第43話 ヒロインの境い目

「仕事をサボって迄、練習に加わったりして来たけれど、やっぱり真面目にやらなきゃって色々考えた。」

練習の合い間、ある重要な話しを新山は部員達に切り出して来た。実に回りくどい表現ではあるが、もう練習には出れなくなった事を意味するもので、最初は煙たがられての登場でも今となっては、チームには欠かせない存在になっていた。仕事の事情を持ち出してはいたが実際は、あの大会で起きた乱闘騒ぎの一件が、本当の理由だった。

他校生である自分が日頃から、長井達と行動を共にしてさえいなければ、回避できた様に思えてならなかった。事情からして、無理には引き止められそうにはなかったが、未だに煙たがられているのを、とうとう自覚できないまま終わる様だった。

手を差し伸べた理由というのも、あの時に指摘された通り、同好会が潰れたも同然の状態になっていたからだった。仲間の為ではなく、日頃から物足りなさを感じていた自分への、慰めの意味合いの方が強かった。

発端を作ったのが自分だと気が付いた以上、ここにいる限り、これからも酷似したトラブルが起きかねない。あの相手チームの一人の、心無いと思われた一言は事実であり、自分の居場所を求めるあまり寝返ったと言われても、仕方のない事をやり続けて来た結果だった。

「自分がいる事で、みんなを危険な目に遭わせている様だし、かえって実力を妨げているんじゃないかって思い始めた…。」

『やっと気付いたか鈍感野郎!』

それ以前に、言われる筋合いのない内容が含まれていると、部員達には酷く感に障った。勝手に頼み込んで来たので、やむなくコーチをやらせてやっただけの話しであり、その存在が自分達の立場を脅かすなど、まず有り得なかった。ただ最後だと区切りを付けていて、色々と思い出話しを張り巡らせている心情に、理解を示さなければならない。

本人に言わせれば、あの試合で、みんなの力になれなかった事が一番、口惜しかった筈だった。『せめて最後に同じグランドに立ちたかった』と心残りを抱いたまま、次の練習から姿を現さなくなった。また体制が変わりつつある中、長井は部員達に言った。

今の自分達が県の代表になるとか、何かの大会で優勝するとかいう大きな目標は、とてもではないが持てない。三年生が一人しかいないチームだから、と言ってしまえば気持ちは楽になるかも知れないが、その理由に逃げ続けているのは嫌だった。主力選手が三年生だけで構成されるチームや、全国大会出場が何年連続といった名門校と、ぶつかりでもしたら確かに現状では勝てない。

だからと言って、三年生が一人しかいないのでしょうがないとか、次の後輩達の代に期待しようという考えでは、部の成長は無かった。まだ中崎の学校には負けたままであり、この間は第一線のメンバー相手に、一瞬ながら十四人で健闘できたとは考えたくなかった。

「勘の鋭い君達なら大体分かっただろう?」

もっと肝心な課題が何より有り、それが何であるのかを部員達には分かって貰いたかった。自分にとっては最後の一年となり、個人的な理由にはなってしまうが、せめて何か結果を残す為には、みんなの協力が必要だった。

高校生でいられる内に、もっともっと強くなって、全国大会に行けるぐらいになりたい。だから何も長井一人に限ったものではなく、部員全員にも当てはまる事だった。大きな夢を現実にするのは難しくても、大きな目標を掲げる事は誰にでもできる。実行に移さなければ、抱いているだけでは意味を成さないので、みんなで一緒に叶えて行きたいと訴えた。

「よっく言うわよ図々しい!デカイ口叩いて、最後は自分の事ばっかりじゃない?」

あたかも正論を並べ、都合のいい解釈しかしていないと佳織が言った。散々、自分達は非力だと言いながら、急に制覇を目指すかの様な言動に私利私欲さを感じた。

これではトンズラ同然で去って行った、新山とかいう仲間と大して変わらない。所詮は同レベルだったからこそ、互いに引き付け合っていたに過ぎなかった。今後、迫り来る大会で、全く勝機が無い訳ではなかった。

ふと部員達の脳裏に、準決勝進出を果たした、新人戦が浮かび上がった。そこ迄、勝ち進めたのは鍵を握った仲里の、抽選会でのクジ運が大きく絡んでいた。準決勝自体は命運尽きて、全く練習の成果を上げられずに終わったが、現にトーナメントは危なげなく勝ち上がれた。あくまで新人戦という舞台だからこそ、行ける所迄、行けたのかも知れない。

実力の差が露になった最後の試合では、土壇場でワントライを入れたものの、以降は何もできなかった。この時も長井は終盤で負傷退場しており、上級生が出て来る県予選や総体では、まるで歯が立たなかった事を自ら経験した。いい所は何もなく、望みの『勝機』とは不明確なクジ運の様だった。

ただ限られた期間内で一度ぐらいは、フィーバーしたいと奮起すべきで今年、結果を残せなかったら、来年ならできるとは言い切れない。誰しもフィーバーしなければならない時があり、今フィーバーしなかったら一体、いつフィーバーすると言うのだろうか。

