ケイナンの男たち
第6話 意図不明な敵と、パブリックエネミー
《ルビを入力…》 ケイナン星系は、主星ケイナンと、主星から5.9AUの距離にあるジェベルと名がついているガス惑星が一つ、2.6AUに小惑星帯があるだけの非常に小さくシンプルな星系である。
主星は黄色準矮星でG型スペクトルの光を放っているが、太陽系の太陽より小さく暗い。したがってケイナンのコロニー群は主星から平均0.8AUのハビタブルゾーンを公転軌道としている。
ジェベルと小惑星帯群の間、4AUの公転軌道に長距離超光速航行用超空間突入ゲートがいくつも並べられ、それがケイナンの経済的生命線となっている。
現在人類が到達できている高次超空間は複数あるが、いずれの超空間も普遍定数である光速度cが人類が暮らす通常空間と異なり、cが10倍から数万倍高くなる。
この超空間は、旧西暦2101年にその存在がインドの宇宙研究グループによって予言された。しかし検証に時間がかかりしばらくの間は数ある理論の一つとして埋没していた。
それが再び日の光を浴びたのは2226年に地球圏共同研究グループがラグランジュポイントで実証実験に成功してからである。
歴史の教科書では、この年が宇宙大航海時代の幕あけとされている。
現在、光速度cが通常空間の数万倍である10kcディメンジョンが常用され、超光速航行用超空間突入ゲートは銀河に散らばる人類の架け橋となっていた。
ケイナン星系には主星から最大6AU、最小2.6AUの周期彗星軌道をもつ人工彗星が20基強存在している。いずれも自然の彗星に偽装した星系外縁監視システムである。
その1基、SCガンマがとらえた画像が、前線監視基地に送られたことにより、ケイナンの平和は破られることになる。
星系外縁監視基地勤務している三等軍曹の穏やかな時間はすでに終了している。超空間ネットワークでSCガンマから届いた画像の意味は、ゼーン三等軍曹に自明だったが、それでも彼はは規則に従って画像をAI解析にかけ、第一報を防衛司令部に報告した。
「はい、三佐。ええ、SCガンマの画像です。規則ですから解析にかけてますが、かけるまでもない……今結果でました。複数ありますがすべて戦闘艦の通常空間復帰パターンです。はい、わかりました。監視を続行します」
ケイナンの防衛司令部は超空間ゲートの一つ、軍専用超空間ゲートに巨大な軍用港湾機能を付属させた星系防衛軍根拠地、ディバイドシーにある。
星系外監視基地からの報告で司令部は、慌ただしさと強い緊張に満たされることになった。
「正体不明の戦闘艦を複数確認。惑星ジェベル公転軌道より約2AUの距離」
「管制へ、商船運行予定と通告を確認、事故で緊急待避の可能性は?」
「該当事項なし。緊急待避通告なし」
AIは抑揚も感情もなくデータベースを覗いて回答。
「スクランブル待機艦はスクランブル発進せよ。避退中の民間船に注意されたし」
「商船サクラスターより通信。避退ルートを指示されたしとのこと」
10分後、狂騒はケイナン周辺宙域に拡大していた。
出発していた商船が、強引に軌道を変え避退していき、そこを縫うように出足の軽いコルベット級戦闘艦が2艦、スクランブルでぶっとんでいく。
基地の防衛砲門が獲物を求めて鎌首をもたげ、慌ただしく連絡艇が飛び回った。
「一般船舶の避退はなんとか間に合いそうです、司令。以後民間船の管制はサブ管制AIに任せます」
「そうか。ご苦労だった。さて、そろそろだぞ。鬼が出るか蛇が出るか」
宙将の記章をつたがっしりとした体の黒人がうなずき、口元を引き締めた。
この時代、星系間の通信は数日から場合によっては一ヶ月のラグがある。
星系間通信の平均スピードは船の早さの2倍ほどしかない。
しかし星系内では事情が異なる。星系内では通信の方が大幅に早くなるからだ。
星系内通信は短距離小型超光速ゲートネットワークを用いて、超光速通信網を敷き、おおよそ光速の100倍程度の早さで通信が可能だ。
船は星系内においては、重力の影響で超空間出入りの際座標ずれが発生する。
内惑星帯では恒星や惑星への突入の危険性は無視できないのである。
したがって外惑星帯より内側では通常空間航行を行うのが基本で、超空間航行を使うにしても、星系より離脱する方向にしか使わないのが通常である。
このことが何を意味するのか?
