第37話 彼等に望みはかけないで

気が付いたら次は準決勝で、ここ迄、来れたのは一年生達の頑張り以外には考えられなかった。キャプテンの立場から降りた長井は、それ程、目立った活躍はしていなかった。

「くれぐれも後、二つ勝てば優勝だなんて考えは起こさない様に…。」

大事な準決勝を控えた練習前だというのに、勝浦は部員達に念押しをしたが元々、無理はしない前提で出場した大会だった。勝ち進めて来たのは、みんなの努力があってこそではある一方で、クジ運の良さという事実も否定はできない。これは自分達へのステータスにはなるが、実績という名の、いい思い出を残せたと割り切ってほしい…。

非常に悪い言い方になるが次は、負け勝負を覚悟で挑むしかないので、再忠告の意味合いで言い掛けたが、かえって暴動になりかねず口に出すのを止めた。いい加減、本当に実力が無いと通用しない所に迄、来ている現実を受け入れなければならなかった。

ただでさえ前の大会時の負傷を、無理に抑えて勝ち続けていた為、こうして後遺症を残される形になった。そんな体で、まともに次の相手にぶつかって行ったら、予想できない事態になる。今回はブロックが異なる為、途中棄権を余儀なくされた相手が対戦校ではなかった事を、せめてもの幸いに思うしかない。

とは言っても準決勝迄、勝ち残ったチームに、どこもハズレはなかったので、やれるだけの事は十分やって来た。部を設立して間もないにも関わらず、この程度のチームが準決勝進出を果たしたと、自信を持って言える結果だった。だから例え、これから始まる大舞台の場で、逃げ回る様な試合を演じたとしても、誰も笑ったりはしない筈だった。

ただ、未だ我が校は女子校も同然であり、ラグビーに対しての浸透が無く、ここ迄の実績に賞賛を得られていない。逆を返せば、敗戦続きの過去も関心を持たれていない為、責められる事すらなかった。

『きっと校内の女子達を熱いプレーで振り向かせてやる』とか言う狙いなど更々、持ち合わせてはいないが、つまりは無気力な試合をしたとしても、後指を指されるどころか始めから注目されていなかった。

それはさておき自分達には、短い期間ながらも築き上げて来た経験がある事に、自信を持ってほしいと勝浦は言った。再び棄権する訳ではないので、堂々と負け試合を演じる事は、決して逃げる意味とは違う。

そんな分かる様で分からない理屈に部員達は、うなずくフリをしていた時、長井には本来なら言わなければならない、ある隠し事があった。それは未完治の右肩のケガで、あの試合直後は運動自体、絶対に控えなければならない勧告さえ出されていた。

他の部員達の殆ども、完全には癒えていない負傷箇所を抱えてはいるが、徹底した通院で完治に向かっていた。これは『無理は絶対に厳禁』という、勝浦との約束を忠実に守っていたからこそであり、受け入れなかった長井とは大きく違う所があった。

普段は湿布や包帯を厚く巻き、練習などの後はコールドスプレーを思いっきり患部に噴射するという、無茶苦茶をやって来た。どうせ大会の後は何も無く、毎回が最後になるかも知れない試合だった為、とにかく自分には時間が無かった。治療に専念するぐらいなら、その時間を練習に費やしたいという歪んだ一心から、通院は全くしていなかった。

自己管理の徹底は各々の責任であり、この程度が理解できないと体に支障が出るのは勿論、団体行動にも亀裂が走る。それでも練習や試合に出場し続けていたのは、仲間を気遣う気持ちとは程遠い、独りよがりでしかなかった。部員の中で一人、勝浦との約束は守れなかった全ては、忠告をまともに聞き入れない、素直さに欠けた結果だった。

これ以上は隠し続ける訳に行かないと思い、重大な決断と謳って言い出したのは試合を翌日に控えた、大事な練習が終わった直後になってからという、実に悪いタイミングだった。

「明日の準決勝は、一年生だけで出場してほしい。ただ、それだけ…。」

「先生と、ゆっくり俺達が決勝に進む試合を見物でもしていればいいんだよ。疲れていたのは、何となく分かっていたから。」

林が笑いながら言ったが、後輩達の反応は、今迄の自分の身勝手な行動を考えれぱ、意外にも優しいとしか言い様がなかった。

「ずるいな、一試合サボって決勝に出るなんて。その内、キャプテンが活躍する場面を、みんなが奪っちゃうぞ!」

早坂が発したが、明らかに背筋が凍る白々しさがあった。いつもギリギリ人数での大会出場を果たしていた為、長井が欠場した所で、誰かにレギュラーの座を奪われるなど、まず有り得ない事態だった。あたかも決勝戦を当然と捕らえた、冗談にもなっていない謎めいた失言は、キャプテンに負担を掛けさせない様にとの、苦肉の策かも知れない。

