ効果による姿勢制御のためである。
キャニスターでもあり固体ロケットブースターでもあったアウターシェルが最終ブーストの終了とともに分離され、昔ながらの劣化ウラン弾針が現れる。ただし弾針表面はステルス素材で覆われていた。
弾針は敵Qcミサイル迎撃コースにのった。しかしその速度はQcミサイルに比べればひどく遅く、停まっているようなものだった。
QcミサイルのAIは優秀であるという評判だ。自己判断回避運動を可能とし、自動天測航行も可能である。目標の到達判定を天測によっても可能なので、目標前に展開されるデコイやダミーにだまされにくい。そうでなければQcパワーユニットを積む意味がない。通常空間で光速の25%を出す小型パワーユニットは非常に高価だからである。
しかし今、QcミサイルのセンサーはRCS低減に優れたステルス弾針を発見できなかった。
障害物なしと進路診断したQcミサイルのAIは、パワーユニットにフルブーストをかけて目標の襲撃を図った。
結果Qcミサイルは光速の25%近くに至る最高速のまま、弾針にぶつかり、瞬時にはじけ燃え上がった。
弾針が流体化して、激しい酸化を起こしながらプライマリ励起用爆縮レンズに流れ込み、爆発させたのである。
それが防衛ライン上で連続して起こった。素直に突っ込んできたQcミサイルの第一陣、40%はこうやって阻まれた。
イソギンチャクと呼ばれる防御兵器に当たったQcミサイルの末路は滑稽ですらあった。
イソギンチャクは数kmに及ぶ金属ワイヤーを広げて高速回転する、最終防衛兵器である。
この兵器も視認しにくくRCSも低いため、ミサイルは無警戒にワイヤー半径内に入った。
そしてミサイル弾体はワイヤーで叩かれ、その相対速度の差によって、ワイヤーは苦もなくミサイル弾体をちぎり取り、ワイヤー弾片がやはり流体化してミサイル弾体をうがった。
傍から見ればワイヤーがかすった瞬間ミサイルがばらばらになったように見えただろう。
しかしながら、不運にも防御をすりぬけたQcミサイルもあった。
第29目標とケイナン防衛司令部でラベリングされたQcミサイルは、防御砲撃をことごとく躱し、スペースセツルメントの一つに突入した。
突入されたアイランドニューアフマダーバードは幸運なことに住民の避難が完了していた。
陸部分の外壁を突き破って内部に弾頭を突入させたQcミサイルは、弾頭部分の気圧信管を作動させ、天測による位置情報を照会して、最終信管作動に承認を送った。
数秒後セツルメント内部に恒星が出現し、セツルメントの川である採光窓が爆圧に耐えかねてひび割れ、内部の建築物が蒸発し、爆風が荒れ狂って爆心地以外の建物をなぎ倒し、破孔から大気が吹き出した。
だがQcミサイルの直撃は一発にとどまった。それがこの戦力での限界でもある。
惑星ならば爆心地のみならず、フォールアウトと風で、もう少し広範囲への影響が見込めただろう。
だがスパースセツルメントは脆弱であるものの、切り離された人工の大地が被害の限局化をもたらすという側面もあった。
周囲のセツルメントから、ニューアフマダバードに向けて防災局のドローンが多数射出され、救難船が飛び立ち始める。
シェルター内避難者の生存を確認した無線が流れ、クレーン船などの作業船舶も救難船の後を追った。
戦果をあげた敵艦隊も無事ではない。フリゲート2隻はミサイル射出後怒り狂ったパトロール艦隊の砲撃により、穴だらけにされた。生存乗員は存在しないこととされた。
残りのコルベット2隻も相次いで防宙砲撃の直撃を受けて沈黙した。
ただ一隻、旗艦のクルーザー
司令部は被害状況の把握と敵クルーザーの追跡、増援への警戒、そして補給再出撃、損傷艦の救助収容でごった返している。
その司令部オペレーションルームから3フロアほど下の一角、星系防衛軍情報分析センター宙域情報解析部はのんびりした空気が漂っていた。
主な人間はオペレーションルームに移動し、残っている者が通常業務をほそぼそとこなしていたからである。
人工彗星からの画像解析も、戦闘宙域に近いエリアのものは、直でオペレーションルームにまわされている。