それはしっかりとした防衛体制を敷いた星系では、防衛側に非常に有利であること。
そして防衛体制が半端だと、他星系の救援は期待できないことを意味する。
防衛体制がしっかりしてれば、防衛側は敵の来襲を通信ネットワークで察知し素早く迎撃できることになる。ただし防衛に失敗すれば、救援は最低でも数日後であり、敵は惑星をゆっくり蹂躙することができるわけだ。
ケイナンは、防衛体制をそれなりに整えてきた。
ただし半端であるか充分であるか、それは今から試されることである。
「解析終了。 不明艦隊種別、コルベット級5、フリゲート級2、クルーザー級1」
「多いな。国籍は?」
黒人宙将の問いに男性オペレーターが答える
「所属国籍確認できず!」
「レーダー管制より報告。IFF応答なし」
ジャック・デュバリエ星系防衛軍宙将は、司令にふさわしい初老と呼ばれる年齢であったがためらうことはなかった。そして部下達にもうわつきや迷いはない。
「警告音声を送信! 通信、出力最大でたたきつけろ」
「アイアイサー、領宙侵犯警告通信開始します!」
「先行するスクランブル艦に伝達。警告射撃をせよ。タイミングは警告通信が届き次第任意だ。それと各防宙砲門、砲戦準備」
「ラジャー。司令部よりサリール、ゼルデンに伝達。追尾を続行しつつ、警告射撃を行え。タイミングは警告通信が貴艦に届き次第任意である。繰り返す、サリール、ゼルデンは追尾を続行しつつ、警告射撃を行え。タイミングは警告通信が貴艦に届き次第任意」
「各砲門より報告。キャパシタ電圧規定値到達。ビーム粒子残存量100%。命令次第射撃可能」
「照準を開始し射撃命令を待て」
宙将は命令を終え、そして傍らに控える東洋人の参謀に問うた。
「中途半端な戦力だが、何が目的だと思う?」
二佐の記章をつた怜悧そうなアジア人男性、ファン・ルーナン参謀二佐が答えた。
「これは支作戦ではないでしょうか?」
「これが陽動? ふむ」
宙将が少し考え込み、口を開きかけた瞬間、悲鳴のような報告があがった。
「不明艦、発砲! ゼルデンに命中」
二人が見た先には、あってはならないスピンをするゼルデンの姿があった。
「全部隊に告ぐ。不明艦群を敵艦隊と認定。発砲を許可! 武器使用自由! 応戦せよ」
怒りをこらえ、宙将が命令を発していく
「帰還中のパトロール艦隊より通信。我、敵艦とのコリジョンコースに変更成功。約40分で敵艦隊と接触可能。指示を求むとのことです」
「わかった。パトロール艦隊は当司令部の指揮下に入り、防御戦闘に加わられたし。それと艦隊司令に伝達、転進見事なり、だ」
「了解しました。送信します」
「各防宙砲門、照準はどうか?」
参謀二佐は抑揚のない声で確認する。
「照準完了。いつでもいけます」
そのやりとりを見た宙将は、一つうなずいた。
「よし、全防宙砲砲撃開始。ゼルデンを援護せよ! ……それとケイナン全域に空襲警報を発令」
虚空に、わざわざ発光させている同軸標識ビームがうちあがり、その後わずかなデブリが薄く光って、光も色もない本射ビームが追いかけていったのを示した。
そしてケイナン全域に空襲警報が鳴り響いた。
敵艦隊の不運なコルベット1隻が艦首から大出力防宙ビームに貫かれた。
透明なビームに貫かれたコルベットは、船体とビームの接触面のみ猛烈に発光し、唐突に発光を消した。ビームが通り過ぎたのだ。
当たり所が良すぎて爆発はしない。弾薬庫のブローオフバルブがうまく作動したのかも知れなかった。だが所詮どうでもいい話だ
結末はただ破孔から真っ黒に焼け焦げた人体の破片や船の破片などが無音のまま猛烈に吹き出しただけだ。操る人員が消し炭になったコルベットはそのままゆっくりと異常な回転を始め、あてもなく闇の中に消えていく。
