第51話 逃れられない

準決勝の対戦相手は皮肉にも、かつて総体で黒星を付けられた『報復学院』とだった。その時も、やはり舞台は準決勝で善戦はしたものの、自分達はトーナメントから姿を消されてしまった。総体と予選大会という、土俵こそ変わっているものの、因縁を引きずる同じ準決勝での再戦だった。ただ初対戦は、ちょうど一年前の同じく県予選だった。

途中棄権を強いられた後の再戦は、規定により勝てはしなかったものの、実力差が有り過ぎる相手にも関わらず、何とか引き分けに持ち込めた。奮闘するだけで精一杯だったチーム事情を考えれば、勝利にも等しいが口惜しさは今日迄、脳裏に焼き付いたままだった。

戦ち進んでいながら任せる形で終わらせてしまい、許される機会があるのなら自分が戦力の最前列となって、後輩達の無念さを晴らしたいと思っていた。黙って見ているだけで終わってしまったが、それが偶然にも、大会の舞台を変えて目の前に設定されたのだった。

「そう本当に思っているのかしら?」

また怪しい後付け論を始めているのではないかと、佳織は察した。当時は明らかな戦意喪失で最後は後輩達を見殺しにしており、リベンジを図っていたなど到底、考え辛かった。第一、事前に『主力選手は卒業等で抜けた』と聞いていた為、今の戦力は定かではない。

総体の時と同様に第二試合に組まれたが、酷似した点は他にも幾つかあり、既に中崎の学校が第一試合で、一足早く決勝進出を決めていた。あの総体では、今から対戦する相手チームが自分達に勝った後、中崎の学校を破って優勝していた。もしジンクスを引きずるなら自分達は、ここで再び敗れ去る事になる。

逆を言えば強引な理論上は、この試合に勝つと決勝を待たずして、中崎のチームを上回った証明をする事となる。実力の差に開きがあったのは前回迄の話しで、今は勝てない相手ではない筈だった。そのシチュエーションを何とか、ひっくり返さなければならないのだが、それは自分達が、決勝進出を果たすという意味を指すものだった。

主力選手が抜けているとはいえ、何度かの優勝実績があるチームを、一世一代で打ち破るのは容易ではない。元は強豪校である事に変わりはなく、そろそろ並の選手は『主力』に変貌する時期でもあり、倒すのは極めて困難な現実だった。自分達では到底、敵わない様な相手は他にも、まだまだ存在しているが、当然ながら勝ち上がれる枠は決まっていた。

今から対戦する相手チームや、中崎のチームの手によって自分達と戦う事無く、全て敗れ去って行った。トーナメントである以上、ある程度の組み合わせの運も左右する事があり、実力オンリーだとは間違っても言えない。むしろ現時点で勝ち残っている相手に、手強いチームの面々を倒してくれた事に、感謝しなければならないぐらいだった。

長井にとっての最後の大会は、この試合で終わりになるのか、それとも勝って決勝に進んで、もう一試合を交えるのかは分からない。負けさえしなければ延々と居残り続けられるし、もしも全国大会に行けたなら『最後の大会』は年を越せる事もできるが、あまりにも現実味に欠ける考えかも知れない。

まずは試合が無事に終えられる方法を考えなければならず、今日という日を迎える迄、答えを見つけられなかった。直接この試合で探し出さなければならなかったが、他の部員達にも共通して、ある不安があった。

前回と比べて一回り大きくなっていると、胸を張って言えるかは疑問があるが、相手にも同じ事が言えた。自分達如きに相当、手こずった並の選手達は、どの様に『主力』と化したか計り知れない。今回も向こうの実力が変わっていないまま、同じ展開で済まされる筈がなく、まだまだ『苦戦』という表現で片付けられる内は生易しいと捉えるべきだった。

試合結果では負けたとは言え、土壇場で引き分けに持ち込まれた苦い勝利の二の舞は、相手チームにとっては二度と踏まないという、教訓になっていた筈だった。その自分達と再戦するなら手を抜いたり、ましてや戦法を伺う様な試合運びなど尚更やらない。そうなると接戦で終われそうには無く、とても太刀打ちできない展開を予測するしかなかった。

開始の笛は鳴り予想は的中して、相手チームは『礼儀をわきまえて』とてつもない突進を図って来た。長井達はボールを持った相手一人を、止めるのにも数人掛かりで結局、振り切られ開始間もなくして先制点を取られた。

負ければ終わりの勝ち抜き戦、当然あるべき正しくもあるやり方は、長井達には重く圧し掛かった。ペナルティーキックにしても、偶然でもなければ起こらないし、過去に起こった様な勝ち方が準決勝に来て迄、ここでも通用するとは考えにくかった。

未だ、そういう甘さが脳裏から離れず、とんでもないオープニングで試合は幕を開けた。その後、試合のペースはすっかり握られ、前半の殆どを自分達の陣地で過ごす事になった。とてもではないが、反則を誘うスキなど見当たらないし、それを仕出かす気配もなかった。

