第41話 青春の残像

ゴールデンウィークになると、周辺地区内の高校が寄り集まって毎年、小規模ながらリーグ大会が行われていた。今年になって初めて知った長井達は早速、参加する事になった。ちなみに主催しているのは、地区では一番の強豪と言われる中崎のいる高校だった。

それにしても去年、そういった大会があったなんて知らされていなかったし、ナメて掛かられていたのにはアタマに来ていた。『また裏切り者をブチのめすいい機会が増えたと思えばいい』と長井は練習中、負け惜しみに近い事を言っていた。今回、参加するきっかけを作ってくれたのは、もはやプロデューサーと化した新山だった。

ここ最近も、まめに自分達の練習に顔を出す様になったからこそ、情報を仕入れてくれた。しかし話しを持ち掛けられた当初、長井は部員の中で一番の憤りを感じていた。

「強豪が偉そうな態度を取りやがって!頼まれてもいないのに、どうか出して下さいなんて頭を下げる必要は無いから!」

仮にも隠居状態の身とはいえ、幾等なんでも扱いが酷いと久し振りに強気に出て、こればっかりは自分の主張を通させて貰いたかった。去年、要請が来なかったのは急に一チーム増えると、分が悪くなると察したからに違いない。きっと、その程度の理由で呼ばれなかったのだと勝手な予測迄、立てていた。

そんな自称『強豪校』など、こっちの方から三行半とは言え去年の今頃といえば、とても試合ができる様なチームではなかった。問題外のチームという印象を持たれていたとしても、否定はできないので、必然的に外されていたのかも知れない。つまりは主催校に文句の付け様は無い事になり、その意見が部内の大半を占めると、途端に態度を変えた。

「駄目じゃないか新山君、こんな素晴らしい催しがあるなら、もっと早く言ってくれないと申し込みに間に合わなくなる。」

『物事は、よく考えてから喋ろってんだ!』

そう叫ぼうとはしたが先に、その白々しさに背筋が凍る思いがしてしまい、結局は何も言い返せなかった。やがて大会当日となり、対抗戦が行われる地区の高校は、自分達を含めて全部で七校あった。去年迄は、ちょうど割り切れる数でやっていた事になる。

あえて半端を承知で参加を認められたのは、何か裏がある様な気がしたが、参加した目的として無謀にも優勝を掲げていた。中崎の学校以外は対戦機会は無しという、未知の世界ではあるものの、台風の目で終わるつもりは更々なかった。いつもとメンバーは変わらず、新入生の七人全員はリザーブに回って貰った。

リーグ戦は各チーム六試合こなす事になるが、全て今日一日で終わらせるというルールだった。この大会には河野と箕田の野球部の後輩達が、観戦に訪れていたが無論、気付かれない様に陰から見守るしかなかった。彼等は、ピッチャーとキャッチャーの印象しかなかった、かつての先輩の変わり様と、これから始まる試合を目撃する事になる。

グランドを縦横無尽に走り回ったり、タックルで転倒させられている姿には、ただ唖然となるばかりだった。以前は同じユニフォームを着ていた先輩が、今は目の前で、全く違うボール相手に駆け回っていた。

それは、自身で試合中のボールの行方を左右させていた、完全無欠のエースの頃とは、大きく異なるものだった。後輩の彼等にとっては、かつてのマウンドで構える由々しき姿とは、単なる一つの、先輩らしさの特徴に過ぎなかったのかも知れない。

今となっては舞台が変わった事で、どこに転ぶか分からないボールに、自ら支配されている様に見えた。きっとエースとしてのプライドとか、自分の実力は絶対だとする理念を、全て捨て去っているからに違いない。既に試合の支え役の内の一人に過ぎないと、割り切っているのが明らかだった。

そうでなければ、一度は離れて行った河野と肩を並べて、今更スクラムを組んだりはしない筈だった。これが意気投合しての事かは定かではないが、球場の中心でピッチャーマウンドを踏んでいた時とは、あまりにもかけ離れたものだった。

その姿は『もう野球はやらない』という言葉を意味していた様に思え、常に背中を追い駆けていた頃の面影さえ、吹き飛ばすには十分だった。僅かな望みを賭けて後を追った先輩は、もはや自分達が思い描いていた存在とは、程遠いものになっていた。理解したくはない現実に気が付かされ、まだ第一試合すら見届け終わらない内に、会場を去って行った。これ以上、とどまる理由も無いと思った。

