第48話 ビジターの洗礼

新人戦と県総体は、いずれも準決勝止まりで終わったが、十分過ぎる結果は残していた様に思えた。部員全員、次に繋げる目標の為に掴んだものは、とてつもなく大きかった。

もうすぐ県予選が始まる時期に差し掛かり、せめて、それ以上の結果を残せればという願いがあった。長井にとっては『最後の大会』と呼べるものが日を追う毎に無くなって行き、この予選大会が終わると、自分が出場できるものが全て終了してしまう。

やっぱり自分達の居場所はここだと言って、藍子と千秋が戻って来た。残り少ない学生生活とは、当然ながら彼女達にも言える事ではあるが、結局は限られた貴重な時間を、自分の為に使おうとはしなかった。

後少しだけ走り続けたいと言ったとしても、まだまだ間に合う筈だった。これからも、それなりの実績を収められると有望視されながら、あえて陸上部に留まろうとはしなかった。

今ここにいる仲間達との繋がりとは、元々は考えられない巡り合わせで、成り立っている気がした。彼女達は突然、同じ道を歩きたいと言って根本の手を離れ、将来を期待されていたにも関わらず、男子部のマネージャーなどという裏方に率先して入った。

取り返しの付かない行動だと誰もが感じ、本人達にとっては『自分が歩くべき道だと思った』と言うぐらいでしかなかった。脚光を捨てて迄、友情を選びたかったのが本心かは未だに確認していないが、どうしても彼女達への思いは、不在中も消える事がなかった。

行動を共にして二年が経とうとしている、今になっても抜け切れないままだった。別に彼女達を繋ぎ止める理由は何も無く、いつでも元の鞘に戻る機会は、あった筈だった。

ここにいれば、いた分だけリスクが高くなるだけであり、かつての仲間を助ける為に離れて行ったのなら、戻って来ない方が良かったかも知れない。それさえも本人が歩くべき道だと言うのなら、本当に後悔していないのかどうかは、問いただす事ではないと思った。

新山は未だ、仕事の調整が付かない状態にあり今後、二度と練習には顔を出せなくなっていた。但し、この間の様な大会時などは、観客として必ず駆け付けて来るに違いない。ちょっと迷惑な話しであり、彼こそ永久に蚊帳の外にいて貰いたかった。

「アンタ達がいない間は、私一人で部を支えていたんだからね!」

居座っていた佳織はというと、口の悪さが相変わらずで、練習中に飛ばす野次は部員達の反感を買っていた。藍子と千秋にさえ、そんな憎まれ口を叩いていたが、彼女の改善されない性格はどうしようもなかった。

色々と思いを張り巡らせたと同時に、ほぼ数ヶ月前迄の練習風景が戻り、その当たり前の光景が今更、不思議に見えてならなかった。自身を取り巻く仲間の面々とは、まず有り得ない、異質な組み合わせばかりだった。

部員達にしても本来なら、ここに入って来る筈ではなく、みんな自分に影響されての行動だった。その中でも例外なのが河野と箕田で、彼等は内輪に生じた問題のせいという、また別な絡みで、この学校にやって来た。

そんな事を考えている内、自分が巡り合わせの、きっかけになっていた様に思えて来た。今迄は、周りに影響を与えてしまったという、マイナス思考を持ち過ぎていた。実際は周りが自分を中心に集まって来たと、プラス思考を持つべきで、膨大な過去の出来事は、まるで走馬灯の様に頭の中を走らせていた。

今迄の道のりとは、衝突だらけで打ち破るのが容易ではない壁が、幾つも立ち塞がっていた。あえて突っ込んで行ったからこそ今の状態ができ上がり、もし行動に起こしていなかったら、自分の存在無くしては、それぞれ出会う機会は無かった事になる。お互い全く違う過去を持ちながら、一つの志に共通した事で同じ輪に収まった。

これらは、あたかも自分が太陽の様な中心に位置すると過信する、危険思想に過ぎなかった。もはや存在自体が『異質』であり、誰かを『例外』と表現する以前に、自身の論外さを自覚すべきだった。

