二日目(4)

「……そうか」


 実は、なんとなく気がついていた。

 穢れという言葉。それはあたしのようなよそからやってきた人間のこと。それは即ち、神に与える身体としては不必要な存在であるという認識に他ならなかった。そして、そういう考えに至るということは、彼女は――亜貴は――儀式に必要な生け贄では無いか? という判断に至るのも、まあ、容易に想像出来たというわけ。


「意外だね、驚かないんだ」

「なんとなく、想像は出来ていたからね」


 あたしは想像が出来ていた。

 覚悟が出来ていた、というわけじゃあないけれど。

 でも、だとすれば、彼女がここに来た理由は――。


「……逃げたい? この、血まみれの因習が蔓延る集落から、逃げ出したい?」

「……それは……」


 答えなど、簡単に出るはずも無い。

 あたしみたいにさっさと外に出ることが出来る人間の方が珍しいのだ。それくらい致し方ないと言えばそれまでだ。だが、このままむざむざと殺されるのを待つだけなのかと言えば、断じて否だ。寧ろそれを聞いて放りっぱなしにしてしまう人間が居るとするならば、あたしが性根をたたき直してやりたいぐらいだ。

 では、何故彼女がここにやってきたのか?


「迷っているのが、ここに関することなら、あなたは逃げるべきよ。迷っている理由が、将来に関することなら、ここに残り神の食事となりなさい。……なんて言う資格、あたしにあるのか分からないけれどね。あたしだって因習が恐ろしくなって逃げ出した人間の一人と言えば、それまでなんだから」

「え……?」

「言わなかった? 今は朱矢の人間じゃあないけれど、かつては朱矢で暮らしていた。朱矢から出るなと言われ続けた。けれどあたしは因習のデータを目にして、それは間違っていると思った。このままじゃあ、神に殺されると思った。それだけはどうかと思った。だって自分の人生は自分で決めるものじゃあない? 神だか何だか知らないけれど、自分の人生を勝手に決められるのが気にくわなかった。だからあたしは、逃げ出した」

「逃げ出した……」

「おかしな話だと思うかしら? あなたは。この集落が、この因習が間違っていると思えることかしら? 間違っていないというのならば、そもそもここには逃げ出さないと思うのだけれど」

「それは……」


 まあ、直ぐに答えを求めるのは難しいか。

 はっきり言ってこんないたいけな少女を『食事』にするだなんて、カミサマも随分ロリコンなものね。朱矢の人間だったら何だって良いのだろうけれど、だとしても、幼すぎる。もっとこの子には世界を見て貰う必要があるんじゃあないかって思ってしまうぐらいだ。

 じゃあ、あたしが肩代わりする?

 答えはノーだ。そんなの、死んでもやりたくない。

 だったらどうすりゃあいいか、って?

 答えは簡単だ。その因習をぶち壊してしまえば良い。人を幸せに出来ないカミサマなら、滅んでしまえば良い。ちょいと強引なやり方かもしれないけれど、しかして、それは間違っていないと思う。多くの人が『間違っている』と言ったとしても、あたしはそれは間違っていないと覆うし、間違っているとは思いたくない。間違っていると思わせたくない。

 悲しんでいた過去を、捕らわれていた過去を、思い出したくないのはあたしだって一緒。

 けれど、それをそのままにしていい理由なんてどこにも無い。

 とてもあたしの頭が痛くなる言葉でもあるけれど、それはいつかは探求しなくてはいけないことだ。


「……大丈夫、大丈夫だから」


 あたしは亜貴に寄り添って、そっと抱きしめた。

 彼女の身体は細かった。いったい何を食べさせれば、いや、何も食べさせていないのだろう。満足な食事を与えられぬまま、彼女は死ぬのか。彼女は死ななくてはならないのか。


「絶対に、あなたを守るわ。……そうだ、もし外に出られたら、美味しいケーキ屋さんを紹介してあげる」

「けー……き?」

「そう!」


 あたしはパソコンで直ぐにブラウザを立ち上げる。……ああ、案の定Wi-Fiなんてあるわけ無いわよね。あたしはスマートフォンを取り出しローミングを開始する。

 ブラウザが検索ウインドウを表示したところで、あたしはお気に入りからいつも見ているケーキ屋――本職は和菓子店なのだが、洋菓子を売り出したところ人気になってしまい、今は二つ同時に行っているらしい――のトップページを表示させたところで、彼女にその画面を見せた。

 そこには色とりどりのケーキがたくさん写真に載せられていた。


「うわあ……」


 彼女の笑顔は、とてもその色とりどりのケーキに負けないくらい輝かしい笑顔だった。


「どう? これが、ケーキ。あたしのお気に入りの冠天堂のケーキなんだけれどね」

「かん……てんどう?」

「そう! 美味しいケーキがたくさん販売されているのよ。絶対にあなたを連れて行ってあげるんだから。だから安心して。儀式なんてものは、あたしが絶対に何とかするから」

「うん……うん! あたし、絶対にお姉ちゃん……夏乃さんのことを待ってるからね!」


 そして。

 あたしと亜貴は指切りげんまんをして、亜貴は家を出て行くのだった。もう暗い時間だから送っていこうか、と言ったのだが、もしここに来たことがばれると面倒なことになるらしい。ならば、そのままにしておいたほうがいいだろう。あたしはそう思って、彼女を玄関まで送り届けるだけに留まるのだった。

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