つまり回ってくるのはそうでない宙域、相も変わらぬ平和な?宇宙のはずだった。
人工彗星SCイオタは周期彗星軌道を内惑星帯に向けて移動中だった。
星系外縁監視としてはもはや外縁から相当距離が空きつつあり、ほぼ星系内の撮影データを送信している状態であった。
突如、宙域情報解析部のAI解析がSCイオタからのデータに要検証の結果を示した。こうなると面倒くさい。
データを超細密動画解析にかけながら、人の目での検証を受けなければいけないのだ。
要検証は、SCイオタの送った画像と動画のうち、2枚の画像、そして小惑星帯よりかなり内側の部分を撮影した動画だった。
要検証となったデータを分析官の一尉は、一度ざっと見えて首をひねった。
「なんだよ、これは」
数度見返して一尉はますます首をひねった。異常箇所がわからなかったのだ。
AIのコメントを参照してもよくわからなかった彼は、部下の「変人」と呼ばれている二等軍曹を呼び、画像と動画を見せた。
「どこに文句付けられてるかわからないんだ。AIの調子が悪いのかな?」
と言う一尉に二等軍曹は得意そうに語った。なぜかわからないが彼はAI以上の精度で異常を見つけるのだ。彼が変人と言われる由縁だ。
「あー、恒星光が数カ所欠けてるんですよ。このフレームとこのフレームのこことここ」
「? つまりどういうことだい?」
「恒星光を遮るけども光を反射しないものがいるんですよ。……ちょっと待ってくださいね。異常があるフレームからの視差を計算して、遮られた恒星の見かけの位置と……デブリじゃないですね。コルベットぐらいの大きさで複数の……」
二等軍曹は自分の声で自らの分析の意味に気づき、一尉も顔が引きつった。
「「ステルス!!」」
すぐに磁気情報と赤外線情報解析に取りかかり、程なく情報が司令部にあがった。
「コルベット級のステルスだと?」
「情報分析センターの意見です。撮影時の位置は主星から2.1AU、現在の予想位置は、1.6AUと推測されます」
「第2艦隊の可動艦を急速発進! セツルメントから観測偵察ドローンをなんでもいい、あげられるだけあげて、リアルタイム分析にかけろ! 防宙砲、セツルメント付近を狙えるか?」
「射界によりますが、4門が砲撃可能。あまり寄せるとセツルメントと救難作業船に当たります」
「できるだけでいい、照準をセツルメントに寄せて砲撃命令を待て」
報告に目を剥いた宙将は、矢継ぎ早に指示を出し、傍らに寄ってきた参謀二佐にそっとつぶやした。
「……どうやら貴官が正しかったようだな」
「いえ、結果論に過ぎません。それに核を用いてるのですから、司令のおっしゃった両面作戦の方が正しいでしょう。支作戦だと侮っていれば、被害はこんなものでは済まなかったでしょうし、敵艦隊の技量は高かったのですから」
「……セツルメントを一基、核で焼かれて、被害が軽いもないものだがな」
「それでもです。ニューアフマダバードの人的被害はおそらくごくごく少数にとどまるでしょう。これが惑星ならばフォールアウトで厳しいことになったはずです。建国の父達が惑星に降りなかった理由がよくわかります」
宙将が皮肉げにちらりと自嘲したが、二佐は首を振った。それでも宙将の憂鬱は晴れることはなかった。
「……いずれにせよ、さらなる戦力増強は必要だな。私がそれに関わることはないだろうが」
宙将の言葉に、二佐は一瞬悲痛な光を目に浮かべた。
「光学観測ドローンからの解析映像です。ステルスオブジェクトです」
何もない空間を解析結果が覆うと、縁取られた3隻のステルス艦の姿が浮かび上がった。
「防宙砲より司令部へ。あの位置では砲撃可能時間わずかです!」
「わかった!、防宙砲直ちに砲撃開始!」
「こちら第二艦隊、目標捕捉! 砲撃開始する!」
猛烈な砲撃がなにもない空間を突き通った。
次の瞬間、なにもないはずの空間がリング状に発光し、宇宙と判別しにくい黒い船体が出現する。破孔から多数黒焦げの手足や人型が吹き出し、黒い船体が軌道をそれ始める。
そしてなにもない空間から核パルス光が猛烈に輝き始めた。
ステルス偽装が解け、黒い船体が2隻現れ、猛烈な加速を始める。