その頃、試合は長井達が大幅なリードで終盤を迎えていて、河野と箕田は目の前に迫る勝利に夢中で、遠ざかって行く訣別の足音に気付く事は無かった。二人は未だ、母校の後輩達が入学している事実を知らないでいた。

予想外にも初戦は難なく振り切る事ができたが、グランドから引き揚げて来た矢先、ある生徒がこっちに向かって来た。誰かと思えば、いつか長井にタックルされてノビてしまった、中崎の学校の当時三年生の生徒だった。

「最初の一試合に勝ったからって、あまり調子に乗るなよ。今日の最後の試合は俺達が相手だから覚悟しておけ!それ迄、そっちが無事にケガしない様に気を付けられたらの話しだけどな。怖かったら逃げる準備でもしておいた方がいいんじゃないのか?」

「でも卒業してからも、こうして引率に来るなんて、すごく後輩思いなのね。」

佳織が『ご苦労な有り難い忠告』に、こちらの部員が出る迄もないと代弁して皮肉った様に言い返した。それにしてもユニフォームを装着し端から、試合する気満々の姿に疑問を感じずにはいられなかった。とてもではないが、コーチしに来ている様には見えない…。

「まさか、今日のメンバーに入っているんじゃないでしょうね?」

記憶が確かなら去年、自分達と試合をした時点で三年生の筈で、ますます怪しいと察したが部員達には、おおよそ見当は付いていた。その三年生とは、本来なら卒業組で間違いなく『ある事情』から、余分に学業を続けている様だった。クラブ活動も続行している為、今回の出場選手に入ってはいるが、公式の大会ではないので問題は無い。

『余計なお世話だ!とにかく勝とうなんて思うな!』と無駄時間を割いている内、主催校である、中崎を含めた他のメンバー達が続々とやって来た。遂に同じグランドで、ご対面を果たす事となる…。再会などという生易しい表現では、とても済みそうになく、今にも乱闘でも起きかねない雰囲気だった。

この中で一番、肩身が狭いと思われるのが、他校生と一緒に行動を取り続けている新山だった。異なる学校の部の引率をしたり、ましてや臨時であってもコーチに就くなど、好ましい事とは言えず、背信行為そのものだった。

やっている事自体、学校からは非公認であり、当然ながら理解は得られていない。全日制と定時制の違いはあっても、実質は言う迄もなく、中崎と母校を共にしているのだった。

『確か定時制の方に通っているんじゃ?いつから、そっちの女子高に移ったんだ?』

『いっそ十六人で出たらいい。主催校が言っているんだから、ここで許可してやる。』

全日制にも顔を知る者は存在し、目が合うなり、そういった心無い野次さえ飛んだ。責められている張本人である彼は、こらえるだけで何も言い返そうとはしなかった。

「女子高ってどういう意味よ?共学になった事は、もう何年も前から、この辺りじゃ取り上げられているわ。知らないで言っているなら、相当のおバカさん集団ね。」

苛立った佳織が、彼に代わって飛び掛からんとする姿勢を取ったが、それを静止させたのは意外にも『張本人』だった。

「もうすぐ次の試合が始まるから、さっさと戻ろう。こんな連中、相手にするだけ時間の無駄なんだ。」

極端に謙虚な態度に部員達は、どうして言うべき事を言い返さないのかと、必死で訴えた。大会を主催した立場を盾に取る、傍若無人な振る舞いこそ許されず、そんな相手から回し者呼ばわりされる筋合いもなかった。

よく長井には分かっていて、彼は全てをブチ壊しにしたくない気持ちを、誰よりも強く抱いていた。この場で、直接は勝敗に関係しない『張本人』が、一騒動を起こす訳には行かないのである。今、頑なに取り続けている立場が、全日制組にとって快く思われていないのは、彼自身が分かり切っている事だった。

だから何を言われても、ある程度は予測していた事態なので、こらえるのは難しくなかった。こうなる事を承知の上で、今回の対抗戦の話しを持ち掛けたぐらいなので、野次られたのを理由に取り乱してしまっては、それこそ中崎達と戦わずして負ける事になる。全ては、かけがえのない仲間の為だった。

「『聖ドレミ学園』なんて名前の学校と、同じグランドに立ちたくないんだよ!今回、出させてやったのは特別枠なんだから、来年は無いと思えよ!」

こっちが黙っているのをいい事に、さっきの三年生が激しい挑発を仕掛けて来たので、これでも黙っているのかと部員達は、再び訴えたが姿勢は崩せなかった。相手は、自分違が取り乱す反応を見て楽しむのが目的であり、その波に乗せられたら最後だった。