間違いなく言えるのは、自分達の実力が通用したのは準々決勝迄との現実で、ここ迄、勝ち上がる事は最初から本来の目標ではなかった。たまたま、いい風向きに運ばれて来ただけの様なもので、ましてや優勝など自分達にとっては、あくまで願望でしかなかった。

比べて相手チームには過去、何度と『その座』に就いた実績があり、言う迄もなく今回も、優勝という二文字を掲げて出場している筈だった。『ご親切な導き』に誘われて来た自分達とはケタ違いであり、元から背負っているものが、お互い違い過ぎていた。

これは決して、勝利への望みが薄くなっている為に、こんな考えを起こしている訳ではない。ペナルティゴールや機転を利かせたドロップゴールで、勝機を見い出そうとは考えていなかった。避けられない現実であり、もう実力の差は始まる前から歴然としていた。

『何か良からぬ考えを起こしているのでは…?』とグランドから漂う、ただならぬ悲壮感を勝浦は察したが、そんな前半の終わり頃になって、ようやく反撃の機会が訪れた。

隙を突いてゴール直前迄、攻め込んだ所でペナルティーキックが与えられ、仲里が渾身の力で蹴ると、それが初得点になった。突然、繰り出された反撃に、相手チームがプレーを焦ったかどうかは分からない。ちょうど前半は終わり、やっと折り返し地点になったと、長井達はヘタヘタと倒れ込んだ。

既に一試合分の体力を、消耗してしまったかの様にも感じられたが、スコアは十四対三と開始前の予想程、大差は開いてはいなかった。しかし後半、このツートライ差の得点を引っ繰り返すのは、殆ど不可能だった。むしろ『さっきは油断していた』とばかりに、相手チームの攻防の加速が上がるのは言う迄もなく、あくまで善戦できていたに過ぎない。

今度は終えたばかりの重圧感が漂う時間を、もうワンクール乗り切らなければならなかった。戦意喪失こそ無いものの、途中棄権する事なく、試合を無事に終えるという目標を掲げるだけで精一杯だった。誰一人、間違っても勝とうなどとは思っていなかった。

「それって、やっぱり『戦意喪失』って言うんじゃ…。」

そう千秋は思ったが黙って見送るしかなく、この舞台に勝ち上がる過程で初戦から、元々足腰などは限界に来ている筈だった。普段の練習設備の違いは勿論、キャプテン以外は二年生というハンディもあった。しかも、その内の誰かが戦線から離脱する様な事があれば、代替選手は一年生しかいない。

長井達の誰かが倒れる様な試合に、あえて一年生を補充して迄、続ける意味は無いかも知れない。その時は、本当に苦渋の選択を強いられる事とはなるが、まだ事態には至っていなかった。後半に入って、すぐ猛攻を受けるかと思っていたが実際は、そうでもなかった。やや押され気味といった程度で、はたから見れば、ほぼ互角の戦いだった。

当初の対戦では歴然とした実力差があったにも関わらず、こうして接戦の展開に持って行けたのには大きな理由があった。強さとは釣り合わないぐらいの、雑なチームプレーが目立っていた為、そこに巧く付け込んだ事で、何度もペナルティーキックが巡って来る結果に繋がった。前回迄より戦力アップしている訳でもない上、自分達と同様に勝って来た過程で、負傷や疲れを蓄積しているらしかった。

辛うじて互角に見える『いささか押され気味』な対戦は、やがて時間が経つにつれ完全に押されて行った。さすがに今回は相手の犯す反則の数は少なく、何度かの全国大会出場を果たしているチームが、いつ迄もプレーの雑さを改善していない訳がなかった。歴然とした実力差は否めず、とっくに余力は尽きていたし、対戦相手に気落ちもしていた。

遂には追加点のトライを入れられてしまったが、その後のコンバージョンキックはゴールポストからは、そう難しくはない角度にも関わらず運良く外れてくれた。言う迄もなく、勝ち進む為に相手を蹴落として来た分、疲労や困憊を抱え込む代償を背負わされる事になり、向こうのチームにも言えるかも知れない。

こちらが気落ちする時があれば向こうもそうだろうし、こちらが戦意を喪失する場面があれば向こうも、そうなる場面は十分考えられる。追加点を許したのは当然、自分達の失態だが、不覚にも緩い角度の何でもないゴールキックを、相手は入れ損なった。だから今、約二〇点近く広げられている差は、縮めるのは不可能ではないと思った。

トライを三つ入れられたのなら三つ取り返せる筈であり、もし五〇点もの差を付けられたなら五〇点入れ返せばいい。多分、部を設立してから年数が浅いせいか卑屈になり、相手を脅威的に感じ過ぎていただけの様だった。

全国制覇したチームと対戦しているなら話しは別だが、ただの県予選の準決勝で、そう大した実力差が存在する訳がない。第一、この相手チームが何度か全国大会に行ったとか言われても、話しでしか聞いた事がなかった。

その舞台で、どんな結果を残したかなど興味すら沸かないし、大方シード権を獲得できないで、初戦で消え去って帰って来ているに違いない。たった一度の相手チームのミスを、こうも都合良く解釈する長井だった。