それを防宙砲が追ったが、すぐに砲撃が中断した。
「だめです! これ以上は味方に当たります!」
「こちら第二艦隊、やってみる!」
司令部に通信を送信した後、第二艦隊司令は笑顔で命令した。
「旗艦のすべての主砲をなぎ払いモードへ。その他の艦は砲撃を続行」
「後で大目玉ですな。主砲は整備したばっかりなのにと」
「なーに、私が退任すれば文句は収まるさ」
艦隊司令が涼しい顔で言い放ち、艦長は真摯な顔で敬礼をした。
数分後、第二艦隊旗艦から長い長いビームの刃が二つ生え、虚空で振るわれる。
一隻はからくも刃を逃れ、セツルメント群に突入していく。
しかし2隻目は水平断されて、それぞれが火球に変わった。
「敵ステルスコルベット
「……陸戦団司令につないでくれ」
静まりかえる司令部の中、宙将は瞑目し静かに言った。
銃声が響き渡った次の瞬間、避難シェルターのほとんどの人が伏せた。
伏せなかったのは遠くの幾人かの人と、驚きと耳鳴りでなにもできなかった僕ぐらいだった。
銃弾は僕の足のすぐ横にめり込んでいた。そして銃口はけむりをくゆらせながら、僕に向いている。
さっと誰かが動いて、僕の横に立ち、頭に固い物を突き付けてきた。
「動くな!」
「おまえはさっさと立て」
女の怒鳴り声が避難所に響いた。僕に立てと命令した声も女の声。
足をがくがくさせながらなんとか立った。正直、腰を抜かし気味だった。
テロリストは二人の女だった。
一人は中年。眉が太くかろうじて整っているとは言えるものの男っぽく気が強そうな顔立ちをしている。
化粧っ気がないので、声がなければおじさんとも言えそうな感じである。
もう一人僕に銃を突き付けているのは若い女だった。
明らかにやせすぎで顔も手も足も細くかまきりを連想させる女だった、こっちも化粧はしておらず、色の悪い肌と落ちくぼんだ目が酷薄そうななにかを漂わせている。
「我々は、ニューウイミンズフロントアゲンストミソジニー(NWFAM)である!」
中年女がぐるりと僕達を見回しながら宣言した。僕達は声もなく彼女の次の言葉を待った。
「貴様達、ケイナンの男に告げる! 国家ぐるみで女性を排斥するホモソーシャル国家に立てこもり、女性と真摯に向き合うことをせずに、人形とのセックスごっこにふけって、女性への援助を、保護を怠ったことは、
よくとおるアルトの声が、俺達を断罪した。
「それだけではない。今、貴様達は卵子を選別して買いあさり、人工子宮を用いて、女の出産を介在させることなく男を作り出している。これは搾取である!
女の卵子のみ少額で搾取し、妊娠出産の喜びを取り上げ、保護と経済的安寧を奪い、ただ成果物のみを自分達で独占しているからである!」
テロリストの女の瞳が、憎しみと怒りに染まって僕達を突き刺していった。
「そしてまた、みだらなセックス人形は、女性を型どりながら、男の楽しみのためにこれを好き勝手に利用して、女性の体への尊厳を汚し、剽窃することの現れである。その自覚なく人形を利用しながら、女性に害をなしていないなどと開き直るのは、己の加害性への無反省である」
僕に銃を突き付けている女が、嫌悪の表情で顔をゆがめていた。
「おまえ達、ケイナンのクズオスどもは、この世には男と女しかいないという事実を忘れ、女性を貧困と無援助に追いやり、自己の快楽のみ追求した。これは人類への決定的な叛逆である。しかし我々NWFAMは、クズオスの無理解と疎外に屈しはしない! 今こそ、我々がクズオスを裁くときが来たのだ。これを見よ!」
演説していた女がコートを脱いだ、側の銃を突き付けている女が銃を下ろして同様にコートを脱ぐ。
そこには体中に巻き付けた爆発物らしきものであり、左手に起爆装置らしきものを握っていた。
「……やばいな、ガスか?」
レさんがぼそりとつぶやいたのを僕は聞き逃さなかった。
「これは神経ガスである! 我々が一人はじけ飛ぶだけで、ここにいる全員が死亡する!」
シェルターがざわめいた。
「抵抗は無意味だ! 我々は、叛逆したクソオスを殺すことをためらわない!」
起爆スイッチを彼女らは頭上に掲げた!