「敵コルベットE《エコー》沈黙!」
「うむ。パトロール艦隊の方はどうか?」
「あと15分ほどの距離です」
敵艦隊はケイナン側のAI予測照準による猛烈な広域防御射撃を受けていた。
撃沈するための射撃ではない。
ビーム砲撃による危害円錐を敵に予測させ、回避機動をとらせる。その回避機動先を予測してビームをばらまき、さらなる回避機動を強いる。
攻撃するための砲撃ポジションをとらせず、回避機動を連続させるのが目的である。
昔ながらの頭を上げさせない砲撃は、この時代になっても有効である。
ビームにあたった敵のコルベットが不運なだけだった。
だが宇宙は広い。そして人とAIは経験し学習し技量をたくわえる。
猛烈な防御砲撃であっても、磁気や重力、デブリでビームに隙間があく。
ましてや4AUほどの距離を砲撃している。超空間ネットワークでの砲撃修正指示があっても、タイムラグはそれなりにあり、穴はふさぎがたい。
そこを縫って、来襲した艦隊はじりじりと這い寄ってくる。
操艦に自信を見せて、ケイナンに敵意をもって。
司令部の戦況モニターでは、敵の挙動がなおさらよくわかった。
防御射撃のビーム軌道を色づけした加工映像で、敵艦隊は激しいビームスコールの中を縫うようにかいくぐって進んでいることが見て取れる。
「なかなかに手練れの海賊どもだな」
「操艦補助AIがだいぶん良いものになってるかと」
モニターを見ていた初老の黒人宙将の独白に、東洋人参謀二佐は言葉を継いだ。
「……ネイタークか、それとも地球か」
参謀二佐は答えなかった。だが宙将は構わなかった。戦況が動きそうだったからである。
「こちらパトロール艦隊。待たせたな、まもなく戦闘加入する」
「准将、感謝する。あとで一杯おごろう」
宙将の顔に笑顔が浮かぶ。じりじりと進む敵艦隊の横腹をつくように、ケイナンのパトロール艦隊が迫っていたのだ。
「このままならば阻止できそうだが……」
「あまりにも単純すぎるでしょう」
「だろうな」
教科書的な阻止砲撃と別戦力での側背攻撃。あまりにも教科書的に過ぎた。
敵の意図が不明な以上、単なる戦術レベルの優勢に過ぎない。
「索敵チーム! 増援に注意。来ると思って探すのだ」
優勢になりつつある戦況を見る司令と参謀の顔に油断はない。
「奴ら、何が目的だ」
「『イースターエッグ』かも知れません」
東洋人の参謀は、切れ長の目を冷たく光らせながら機密に触れる。
「情報が漏れたかも知れないという話は聞いたが、確証はまだないはずだが?」
宙将は懐疑的な目をしていた。にもかかわらず参謀はうなずく。
「はい、確証はありません。申し訳ありません。ただタイミングが良すぎると思いました」
「……戦闘中にあやふやな話はこまる……が、陸戦隊員は今どこにいる?」
宙将は困惑したが、しかし切り捨てもしなかった。
「通常の防衛配置です。政府及び統合司令部、マザーの警備のはずです」
「『アダムの楽園』に少しまわせるか?」
「陸戦団司令に連絡をとります」
敬礼をして通信にかかろうとする参謀に、宙将は釘を刺した
「頼む。だが貴官のあやふやな話はするな。子供達の保護という名目で頼むんだ」
東洋人の参謀は無表情にもう一度敬礼をした。
「……タイミングが良すぎる……か」
司令は顎に手をやり、思考に沈んだ。
「こっちこっちー!」
ねねさんに手を引かれて、僕は早足で歩いていた。
僕達の口づけは、空襲警報に中断させられた。
避難アナウンスが流れるとともに、周囲の人々がゲートに向かって歩き始める。