「ちょっと、何ニヤニヤしているのよ。さっさと練習に入ったら?!」

知らない内に顔が緩んでしまい、よりによって佳織に注意を促されてしまった。思い過ごしにも程があり、ふざけた正論で妄想をかき立てるなという話しだった。

『こんな奴が、みんなの出会いのキューピッドな訳ないだろう!』

彼女に至っては、この場にいるのが何等、不思議な存在ではなかった。帰宅部でいたのを仕方なく拾ってやった様なもので、所詮は勝手について来ただけで、自分の影響によって進路を変えてしまった内の、一人とは考えたくもなかった。どうせ、やる事が何もなかったので暇潰し策を探していたに違いない。

その日の練習後、勝浦は部員達を集めて、とあるビッグ企画を打ち出した。長井の別に、どうでもいい自分勝手な思い出を振り返る劇場は、そこで強制的に打ち切られた。

「実は…。」

「ひょっとして練習試合!?」

「いや、まだ何も言っていない…。」

本題にも入らない内に、及川が急かして来たが彼に限らず、みんな相当に血走っていた。謎めく企画とは、練習試合を申し出ている学校があるとの内容だった。

「やっぱり…、相手はどこなんだ!?」

この中では一番、目が血走っていた仲里が言った。先日の試合以来、おかしな導火線に火が点いた様で、すっかりキャラクターが変わってしまった。

「また例の、あの学校だよ。」

さり気なく言われても該当する学校は幾つかあり『例の』だけではピンとは来なかった。じらされた気はしたが、申し出て来た相手とは中崎の学校で、すると長井の妄想をかき立てるだけの走馬灯は、再び勝手に回り出した。

今の状況を自分が作ったのだとしたなら、きっかけになったのは更に、さかのぼって言えば中崎なくしては語れなかった。彼の誘いさえ無ければ、きっと高校自体、進学は果たしていなかったという皮肉な運命だった。それにしても一つの大会が終わったばかりの時期に、どうして対外戦が舞い込んで来るのかが、怪しい話しに思えてならなかった。

県予選を控えているにあたり、オープン戦とでも言えば聞こえはいいが、親切な舞台を用意してれる様な相手ではない事は、よく分かっていた。ラヴコールを送って来たのだというなら、とても気持ちが悪いが、そう至った経緯があった。あれから決勝は引き分けながらコマを進めた、対戦相手の方が優勝を決めたものの、ある問題が生じていた。

自分達との激動の準決勝終了後、相手選手達は学校から集中非難を浴びていた。理由は言う迄もなく無名校相手に、お世辞でも格好の良いとは言えない試合を演じたからだった。それで決勝で通用するのかと校内の、いい笑い者の範例にされた挙句、消せるチョークながら、部室のドアに落書き攻撃迄も受けた。

強豪ならまだしも、名も挙がらない様な格下に接戦は許されず、仮にもスコア上では引き分けたので尚更だった。中心選手の離脱で戦力ダウンはあったものの、上位確保を繰り返す内、普段の評価や期待には厳しさが生まれていた。一応、勝った事には変わりなく、それでも酷い扱いのままでは黙っていられないと、かなり闘志は奮い立った。

中崎のチームは、決勝では信じられない力を発揮されてしまい、さすがに蘇生したプレーには打ち勝つ事ができず、まるで歯が立たなかった。『無名校などと接戦して勝ち上がった相手には勝てなかったのか?』と中崎達も同様に、そう言って非難の対象にされていた。そこで腹癒せに、決勝で敗れた優勝校の、準決勝の相手である長井達を指名して来た。

きっと次の大会前に完膚無き迄にブチのめす事で、面目を保とうと考えて挑んで来たに違いない。ハッキリ言えば、ただのヤツ当たり行為にされているだけに過ぎず、迷惑なお誘いという以外、表現のしようがなかった。

要因は、永きに渡って実績を積み上げた学校と、新設から間もない部の学校との、認識の違いだった。大きな隔たりは確かにあっても、同じグランドに立ってしまえば、同一ラインに見られる事となる。舞台が準決勝ともなれば、長井達でさえも『強豪』と呼ばれる部類に入ってしまうのだった。

油断されていなかったかどうかは別として、仮にも優勝校相手に引き分けたという、あの総体では快挙を成し遂げていた。『こっちが優勝してもおかしくなかったんじゃね?』と番狂わせを引き起こした訳であり、周囲の予想を裏切り下馬評を覆す大会に仕立て上げた。