強豪と謳われた主催校とは、こういう悪事を平気で働く非常に残念な集団、若しくは変質者チームだと思えば気が楽であり、とにかく何も言い返すなと指示するしかない。日頃、こうした主催大会などでの地域貢献で、地元紙にも取り上げられている様だが、普段は見せない裏があるという事だった。

ここで怒りを露にすれば無名チームの自分達でも、明日の新聞やニュースを、ある意味で飾る事ができる。本当に別な意味で…。

「何か、おかしな事を考えていない?」

これから何があろうと、せっかく出場の機会を作ってくれた、新山の立場を深く考えなければならない。感情を剥き出しにしたら、それこそ自分達が、汚い手段で来ている向こうと同じレベルだった。一番、辛く口惜しい思いをしているのは彼であり、さっきの勝利の喜びの意味も無駄になってしまう。

藍子が言った後、どうしても長井は立場上、これだけは言っておきたいという相手がいた。

「さっきから黙って自分はどうなんだ?周りの仲間と同じ様に昔の後輩達にも野次を飛ばすか?随分、変わったじゃないか…。」

そうだとしたら悲しい現実を知る事にはなるが、逆に袂を分かち合って、本当に良かったと思う要因でもあった。結局は本人からの返答は全く無く、場が静まり返った事もあって、部員達と共に一斉に引き下がった。

「夜中に勝手に人の学校に忍び込んで、コソコソと練習なんかしていたのは、どこの誰なんだ!こっちは全部、知っているんだからな!そんな奴の説教なんか聞けるか!」

しかし大人しく収まる事はなく、またしても例の三年生が、激しい火花を散らしに掛かって来た。それは長井が、かつて同好会に参加していた当時を暴露するもので、むやみに他校のグランドに足を踏み入れるのは、本来は認められない。新山と同じ学校に通っていない以上、何か用具でも手に取ろうものなら、たちまち無断使用扱いとなる。

こうして公に指摘された所で立場が危うくなるかと言えば、そうではなく、既に時間の流れが全てを解決していた。何を言い出すのかと思ったら、この程度の話しにバカバカしさを感じ、それを今言ったから、どうなる訳でもないし時効だった。余程ケンカでもしたいらしいが、とても付き合ってはいられない。

「きっと、ラグビー愛好会とかいう団体は潰れたんだ。それで行き場を無くして、昔の後輩達に着いて回っているんだろうよ。」

あしらう他なかったが相手は相当に執念深く、何気に要らぬ発言が絶えない様だが、長井にとっては、ただの負け惜しみ程度にしか感じられなかった。一方、今迄なら感情を露にする仲間達を、一人で抑える立場に回っていた新山には、軽くは済ませられなくなった。

自分にとって、言ってはいけない話題に触れられた為、こらえていた感情がプッツリと切れてしまった。『愛好会』ではなく『同好会』で一番、間違われたくない事を言われた。今は活動していないだけで潰れてなどはなく、休会中だと学校には正式に届けてあり、勝手に決め付けられた事に腹を立てて突然、相手連中の方に振り返って突進して行こうとした。

全員で必死に押さえ付け様とはしたが、彼一人を止めるのに、みんなの力でもってしても足りなかった。長井は約二年前の、友好試合と銘打った交流が終わった後、その年度いっぱいは同好会を続けた。やがて二年生に上がったと同時に、形式的には休会となったが、その理由が今の部を始めたからだった。

正確には永遠に戻っては来ない『脱会』に相当するが、元々は他校の生徒の飛び入りに過ぎず、後にも先にも同好会の名簿に記載される事は無い。我こそムードメーカーだと勝手に思い込んでいたが、単に『新山以外で確実に練習に参加できているメンバー』だと、おだてられていただけだった。

その後、長井が不在になった同好会は拍子抜けとなり、更なる休会者、若しくは脱会の続出に歯止めが掛からなくなった。結局、再び休眠部に追い込まれてしまう事となった…。

まともだと認識できる会としての活動とは、辛うじて長井が在籍した、ほんの一年弱の期間だけだった。新山は、自分が入った当初から休会中も同然の状況ではあり、こんな窮地は茶飯事だと強がった。そこで名ばかりながら『一人同好会』を残し、いつでも再開できる様、今でも機会を伺っていた。

だからこそ去った長井に非難するどころか、むしろ自分から出向いて、積極的にサポートに回ろうと考えた結果、自ら吸収されたも同然の道を選ぶに至った。別に自分が始めた訳ではないし、誰かに維持を頼まれてもいない。