「このスイッチは、私の手から離れれば起動する、ボタンを離しても起動する。嘘だと思うなら襲ってみるがいい!」
その狂気におされ、シェルター内の男達が腹ばいになったままわずかにずり下がった。
それを見て中年女テロリストは満足げに笑った。
「だが、我々は貴様らクソオスに与える慈悲もある。私を「アダムの楽園」へ連れて行け! 我々の目的が達成できれば貴様らは助かるだろう」
「何が目的だ!」
誰かの大声への答えは銃声だった。
「黙れ! クソオスに返答以外の発言を許した覚えはない!」
幸い銃弾は上にそれたらしかった。だがシェルター内は凍り付き、静寂が覆った。
「しゃーないな。俺が行ったるわ」
空元気なのか、おびえがない声で立ち上がったのは、フェンテスさんだった。
オレンジ色の瞳が、一緒に校長室に行くような明るさで僕を見すえる。
「フェンテスさん!」
「そのかわりこいつを解放してくれへんか?」
「……だめだ。こいつは人質だ。連れて行く」
フェンテスさんが天を仰ぎ肩をすくめた。
「ちょっと待て」
「発言を許可した覚えはない」
レさんをテロリスト達が冷たく見据えたが、レさんは平気で話を続けた。
「そのぼうずのことだ。そいつはまだここに来てから日が浅い。帰化申請中だ。そのままだと足手まといになるぞ」
シェルター中が、レさんの発言の意味がわからなくて、顔に疑問の色を浮かべた。
「なにが言いたい?」
「ぼうずの嫁も一緒につれていけ」
「ほう? このいやらしい人形をか? なぜだ?」
「もちろんぼうずを助けさせるためだ。言うこと聞くかどうかなら心配は要らない。なあ、オリヴァー」
「え? ええ」
曖昧にうなずくオリヴァーさんを、彼の少女が見えて、少女が言葉を引き取った。
「緊急権限委譲 2-E適用状況」
透き通るような声でそれだけを言って、少女ガイノイドはまたオリヴァーさんをじっと見えた。
オリヴァーさんの顔に理解の色が浮かんだ。
「ああ、そうか、なるほど、なるほど。……これは実演してもらった方が早いな。ねえ、権限委譲をやってもらった方がわかりやすいと思うんだ。どうかな?」
「妙な動きをすると全員死ぬぞ」
「大丈夫さ。じゃあ空閑君、僕の言うとおりに復唱して」
いぶかしげな顔をするテロリストに笑顔で返し、オリヴァーさんは僕の方に顔を向けた。
「まずアドミッション・お嫁さんの名前」
「……アドミッションねね」
ねねさんが感情の消えた声で応答し、虹彩が虹色に輝き始めた。
「了解、マスター。モード指定をどうぞ」
「よし、次に、デレゲイション・セキュアオーソリティ・2-E」
「デレゲイション・セキュアオーソリティ・2-E」
「受諾。仮設権限移譲先を指定」
「はい、あなたです。名乗って声紋登録してください。偽名でもいけますが、名乗り間違えたり返事を忘れたりすると権限委譲が解除されますから」
オリヴァーさんが中年女性に向かって言った。
「……アンドレア・マッキノン。これでいいか?」
「権限委譲完了。指示をどうぞ」
その声とともに、嫁は……完全に嫁らしくなくなった。無表情でロボットらしくなったのだ。
「じゃあ命令してみてください。たぶん指示を受け付けるはずです。ただし殺せは無理です。そこは最高権限が必要で、しかも許可時間は極めて短いですので」
「ふん、それでは……おまえ、ガキを拘束しろ」
彼女の命令でねねさんが僕の手を後ろにひねりあげて、僕を拘束した。
女テロリスト達の顔に笑みが浮かぶ。
「ふ、自分の人形にやられる気分はどうだい? おい、おまえ、ガキの顔を叩け」
びしっと頬が張られ、目の前を火花が散った。見えると、ねねが無表情に手を振り上げて立っている。
「は、ははははは! これはいい! ……だがこんなことをする理由はなんだ?」
満足そうに笑ったテロリストが、鋭い目でオリヴァーさんを見えた。
「こちらの保険だよ。そっちの目標を協力したのに、空閑君やエドァルド君を殺させる訳にはいかない」
「途中で人形を捨ててもいいんだぞ?」
だがその脅迫は、レさんの逆脅迫が打ち消した。
「おう、いい気になるなよ、ババア」
小さな小さなナイフがレさんの手にひらめいていた。
「てめえ、ぼうずを殺してみろ、このねーちゃんの顔の皮を剥いで、ケツの穴にぶちこんでやる。……はったりだと思うなよ、粘っておまえらが疲れてふらついたら覚悟しろよ。女として死なせてなんかやらないからな。女でない惨めななにかにしてやる」
