第47話 再び無謀な準決勝

組み合わせ自体が幸いしていたのか、心配を跳ね返す様に、その後も勝ち進んで行った。強豪しか残らないので当然ながら二回戦、三回戦と上がって行く毎に、試合運びは苦しくなっていた。それでも致命傷を負う部員は、一人も出ていなかったのが不思議だった。

遂に舞台は準決勝になり、今迄の凄惨な試合に当たり過ぎていた現実が、自分達を強くして行ったのかも知れない。本来なら喜ばなければならないが、これは負傷者が出なかったラインは、ここ迄だという話しでしかなかった。本当に恐れていた事は、これから始まる筈であり、四校しか残っていない強者揃いの状況下で、無事に終われる訳がなかった。

ここ迄『辿り着かれてしまうなんて』と思わずにはいられなかったのは、顧問としての立場上、負傷者を出す事なく実績を重ね上げたと言ってもいい、勝浦だった。いっその事、戦わずして棄権させたいとさえ脳裏をよぎり、運やツキも全て使い果たしたと思った。

対戦相手とは途中棄権を余儀なくされた、報復学院で前回の県予選では、怪しく勝ち進みながらも惨敗していた。その後の新人戦は準決勝に到達したが、やはり先は続かなかった。相手のミスを拾い上げるなどして、得点に繋げるという勝ち方を続けていた結果、ある程度の限界で力尽きてしまったからだった。

これが技巧派チームであれば、ミスを『誘ったり』して優位に持って行くかも知れないが、そんな器量は自分達にはなかった。ここ迄、舞台が変われば突発的な反則を味方にするなど、小細工に過ぎない事を誰もが理解し始めていた。せっかく勝ち上がった直後だというのに開始前から、とてつもない緊張感がチーム全体を襲っていた。

まさかではあるがケガを隠している部員は、いないだろうかと試合を控えている会場のグランドで、勝浦は思った。どうしても我が校の準決勝を、成立させたくはなかった為、本当に名乗り出てくれるのを心から願っていた。

いざという時は控えの一年生がいるので、もしいたら遠慮しないで、無理せず試合からは外れてほしかった。『まさか』は建前で、一年生を選手には補充しないとかいう試合前の対処法は、すっかり踏み倒されていた。

『誰かケガ人はいないのか?いたら返事をしてくれ!』と応えてくれる部員がいないのなら、仮病を使っても構わず、仮にも教え子達の活躍の場を叩き潰す目的でいた。準決勝を誰一人として致命的なケガを負う事なく、終えられる筈がないので全員、大丈夫といった顔をしているのが信じられない話しだった。正直言えば今の内から、負傷箇所があるなら、どんどん訴えて貰いたかった。

監督とは本来、部員の曲がった根性を叩き直すのが、役目の内の一つであったりするが、勝浦は相当にズレていた。自ら曲がった根性を露にして何でもないと言い切る、部員達の負傷箇所を粗捜ししていた。

次第に何をやっているのかという罪悪感が生まれ、部員達にケガをされたくない一心で、面目を保つ事ばかりを考えていた様だった。通用しない異議は、ただの押し付けに過ぎず、さっきから部員達の、唖然とした反応ばかりが返って来るだけだった。

『自分は、自分は一体…。あーっ!』

「危ない!みんな下がって!」

突然、狂った様に叫び出す姿は、まるで何かに変身する直前にも捉えられた。佳織は叫んだが長井や他の部員には、今から起ころうとしている事が全く分からなかった。焦り出していた直後、発狂をピタリと止めたかと思うと冷静沈着と化し、こんな事を言い出した。

『突然ですが皆さんに大切なお知らせがありまーす!』と目は完全に据わっていて、これから一体何が始まるんだと、再び長井達は気が気ではいられなくなった。もう来るべき所に迄、来てしまったので、準決勝からは対処法の規定を取り払い、何人の負傷退場者が出ても構わないとする内容だった。

その気があれば控えの一年生全員を補充し尽くす迄、試合続行を更に認めた。窮地に陥っても、その後も進めるかどうかは、部員達の自由意志に委ねられる事になる。部員達は闘志を燃やしたが勝浦の目は、未だに据わったままで、きっと記憶が飛んでいて数時間後には今、言った事を覚えていないに違いない。