所詮は敗れ去った事に変わりなく、嵐を巻き起こしたと自慢にはならないが、かなり校内の評価は高いものがあった。優勝した相手校や中崎のチームが受けた非難とは対照的で、それだけ自分達が、まだ何の実績も上げられていない証明でもあった。

強豪校が、名も無い相手に負けを喫するのは勿論、接戦する事さえ絶対に許されず、あくまで大差で勝たなければ意味が無かった。それを物語る様に中崎のチームとは過去、三度も対戦して、いずれも大量リードで負けていた。唯一の救いは、辛うじて得点は上げられた為、完封負けを免れていた事ぐらいなもので、惨敗という結果は否めなかった。

しかも向こうが、まともなメンバーを揃えて来たのは、首位での終了を落とせなかった、地区内でのリーグ戦の時に限っての話しだった。他の二試合は、こちらのレベルに見合わせた選手という、いわゆる手抜き構成ながら、それでも勝てなかった。苦いどころではない経験をさせられているので、また一戦交える機会があるなら受け入れたい気持ちはあった。

若干の懸念はあり、以前と同様に噛ませ犬的に考えられているのが、どうも気に入らなかった。向こうから幾等『お願いします』と言って来ているにしても、かえって謙虚さが怪しいが、練習試合以上の絶好の環境はない。

いつ迄も、内輪で温かい目で見られていても仕方がないし、決して損をする訳ではないので、最終的に要望を聞き入れる事になった。現実を言えば、向上したいという本心に嘘は吐けなかった。数日後、段取りを話し合って来た勝浦は、眉間にシワを寄せた表情で戻って来た。内容は、こちらは頼まれた側という事で、試合会場は一存に委ねられた。

そうなると自動的に、いつもの練習場である小学校の建設予定地になるが、そこには当然ながらゴールポストがなかった。比べて相手側には当たり前の様に、整備された部専用のグランドさえあり『会場はお任せします』との簡単な一言は強烈な皮肉でしかなく、彼の耳に焼き付いて離れなかった。

どちらかは自由との念押しは受けたので、強制ではないが有るのと無いのとでは、有る方を選ばざるを得なくなった。先日迄『どうか試合を組んで下さい』と頭を下げられていたが、すっかり逆転し今度は、こちらが会場を使わせて下さいと、依頼する立場になった。

こうした決して強気では言えなかった立場の為に、会場をアウェーで妥協してしまった事が、予想もしない展開を引き起こすのだった。それが後々、悲劇となって降り掛かって来るのを、この時は誰も知る由もなかった。

実力や経歴の違いは、試合会場迄も味方にしてしまうという、とてつもない壁があった。歴然とした現実の差に、これから立ち向かわなくてはならないが、果たして覆せるかどうか、全ては試合結果で跳ね返すしかなかった。

強豪相手に善戦したと校内から寛大な評価は受けても、実績が皆無であれば話しにならないし、我が校にゴールポスト付きの練習場ができる日は、果てなく遠いものだった。県予選上位の常連校にでもならない限りは、夢のまた夢で終ってしまい、こうして不意に舞い込んで来る練習試合の段取りや、会場を選ぶ余裕など自分達にはなかった。

相手チームも、自分達と中崎の因縁関係は、よく知っている様で、試合当日のメンバーの中には彼の姿があった。当然の選出だと思いつつ、それで出さなかったら、やらずに帰るつもりでいた。自分達と大接戦の末に引き分けた学校に、このチームは負けており、もう気取った態度には説得力がなかった。

それ程、実力差は無いと指摘されても否定はできない筈で、有り得ない推測だが半信半疑ながらも、もしかしたら勝てそうな気がしてならなかった。ここ最近、周りの実力が落ち始めているだけなのか、それとも自分達が、強くなってしまっているせいなのか…。

レフェリーは毎回、相手チームの監督が務めるのが恒例になっていた。やむを得ない流れで頼んでもいないのに今回も、そう決まってしまったものの、見越していた勝浦には引き換え策があった。ラインマンの一人は、こちらから入れさせて貰う様、事前に申し入れていた。前回迄は十五人に満たない事もあり当然、選手として使うだけで精一杯だった。