レさんの目の殺意を読み取り、テロリスト達はわずかに動揺した。
「いいだろう。人形は連れて行こう」
そう言うと中年女は着ている自爆装備を相方の足下に置き、下ろした自爆装備のコードを相方の自爆装備につないだ。
そして、彼女達は見つめ合って、ねっとりとキスを交わす。
やがて唇が離れると、中年女性は声をはりあげた。
「私は行く。だが仲間が残る。意味はわかるな? 私が死ぬか戻らなければおまえ達もろもとも死ぬ。もちろんおまえ達が抵抗しても殺す。くれぐれも忘れないことだ」
そして彼女は仲間の若い女とうなずき合うと、顎でフェンテスさんをまねいた。
「赤毛の男、案内しろ」
「へいへい! じゃあ、ちょろっと行ってくるわ」
僕も、ねねさんに引っ張られて彼女についていった。
「『アダムの楽園』への最短経路だ。示せるか?」
扉を開けて外に出ると、中年女が言った。
ねねさんが無言無表情で、ホロディスプレイを作成し、そして川沿いの一点を指さした。
「あー、外壁点検用のパトロール艇があるようやね。たぶん、アダムの楽園までなら飛べると思うで」
フェンテスさんがホロディスプレイに映された地図を見えてつぶやいた。
「操縦しろ」
「へいへい」
ふと変な感じがした。だがそれも一瞬で、僕は再びねねさんに引きずられて歩いた。
川沿いの橋の根元に点検口があり、そこのはしごで下りていくと、せまい駐機場があった。
駐機してる大型トラックほどの黄色く塗られた船体にセツルメント管理局の文字が書いてある。あくまで監視ボートで5人ほどのれるが、遠くに行ける代物では全くない。
フェンテスさんが操縦席に入り込んだ。
「都合ええわ。非常事態だからロック外れてるで」
「おい人形、おまえはコパイ席だ。計器には触れるな」
うなずいてねねさんが副操縦席に座った。
後部の3人掛けシートに僕が押し込まれ、隣にテロリストが座った。
そして僕は後ろ手に手錠をかけられる。
「いいだろう。出せ」
小さなエアロックが減圧され、船は宇宙に舞った。
それから僕の地獄が始まった。
レさんの脅迫への怒りが湧いたらしかった。
「クソオスめ、舐めやがって!」
太股に押し当てられた電極が放電して鋭い痛みを作り出した。スタンガンだった。
「私達は人形と遊んでるおまえ達とは違うのだよ」
ショックがまたもや通り過ぎた。今度は肩だった。
「お、おい」
「殺しはしないと言ったが、痛めつけないとは言っていない」
中年女の暗い喜びがにじみ出る声に、フェンテスさんは黙った。
「あの娘は私のために死んでくれる女だ。私は彼女の尊い愛に満たされ、彼女もまた私に愛されて満たされる。だがおまえ達は愛されない」
今度の電気ショックは、首だった。激痛で体が跳ね上がり、船内の内装で頭を打った。
「見てみろ、愛などと言ってもプログラム一つでかき消える。どうだ、愛があるなら、この人形を元に戻して見せろ」
髪を掴まれて、ねねさんの方にねじ曲げられた。ねねさんはただ前を向いて、棒のように座っていた。僕の苦鳴がまるで聞こえていないようだった。
「そうだ、おまえ達は、人形にすら愛されない。プログラムにひっかかる哀れな虫だ」
腕に電撃が走った。涙が流れておちた。
「女に向き合わないから愛されない。女に尽くす根性がないから愛されない。弱いから愛されない。クズめ、クズ男め!」
足に腕に首に電撃が走る。もう痛みではなく熱さに変わり、体は電撃ではねるだけとなった。
「あれをこすって汚い物を出すだけのクズめ。せめてクズなりに、女に貢げ! 敬え! 女を幸せにしてみろ!」
股間にスタンガンを押し当てられて、恐ろしい痛みに体がはねとんだ。再び船の内装にあちこちをぶつける
「これは報いだ! 女を虐げ、疎外し、自分達の幸せに逃げた報いだよ、クソオス!」
再び股間にスタンガンが押し当てられた。今度は体がはねたかどうかよくわからなかった。
いつしか僕はねねさんのことしか考えられなくなっていた。
謝りたかったのだ。連れてくるべきじゃなかったと。いて欲しいという甘えを断ち切るべきだったと。
(ごめん、ねねさん)
そして僕は意識を手放した。
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