ハッキリ言って、勝てる試合ではないと分かり切っているからこそ、こういう無謀な許可が出されたとしか思えない。どうせ次の決勝の舞台など絶対に有り得ず気の済む迄、徹底的に精根尽くせとの投げやりな指示だった。

順番は、前回の新人戦と同じく第二試合に組まれ、自動的に第一試合観戦の機会が得られていた。二番手だと、事前に色々と戦法などを拾えるメリットがあり、どう動けばいいのかという勉強にもなるので、ここは緊張感を和らげる為にも全員で高みの見物となった。

実際は、さっさと試合を終わらせられれば、どんなに楽になれるだろうかと言いたいのが、全員の本音だった。緊張感とは、待たされた分だけ高まって行くものであり、二試合目だから得られるメリットとは、勝てる可能性があるチームにこそ与えられた特権でしかない。

何を言っても恐怖感を紛らわす為の、ただの口実に過ぎず、勝てそうにない自分達が見物した所で、ろくな活用はできそうになかった。但し今行われている、どちらかの勝者と一戦を交える可能性はゼロではなかった。

万が一だが自分達は、その対戦する権利を有する立場を忘れてはならない。せめて相手の強さぐらいは、この目に刻んでおこうと思い直したものの、それが、かえって見てはいけないものに触れる結果になった。

「なんか凄い相手と戦う事になりそうだ。」

「それは次の試合に勝ったらの話しだ…。」

たまらず林と橘が目の前の試合が激し過ぎるあまり、それぞれ口走った。全員の額からは止めどなく冷や汗が滴り落ち、第二試合という立たされた位置は、悪戯に不安感を発生させるだけの、デメリットでしかなかった。

いよいよ時間は経ち出番が回って来たが、先程の試合で中崎のチームは決勝進出を決めていて、ぶつかる可能性は低いが公式大会の場では、やりたくない相手だった。かつて後輩達の手を借りて『試合の場』である事を悪用し、中崎一人に集中攻撃を浴びせ、見事に制裁を加えてやった経緯があった。

それは勝負を度外視しての、いわゆる『お遊び』と割り切っていたからこそ、叶えられた目的だった。始めから見下されていたし、どうせ勝てないと結果が見えていたので、真面目に相手をする気は更々無かった。冗談が効かない今回の大会では、そういった試合態度は、とてもではないが見せられない。

まともにぶつかれば、ただ惨敗する結末が待っているだけなので多分、醜態を晒して終わる事になる。今更、分かり切っている実力の差を見せ付けられても、しょうがないという事情があるので、この土俵ではやりたくなかった。勝てない現実からの負け惜しみにはなるが、中崎個人が標的にできない対戦など、誰も興味が湧かなかった。

長井が中崎の学校と対戦したがったのは、そういう理由から来る整った条件に限った話しだった。さっきの高みの見物の際、互いに勝ち上ってリベンジを図ろうなどと、視線を集中させていた部員はいなかった。

新人戦から続けての準決勝ではあるが、当時と同じだと思って掛かる訳には行かず、こういった大口を叩く以前に、まず自身の置かれた立場を心配する必要があった。舞台が違い過ぎる上級生がメインの今回は、試合内容を抜きにして棄権する事無く、ノーサイドの笛を聞けたなら勝ちだと思っていい程だった。

勿論、上級生が揃っていない現状を盾にして、自分達が決して強くはないとする理由を、棚に上げるはつもりはなかった。学年の差の壁という、絶対不利と思われるハンディは、いずれは乗り越えないといけない。

その壁は何年か経てば、すっかり崩れているかも知れないが、現時点で将来的な事しか考えないなら、前進するペースは遅くなる。『時が経てば』という年月の流れが解決してくれるのを待つのではなく、今いる部員達で何とかしないといけないし、そういう理想を掲げて大会に臨むのが元々の目標でもあった。

