後日談
いつか君に捧げた備忘録から
後日談に代えて。
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「ハッピーバースデー、トゥー南沢」
そんな言葉を全く抑揚のない声で発しながら、北林は綺麗にラッピングされた包みをこちらに突き出す。
突然の北林の奇行に面食らいながらも、なんとか言葉を絞り出して口を開こうとする間も、北林の目は据わったままだったのが正直不気味だった。
「……今日、全く誕生日じゃないんだが」
しかし、それを聞いた北林はとてもあっけらかんとして言った。
「だろうな。だってお前の誕生日知らねえし。本当に今日が誕生日だったら逆にビビるわ」
北林の言い分を聞き、シンプルになんだコイツはと思った。
いつもの如く意図が全く理解出来ない。理解したいともあまり思っていないが。
「ちなみに、実際はいつなんだ?」
北林が首を傾げ尋ねる。嘘をつく理由もないので正直に答えておくと、北林は大して残念そうな顔もせず「二か月後か、惜しかったな」とだけ言った。
人の誕生日で遊ぶなよ。そう言おうとした時、北林がもう一度包みをこちらに突き出してきたので、その言葉は言えずじまいになってしまった。
「じゃ、二か月早い誕生日プレゼントってことでいいや。おめでと、開けな」
戸惑いながらも包みを開いていく。
中から出てきたのは、猫の柄があしらわれた木製の栞だった。自分といえば本ということで栞を選んだのだろう。
こういう可愛いのはガラじゃない。でも。
「……ありがとう」
自分のことを考えて選んでくれたというのは、プレゼントからひしひしと伝わった。
一瞬だけきょとんとした北林の目は、しばらくするとだんだんと弧を描いていき、楽しそうな笑みに変わった。
「珍しく素直じゃないか」
「人のこと何だと思ってんだ」
反射的についた悪態に、北林の笑みはより深くなる。
相変わらず楽しそうな奴、と思いながら、とりあえず疑問に思ったことを口にした。
「なんで日付を知らないのに誕生日プレゼントって言って渡したんだ? 何か渡したいなら普通に渡せばよくないか?」
「何もイベントがないのに人に物なんか渡すかよ。恋人じゃねえんだから。……それに、誕生日の当日に渡そうと思ってその日まで取っておいたとして、それまでに仲が悪くなっていたらどうするんだ。そうなるくらいなら、今の内に渡した方がいいだろ。いつまで友達でいられるかなんて、分からないんだからさ」
最後の方は、歯切れが悪そうに北林は話した。その様子がなんだか寂しそうで、思わず机の下に隠していた自分の手をキュッと握りしめてしまった。
「じゃあ、また図書室で」とこちらが何か言う前に北林は話を遮り、離れている別のグループの元に行ってしまった。
まるで嵐のような男だ。北林が来る前と同じように、席は再び自分一人の空間に戻っていく。
……北林は、誕生日が二か月後だと聞いた後にプレゼントを渡した。
つまりそれは、二か月後ですら交流がある保証はないということではないのだろうか。
全くもって北林を友達と思ったことはないけれど、向こうから思われているのはなんだか癪に障った。
胸に若干の鬱屈さを感じながら、北林に声をかけられるまで読んでいた本を、もう一度開く。
今まで使っていた、確か本屋のレジの横にあった「ご自由にお持ちください」と書かれた箱の中に入れられていた紙の栞を本から抜き取り、代わりに、さっき北林から貰った木製の栞を差し込んでおいた。
「いつまで友達でいられるかなんて、分からないだからさ」
その北林の言葉は、まるで彼自身の実体験のように聞こえた。
――――――――――――――――――――
「あれ、南沢。その栞……」
北林の声に、慌てて読んでいた本を閉じる。
今日は記憶の戻った北林の希望で、自分と西宮を入れた三人で通っていた高校の図書室に行く予定だった。
しかし、待ち合わせ場所に来て数分後、西宮から少し遅れると連絡が入り、しばらくしてやって来た北林と二人で西宮を待つことになったのだ。
しばらくは二人してぼうっと突っ立っていたものの、「暇だな」と北林がスマートフォンを操作し始めたことで、自分も暇を潰そうと思って鞄から文庫本を取り出した時、ちょうどこちらを見ていたらしい北林が、めざとく挟んでいた栞を見て口にしたのだ。
面倒な奴に見つかってしまった、と後悔したがもう遅い。
昔自分が渡した栞だと気付いた北林の目が、三日月型に細まって、にやついた口元を右手で押さえていた。
完全にこちらをからかう体制だった。本当に面倒な奴に見つかってしまったと、数秒前の自分の行動を再度悔やみたくなった。
「――へえ、なんだかんだ大事に使ってくれてんだな」
「物持ちがいいと言え」
悪態をついても、北林がどこ吹く風とでも言いたげに笑ったままだったので、コイツには一生勝てないのかもしれないと、認めたくない感情が沸いてしまった。
ふいと北林から顔を反らし、栞を貰った高校時代に思いを馳せる。誕生日が二か月後と聞いても、自分にプレゼントを渡した北林。
今ならその理由が分かる。二か月後には、北林は転校して居なかったのだから。
あんな頃から、北林は色々考えていたんだなとなんだか感傷的な気分になった。
今も色々考えているのだとは思うけれど、親友や賭けに縛られていない分、あの頃よりは楽しそうに見えるのでよかったなと心の中で思った。
「あ、そういえば。それを見て思い出したけど、先月って南沢の誕生日だったな。だいぶ過ぎちまったけど、何か欲しいものはあるか?」