相手が抱いているであろう勝利への確信を、少しずつ崩し始めて行った。『勝てないチーム』という先入観から一転、三行半を叩き付けるかの様な態度に急変し、グランドで一人、不敵な笑みを浮かべていた。

『全国レベルを語る資格があるのか!?』

度が過ぎる勝手な妄想で、また試合をブチ壊すのではないかと佳織は思った。百点取られたら、こっちも百点取れる筈などという考えは、かなり乱暴極まりない。安易な気持ちで掛かると、何百倍にもなって跳ね帰って来るのは言う迄もなかった。

その後は、ただ追加点を許さずに済んでいるという、ひたすら粘るだけの展開がしばらく続いた。どんなに相手の攻撃を防げたとしても、こちらが追加点を入れない限りは負けてしまうだけであり、劣勢である立場は変わりなかった。時間が経つにつれて後輩達には、まるで悪魔の囁きの様な諦め感が漂い始め、もう体力と負傷は限界に来ていた。

きっと早く終わってしまえばいいと思っているだろうし、このまま仮に敗れ去ったとしても、それは前回の対戦を引きずる逃れられないジンクスだった。長井も同じではあるが、もう少しだけ限界を伸ばす事ができたなら、限界は限界で無くなる。その時には、もしかしたらとキャプテンらしさを自覚した。

決して後輩達より持久力がある訳ではなく、疲労のピークは同じく迎えていたが、それでもみんなには、まだまだ諦めてほしくはなかった。自分にとっては来年が無く、全員で精一杯やってノーサイドの笛を聞きたいので、この大会を投げ出したくはなかった。

上向きな思考が先行したのは、この為で酷ではあるが、それ迄は付き合ってほしかった。その願いが通じたのか、いつ追加点を取られてもおかしくない状況から、次第に相手ゴール付近に陣地を挽回して行った。すると相手チームは焦りからか何度か反則を連発し出し、自分達側にペナルティキックが与えられると、一つも外す事無く追加点へと繋げて行った。

いつの間にか一点差に迄、縮まり未だノートライながら、次に得点さえ上げれば、同点以上になるので勝てるのである。ただ残り時間は五分を切っていた為、奮闘するのも、ここ迄なのかも知れない。かなり突き放されていた得点差を挽回するには、必然的に、それ相当の時間が掛かってしまっていた。

『やっぱり始めから実力の差が有り過ぎていたのだろうか』と最後迄ただ一人、勝機を見い出そうとしていた筈の長井は、とうとう戦力を失いかけていた。取られた分は同じ数だけ取り返せばいいとの理屈には、相当な無理があると気付いて自分が今、それを身を持って証明し掛けている最中にいた。

前半で奪われた二つのトライの挽回、残り五分以内での一点差の逆転、全ては思ったより実行が難しい。やはり勝敗の分かれ目は、歴然とした実力差というのが答えの様で、所詮は即席同然の自分達が何度と、全国大会に行く様なチームとは肩を並べられなかった。

そう開き直っている間にも相手チームは、勝機と言わんばかりに追加点を上げ様と、突進して来たが誰も阻止に入ろうとはしなかった。どう考えても時間的に、このワンプレーで最後になる筈であり、これで試合を終わらせてほしいと願わんばかりだった。

せっかくの追い上げを、まるで無駄にしてしまう自殺行為に他ならないが、たまらなく長井達には、清々しいパラダイスな光景に見えていた。もう立っているだけで精一杯で、疲労と困憊のピークが通り過ぎて、正常な判別が付かなくなっていた。

勝浦は、佳織が座布団代わりに置いていたハンカチを無断で噛み締め、こらえ切れない思いを必死でしのいでいた。窮地に立たされた長井達の立場が痛い程、分かっていたし二度目の出場で、ここ迄、来れたのは努力以外の何物でもなかった。負傷により頭数が減るという、事態も起きていないのが奇跡であり、最後の最後で今迄の成果を無駄にする様な事態に陥っても、誰も責められない筈だった。

許されるなら今、自分がグランドに割って入ってでも、試合を止めてやりたいと思った。途中で投げ出す事を誰よりも嫌っていたキャプテン自ら、戦意を失う姿を露にしているぐらいなので少しでも早く、みんなを楽にさせてやりたかった。『こんな弱体チーム相手に、そう猛突進しなくても…。』は現実だった。

どうしても最後迄、見続けるのは辛かったので、ノーサイドの笛が鳴る迄の、ほんの数分だけ目をつぶっていようと思った。こんな終わり方を肯定はできないが否定もしないし、やはり所詮は普通の高校生、そして誰もスーパーマンにはなれない…。

「先生…、私達も同じ考えよ!」

言葉には出さずとも藍子と千秋には伝わり、そのハンカチを三人でシェアして涙を拭った。

「あの、それアタシのなんだけど…。」

しかも尻に敷いていたものだと佳織は訴えたが、試合が終わる迄の後、数分間は返して貰えそうになかった。既に泣き出していた藍子と千秋とは違い彼女は、それ程、情が厚くはなかった。一人ふて腐れていると、それどころではない事態は続いていて試合は、ある急展開を見せた。

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