それとも、ろくでもない先輩だと皮肉を噛ましただけなのか、決め付けはできないが、こう呟き合っているだけでは勝利という奇跡は起こらない。空想の物語では終わらせたくないので、後は実戦あるのみだった。

舞台は準決勝であり、あの棄権に追い込まれたチームと比べても、そう実力が変わらないと言って間違いない。さっきからの笑顔の反応が、義理で苦笑いをしていた事に気付かされると、キャプテン抜きの十四人で戦わないといけないので、ある程度では済まない覚悟が必要だった。一人分の戦力が減るのだから、選手生命も短くなるかも知れない。

もし万が一、勝った場合は中崎のいる電々工業か、そのボロ負けを強いられた相手校の、勝った方と戦う事になる。そんな心配は勿論『ちなみに』の話しであり、ただの取り越し苦労に過ぎなかった。きっと明日はシャレでは済まされない試合になりそうで、勝浦が言った様に運が通用したのは前回迄だった。

「決勝戦の頃には、肩の状態が少しは落ち着いていると思うから。そうしたら、また一緒に出てやるよ。」

また一つ長井は余計なバカ発言を増やし、この大会が始まる前から元々、万全な体調ではなかった。みんなの足を引っ張るだけで終わってしまうと考えて、ここは一旦、勇退を決意した。引き下がりたくはないが、やむを得ない苦渋の決断に、なんて潔い行動を取ったんだと勝手に感心していた。

それに反応する者はおらず、全員の表情に出ているのは滴り落ちる冷や汗ばかりで、誰も笑ってはいなかった。第一、シード権も持たずに準決勝に残ったのは自分達だけなので、初出場にして毎年恒例のベスト4の顔ぶれを、引っ掻き回した様なものだった。これ以上の無理を続けても、いい結果は出ないのである。

そんな舞台を一年生だけに戦わせて、他人のふんどしで決勝と言う名の土俵に上がろうなどと、企むキャプテンなどいる筈も無い。もしいたとしたら『人間のクズ』としか言い様がないので、果たして長井は『その存在』に匹敵するのだろうかとなってしまう。

ともかく準決勝を前にして、急に主軸選手が外れるのだから、あるつじつま合わせが必要になって来た。元々、無謀な行為や問題は引き起こさない条件で、活動の再開が認められていた。だからこそ大会への出場も果たせた訳であり、最初から完治していない部員が一人でもいれば、条件は満たせない事になる。

今日迄の事実を隠し通して、出場していたのが学校に漏れれば、この時点で全員、口約破りで大会は続けられなくなるのだった。大会前から、本当に長井は完治していたのかという疑惑が、職員室では絶えない話題だった。

そこで勝浦は、黙認していた自身にも非はあるが、責任は負いたくない為、機転を働かせるしかなくなった。晴れない疑いの目を反らすには、その執拗さを上回る屁理屈で対抗するしかなく、名案を導くのに必死になった。

準決勝迄、勝ち進んで来れば誰かが負傷しても不思議ではなく、手強い敵と立ち向かう限り負傷と完治は常時、繰り返すものだった。それでも通用しなければ一旦、治ったものの、どこかの何回戦かで再度ぶり返したとでも言えばいい。『球技界の格闘技』故、激しさのあまりケガにすら気付かない程、夢中になるスポーツでもある。趣味や遊び程度の、タッチラグビーとは訳が違った。

運動自体、全くの無縁教師が、よくぞ立派な理論を並べられるものだった。それなりの危険が伴うのが当然の世界で、そういう現場を任されている立場であり、職員室で悠々と腰掛けている連中には、口出しされたくなかった。長井は小学校の時、変化球の投げ過ぎで元来、慢性的に右肩の調子は良くなかった。

それでも、学校の名誉とやらの為に闘う姿勢を、何故に『無謀』という表現で片付け様とするのかが疑問だった。過去を知るだけに、まだ一つ言いたいのは…。

『いや先生、もういいから。みんなを大事に思ってくれているのは、よく分かった。』

運動もしない内から倒れやしないかと、そんなに力まなくていいと思った長井は、今にも頭の血管がブチ切れそうになる所を、ようやく静めた。今思えば勝浦との出会いとは、大きな衝突から始まって外見からして、とても運動部の顧問に向いている様には見えなかった。経験のカケラも無かったのも全ては、過去の話しであり今回の件も、部員達を思う気持ちがあってこそに違いない。

