いつか君に出会うまで

 その日はたまたま、そういう気分だった。

 いくら理由を考えてもしょうがない、そういう気まぐれの類で、俺はある日の休み時間に南沢の席に近寄って誕生日プレゼントを渡したのだ。


「ハッピーバースデー、トゥー南沢」


 そんな言葉と共にプレゼントを突き出した理由だって、やはり「そういう気分」だったからで、それ以上でもそれ以下でもなかった。


 なんとなく誰かに物を送りたくなった。その程度の気まぐれからであり、相手が南沢である理由も、包みの中身からコイツが一番適しているだろうと思ったからだった。本人に言ったら確実に不快になるだろうから言わないけれど、本当に理由らしい理由なんてない。だから向こうも突然のことで驚いただろう。

 一瞬の静寂と、目の前のクラスメイトの訝しげな表情。

 大体予想通りの反応だったので、そこまで驚きもせず、俺は落ち着いて南沢の言葉を待てた。


「……今日、全く誕生日じゃないんだが」


 南沢の言葉を聞いて思ったのは、まあ、そうだよなという薄い感想だった。俺はコイツの誕生日を知らない。本当に今日だったら驚きだ。それをそのまま南沢に伝えると、なんだコイツはという表情を向けられた。


「ちなみに、実際はいつなんだ?」

 一応と言った感じで尋ねてみると、二か月先の日付が回答として返ってきた。ああ、それならちょうどいいやと俺は南沢にもう一度プレゼントを突き出す。


「じゃ、二か月早い誕生日プレゼントってことでいいや。おめでと、開けな」


 二か月後なら、俺はもういないからさ。


 それは言わず、俺のプレゼントはそのまま南沢の手に渡った。訝しげな表情をしながら包みを開けた南沢の目が、木製の猫型の栞を見て大きく開く。


「……ありがとう」


 次いで照れくさそうな言葉。どうやらお気に召してくれたらしい。

 思い付きで送ったプレゼントでも、人に喜ばれると嬉しいものだなと考えていたら、不意に南沢が「なんで日付を知らないのに誕生日プレゼントって言って渡したんだ? 何か渡したいなら普通に渡せばよくないか?」と聞いてきた。

 理由はないとも言えないから、とりあえず一部だけでもと答えておくことにした。


「何もイベントがないのに人に物なんか渡すかよ。恋人じゃねえんだから」


 ――でも、恋人だとしても友達だとしても、時間が経てば渡した相手のことなんて忘れるけどな。


 俺はそれをよく知ってる。だからこそ、俺は相手の記憶に残りたかった。どんなにか細くても、相手と何かしらの関係を結びたかった。

 たとえ未来で、誰から貰ったかも思い出せなくなった、「貰い物の栞」という形でしかそれが残っていなかったとしても。



「……いつまで友達でいられるかなんて、分からないんだからさ」



 俺の言葉に南沢が何か言いたげな顔をしていたので、早々に切り上げて「じゃあ、また図書室で」と踵を返す。



 今南沢に渡したあの栞が、いつかまた顔を合わせた時にもアイツの手元にあればいいと思いながら、俺は南沢の席を後にした。



――――――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いつか君に捧げる備忘録 そばあきな @sobaakina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