去年の今頃はと言えば、こんな舞台に出れる程、部はまとまっていなかった。自分にとっては最初で最後の総体であり次は、これも最後となる県予選が始まる。どうせ勝てないので、せめて善戦だけはしておこうという甘えがあるのなら、やらない方がいいのかも知れない。せっかく、棄権しなければならない条件が緩和されたというのに、活かし切れなければ意味が無かった。

「そう思ったら、さっさとグランドに整列しましょうね。」

所詮は実績の無い武勇伝に過ぎず、延々と続いた瞑想に藍子は、かなり苛立っていた。もう始まる直前であり悔いの無い大会にしたかったら、まずは円滑な試合運びに努めるべきだった。開始早々は予想外にも殆ど互角を演じ、誰の目からも、とても長井達が押されている様な展開には見えず、次第に相手のゴールラインが近くなって行った。

遂には相手のオフサイドを拾って、ペナルティーキックを狙える機会が訪れた。ゴールは見事に決まって、一瞬ながら攻め込まれた隙から、先制点が取れてしまった。

以降は押され気味にはなったものの、その得点だけで前半は終了し、後半をリードで迎えられるという、下馬評を覆す事態となった。もし周囲の予想を裏切る状態が後半も維持できたなら、勝つのは夢ではないかも知れない。

かすかな希望さえ部員達に舞い降りた中、意外性が匂う試合展開を、のん気に客席から観てはいられなくなったとばかりに、新山が割って入って来た。仮にも、もしかしたら次は彼の学校と戦う事になり、ここに来られるのはニアミスに近いものがあった。

前回は、ただの地区内規模での大会であり、公式の大会だと訳が違った。回し者とかスパイ行為をやっていると、周囲にアピールしている様なものだった。校舎は同じでも、定時制とは交流も関わりも無いのを理由に、彼の余計な垂らし込み情報が始まった。

心配してくれるのは分かるが、またアドバイスとか言って介入されるのは迷惑であり、せっかくの瞑想も雰囲気ブチ壊しだった。この対戦校は、既に手強かった上級生は卒業しており、実力のピークが去年で終わっているらしかった。今年の三年生には、特に目立った選手がいないものの、元来は強豪の部類に入るチームなので、今年も勝ち上がって来た。

それでも当初は準決勝止まりがやっととの、大方の予測が強まっていたが下馬評にはなかった、長井達も勝ち上がって来た事で見方は崩され様としていた。これは、偶然が重なって勝ち上がった様なチーム相手なら、準決勝突破は確実だと意味するものだった。

つまりは、エースの抜けたパッとしない対戦校の、かませ犬扱いを受けていた。その割には相手校は、無得点のままリードを許して前半を終わらせており、下手をすれば無気力試合にも受け取れた。もしかしたら自分達は、実績とデータが殆ど貧しいのが幸いして、要注意し難い存在になっているのかも知れない。

あくまで前半のスコアは途中経過に過ぎず、これは無名校である故、油断されていただけだと考えるべきだった。どんなに後半を頑張っても、かなりの大差を付けられて、逆転されてしまうのが目に見えていた。

強豪と謳われるチームが、年月を掛けて積み上げた歴史には、一世一代で打ち勝てる程、甘いものではなかった。台風の目として注目を集める事など、望まないというのが掲げた目標ではあるが、それは少々過信だった。

後半が終わった後になれば、これだけは言える事があり、よくぞ強豪相手に健闘したと、きっと絶賛を浴びる試合になる筈だった。これから決して勝てはしない、必ず逆転されると分かっている後半戦に、臨む姿を見送るのは本当に厳しい。どれだけ練習を積み重ねても、まだ創部から二年も経っていない。

『まだ君達は、そう言える程の実力の域には達していない。前半だけで言うならリードしながらも、結果的に勝利を収められないなら何の意味も無いが、やるべき事はやったと素直に、うなずけばいい。』

「慰めにもなっていないから、そういう事しか言えないなら、もう降りて来るのはやめて貰えない?」

何を血迷ったか新山は唐突に語り出し、別に皮肉や威圧を掛けに来たつもりは無いにしても、どうしても現実を伝えたかった…。貴重な休憩タイムが、ただ無駄に終わっただけだと、佳織が代表する様に警告を発した。

