二日目(1)
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だからさ。
結局、あなたが来なければ良かった話じゃあない。
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次の日――というか二日目の朝、あたしは朱矢の探索を始めることとした。初日はすっかり移動で疲れてしまったので屋内で資料を見るだけに至ったのだが、今日からは本格的にこの朱矢に眠る『因習』に迫ることとなる。実際の所、あたしも文献で見ただけで、それが本当にあるのかどうかもはっきりとしないわけだけれど、でもインターネットや実地に向かった人間の報告や、多数報告されている行方不明事件(何故かそれは表沙汰にならない)等、証拠は積もり積もっている。これで『因習なんてありませんよ』なんて言われてしまう方がおかしな展開だったりする。
すれ違う人間に挨拶を交わすけれど、その挨拶はきっちり丁寧にしているにも関わらず、やはりよそ者と思われているからか、こちらをじろじろと見ている。まるで嘗めるように、査定するように、審議するかのように、その存在を確立したいが如く、確認作業を行っていた。
「そこまで見なくても良いだろうに……。そんなに気になることかよ、あたしの存在が」
それとも、あたしの存在が邪魔なだけか。
そんなことを考えながら、あたしは集落の奥にある場所――朱矢神社へと向かうのだった。
◇◇◇
朱矢神社は、昨日調べた朱矢の因習が生まれた始まりの場所。正確に言えば、江戸時代中期に生まれたという神社の中では比較的新しい神社だ。祭っている神様は聞いたことの無い珍しい神様だし、こんな田舎の寂れた神社にお参りに来る人間など居るはずも無く、見たとおりここ数日誰も参拝客はやってきていないのか、手水場も少し汚れていた。
鳥居を潜る前に頭を下げ、そして、鳥居を潜る。潜った後に手水場で手や口を洗い、参拝する。まあ、こういうときじゃあないと五円玉を消費する機会に恵まれない訳だし、ここは五円玉を普通に使うことにしよう。悪いのは神様だからと言って、ここであたしにもターゲットが移るのは宜しくない。あたしはその因習を出来ることなら終わらせたいが、だからってそれをあたしが引き受ける訳にもいかないし、何というか、そこのあたりは人間らしく、少々面倒なところがあったり、無かったり、するわけだ。
参拝後は、ここに居る巫女か誰かに話を聞くために、隣にある家へと向かう。正月になればおみくじやら破魔矢やら発売してくれるのだろうけれど、今日は開いていない様子だった。
あたしは玄関のインターホンを押し、しばし待つ。しばらくするとがたがたという音が中から聞こえてきて、引き戸ががらがらと開けられた。
「はい、どなた様でしょうか」
「すいません。あたし……いや、私、この集落の歴史を調べておりまして、少しお話をお聞かせ願いたいのですが」
「集落の……朱矢の……歴史、ですか?」
「はい。もし可能であれば……なんですけれど」
「お上がりください。私で分かる程度であれば、お話し致します」
意外とあっさり言ったものだな。そんなことを考えながらあたしは失礼しますと言って中へ入っていくのだった。
◇◇◇
神社を管轄しているのは、代々大類家である。それはあたしがこの朱矢に暮らしていた頃からも変わらないし、もっと言うならば今目の前に座っている人とも面識があるはずだった。けれど、今はあたしを思い出せない様子だった。外に出た人間のことは直ぐ忘れてしまう主義なのか、そんなことは知らないが、それよりもあたしは話したいことが、聞きたいことが山ほどあった。
「……どうぞ」
お茶を出され、あたしはありがとうございます、と声をかける。
そしてお茶菓子として煎餅を何枚か出され、そのまま女性は腰掛ける。
女性の名前は大類由希というらしい。大類家はここ最近直系が女性ばかりで、男性がいわゆる婿養子の形で入ってくるらしい。
「私は……何を話せば宜しいでしょうか」
「この朱矢の歴史について、お伺いしたいのですが」
