第7話 ケイナンの男達

 パトロール艦隊の戦闘加入は、形勢をケイナン側に有利にした。

 防宙砲撃と艦隊砲撃の十字砲火にさらされた敵艦隊は、散開せざるを得なくなったのだ。

 散開は各個撃破のチャンスであり、防宙砲とパトロール艦隊は砲撃を小破している敵艦に集め出した。


 戦闘艦の最後は、必ずしも爆発ではない。哀れなコルベットフォックストロットは弾薬庫に火がついたのか、船腹から閃光を発しくの字にねじ曲がった。

 そのままくるくると駒のように回り始めたところをビームに滅多打ちされて、デブリへと変わった。

「コルベットフォックストロット沈黙!」

 ケイナンの防衛司令部で歓声があがる。

 しかし戦闘消耗がケイナン側にも忍び寄る。

「3番防宙砲、キャパシタ電圧低下、ビーム粒子残存10%」

「6番、加速器異常高温!」

「ビーム粒子の補充はまだか! キャパシタ接続回路切り替え急げ」

「防宙砲、稼働率60%に低下」

「残存砲塔は、パトロール艦隊から一番近い目標を狙え!」

 それでもそのまま各個撃破による掃討戦に転じようとした時、敵艦隊は逆襲の牙を剥いた。

 まず散開したはずの敵艦隊が、果敢にもパトロール艦隊に各自突撃した。

 パトロール艦隊は果敢に砲撃を行ったが、相対戦故の前面投影面積の減少により有効砲撃を著しく減らして接近を許した。

 接近を許せば、防宙砲の砲撃は難しい物となった。

「砲撃停止! 砲撃停止! パトロール艦隊に当てる気か! うつのをやめろ!」

 回避機動の制約を減らすことに成功した敵艦隊は被弾しながらもドリフティング機動で前面投影面積を最小にしながらの横滑りを行う。

 パトロール艦隊の司令や艦長が、舌打ちをした時には遅かった。

 敵艦隊は防宙砲の射線を遮るパトロール艦隊の陰に入り、見事に再合流を成功させる。

 防衛司令部でオペレータが告げた

「敵艦、再集結!」

「まだ砲撃はできないか?」

 参謀二佐が冷徹に砲撃管制に問うが、答えは否定だった。

「だめですね。 パトロール艦隊がまだ射線から外れていません」

 パトロール艦隊も状況は理解していた。艦隊司令は防衛司令部から退去要請されるより前に、艦隊に前進を命令した。

「艦隊全速前進! 敵艦隊を追尾! きびきび動かんとケツを撃たれるぞ! 敵のケツから削ればいい!」

 パトロール艦隊は増速して、防宙砲の射線を開け、敵艦隊の後尾に突撃した。

 成果は出たが、犠牲も出た。

「命中! 敵コルベッドホテル、敵艦隊機動ラインより逸脱! 損傷を与えた模様!」 

「こちら、フリゲートサルサール! 敵砲撃により損傷甚大! 航行不能! なおも敵艦接近中」

 弧を描きながら反転してくる敵艦隊を見ていた艦隊司令に、艦隊参謀が青ざめた顔で報告した。

「司令、敵艦隊はサルサールで防宙砲の射線を消しています!」

「いかん! やられたっ! 追尾急げ!」

 パトロール艦隊司令が愕然とした瞬間。敵艦隊がサルサールをすれすれに回避して、そのまま内惑星方面に突進していく。

「敵コルベットホテル回頭! こちらに突っ込んできます! ……あ、乗員脱出!」

「なんてこった! 全艦回避!」

 コルベットホテルが自動砲撃で突っ込み、パトロール艦隊先頭に至った瞬間、内部から膨れあがり、破片をまき散らして破裂し、白熱の火球となった。

 回避機動を行ったパトロール艦隊は、追尾軌道から逸脱し、かくしてパトロール艦隊は振り切られることとなった。


「司令部よりパトロール艦隊、状況を知らせよ」

「こちらパトロール艦隊、旗艦の観測機器、損傷大。航行可能なれど戦闘継続は困難。現在司令部乗員を移乗中」

「サルサール乗員総退艦開始! 砲撃処分の許可を願います」