ふいに思い出したように口にされた北林の発言に、凄い記憶力だなと感心する。
「よく覚えてたな……いいよ別に、無理しなくても」
「じゃあ缶コーヒーでいいか? 誕生日なら記念に三本くらい奢ってやるよ」
「途端に適当になったな」
自分のツッコミに、北林は噛み殺した笑いを見せた。
でも、北林とはこれくらいの距離感が楽でいいような気がした。男女というよりは、気の合う同性のような感覚でこれからも北林と付き合いたかった。
「じゃあさ、西宮からは何か貰ったのか?」
今この場にいない人物の名前を口にし、北林は尋ねる。相変わらず西宮の話題をよく振ってくるなと思いながら、その問いに若干言葉を詰まらせながらも答えておいた。
「……ああ、うん。やっぱり西宮って律儀だよな。あらかじめ誕生日を言っていた訳じゃないのに、当日にこれをくれたんだよ」
そう言って、首にかけていたペンダントを持ち上げて北林に見せる。
西宮とは、見舞いに行った日から少しずつ話をするようになった。
今では時々連絡を取りあったり、互いの誕生日に郵便でプレゼントを配達したりと、中々よい友人付き合いが出来ていると思う。
このペンダントは、普段なら図書券だったりおすすめの本だったりと、何かと本関連のものを贈りあうことが多かった中で、突然アクセサリーになって少ないながらも驚いたのが印象に残っている、そんな誕生日プレゼントだった。
最初それが送られてきた時に「高いものじゃないのか」と心配になったのだが、というか実際にそう連絡もしたのだが、西宮曰く「千円前後のものだから、そこまで気を遣わなくてもいい」とのことだった。
それくらいなら、西宮の誕生日に同じくらいの値段のものをプレゼントすればいいかということに落ち着いて、ありがたく受け取ることにしたのだ。
本がモチーフのようで、ペンダントにはアンティーク調の本があしらわれている。結構気に入っていて、出かける時によくつけているのだ。
あの頃から変わらず律儀で優しい西宮に対し、何の感情も湧かないと言えば嘘になるが、西宮はそういう男だと割り切ることが出来たことで、気持ちに上手く整理がつけられていて、良い友人付き合いが出来ていると思う。
そんなことを伝えると、北林は一度顔をピクリと歪ませて、口をひくひくと動かしていた。
「……いや、南沢。それはどうかと思うぞ……」
北林の呆れ声に、首を傾げる。
何がだ、と理由を尋ねようとした時、背後で物音が聞こえたので話を中断して振り返ると、そこにはつい先ほどまで話題に上っていた西宮がいた。
「思っていたより早かったな」
そう口にすると、西宮は相変わらずの真面目な顔立ちを少し崩して、こちらに笑いかけた。
「遅れてすまなかった。二人はどれくらい待っていたんだ?」
「そこまで待ってないから気にしなくていいぞ」
北林がスイと立ち上がり西宮の元に歩いていく。そして西宮の肩に腕を回し、耳元で何やらぼそぼそ呟いた。
それを聞いた西宮が、慌てて何かを否定するように首をブンブンと横に振っていたから、大方北林が変なことでも言ったのだろう。
「西宮、あんま北林の言っていることを鵜呑みにしない方がいいぞ」
そう西宮に忠告すると、西宮は何とも言えない顔をこちらに向けて「……そうだな」とだけ言った。
隣で北林がほらな、とでも言いたげな目を西宮と自分に向けている。一体北林は西宮に何を言ったのだろうか。どうせ変なことだろうけど。
「西宮、ガンバレ」
「……北林は、何を言っているんだ?」
「……南沢は知らなくていいよ」
意味が分からず口にすると、西宮がゆるく首を横に振り、呆れたようにこちらに笑いかけた。
普段はキリッとしていて硬い印象の西宮だが、再び友人付き合いを始めてからはこうした笑みをよくしてくれるようになった。
それが少し特別な感じがして嬉しくなったが、隣に北林がいたのですぐに表情を引き締めておいた。
「どっち方面の駅だっけ?」と北林が西宮に尋ねる。
聞かれた西宮は「あっち側だな」と指をさして方角を示した。
「あの頃と風景が若干変わってるし、この辺り通学路じゃなかったから分かんねえんだよな。ま、今日でちゃんと覚えてとくわ」
そう言って、分からないと言いながら北林はスタスタと西宮の指さした方向へと行ってしまう。
慌てて西宮とともに北林の背中を追いかけ、隣に並んで西宮とほぼ同時に「単独行動するな」とたしなめておいた。
瞬間、高校時代の自分たちの姿が目の前に重なる。
クラスの中心人物で、普段だったら絶対に関わることがなかったであろう北林。中学時代のことがあって、なんとなく話しづらかった西宮。その二人が今、自分の隣で歩いているなんて信じられなかった。
初めに出会った時は、ここまで仲良くなると思わなかった。西宮とも、北林とも。こんな風に誰かと一緒に隣にいる未来なんて、想像すらしていなかった。
「ありがとう、北林、西宮」
思わず口をついたその言葉を聞いて、隣を歩いていた二人が同時にこちらに顔を向けた。
「何がだ、南沢」
西宮は首を傾げてこちらの表情を伺っている。北林はすべて見透かしているみたいにニヤニヤと笑っていたので腹立つなと思った。
「……よく分かんねえけど、好意はありがたく受け取ってやるよ」
そして北林は口元をゆるませた。
「こちらこそ、どういたしまして」
だからこれからもよろしくなと、北林は小声で呟き再び自分たちは歩き出していった。
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