僕もねねさんに手を引かれて人の流れに乗った。すでに街路の赤い光は消され、路面の誘導ランプが明滅して行き先を示している。
ゲートを出ると人の流れは、二手に分かれた。
ねねさんは、ボッターに乗ってやって来た方と反対側、見知らぬ道の方を僕の手を引いて歩き始める。
「こっちなの?」
「反対側の避難シェルターはもういっぱいらしいの。私達にはこっちへの誘導がかかってるよ」
周囲を見ると、だれもが整然と歩いている。慣れてなさそうな男性には、ガイノイドが手を引いていた。
「前を見てー。空襲警報だからねー」
ねね……さんが僕の方に振り返って声をかけてきた。
なんか呼び捨ては、まだまだ早い感じがする……
やがて見てきたのは、川沿いに建設された平たい灰色の建物だった。
建物の入り口自体は路面から2mほどはスロープで登ったところにあった。
「ついたよ。ここが避難シェルター。ささっ、中に入るよ。あ、入り口で靴を履き替えてね」
中は体育館や公民館のようだが天井は低い。そして一番の違いはクッションが敷き詰めてあるところである。
男性もガイノイドも入り口の自販機のようなもので上履きを取り出し、履き替えている。
履いていた靴はシューズロッカーに入れた。
「あ、これ、マグネソール入り?」
「そうだよー、建物ごと吸い出された時のためなの」
上履きを履こうとしていた僕は思わず絶句して、ねねさんの顔を見る。
「スペースセツルメントの地面は頑丈な大地じゃないわ。スペースセツルメントへの攻撃で、シェルターがセツルメントの床ごと宇宙空間に放り出された事例は何回かあるし、放り出されても生き延びた事例もあるの。だからよ」
それにといって、ねねさんは上履きで床をとんとんと踏んだ。
「この建物の下は
僕の両脇で人々がもくもくと靴を履き替え、中に入っていく。
僕は無重力訓練の意義が少しわかったような気がした。
中では避難してきた人々が思い思いに休んでいた。
床面が固めのクッションであり、なんとなく畳敷きの大広間的だった。
パーティションを広げガイノイドを抱いて睡眠中の人、周囲と話し込んでいる人、ホロディスプレイを広げてなにかしている人、食事をしている人など様々な人がいる。
その人々の間を縫って、ねねさんは僕を空いたスペースに誘導し、僕とともに床に腰を下ろすと、受け取ったアイテムの使用説明を始めたのだった。
しばらくして、避難所全体に響き渡る機械音が起こって、入ってきた正面の扉が閉まり始める。重い金属音とともに閉鎖完了し、ブザーがなって、扉上のランプが赤から緑に変わった。
「これで一応は大丈夫だよ」
とねねさんが笑ったので、僕はそろそろ説明が聞けるタイミングだと考え、尋ねた。
「ねえ、ねねさん、今何が起こっているの?」
「んとね、国籍不明の戦闘艦が何隻か襲撃してきてるみたいね」
まるで考えるようなそぶりで、ねねさんは外部と通信して、答えてくれた。
「どうして襲われるの?」
「さあ? 目的不明なんだよね。政府公式情報ラインにはなにもないの」
ねねさんは器用に肩をすくめた。
「ケイナンは戦争しているの?」
「ううん。交戦状態の国はないよ? 休戦状態はあるけど」
「休戦状態?」
「うん、ネイタークからの独立紛争。46年前から3年間ほど交戦状態にあったけど、国連安保理の停戦決議に従って停戦して、そのまま正式な和平条約なしで休戦状態なんだよ。今でも停戦監視団が駐留してるよ? 今はね、地球内国家日本の航宙軌道自衛軍所属のフリゲートヤハギが停戦監視任務中だね」
「……日本、まだあるんだ……」
「あるけど? ……ゆうくんひょっとして日本人?」
ぽつりともらした言葉にねねさんがとびついた。