 防宙砲の砲撃は不可能なままである。サルサールが乗員脱出後砲撃処分されれば防宙砲撃が再開できるが、それにはもう少し時間がいる。


「……我々をよく研究しているな。練度も高い」

 デュバリエ宙将は無表情だったが、声にはわずかに感嘆の響きがあった。

「PMCくずれのベテランなのでしょう」

 ファン二佐は表情こそ変えなかったが口調には苦さがあった。

「第1艦隊、5隻ですが発進可能とのことです」

「第2艦隊は、3隻発進可能です」

 港湾で緊急発進準備をさせていた報告があがり、デュバリエ司令は気を取り直した。

「よし。第1艦隊は可動全艦発進してセツルメントと敵のライン上に展開」

「……正念場ですね。敵は撃ってくるでしょうか?」

「くる。でなければ、8隻のうち3隻やられても向かってくる戦意の説明がつかない」

 ファン二佐の問いに宙将は迷いなく断言した。

「これが支作戦ではないとお考えですか?」

「わからんな。ひょっとすれば両面作戦かもしれん。『イースターエッグ』なぞ焼いてしまえばいいという発想でな」

 宙将の皮肉げな答えに冷徹な東洋人参謀の目が一瞬冷たく光った。

「防宙砲の補給と修理急がせます」

「いや、もう遅い」

 宙将が静かに言った。

「敵艦隊、小型物体多数射出!」

「小型物体動画解析でました。Qcミサイルです!」

「全艦に告ぐ、Qc1/4光速ミサイルに核融合弾搭載の恐れあり。ミサイルを阻止せよ。防宙砲、目標変更! 目標Qcミサイル!」

「了解 第1艦隊各艦はデータリンク確認の上、ミサイル阻止射撃を開始」

「防宙砲モード短パルス、対高速オブジェクト破砕に変更」

「誘導砲弾に目標諸元を入力開始。レールガンランチャー起動」

「各セツルメントに減圧高エネルギー放射線警報を発するように伝達。ミラーをミサイル来襲方向に固定」

「イソギンチャク射出開始」

「敵ミサイル、ブースト開始しました!」

 緊迫したオペレータの声に、司令部の緊張はいっそうたかまる。

「さあ、来るぞ! 正念場だ。すべて打ち落とせ!」

 宙将の言葉と共にセツルメント群に向かって、あまたのミサイルが矢のように突き進み始めた。




「でも僕はペドフィリアだから、嫁より僕の方が嫌われるね」

 オリヴァーさんが寂しげに笑って、彼の嫁である少女を抱き寄せると顔を伏せた。

「あ、いや、そういうつもりやないんや。すまん」

 フェンテスさんが気まずい顔をしてぼそぼそと謝罪の文句を口にした。

「おい、わかいの!」

 オリヴァーさんの巨体の向こうから、しわがれているが力強い声が聞こえた。

 僕達は顔を見合わせ、フェンテスさんが疑問符だらけの顔で自らを指さした

「おう、おまえさんだ、赤毛のわかいの」

 声は、ごましお頭の東洋系男性老人からだった。

 老齢は明らかなのに、体にはそれなりに筋肉がついており、顔も厳つい。

「おまえさんよ、ここでな、嫁からわかる性癖で本人けなすのはやめておけよ? どうせよぉ、嫁ってのは性癖を全世界に公開してるのも同じなんだよ。禿げに禿げっていうようなもんなんだよ」

「……ああ、そうやな。俺が悪かった。許してな」

 フェンテスさんはオリヴァーさんに頭を下げた。

「おまえら、こっちよれや。どうせやることないだろ」

「そうですそうです。嫌な気持ちで待っててもしかたがないです。さあさ、お茶でもどうぞ」

 東洋系の老人に話を合わせて、紅茶を差し出してきたのは、あごひげも鼻の下のひげも濃い、アラブ系の小太りのおじさんであった。白っぽいディジタージュを来ている。

 東洋系の老人には、ブルーのアオザイを来た30才過ぎに見えるガイノイドが付き添っていて、アラブ系のおじさんには、ニカーブと呼ばれる目だけが出ている黒い全身を覆う衣装をきているガイノイドが側にいた。