「とにかく学校側には上手く言っておく。ただ何かあった時の責任は先生が取る事になるから、それだけは忘れないでほしい。」

これを肝に銘じなければ活動はできないし、仲間を思うからこその、負傷箇所の隠し合いといった内輪では精通していても、周囲からは理解を得られない事は幾等でもあった。

「へーえ、そうなの。『これ』を言ったら大変な事になるのね…。」

佳織が突如、意味不明な言動を起こし掛けていたので、藍子が忠告はしたが、完全に本人の耳に届いたかは定かではない。

「まさかとは思うけれど、おかしな考えを持っているんじゃないでしょうね?」

「とにかく、みんながキャプテンになり切ればいいんだよ。先輩の力は借りずに今迄、培ったものを自分達だけで試すから新人戦って言うんだろう?」

江原が取りまとめて言うと全員、応える様に威勢を上げたが、まだ長井自身が『新人』の領域だった。その、たった一人の二年生が抜けてしまうのだから、残されたのは『超新人』でしかない。まず決勝戦の実現は有り得ないので、この先を、誰もが進めるとは心から思ってはいなかった。

長井にとっての新人戦は実質、先日の試合が最後になっていたも同然で、部での活動も全て終わった事になった。ただ、こうして後輩達が奮起し、何でもやってくれているのなら、自分の去り行く後を心配する必要は無くなった。自分なんかがいなくとも、存続できる様になったという事だった。

試合当日は月曜日になったので部員達は、平日に公認が取れた事に大はしゃぎしていたが、会場に到着した途端、浮かれ気分は一変してしまった。目の前には何故か同じ学校の生徒と教員達が、自分達を歓迎しようとしてか待ち構えていて、実は今日の授業は、この応援の為に打ち切りになっていた。

『頑張って!』『負けないでね!』と言った声援が幾つも掛けられる中を通って、グランドに進んで行かなければならず途中、紙吹雪やクラッカーさえ鳴った。全校生徒の殆どの『歓迎』に、勝浦は呆然となった。

「一体なんだって、こんなに…。」

まるで卒業生が在校生に見送られるかの様な光景に、こんなに期待が掛けられているとは、まさか思ってもいなかった事態だった。

『後で掃除が大変だ…。』

仮にも今から始まる試合会場とは、大会の為にグランドを提供した他校の敷地であり、強豪である程、地域予選の会場に挙げられ易く移動という手間も省かれる。いつかは母校のグランドも、両端にはエイチ型のポールがそびえ立ち、グランドに傷が付く心配もなく、自由奔放にスパイクで走り回れる日が…。

まるで夢心地で長井は呟いたが、そういう心配をしている暇は無く絶対、不審な目で見られているに違いなかった。肝心のキャプテンである筈なのに、既にユニフォームに着替えている一年生達とは違い、一人だけ制服姿だった。しかも右手を包帯で首から吊って固定している、自分に降り掛かる全校生徒の視線が、とてつもなく辛かった。

やっと視線が届かない所に迄、移動し終えると、みんな急に焦り出した。今日の試合が全校生徒、総出で応援しに来るなど誰も聞いてはいなかったのは勿論、勝浦も知り得ない情報だった。どんな形で負けたとしても、この程度のメンバーで勝ち進んで来ただけで十分、説得力がある。

『怖くなったら、無理にボールを持とうなんて考えなくていいから、さっさと逃げればいい。所持していたら、手放してでも自分を守ろうとする君達を、誰も責めたり笑ったりはしない。また無理な試合をして、途中棄権するつもりじゃないだろう?』

それが元々の『制約』であり、そんな連中がいたら先生が絶対に許さないので、怖がる事はないと強く思ったからこその助言だった。

「やっぱり笑われるに決まっている!」

『冗談じゃない!』とばかりに前田が言ったが、今回の目的とは何だったのかと、どうしようもない脱力感に、みんな襲われていた。全校生徒の観戦を止められなかった顧問に、何ができるかと言いたいし、事前に知らなかったとはいえ、説得力が無さ過ぎだった。

勝てないと分かり切っている今日の準決勝の出場は、あくまでもスタイルだった。最初から棄権するのは格好悪いが、無理に頑張ろうとすれば今度は前回の様に、途中で試合放棄という事態になりかねない。だからといって、逃げ回ってでも準決勝を終えたという形だけ残しても、あまり意味はなかった。

勝てない勝負を割り切ってはいたのだが、都合のいい時だけ応援しに来る同校の面々に、あまりにも事態は急変してしまった。ただならぬ雰囲気に、ようやく気付いた勝浦だが、スポーツマンシップ精神が、それ程に強くはないからこその発言だった。