「え? え? そうだよ?」
「よかったぁ! 記憶かなり戻ってるんだね!」
僕の返答にねねさんは、微笑むと僕の頭をなでた。
くすぐったい感じが物理的にも心理的にもしたが、気分は悪くない。
なによりねねさんの笑顔がいいのでされるがままになっていると突然横合いから声がかかった。
「お、自分は日本からきたんか?」
僕とねねさんは二人そろって声の方に顔を向けた。
そこには長身赤毛でそこそこ顔がいいラテン系の20代の男性が、明るいオレンジの瞳に興味しんしんの色を浮かべて僕達を見ていた。
「いやー、太陽系がなつかしくなってしもーてな。つい声かかてもーた。ごめんなぁ」
「いえ、大丈夫ですが。ところで自分?って僕のことですか」
というと、彼は首をうなずいて、そや、あんたっていう意味やと答えた。
そして、エドァルド・フェンテスと名乗り、話を続けた。
「自分は木星生まれなんやけど、日本に行ったことがあってなぁ。古くて風情があってええ感じですきなんや。そんでまた行きたいって思ってて、自分の話に反応してしもうたんや、すまんな」
「気にしないでください。僕は空閑悠人です」
そう名乗り返して、フェンテスさんの隣をそっと見る。というのも刺激物がいるからだ。
「私もよろしくねー、ゆうとくん」
できるだけ視線を下に下げないように、気をつて僕は握手を交わした。
視界の隅で重く揺れたものから、全力で意識をはがす。
「ねえねえゆうくん、すごくおっきいよ!」
やめれ!
「そやろ、埋もれて寝るとごっつい気持ちええんや」
「うふふ、悠人君、ねねちゃんも良いけど、私も呼んでもらっていいのよ」
頼むから本気でやめてくれ!
「やれやれ、彼が真っ赤だよ。そのあたりでからかうのはよしてあげたらどうかな?」
と、後ろからの穏やかで知性が漂う声に僕は助けられた。
「まあ、ゆうくん未処理だから、しょうがないね」
「え? 未処理なの?」
「だって、キスの途中で警報だったんだから」
と、ねねさんと刺激物が話している。
刺激物さんは、赤っぽい髪の毛の妖艶な美人だ。それだけなら普通だが、刺激物さんは衣装とスタイルが刺激的でちょっと直視しがたいのだ。僕は童貞なだけに特に。
まず胸が……くそでかい。形容詞これしか浮かばないってほど。
そしてそのくそでかい胸が半分ほどははみ出しているチューブトップ。先端が隠れてれば良いってもんではない。へそも出ていて、下は超絶なミニスカートで、はっきりいって下着がちらちらして、制作者に本気で下着を隠す気ないだろって問いつめたい代物だ。
「まったく、なんて格好だよ」
僕の小さなぼやきはねねさんと当人に聞かれていた。
「あら、彼、セクサロイドを見るのは初めて?」
「あー、私がうれしくなって、レッドラインに入ったゆうくんをすぐ回収しちゃったから、会わなかったかも」
「マッチングしなかったの? せっかくレッドラインまで行ったのに?」
刺激物さんが小首をかしげた拍子に、なにかいけないものが盛大に揺れたので思わず目をつぶった。たとえようもなく暴力的なふくらみだった。
「ふっふっふー、ゆうくんは私のものだから」
「あきれたわねー、ちょっとは遊ばせてあげたら良かったのに」
「だーめ。さんざん待ったし。そ・れ・に、ゆうくんの童貞は私のもの」
なにか得意げにかたる間に、人の下半身事情を大暴露してくれやがります嫁に、僕は悶絶した。
もう目をつぶったまま永眠したい気分になった。
「なあ、自分の彼女、なんかけっこうええキャラしてへんか?」
なぜかフェンテスさんが同情的な声色で僕にかたりかけてくる。
「あれが最新世代のAIだよ。ちゃんと嫉妬の表し方が高度になってるし、避難中という状況を読んで、そのストレスを解消させるための会話もする」