『教えてくれ、グランドに棲む精霊達よ!』

そんな答えが出る訳がなく全ては勝って、自身の力で証明するしかなかった。常に上級生クラスに、揉まれて這い上がって来たからこそ、ほぼ一年生チームの割には、それなりの結果を確かに残してはいた。では自分達が三年生になった頃、とてつもないチームに変貌しているのかと言えば、そうではなかった。

一つ上のランクと渡り合った事で、戦力が増したとかいう絶対的な確信は無く、現状で満足していたら本当にキャプテンが去って行った時、何もできなくなってしまう。

『また始まった、過去を苦労話しの様に振り返る大劇場が…。』

まるで、それがステータスだと語る武勇伝には、もうウンザリだと佳織は呟いた。とにかく、長井の言った自分にとって最後の年に、何かを残したいというのは、個人的な願望の問題では無くなっていた。全体で、何かに向けて頑張ろうという目標が見い出せなければ、これ以上、強くなる事はできない。

新人戦が終わってから今度は、総体に向けて春休み返上で頑張って来た。新山が要らぬ手伝いに来てくれてからは、小規模ながらのリーグ戦、初参加を果たした。苦い思いが圧倒的に多かったものの、練習の視野が広がった、総体前のオープン戦だったと思えばいい。

彼がいた時を振り返れば毎日が結構、賑やかな練習だった。身近な存在とは、いつも傍らに居るのが当たり前過ぎて、ふと突然に失ってから改めて気付くものである…。

いや、名残り惜しそうに去って行っただけであり、かなりピンピンしたままなので、勝手に亡き者扱いするなという話しだった。それにしても『過去を振り返る劇場』の青春ドラマはシリーズ化し、放って置くと、このまま延々と続きそうだった。

そんな中、千秋が実は陸上部から、ある話しを持ち掛けられていると口を開いた。かなり部員が足りていない状態で、総体への出場が危ぶまれている状況だった。戦力になる頭数が揃えば何とか乗り切れるらしく、ほんの少しの間だけ藍子と共に、手を貸してほしいと頼まれてしまっていた。

今回こういった行動を起こしたのは、当時から仲の良かった、同級生の元部員仲間だった。でも今更、陸上はやるつもりはなく親しい交友関係と、この件ばかりは話しが別なので一度は誘いを断った。すると今度は、いい成績を残してくれとは言わないので、何とか出てくれないかと催促を受ける様になった。

「ラブコールなら佳織にでもして!今の私達より、きっと速いわよ。」

元スプリンターなら、しばらく戦線から離れていても、それなりの走りはできると思われていたからだった。誘われた理由が、あまりにも気に障ったので、そう言って崩さない姿勢をキッパリと示した。昔からの仲間の願いは、もう彼女達には届かなかった。ちなみに当然と言えば当然の事だが、佳織の所には、お声は掛かって来ていない…。

「つまらない冗談言って、ふざけないで!」

しまいには涙さながらに訴えられてしまい、それが結局は真っ向から断り続けていた、二人の考えを踏み止まらせるに至った。実際は更に相当、追い込まれた末に、やむなく出した結論だという経緯があった。

「みんなが救いの手を求めているのよ!どうして耳を傾けてはくれないの?大切な友達を思って陸上部を離れたのなら、今の私達も助けてほしいの。もし、まだ心のどこかで仲間だと思ってくれているのなら…。」

既に、そうではないと言うのなら、それ以上は頼まない。但し、今後は校内で擦れ違っても顔を合わせないし、二度と口もきかない。そんな言われ方をされたら断れなくなり、ただの、しつこいぐらいの女の執念だった。

かつての戦友よりも、中学時代は面識の簿かった同級生こそ仲間だと慕い、あえて選んで行動を共にした、リスクだと割り切るしかなかった。あまりにも背負ったものは大きく、最終的には非情になり切る事ができなかった。当時を振り返れば、無責任に辞めて行ってしまったという罪悪感があり、形式的には、ある程度の部内での同意を得る必要はあった。

『黙って去った事は誰も恨んでなんかいない。もう一度走りましょう?ただ、どうしても嫌だって言うのなら全て終わりだわ…。』

それは大きく環境が変わった、ようやく最近になってから出た話しだった。例え言った所で、まともな承諾が降りていたとは到底、考え辛かった。気になるのは同情で引き受ける事が、果たして最善なのかどうかだが、彼女達には判断できなかった。何よりは、しばらく走り込んでいない為、いい結果は生まれない事を自分の体が、よく知っていた。

二人が辞めて行ったのは本人が好きで選んだ道なので、その軌道を曲げるつもりは更々無いと、この件には根本は関与していなかった。それに一度去った部員を呼び戻すという行為自体、自由意思を尊重するあまり、好ましいとは思っていなかった。

ほんの一時期とはいえ、大会の為だけだというのなら尚更、下手なプライドと言うべきか、頑なに抵抗を持っていた。勿論、自ら戻って来る分については拒みはしないので、これはこれで自由意思を唱える姿勢は、あくまで崩していなかった。