『何を考えているんだ?迷う事なんかないから安心して逃げ試合をやって来い!』

学校の名誉や面目なんてどうでもいい事で、そう言われたら、どんなに心が救われるだろうかと長井は思った。大きさが計り知れないものを、かけがえのない仲間達に押し付ける理由が無かったが、そういった考えが通用したのは昨日迄の話しであり、もう逃げ試合はできなくなっていた。

確かに、勝手に学校の命運を掛けられる筋合いは無いが、口には出さない他の部員達も、進行する現状に気付き始めていた。自分達の不純な動機を、応援しに来ている全校生徒が、理解している訳ではなかった。

長井には、掛けてやれる言葉が見つからなかった。ましてや一度は現場を放棄して、後輩達を困惑させた自分が一体、何を言ってやれるか分からなかった。いつもなら、こんな時こそチームをまとめていたものの、もはやキャプテンとしての自覚は失せていた。

もう出番がないからと言って、一目置いていた仲里を今から先頭に立たせるのは、かなり無理があり本人も困惑するに違いなかった。すっかりチームは司令塔を失って、改めて気付いた一年生部員達は実質、キャプテン抜きで、これからを迎えなければならなくなった。

『出場する事に意義有り』と建前上では、何かしらの誠心誠意を試合前に誓うものだが、それが長井達には一向に見られなかった。先に結果を言うよりも試合内容は絶望的であり、出場したからどうこうなどと、のん気には言っていられなかった。その時、さっきから人の気配がすると佳織が察した。

「ちょっと何か感じるわ、これ私達とは違う人間の臭いよっ!」

「違いを見極めるのは無理だと思う…。」

部外者かどうかを嗅ぎ分ける能力など、ある訳がないと星が言った。地球侵略を企てる、悪の組織を倒す子供番組の見過ぎだとも思った以前に、自分達も人間じゃないだろうか…。

大方、付近に立ち聞きしている他校生でもいるのではと、みんな辺りを見回した。準決勝迄来て、本来は消え去るべきと揶揄される、勝利分配チームに来る偵察など、よほどの物好きに違いない。端から不要な行為であり、無駄骨にしかならないので、マークされる覚えもなかった。出番迄の暇潰しか、それとも単に冷やかしに来たのか?

「この間の三回戦迄、ちゃんと観させて貰ったわよ。それにしても、肝心な時に出られなくなって気の毒ね。でも元はと言えば、そのケガ、あたしのせいなのよね。」

そう言って現れたのは大原で、長井の痛々しい負傷箇所を見ながら、まるで他人事の様に語り出した。毎回、試合会場の近くに来ながら、決して顔を合わせる事はなかった。しゃしゃり出ると、またキャプテンを引っ掻き回したとか言われると思い、あえて見つからない様に観戦していたからだった。

「十分しゃしゃり出ているじゃないか!」

執拗に嫌悪感を抱く箕田が強く言い返したが、真っ先に止めたのは長井だった。最初の発言内容に多少の毒はあるが悪意は感じられず、邪魔などしに来たのではない様に思えた。

「応援団だけならまだしも、どうして授業が打ち切られて迄、全校生徒が総出でやって来たのかって不思議でしょうがないんでしょう?私がキチンと答えて上げるわよ。」

『突然、何を言い出すんだこのバカ女は?』

そう長井達は呆気に取られたものの、確かに大きな疑問ではあったので、話しに聞き入ってしまった。特に勝浦は、これ以上はないぐらい、彼女に急接近して聞く耳を立てた。

『なんで先生、大原なんか相手に?』

その奇行振りが不思議でならない佳織は詰め寄ったが、理由を知りたい張本人なのだから仕方がない。これから打ち明けられる答えこそが求めているものであり、在籍前に起こっていた決して知り得なかった、校内の経緯を探る絶好の機会だと思った。

仮にも先日迄、校内中の殆どから毛嫌いされていたラグビー部が幾等、準決勝の大舞台とはいえ急に目線や態度が急変して、応援がヒートするのは明らかに異常としか言えない。

「知っているとは思うけれど元々、この学校には特に目立った運動部が無いのよ。」

それが今回の事態を招いた大きな理由で、私立高校ではあるが、推薦入学は殆ど行われていなかった。しかも毎年、必ずといっていい程、受験者は定員割れを起こしていた。過去に柔道部が廃部になったり、陸上部が今でも脚光を浴びれないでいるのは、新入部員が十分に確保できていないのが要因だった。