「とは言っても、今やインターネット? というもので調べることが出来る時代でございましょう。であるならば、別にわざわざ私の話を聞かずとも……」
「あたしが知りたいのは、もっと別のことです」
「……ほう?」
そこで由希さんの表情が変わった。
さらにあたしは話を続ける。
「あたしが聞きたいのは、この集落に長年続いたとされる忌まわしき『因習』についてです」
さらにはっきりとあたしは言い放つ。
しかし、由希さんは表情一つ変えること無く、
「因習、ですか。それについて、何を話せば良いのですか?」
「まず、因習は実在したのですか。それとも、誰かによるまやかしですか」
まあ、その反応からして答えは一つなのだろうけれど。あたしはそんなことを思いながら由希さんの答えを待つ。
由希さんはあたしの表情をじっと見つめながらも、やがて一つの答えを導いた。
「……ええ、ありますよ。その因習。私の知っている因習と、あなたが聞きたがっている因習のことがイコールであるならば、それについては、私は是と答えましょう」
「因習は今も存在すると言うのですかっ。あの、忌まわしき因習は」
「まず、あなたがどう思っているのか分かりかねますが……、私たちはあれを忌まわしいものとは思っていません。神の力を得ている私たちにとって、あの因習は必要なものなのです。まあ、最近はその『在庫』も少なくなりつつありますが」
一息。
「ですが、私はこれ以上あなたに話す事はありません。お帰りください。そして、二度と朱矢には関わらないことを誓ってください」
そう言って、立ち上がると、廊下へ続く扉を開ける由希さん。
ここで引き下がると思っているのかしら……。それともあたしを試している? いずれにせよ、ここでの選択を間違えると大変なことになりそうね……。
そんなことを思っていた、そんなときだった。
「あれ? 昨日のお姉さん、何をしているの?」
廊下にやってきたのは、昨日出逢った少女――亜貴だった。
まさか、亜貴の名字は――大類だというのか。
「亜貴っ、あなたいったいどうしてこの部屋にやってきたのっ」
「えー、だっておやつの時間だもん。そしたらおばちゃん居なかったから部屋を探したのだけれど、声がしたからこっちにやってきたの」
成程、至極まっとうな意見だ。
「だとしても、だとしても……だめなモノはだめですっ! いいから、急いで自分の部屋に戻りなさい。『穢れ』が移ってしまうでしょうがっ!」
穢れ?
まるであたしの身体が何かに穢れているようなそんなことを言っている感覚だった。
廊下から何とか亜貴を追い出した由希さんはひどく疲弊している様子だった。
「……はあ、はあ。良いから…………お帰りください。これ以上、私はあなたに話すことなどありません。因習について、あなたは触れてはならないんです」
「それが、あの子を救うことになろうとも?」
「!」
それを聞いた由希さんは、驚いている様子だった。
そして顔色を悪くした彼女は、声のトーンを上げて、さらに言いくるめるように話し始める。
「いいからっ、早く出て行きなさいっ。いい加減にしないと、警察に通報しますよ。あなたがこの因習に触れたい理由はさっぱりと分かりませんが……、これ以上『この朱矢に』干渉するようなら、よそ者のあなたとて容赦は致しませんっ!」
「かつて行方不明となった学生と同じように、『儀式』に使うつもりですか」
「あなた……そこまで知っているなら、どうしてここにやってきた?」
「さあ、何ででしょうね」
あたしは立ち上がる。本当は煎餅の一枚でも食べておきたかったけれど、そういうわけにもいかなさそうだ。あたしは思って、廊下の前に立つ由希さんに告げる。
「一応言っておきますが、あの因習はもう時代遅れですよ。この時代において、ね。いつかは『終わりを迎えなくてはならない』時が来るんです。そのことを、どうか心に秘めておいてください」
そうして、あたしは大類家を後にするのだった。
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