また後ろから穏やかな声がかけられ、僕は振り返った。
そこには巨体があった。座っていても頭一つ高く、体はかなり、いや相当太っている。はっきりいって肥満している。
頭はもじゃもじゃと長く乱雑で、無精ひげも生えている。着ているものはしわくちゃのネルのシャツに、ベルトのない灰色のスラックスをサスペンダーで釣っていた。
典型的な野暮ったい太ったオタクのように見えるが、目だけは非常に高い知性と気さくな心根を表して明るく輝いている
「詳しいんやな、あんた」
「AIチューナーをやってるんでね。僕は、オリヴァー。オリヴァー・ケンプソン。よろしく」
オリヴァーさんにフェンテスさんも挨拶を返し、僕もついでに挨拶し名乗った。そして僕の挨拶が終わるや否や、フェンテスさんが尋ねた。
「ところでミリーは、あんなことはいわんけど、それってAIの世代差なん?」
「ミリー?」
「自分の連れのことや」
あの刺激物セクサロイドさんは、ミリーというらしい。ちょっと刺激的すぎて名前を聞く気にもならなかった。
「ああ、なるほど、ミリーさんはセクサロイドだから、嫉妬行動はあまり重みがなくて表出しにくいんだよ。世代の差じゃないと思うよ。君がミリーさんを嫁にしてブライドロイドに変えたら、たぶん出てくるさ」
「うーん、でも嫁取りは帰化せんとあかんのとちゃうん?」
「そうだね。基本嫁取りは国民か、国籍取得予定者だけだね。外国にブライドロイド輸出して破壊された例もあるから、外国人への嫁入りは制限してるね」
「じゃあなんで外国人でもレッドラインでガイノイドとHさせてもらえるんや?」
「あれは本来、帰化承認待機者へのマッチングサービスなんだよ。何体かのセクサロイドで体の相性とか、ガイノイドへの違和感とか自分の女性への隠れた嗜好とか確認して、それで気に入ったセクサロイドをブライドロイドにするという流れがあるんだ。帰化承認審査の間に、AIをブライドロイド向けにチューニングして、ボディをリファービッシュして、パートナーロックしてるんだよ。ただついでに船員とか旅行者向けに移住勧誘も兼ねて付随サービスをやっているだけさ。あと、セクサロイドはケイナンのオートマタテクノロジーのディスプレイにもなるしね」
オリヴァーさんは外見的には典型的なおたくだったが、口ぶりにあまりネガティブな印象がない。落ち着いて明晰にゆっくりと話していて好感がもてた。また声が良い感じなのだ。
「なるほどなぁ。でもケイナンの嫁はええけど、男ばっかりというのはなぁ。なんとかならんやろか?」
オリヴァーさんは苦笑する。
「そういう意見はよく聞くよ。でもブライドロイド嫌う女性は多いから、女性のいる星で嫁取りはやめておいたほうがいいね。でないとかつてのネイタークみたいなことが起こるよ」
「ま、そうやなぁ。特にあんたの嫁のようなのは、危険やな」
オリヴァーさんの苦笑が深まる。
フェンテスさんの無遠慮ともいうべき指摘に、僕はおそるおそるオリヴァーさんの横を見る。
彼の側に控えていたのは、14~15才ぐらいを連想する少女型のガイノイドだった。胸も控えめで肩も足も腕も華奢で、黒髪黒目、すっきりとした清楚で純真な無垢な少女である。着ている服も白いワンピースで、ロリコンにはたまらなさそうな、完璧な少女だった。
「ああ、そうだね。でもまあ僕はペドフィリアだから嫁より僕の方が嫌われるね」
そういうとオリヴァーさんはどこか寂しげに微笑み、彼の嫁を抱き寄せたのだった。
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