後半が始まり、やはり前半戦程は相手陣地には攻め込めなくなって、時間が経過するにつれて体力や実力の差も、違いが出る様になって来た。やがて最初のトライは相手チームが入れ、コンバージョンキックも決められて、油断されていただけという予想通りの展開になりつつあった。その後は何とか粘り抜いて、追加点を許さなかったが守り切るのがやっとで、反撃を試みる余裕は無かった。

追加点が上げられるのを抑えているだけでも、精一杯の攻撃のつもりだった。どう反撃を伺えばいいのかと言う前に、学年差どころでは済まされない、明らかな実力差の壁があった。答えは試合中に自分達で導くしかないが、見つからないから負けるのだとも思った。

『攻撃は最大の防御』とは、勝利が確信できる立場に対してのみ有効だという事だけは、よく分かった。それにしても相手チームは、かなりの間、自分達の守りを中々突破できないでいた。決して堅いとは言えないので、切り崩されるのは難しくはない筈が、理由は相手のチームプレーが非常に雑な所にあった。

前半のリードを許して終えてしまったスコアから来る、動揺が未だ抜け切れていない様で後一歩、先を越えさえすればゴールライン迄、辿り着ける直前で反則を取られていた。

スムーズなボールの流れは毎回、そこで止まってしまうので、いつも肝心な箇所で救われる機会が多かった。どんなに強豪であっても、つまらない反則を取られて攻撃の流れを殺してしまっては、実力は発揮できなかった。

次第に形勢は逆転して今度は、こちらが相手陣地に入り込んで行き、機会は無いとばかり思っていた反撃を、後半に入ってから初めて試みれた。相手の守りは相当に堅かったが、同じぐらい焦りから来る連携プレーの悪さも数多くあった。再び何度も反則を取られてくれた都度、ペナルティーキックが回って来た。

チャンスを確実に活かしているかは疑わしいが、蹴った内の二回が決まり追加点が得られ、トータルでは九対七と遂に再度、逆転してしまった。突如として現れたも同然の、名も無い参加チームに過ぎなかったにも関わらず、毎年上位に食い込む常連校を相手に接戦を演じていた。

相手の去年迄の強さが、どれ程かを把握していなかった事が、かえって恐れ知らずで臨めた戦法を生み出していたと言える。一時的ながら逆転に成功したというよりは『やってしまった』と言った方が正しく、事前にマークすべき要素やデータが一切無いのは、互いに同じ条件だった。一瞬だけ勝てそうに思えた展開は、ある急展開を見せた。

相手にとっては緊急事態という以外、表現のしようがなく蘇生させる要因になってしまい、見違えるスピードで反撃を開始して来た。ここで逆転されてしまったのでは勿体無いと、長井達は必死で食い止めに入ったが、とてもボールを奪い返せそうにはなかった。さっき迄とは打って変わって、一切の反則を犯さなくなり、やがてはトライの体勢に入ると思われる、最後の相手選手にボールが渡った。

残り時間からして、これを決められた時点で勝負は付いてしまうが、それを誰かが止めなくてはならない。すると仲里が、どこからか猛然とダッシュして来て、その相手選手の真後ろからタックルを仕掛けた。次の瞬間、ボールは高く舞い上がり、転がる様に自陣のゴールラインに入って行った。

ボール周辺には誰もいなく、非常に無防備な状態に置かれていた為、今度は誰かが拾いに行かなければならなかった。彼は何とか立ち上がったものの、脇腹を相手のスパイクに打たれてしまい、前には進めずにいた。それでも、敵がトライを決めにやって来てしまう前に、いち早く向かわなければならなかった。

ここは無理にボールを拾い上げるよりも、そのまま覆い被さって自陣にトライをしてしまえば、キャリーバックとなり窮地を脱出できる。ボールは五メートル手前に戻されるので、自滅しないで済む為、それを彼は狙っているのだと信じるしかなかった。

他の部員達には、その場へ援護に行けるだけの体力は残っていないし、そう行動を起こす前に、時間切れを迎えてしまうのが分かっていた。この先のボールの行方は、もはや託す他なかったとの見解ではあるが、面倒臭さから来る、ただの人任せ感が漂っていた。