まさかマネージャーの誰かを宛がう訳にも行かないが、今は控えの一年生がいるので、選手数には余裕ができていた。しかし開始直前になって願い入れは突然、却下された。

普段からグランドを使い慣れている、こちらの部員が務めた方が適切な判断ができるという、実に一方的な理由からだった。試合会場と言うよりは『我が家の庭』と表現した方が適切らしく、提供している立場だとするこじ付けを今更、主張して来た。

『おかしい、絶対におかしい…。』

今迄は本当に部員に余裕が無かったので、やむなく全てを任せていただけで、部員達は揃って心の隅で呟いた。主審は仕方ないとしても、二人必要なラインマンの内、一人がこちらから入るのは、むしろ当然の事だった。

環境も変わり、人数が少なかった時とは違っている今、認めないと言うのはどういう訳か、明確な説明をすべきだった。試合会場の変更にしても、半ば強引に執り行われ、自分達を勝たせまいとする小細工が明らかだった。

勝浦はグランドを借りている立場上、強く反論はできないと思った。ここは取り合えず早く整列させなければならないが、あまり部員達は乗り気ではなかった。かなりの警戒意識を持たれているという、表れでもあったが、これが自分達の強さの証明にはならない。

まだまだ実力の伸びは途上であり、審判の権限を全て横取りされたとしても、いわゆる『えこひいき』の判定が勝敗の結果に影響する程ではなかった。それなりの実績の分だけ、ある程度の賢さも身に付いており、向こうは海千山千と言った所だった。こういった全体を支配する流れは、キャリアと勘から来る巧みな試合設定だと言えば、否定はできない。

今迄通りの形式に上手く乗せられつつあり、次第に、このまま帰ろうという意見が出始めていた。どうも雲行きが怪しく、始めから裏がありそうな試合など、やりたくもなかった。

そうなると一番に困るのは勝浦で、せっかく何度も足を運んで実現させたものを、水に流す事になる。初めは話しを持ち掛けられた側の筈が、いつの間にか頭を下げる立場にされてしまった。バカバカしくなり、何度も投げ出そうと思いながらも、どうしても練習試合が決まった吉報を持ち帰りたかった。

結局は眉間にシワを寄せた状態で、部員達には報告をする事になった。ここ迄、進捗しながら断って、どうなるかと言ったら何も残らない。ゴールポストがあるかないかで会場を決められてしまい、その引き換え条件と睨んでいた、こちらから主審以外の審判を一人だけ選任する提示も、土壇場で却下された。これが、何度も足を運ばされた入念な打ち合わせの結果とは、非常に残念でならなかった。

頭を下げて迄、今日の試合は叶えたかったからこそ、折り合いの付かない話しを、黙って呑んで来たつもりだった。逃げるだけで終わってしまいたくもないので、会場が自分達の庭ではない以上、ある程度の理不尽なルールには、従わなければならないと思った。

「みんな、早くグランドに整列するのよ。」

藍子の掛け声で部員達は渋々、向かって行った。決して理屈では通用しない現実は、これから幾等でも出て来るものであり、それらを妥協できないと、掲げた目標さえ成し遂げられない。実力向上の手段だと割り切るしかない事を、分かってほしかったし、せっかくの誠意を無駄にする訳には行かなかった。

「私達の見えない所で、先生が何をやっていたかなんて全然、知らなくて…。」

開始に備える部員達を見送りながら千秋は、今頃になって気が付いたと後悔していた。実は勝浦の本心は、そう言って心配してくれた彼女達を、いささか裏切っていた。さっき迄とは、まるで打って変わった態度だった。

頼まれたって土下座なんかしないのが本音であり、誰も試合をさせて下さいと、お願いした覚えもなかった。優勝常連校だか知らないが、単に威張り過ぎなだけで、その前に礼儀作法を勉強して来いと言いたかった。

せっかく組んだ段取りではあり、長井達にキャンセルされたくなかったので、今日迄の経緯を、哀愁漂うギミックに仕立てて話そうかとは考えていた。待遇が気に食わないとか言い出して、本当にボイコットされかねないのが、かえって怖かった。そこへタイミング良く、彼女達の『サポート』が入り手間が省け、いいマネージャーを持って幸せだった。

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