OUTSIDER
鰍場ひかる
0(ゼロ)
ひた、ひた、ひた……。
冷たい石の床を、彼女は裸足で歩いていた。色素の薄い足が一歩踏み出すと、ひた、という音と共に、ジャリ、と鎖を引き摺る音が響いた。
彼女はそれがなぜだか楽しく思い、長いツインテールを揺らしながらしばらく辺りをぐるぐる回って音を楽しんだ。
ふいに、後ろの方から誰かに呼ばれた気がした。気のせい、じゃないかもしれない。そう思い彼女は声がしたであろう方向に体を向けて、耳を澄ました。
『…………………』
確かに、声がした。だが声が聞こえただけで何を言っているのかはさっぱりだった。
この先に何があるのか知りたいという好奇心に煽られ、彼女はゆっくりそちらへ進んだ。
一歩、一歩と近づく度に、ボソボソと話す声がだんだん鮮明になってくる。あと少し、もう少し……。
ふいに、えげつない悪寒が彼女の背中を走った。全身の毛が逆立ち、鳥肌が立つ。これ以上進んではいけない。逃げなければ、と本能が叫ぶ。でも彼女の足はピクリとも動かない。
ガタガタと体が震え、大量に噴き出した冷や汗が頬を伝い、ポタリと落ちた。
同時に、話し声がピタリと止んだ。そこにいる「モノ」がこちらをゆっくりと振り向く。彼女の直感ではあるが、確かに視線を感じていた。
ずる、ずるる、ずずっ
布か何かを引き摺る音。
だめ、
いやだ
殺される。
彼女が走り出すと、当然のように鎖が大きな金属音を立てて床に打ち付けられた。そこにいた「モノ」が後を追う。
切れて苦しい息、終わりの見えない暗闇、どんどん近づいてくる「モノ」。
今自分が置かれている状況全てに、彼女は絶望した。
「あっ」
足が縺れて転んでしまった。途端に、立ち上がれなくなった。
逃げなければならないことはわかっていた。頭では理解できていた。だが体が言うことを聞いてくれなかった。枷のついた足は重く、腕にも力が入らない。握りしめる拳もない。指先にすら力が入らなかった。
と、右足に何かが絡みつく。冷たくも、暖かくもない「それ」は、彼女をどんどん今来た道へと引き摺り戻す。何ともいえない恐怖が彼女を襲った。
いやだ、
死にたくない。
彼女は必死で抵抗し続けた。だがそれも虚しく、あまりにも無慈悲な「モノ」の「カオ」がそこにあった。
いや、「カオ」と言うべきか否か、それは誰しもが判断出来かねないものであった。しかし彼女にははっきりわかった。わかっていた。
それが、「モノ」の「カオ」だと。
ドロドロした黒い液体が、「モノ」の身体中から滴り落ちる。それが「モノ」の身体の一部だということも彼女は知っていた。
「モノ」は彼女の夢に出てくる悪夢そのものだった。
でも彼女にはそれがわからない。わからないから、余計に恐ろしかった。
突然、「モノ」が「カオ」をぐいっと寄せてきた。目、とは言い難い虚ろで終わりの見えない穴が、彼女を値踏みするようにじっと見つめていた。そして不気味にニイッと笑うと、嬉しそうにこう言った。
「み、 つ、け 、 た 、」
直後、彼女の視界は暗転した。
OUTSIDER 鰍場ひかる @Kazk-47
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