天に召されても
やたこうじ
第1話
去年、今年と続けて僕の両親が死んでしまった。
親戚や友人、仕事の同僚からは、追いかけるようにいなくなるなんて、とても仲が良かったんだねって言われたけど、そんなのただの慰めでしかない。
バタバタとひととおり葬儀などを終わらせた後、ふと思った。見上げて家の後片付けをしている妻の横顔を見ながら思う。
次は僕達だ。避けられないんだ、いつかは僕達夫婦の番だ、と。
そう思うとろくに眠れないほど悩みが止まらなくなっていた。
僕が先に死んだら、妻はどうなるだろう。
妻が先に死んだら、僕はどうなるだろう。
どちらが先に天に召されても、残った方が悲しみに明け暮れる人生を歩む事は良くないと思う。
妻が先にいったら、今の僕では残りの人生、どう過ごすか想像がつかない。きっと後を追う事は許してくれないだろうから、ちょっとずつ悲しみながら、ちょっとずつ年を取っていくんだろう。
じゃあ、いつ何があっても後悔がないようにこらからも2人で歩んでいく事が理想なんだろうけど、何をすればいいんだろう?
毎日愛を語ればいいのか。
サッカーができるくらい家族を増やして過ごすのか。それとも色々な所へ旅をして、思い出を重ねればいいのか。
他になにができるのか。
でも。
愛が聞こえない毎日は寂しくないだろうか。
思い出の場所を見るたび、悲しくなるんじゃないだろうか。
家族の中に僕が1人いない事が気にならないだろうか。
そしてこれからただ、過ぎていく日常を大切にするだけでいいのだろうか。
ここのところ、ずーっとそんな事ばかりを考えていたけど、やっぱり答えは出ない。
もし、もしも全然悲しんでくれなかったら、なんて思うともっと寂しいけど、それは・・・きっと悲しんでくれると信じてる。
そんな事をモヤモヤ考えていたある夜、ウトウトしていると枕元に神様が立っていた。
「あの、あなたは?」
「ワシはこのあたり一帯の神なのじゃ」
「ははぁ。神様が私にどのようなご用件で?」
「お前の事は前から見ておったから大体知っておる。今から死んだ事を悩むなど、まだまだ若いのに時間がもったいないぞ」
「でも、気になるんです」
「うーむ、しょうがない奴じゃ。だったらこうしてやる。5年後、15年後、20年後、それぞれお前が死んだ時に嫁さんがどうなるか、見せてやる。それで納得したらどうじゃ」
「その後しばらくしても、奥さんがどうなるか心配なんですが」
「どこまで心配性なんじゃ、わかった。30年後も見せよう」
「ありがとうございます」
僕は深々と頭を下げる。
「じゃまず、5年後じゃ。お前は交通事故で死ぬ」
「えっ」
神様と僕の間に窓が現れる。
開かれると、そこには奥さんが病室で立っていた。
「えっ。死んじゃ嫌です。まだまだやりたい事が。家族が」
「だから、もしも、じゃ。心配せんでも、この死に方にはならん」
「じゃどんな死に方を?」
「それは教えてはならん事になっとる」
「はあ、そうですか。ではヒントだけでも・・・」
「ええい、集中して見んかい!!」
怒られて慌てるように僕は窓の中を覗いた。
病院のベッド。その上には包帯でグルグル巻きにされた僕が横たわっている。奥さんはその側に立っている。
「何でこんな事になるのよ!? 目を開けてよ、ねえ!!ねえ!!」
冷たい身体にすがりついて、号泣している。
僕は窓の外側でハラハラしている。
その後、加害者側から、莫大な賠償金が払われた。奥さんは、そんな金にロクに手をつけず、毎日抜け殻のようになっていた。
「辛そうだなぁ、側にいてあげたいなぁ」
「お前が見たいと言ったんじゃ。これはもしも、の話じゃ。感情移入しすぎじゃよ」
そして神様はため息混じりに言葉を繋ぐ。
「残念ながら死はどんな形で訪れるか、人が知ることはない。まあ、5年後ならこんな感じじゃ。このまま10年後まで進めよう」
「ぞんな・・・おぐぢゃん。おぐぢゃん」
「泣くでない。物語の1つだと思ってくれんかのう。やりづらいわい」
ベロベロ泣く僕の前で窓の景色が変わった。
「さあ、10年後じゃ」
奥さんは再婚していた。
抜け殻のようになっていた生活の中、ある男が心配し、助け、しっかりと支えていた。
その気持ちが通ったのだろう、奥さんは僕の知っている奥さんじゃ無くなっている。
ただ、日常の笑顔の陰で、時おり見せる寂しげな表情が見えるだけ。そんな顔を見て寂しさとほんの少しの嬉しさを感じた。
「おぐぢゃん、よがっだ。1人じゃない。ざみじぞうだけど、時間ががいげづじでぐれるよう」
「どっちでも泣くんかい。疲れるのう」
そういいながら神様は窓を閉めた。
「大体、わかったじゃろう。次は15年後じゃ」
「ごうづうじごは、もうやでずぅ」
「大丈夫じゃ。次は病死じゃ。だから泣き止め」
「はいぃ・・・」
窓が開くと、今度は違う病室だった。
その僕は
「22時05分、ご臨終です」
そっと医者が言い、一礼するとそっと退室していった。