タックルで倒した筈の相手選手が後方から、猛突進を掛けフラフラ状態の仲里は、邪魔だとばかりに大きく吹っ飛ばされた。その後のボールに待っていた運命は、あまりにも酷なもので勢いのまま、ボール目掛けて滑り込まれトライを決めてしまった。ボールを持たない者同士の、明らかな体当たり行為ながら、追加点を告げるホイッスルは高々と鳴った。

オブストラクションとも取れる、怪しいプレーに見受けられたが、彼が故意に進行方向に立ち塞がったと指摘されれば、それ迄だった。本気で逃げ切りを図るつもりでいた得点は、リードを守れず引っ繰り返されてしまった。『ゴメンよボールさん』と口を揃えた様に叫びながら、長井達は悔し涙を呑んだ。

数回のペナルティーキック成功のみの得点で、勝とうなどという話しが甘過ぎで、自分達は自陣に取り残された無言のボールさえ、守ってやる事ができなかった。一つをあてにし過ぎたあまり、いざ崩れると反撃する余力も無くなり、そんなものに未練を感じる方が、よっぽど怪しかった。無援で我が身を削ってチームを守ろうとした、仲里こそ気遣うのが先決と思われるが、もはや眼中には無かった。

むしろ長井達には、さっき迄の数点ばかりのリードしか、愛しく感じられていなかった。本来、称えられるべき彼の存在はボール以下だった。ゴールキックは入れられずに済み、もう無いと思われていた試合時間は、まだ残りがあった。得点後のキックオフが与えられると、しばらくは相手陣地に攻め込む事となり、そのままロスタイムに入った。

せっかくゴールライン付近での攻防が続きながらも、既に諦めムードに襲われていたが、それで油断ができたのか、相手チームは肝心な場面でオフサイドを取られた。その地点は、ゴールポストよりは少し距離がある所だった。多分、ボールが蹴り出されるなど形勢が逆転され次第、試合終了となる。

最後の最後で回って来たチャンスではあるが、ペナルティーキックは、反則があった場所から狙わなければならないので、このまま蹴るには難しい位置にあった。他にも選択肢はあり、この地点から地道に、パスを回してトライを狙うという方法も取れるが、途中で敵に捕まれば終わりだった。

妨害される事無く、ゴールが狙えるのとは訳が違うので、今の残りの体力を考慮すると、ボールを略奪されるリスクが高かった。安全な一発勝負を狙うか、それとも無理を押して力技を選ぶかを、ここで早急に選ばなければならない。どうすべきかで内輪揉めしている中、一人だけ背を向けた仲里が勝手にボールを取り、ペナルティーキックの体勢に入った。

すっかり仲間への信頼を失った結果、スタンドプレーに追い込んだと、自覚していた長井達は全てを、彼に賭け様と黙って引き下がった。成功の有無を問わず、これが今度こそ、最後のプレーになるのは間違いなかった。

「ホント助かった、入れば何とか同点ね。」

騒動を観ているしかなかった佳織が、ホッと溜息を吐いたのとは対照的に、新山の表情は硬かった。最終的には、仲里の独断で追加点を狙う事にはなったが、やっと無難な手段に移ったと安心し切っていた彼女は、ある勘違いをしていた。長井達が取りまくった、ペナルティーで得たスコアとは、算出方法で言えば一番ランクが落ちるものだった。

「甘いなぁ…、ルールを知らないんじゃ?」

同点で終了した場合、トライ数の多さがカウントされ、それも同数ならドロップゴールの数が計られるが、この試合では未発生だった。勿論、点数で上回ってさえいれば、別にトライを上げていなくても、ペナルティーからの得点だけで勝ちは十分に拾えた。例え何回取っても、同点では効力が薄まってしまう様なものなので、これが仮に決まったとしても、ノーサイドになれば負けになるのだった。

ルールを把握していなかったので、この後、延長戦かPK合戦でもあるのかと、すっかり思い込んでいた様だった。彼女がマネージャーをやりたいと志願した理由は、それだけ安易なものであり、力が抜けた様に座り込んでしまった。まだまだ伸びる筈の実績やプライドを捨てて迄、決意を固めた藍子と千秋とは、明らかに違っていた。