「レ・ヴァン・コンだ」

「アハマド・フセインです、よろしく」

 二人は気まずい僕達を呼び集めて、車座に座るよう指示した。

 レさんの声には威厳というか迫力があり、僕達は素直に従ってしまっていた。

 5人でフセインさんの入れた紅茶を味わう。避難中だと言うのにのんきだと思いつつ、争うよりはましだとも思った。

「まあ、これから俺の言うことは、老人の愚痴だと思って聞いてくれや」

 レさんが口火を切った。

「この国はなぁ、他国から弾き出された男達のふきだまりなんだよ。ペドもいるし、発達障害のひどいのもいる。借金持ちなんぞざらだし、いろいろコンプレックスこじらせた奴なんかいくらでもいる」

 レさんは俺達をぐるりと見回した。

「そんな奴らでもここに来たら、それなりに暮らせるんだよ。なんせガイノイドには発達障害とかもろもろの男のこじらせをなんとかするデータベースがあるからな。俺も含めてここにいるのは、嫁がいないと箸にも棒にもかからんろくでなしばかりなんだよ」

 僕は思わずうなずいていた。

「だから、嫁にはその男のこじらせが現れてしまう。愛するし頼るからな。思い入れができちまう。そこのでっかいあんちゃんの思い入れが少女でもな、そりゃしかたがねーんだぜ? 好きなもんは好きだしよぉ、人間の子供に迷惑をかけず、わざわざ女のいないケイナンに来て、ちゃんと正規でそういうガイノイドを嫁にする意味ってわかるかい? 赤毛さんよぉ?」

「がんばって、ものほんのロリに行かんようにしたのはわかるから、あやまったんやないか」

 フェンテスさんはすこしふてくされぎみに答えた。

「それだけじゃないんですよねぇ」

 と、フセインさんが口をだした。

「ペドはさすがにケイナンでも気を遣ってるんですよ。犯罪歴ないことや少女買春に関わっていないことの証明とかを国籍取得の時に求めるんですよ。ね、オリヴァーさん?」

 大男は黙って頭をうなずいた。

「そういうわけで、ここで少女ガイノイド持ってる人は、信用できる人々なんですよ。実際、そういう人々による犯罪は起こっていませんしね。ちゃんと順法精神を持つ人には、積極的に性癖に合致したブライドロイドを与えて、それで満足してもらって社会で活躍してもらいましょうってお約束なんですよ。だから、嫁が表す性癖には触れないって了解がケイナンにはあります」

 フセインさんの言葉にレさんがうなずいて続けた。

「そういうことだ。だいたい性癖なんてな、つつかれるとどうしようもねーからな」

「全くです。私の嫁見てくださいよ。ニカーブ着てるでしょ? 今時、地球でこんな格好する女性は、ほんとアフガンの山奥にでも行かない限りいません。でも私はクルアーンに従っていにしえの生活をしたいわけですよ。そう、これは言わば私の性癖ですよ。でも私だって私の好みで一般女性にこんな格好させるわけにいかないってことはわかっています。だからここでブライドロイドとともに生きることにしたんです。なのにブライドロイドにニカーブ着せてるおまえはイスラム復古主義の女性差別主義者とか言われたら困るわけです」