卒業する迄は、例え一人になっても守り通したかった意志を、何も事情を知らない第三者に『潰れた解散した』などと、簡単に否定されたくはなかった。こう言えば聞こえはいいが、それは他にやる事が無いか、単に普段の心の寄り所を求めているに過ぎなかった。

謂れ無き発言を浴びせられる現実は、確かに否定できないが、実質的な活動は無くなっても、その同好会を誰よりも愛していたからこそである。向こうは、広々としたグランドと三軍迄もが結成される、有りふれた部員が揃う昼間の名門部だった。

対して自分は限られた練習スペースと、最低限の用具があるだけの夜間の同好会に過ぎないし、活動する仲間もライバル校も存在しないので、全国大会の様な目標も無かった。同じ校内に有りながら、日の照り付ける内に活動できているかどうかが『正真正銘のラグビー部』と『ただの同好会』の違いという、明暗を分けているかの様だった。

「もう、よーっく分かったから。その熱意は立派に伝わったわ!」

対照的な立場から口惜しい気持ちは分かるが、あまりにも大げさだと佳織は漏らした。気配に気付かれる事は無かったが、河野と箕田の後輩達は、この場を既に離れていて正解だった。もし留まっていたなら、こうした新山の昔の因縁から来る醜い争いばかりか、過去を引きずる意味不明の討論を聞かされる事となって、きっと幻滅していたに違いない。

「薄汚い、お前等と一緒にするな!」

こっちが、どこの応援をしようと勝手だという思いがあった。通っている校舎は同じでも定時制は、学校自体は別扱いだと知らない訳が無いと、まだ喚き散らす彼を総出で引っ張って、何とか中崎陣から離す事に成功した。

志す部が無い現状、どのチームと手を組むかは自由とする強引な言い分が、果たして通用したかは不明だった。それにしても、これだけ見境の無い態度は、この中では一番付き合いのある長井でも、想像を超えていた。

自分に関わる事よりも、他人に降り掛かる非難には異常な程、黙っていられない筈だった。常に穏和な性格には違いないのが狂ったのは、あの相手の三年生の減らない口が、よっぽど気に障ったからに他ならなかった。

「まっさか、そんな人が出来ている様には見えないわよ。ハッハッ…!」

要らぬ発言を始めた佳織の口を、藍子と千秋が共同プレーで慌てて塞いだ。下手すると怒りの矛先は、か弱い女学生にさえ及びかねなかった。普段から、周囲に大人しいと思わせている奴に限って、理性を失って取り乱すとシャレにならない事態になる。有り得ない話しではなく、そういう事を、ある程度はわきまえていなければならない。

「どうせ公の大会じゃないんだから、口惜しいから一緒に出てほしい…。」

やがて落ち着いた所に迄、離れたのを確認すると佐野が言ったが、あんな連中の、おだてには乗らないと言い切った。

「同じユニフォームを着て出てしまったら、みんなの為の大会の意味が無くなってしまうじゃないか。」

手を組んだのは、あくまでコーチとしてのサポートが目的であり、仲間の一員に加わってしまうのは『協力』から逸脱するものだった。これでも母校には誇りがあり、他校に魂を売る事と勘違いされたくはなかった。

『あれだけ言われて一番おだてに乗ったのは、そっちじゃないか…。』

そう誰もが漏らしそうになったが、慌てて抑えるしかなく、落ち着きを取り戻しているとはいえ今は、味方にも暴れかねなかった。もしかすると、これが本当の彼の実態なのかも知れない。幾等、十六人で出てもいいと言われたとしても、ただの野次に過ぎなかった。

端から相手にされていない故の、現実味の無い特別扱いに過ぎず『打診』とは大きく異なる。主催校だからと言って、そうやって相手を見下している様では、強豪と呼ばれる要素も感じられなかった。それが新山が言いたかった事であり、長井は理解していた。

もし本当に入ったなら、誰かがメンバーから抜けなければならなくなり、そうなると今迄の自分達の努力を疑う事にもなる。言う迄もなく誰も、そんな出場は望んでいなかった。これから戦う中崎のチームとは決して、勝てなくはないとか今は言っても始まらないが、胸を借りるつもりもなかった。

違う道を歩き出して数年が経ち、それからの嫌な思い出も数知れないが、みんな当時を忘れたくはないからこそ、こうして集っているに違いないし乗り切って来た。

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