ではルールをよく知り得ている筈の長井達が、この選択肢を決断したのは疑問が生じる。無理にトライを狙って阻まれ失敗するにしても、確実なゴール狙いで追い着いても意味が無いなら、あえて選ぶべきではない事だった。

十分ではないにしても、逆転勝利の可能性がある限りは、それに賭けなければならないのは分かっていた。卑怯と取られ様が、スコア上の同点で終われば成果があったと評価でき、最後は勝つ事よりも、結果を残したいという苦渋の選択からだった。

今の自分達のレベルでは、この相手に正面からぶつかって、渡り合う事はできなかった。それでも十分、健闘したと思われているに違いないし、悔いの無い試合になったからこそ、勝てはしない道を選んだだけの事だった。

こういう時だけ集中する、ほぼ全校生徒の視線に見守られる中、仲里のキックは大きく期待を裏切ってしまった。見事に外してしまったが、思わずうつむいた佳織と違って、長井達と新山や勝浦は、前方を向いたままニヒルな笑みを浮かべていた。とても気持ちが悪く、そっちにこそうつむきたくなったが、外したのは、ある支障が出ていたからだった。

それを認めたレフェリーは、もう一度、蹴り直しを指示して来た。実は相手チームは、こちらが蹴ろうと助走を始めた際、阻止すべく同時に走り出してしまっていた。

トライ後に狙うコンバージョンキックなら、蹴る選手に対しての、そういったプレッシャー行為は認められていた。ペナルティーキックでは一切禁止であり、やってしまうと単なる妨害行為になり、蹴り直しになるのだった。

繰り返される相手チームの焦りから、またも大人数に見守られて巡って来た、チャンスにも関わらず決めても外しても、これで大会は終わりを迎えてしまう。土壇場の同点劇なら相手に屈辱を味わわせられ、それで収穫にはなると思ったが、何を言っても負け惜しみでしかなかった。

とにかく優勝などが掛かっている訳ではないので、軽い気持ちで蹴ればいい。そうすれば絶対に成功する筈だと部員達は皆、本来なら有り得ない確信を抱いていた。特に長井には仮にも彼は、自分が認めた次のキャプテンだという思い入れがあり、絶対に外さないだろうとの信頼があった。

『ふざけるなっ!』

散々ボール以下にあしらっておいて今更、期待などを込めるなと思ったのは当然で、今度は心無い仲間への制裁目的にと適当に、軽々と蹴ってみると綺麗に入って行った。駆け付けていた同校の女子生徒達は、まるで自分の事の様に喜んだが、次の瞬間に現実を知った。やはり殆どがルールを把握していなかった為、落胆も大きかった。

ゴール成功を告げる合図と同時に、ノーサイドの笛も鳴り響き、ぬか喜びながら立ち上った観客の生徒達とは対照的に、長井達はグランドに倒れ込んだ。最後の最後で相手を追い詰め、同点劇は演じ切ったものの、ルール上では負けに変わりなく、やり切ったという満足感には浸れなかった。チームプレーで言えば、ペナルティーの多さから言っても、もしかしたら負けていなかったのかも知れない。

一瞬だけ僅かな勝機が差し込んだのは、結局は勝ちたいと思う自分達の、願望の誇張に過ぎなかった。『勝てそうに思えた試合』とは、やはり初めから『勝てない試合』だった。実力が相手より劣っている以上、試合後の呟きは全て言い訳に過ぎず、長井にとっての最初で最後の総体は、こうして終わった。

それを尻目に『やった!わーいわい!』と、まさかのゴール成功を尋常ではないぐらいに喜ぶ、仲里の姿があった。決勝進出はならなかったとはいえ、ロスタイムで魅せた劇的プレーは、ルールとは無縁の女子が大多数を占めている面前では、余計に冴え渡っていた。

普段から、はしゃぎ回るキャラではないし、仲間の神経を逆撫でしている蛮行に過ぎないが、こう狂わせた元凶は長井にあった。引き分けで終わらせて一体、何が悪いのかという話しであり、そう導いてくれた本人が踊り狂えば、みんなも合わせて踊り狂うべきだった。

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