しばらくして、ただ横の椅子に座っていた奥さんが、冷たくなりつつある僕の額にそっと手を当てた。
「頑張ったねえ・・・」
ぽつっ、と奥さんが呟く。
「子供たちは間に合わなかったけど、貴方はみんな仕事や子育てに頑張ってるんだから、無理に会わなくてもいいって我慢して」
「みんなもうすぐ来るから、一緒にお別れしようね・・・」
次の言葉は泣き声に変わった。そして泣きながら笑顔であるた。僕に話しかけている。
「最後に行った焼肉、美味しかったねぇ。シーズン外して行ったはずの軽井沢、その日だけ何故か人が沢山いて、疲れたねえ」
「いつも楽しませてくれてありがとう。笑わせてくれてありがとう」
「あんなに苦しむなら変わってあげたかった。せめて、せめて苦しみを分けてもらえたら・・・」
そのまま映像はフェードアウトしていく。
「ありがどう、おぐぢゃん・・・幸せだようぅ」
「良かった、のかのう」
「寂しい思いをざぜでいるようだげど、1つの形だと思いまずう・・・」
「確かに・・・そうじゃな。ま、20年後を見ようかの」
窓の中が突然今までとちがって明るくなった。そこは日差しの差し込む僕と奥さんの古びた家。
奥さんは1人で朝起きて、仏壇に手を合わせ、お新香をボリボリ。1人で散歩して、1人でお昼を食べて、昼寝する。
夕方前にむくりと起きると掃除をして、夜になり、テレビを観て、1人で寝る。
「普通に過ごしてますね」
「そうかの?なら、よく見てみるのじゃ」
僕はその後もじっと観察した。
次の日。
1人で朝起きて、仏壇に手を合わせ、お新香をボリボリ。1人で散歩して、お昼を食べて、昼寝する。掃除をして、夜になり、テレビを観て、寝る。
その次の日
1人で朝起きて、仏壇に手を合わせ、お新香をボリボリ。1人で散歩して、お昼を食べて、昼寝する。掃除をして、夜になり、テレビを観て、寝る。
毎日同じだ。
変わらなさすぎる。
「毎日同じ事しかしてない。後、一言も喋ってないよ!」
「そうじゃな。子供たちは今は遠くにいるようじゃの。一応、心配はしてくれとるようだが」
確かにたまに子供達から電話があって、その時は嬉しそうだ。
でも、それが終わると、元に戻る。
「なんというか、正気がないですね。5年後より深刻だな」
「どう捉えるかは任せるが、そうとも言えるのう」
そう話していると、タイミングを測ったかのように奥さんは夕食を採っていた箸を止めた。
「私、なにしてるんだろ・・・」
ポツリと呟いた。そしてまた元に戻る。
「・・・つらいですね」
「奥さんは、このまま生を全うするのう」
「僕は何も残せなかったんでしょうか」
「そうは言わん。ただ、何か足りなかったのか・・・いや、どうじゃろうな」
「足りない、ですか」
「この辺りは難しい。ワシら神も判断しづらいんじゃ」
神様も目を伏せながら、窓を静かに閉じた。
「さ、最後じゃ。30年後を見ようかの」
「・・・はい」
また病室だった。
皺くちゃの奥さんが僕のベッドの横にいる。
「今度はなんですか」
「病死じゃ。ただ、前より安らかじゃな」
そう話しているうちに機械から出る音が一定のリズムをやめ、同時に僕の痩せた体の呼吸が、静かに終わった。
この前と同じ医者、だけと少し老けて穏やかな雰囲気で医者が言う。
「5時25分、ご臨終です」
そう穏やかに言って退室していった。
奥さんはしばらくじーっと抜け殻の僕を見ている。
「楽しかったですねぇ」
僕の手を大切に握って、ぽん、ぽん、と重ねた手の甲を叩く。
「毎日、あなたの顔を見て、過ごす事がこんなに幸せだったなんて」
そのままその手を移し、僕の頬をそっと撫でる。
「ただ普通の日も、なんだか大変だった日も、沢山、あなたから貰って」
そしておでこを手のひらでスリスリ。
新婚の頃、よくじゃれてる時にやってた仕草だ。
「ありがとう。本当にあなたといて良かった。私もそんなに長くないと思うの。そしたらすぐに向かいますから。もう少し土産話を増やしてお持ちしますね」
上を仰いだ僕の奥さんに曇りはない。
「・・・」
「さぁ、そろそろ行くかの」
「はい・・・」
僕はおじいさんになってた。
僕のほんとうのお願いは、僕が昇る前に神様にお願いしたビジョン。
「僕も幸せだったよ、僕の一生に君がいた事、本当に感謝してるよ」
そう言って、僕も奥さんのおでこを手のひらでスリスリ。
決して触れる事が出来ないのに、そのあいだ、奥さんは静かに目を閉じていた。
--結局、どちらが先に天に召されても・・・。
そう言い終わる前に、僕は違う場所に旅立った。
その姿を神様が見送り、微笑んだ。
「久しぶりに気分がええのう」
神様も自分のおでこをスリスリして、今度は僕の奥さんの後ろに進んでいった。
天に召されても やたこうじ @koyas
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