 フセインさんの言葉に、フェンテスさんが腕組みして考え込んだ。

 レさんが言葉を引き取った。

「わかってくれたかい? まあ赤毛のにいさんは、外国人だからしかたねぇとは思うけどよ、敏感なところを変につつくなよ、な?」

 フェンテスさんが一つ大きな息を吐いて腕組みを解いた。

「はー、わかったわかった。これから気をつけるよーにするわ。で、注意ついでに聞いておきたいんやけど、ええか?」

「俺が答えられることならな」

 レさんが面白そうな色を瞳に浮かべて答えた。

「じいさんはなんでケイナンにきたんや? 答えにくかったらええけど?」

「俺は、『大離婚』でネイタークからここに移された口さ」

「大離婚?」

 さらりと答えたレさんの言葉は、フェンテスさんには理解できなかったようだった。

 僕は帰化試験の歴史ででてきた単語が、人間の生きた歴史として出てきたことに感慨を感じていた。

 そして顔色を変えた人がいる。フセインさんだ。

「ほう、レさんはエクソダシズですか?」

「おう、フセインさんもかい?」

「ええ、と言っても私はほんの子供でしたし、父の言うままに動いただけですがね」

 レさんとフセインさんで通じる物があったらしい。二人は急速に打ち解け、話し込み始めた。

「それでもお互い良く生き延びたもんさ」

「ええ。早いもんですね。あれからもう50年近くですか」

「なんやねん? どういうことやねん?」

「ああ、レさんとフセインさんは独立前にネイタークから強制移住でここに来たってことだよ」

 疑問符ばかりの僕とフェンテスさんに、オリヴァーさんがしみじみと思い出にふける老人達に代わって答えた。

「……なんかいろいろあったんやな。んで、にいちゃんは?」

 僕にいきなりふられてすこし慌てるが、別に隠すこともないので答えた。

「僕は冷凍睡眠から復帰した場所がここでして。復帰の際の治療費とかが結構な額の借金になったんで、帰化申請したんです」

「冷凍睡眠! にいちゃん、ラッキーやなぁ」

「は?」

「大きい声では言んけどな、男の冷凍睡眠カプセルなんてアステロイドベルトに捨てられてるで」

「僕も聞いたことあるね。復帰させても費用はかかるし体が元に戻らないことも多いから、復帰させずに捨ててるって。いつかの戦争のエースまで捨ててしまって、責任者が逃げてしまって、みつからないとか」

「えええ?」

「ケイナンに流れ着いて、君、本当に幸運だったよ」 

「にいちゃん、運がええで」

 僕は呆然とした。自分は運が悪いと思っていたが……

「……まあ人に聞くばっかりやとなんやし、自分のこと言うわ。自分は長距離貨物船のドライバーや。んで、結婚は2回したけど2回とも浮気されてな。一回目なんか半年で浮気されて、2回目は1年ちょっとやった。それでここのロボットで気晴らしでもしよっかって思ってね。あ、言うとくけど、結婚相手女やで」

「いや、ミリーさん見たら君がゲイだなんて絶対に思わないから。性癖丸見えだよ?」

「……へ?」

 フェンテスさんの様子に僕とオリヴァーさんはとってもニヤニヤした。

「ははははははは」

「くっくっく」

 昔話をやめて、フェンテスさんの話を聞いていた、レさんは大笑いし、フセインさんも口をおさえて笑っている。

「ふふん、フェン? あたしを見て、あんたがガチのおっぱい星人ってことがよくわかるってことなのよ」

「すごいよねー、おっきいよねー、ゆうくんもこういうの好き?」

 ミリーさんの説明に、フェンテスさんが顔を赤くしてそっぽ向き、ねねさんまでぽよぽよと自分の胸を持ち上げ、フェンテスさん以外はげらげら笑った。

 オリヴァーさんの少女も、レさんのアオザイ美人も、そしてフセインさんのガイノイドのニカーブから見える目もみな微笑んでいる。

 ……僕達はこれで目立ちすぎていたのだと思う。だけど僕は気がつかなかった。

 ……悪意に気がつかなかったのだ。

「減圧及び高レベル放射線警報が発令されました。市民の皆さんのシェルター内待機を勧告します。またシェルター外で活動する際は、宇宙用スーツの着用を勧告します」

 唐突にアナウンスが流れて、笑いが消え、ざわめきが起こる。

 レさんとフセインさんが厳しい顔をした。

「また核ミサイルのようですね」

「……XXXXX……」

 レさんが小さく低い声でひどい罵倒をもらす

 ふと背後に人の気配を感じた。

「おい」

「はい?」

 振り返った目の前に銃があった。

 そしてその銃が火を噴いた。

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