では嫌がる長井を追い掛け回し、執拗に陸上部への入部を迫っていたのは、本当に自分の出した考えなのかと疑問が残る…。当時は、念願の男子部を設立するプランに躍起になり、いささかヤリ過ぎに走っていた。現実は、かなりの強引さが際立ち本人の意思など、軽視されていた所があったのは確かだった。

話題が反れたものの、話しはまとまり掛けていたが二人には、どうしても気掛かりな点があった。陸上の出場選手になってしまうと、しばらく長井達とは行動を共に取れなくなってしまう。肝心の総体には当然、これからは引率できなくなり、マネージャーを遂行できなくなるのだった。佳織は言った。

「別に、こんなラグビー部の心配なんか、しなくたっていいのよ。この程度の薄汚い部員達、アタシ一人で十分なんだから。」

相変わらずの口の悪さは、いつもの様に部員達の反感を買い、二人の正直な気持ちを聞いていたにしても、あまりにも表現が露骨だった。とにかく、かつて協力し合った仲間の所に、救いの手を差し伸べるべきという、一つの答えに辿り付いた。迷っていた二人の気持ちは、すっかり晴れて『レンタル移籍』として送り出される事となった。

勘違いされたくないのは、これは総体の期間だけと割り切っての事であり、以降は頼まれても引き受ける予定は無かった。その後の、県予選が始まる前迄には必ず戻って来るので『期限付き移籍』だと認識しておいてほしいと、みんなに念を押した。

その為には今、長井達が果たそうと誓った目標を見守る事を、捨てなければならない。今回、取り逃がしてしまうと二度と立ち会う機会は無くなり、全ては言い訳にしかならなかった。ただ、この転機は彼女達にとっても、ようやく最後の年になって、再び表舞台に立つ機会が訪れたという事だった。

更なる実力向上を自ら蹴って迄、突然に裏方作業に回った選択は周囲を愕然とさせた。心無い誹謗中傷は数多く受けて来たものの、やがては時間の流れが理解へと変わって行った。その周りが期待したからこそ実現したものであり、第一線の軌道に戻る時だという、舞い降りたチャンスなのかも知れない。

みんなの大会に、ついて行けなくなってしまった事が一番、残念でならなかった。口に出す資格は無いが今、走らなければ、それこそ彼女達は機会を失うのだった。そんな微妙な立場が、よく長井には理解できていた。これからは、それぞれの目標に向って、ほんの少しの間だけ枝分かれする事になる。

「そのまま陸上部に残ったらいいじゃないか。それに二人共、大学に行くんだろう?」

あっという間に受験勉強シーズン到来であり、それ迄は好きな事をやればいい。残りの期間中は大会上位を目指すのが、こちらの目標だった。お互い自由に高校生活を過ごすのが、悔いの無い道だと思って言ったが、日頃から勉学を積み上げている彼女達にとっては、実に無用なアドバイスだった。

テストが近付いたなどの理由で、急激に範囲だけを集中してやり出すかどうかの、普段の心掛けと認識の違いである。二人は苦笑いするしかなく、代表して藍子が言った。

「気持ちだけ受け取っておくわ。」

『えっ?』となったが『いい加減にしなさいよ!さっきからなんなのよ!』と、つくづく口が悪い藍子は、延々と続く猿芝居に痺れを切らした。当分の間、一人で部の世話をしなければならなくなったが、ここのマネージャーをやっていなければ、ただの帰宅部に過ぎなかった。身を置く場が他に無いので、仕方なく居座っている様なものだった。

今後の進退について二人は結局、はぐらかしたが本心は『その考え』が全く無い訳ではなかった。陸上部員としてフィールドで浴びる脚光とは、未だに強く思い描く憧れの的だった。長井の元からキッパリと離れるのも、与えられた選択肢の一つではあるが、どうこう現時点で言う事ではない。

二人は実際の所『期限付き』とは割り切れずにおり、もしかしたら完全移籍してしまい、そのまま戻って来ない可能性があった。かつての長井が、幽霊部員のまま競技会に出場できていた様に、陸上部に所属する者でなければ、選手登録はできないという規則は無い。

つまりは、二人の所属の曖昧さは問題視されないので、総体出場に影響が及ぶ事は無かった。単に仲間の涙に同情してではなく、よく事態を把握できていたからこそ、清廉潔白の印象を逆手に取り出場を決意した。

どうするかは、総体が終わった時になってからの方が決め易そうだった。普段から、堂々と憎まれ口を叩く佳織と比べれば、多少なりは悪意の感じられる企てだった。

『まさか、そんな事は…。』

そうは察しられたくないが、それで済んで終われば、ある意味で大成功ではある。この小悪魔的な手段とは、周りに持てはやされたとしても、少しでも大舞台の続きを踏みたいという、純粋な願望から来るものだった。

彼女達にも自尊心は有る一方、まだまだ心の不安定な、か弱い夢見る女子高生でもあった。歩いて行く方向が、それぞれ別れてはしまったが、大会という求める目的地は変わらない。その日の本番迄、もう何日もなかった。

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