練習試合を常時組み、大会で満足な成績を残せる部は皆無であり、そんな中で長井達の活躍は飛び抜けて目立った。ましてや発足から一年未満で、準決勝に行ったなど前例が無く、実現したのだから一大イベントとなった。

『のん気に授業などしている場合ではない』

大原が陸上部で何年かかっても出せなかった実績を、半年程という短い期間で築き上げてしまった結果が、この様に学校全体を動かした。赴任して間もない勝浦には、ここ迄は理解できていなかったので、今起こっている事を前もって把握できていたなら、反対を押し切ってでも無関係者は会場に入れなかった。

余計な応援は無用であり最悪、今日の試合の辞退さえ考えたかも知れない。まだまだ自分が置かされている立場や、よく校内の仕組みや実態を把握し切れていなかった軽率さが、全ての始まりだとも思った。

伊達に三年間、校舎の空気は吸っていないので、誰よりも校内を知り尽くしているのは自分だと、彼女は自信に満ちていた。『何故こうなったのか?』と各々、責めなくてもいい自分を責め、ガックリと肩を落としているのを尻目に一人、笑う大原だった。単に校内を一番、長く過ごしたのは自分以外にいないとの、事実だけに支えられていた。

「まぁ安心しなさいよ。アンタ達の力の程は、私が嫌って言うぐらい知っているから。あんまり期待する様な試合じゃないって、観に来た在校生達には、そう言っておくわ。大丈夫よ!卒業生代表の私が言うんだから十分、説得力があるわ!」

『はっ!?』と意味不明な返答に部員達は、ますます困惑して行った。それは有難迷惑を通り越して、ただの皮肉にしか聞こえなかった。『いや、なんて言うか…。』と勝浦は何かを言い掛けたものの、すっかり彼女に気力負けしてしまった姿が、今から試合をする一年生達にとっては、何だか頼りなく見えた。

さすがに控え目でいた長井だが、この大原の好き勝手極まる言動には、いい加減、我慢ならなくなった。今迄、片隅から観ててくれた事には感謝するが、できれば、そのまま出て来て貰いたくなかった。いい情報を聞かせにやって来たにしても、その内容は余りにも胡散臭く、どう校内の人間から見られ様と、結局は自分達だけの問題でしかなかった。

勝てば次は決勝、そして優勝だろうと多分、相当の期待を掛けられているに違いないが、勝手な思い込みをされているだけであり声援に応え様とは思わない。『スパイクで校庭を走られたりしたら荒れるから外に行ってほしい』と散々な追放さえ受け、大原が卒業して行った後でさえ、部の存続は前途多難だった。

応援行為や心配など今更、余計なお世話でしかないが勘違いされたくないのは、どうせ勝てないからと手を抜く訳ではない事だった。

「ここからは俺達の領域だから、どんな試合をするかは、こっちの勝手で進めさせて貰う。もしも今日、ただの冷やかしで来たんじゃないって言えるのなら、また応援席にでも行って大人しく見物しててほしい。」

会場に入ってから、そう初めて口を開いた。彼女の在校時では決して見せる事がなかった、明らかな下克上だった。理不尽な先輩に踊らされる事も無ければ、部が派閥を受ける心配も無いので、過去を引きずりたくはなかった。

「さっき俺達を出迎えてくれたのは、センパイの大切な後輩達なんだろう?一緒に仲良く観戦したらいいんじゃないか?ただ、おかしな野次でも飛ばしたら幾等、観客でも許さないけどな!」

そう吐き捨てた村田を始め部員全員、長井の味方だったが、大原の怖さを嫌という程よく知る、藍子と千秋は呟いた。

『あまり、その人の前では大きな態度を取らない方がいい…。』

本当に彼女は自分で言った通り、たった一人で在校生達を説得させる力を持っていて、卒業生になった今でも発言は、学校のルールとして通用するものだった。とは言っても存在自体を入学時点で知らなかった、箕田や仲里達といった面々に、必ずしも効力が発揮される訳ではない。印籠の価値を知らないノーフィアーな連中に、絶対権力で捻じ伏せ様など無謀でしかなかった。

『なんだキャプテン、こんな女一人に、てこずらされ続けていたなんてらしくない。』

当時を知らない彼等だからこその、率直な言い分ではあるが、今も昔も、多勢に無勢が物を言っていただけだった。一言では片付けられない、それだけ長い経緯の過去があった。

「そう…。じゃあ大人しく、また観戦させて貰うわ。一応、頑張ってね。」

そう言って素直に引き揚げて行く後姿が、藍子と千秋には、かえって不気味に見えた。単に長井の後輩達に、恐れをなして逃げ出して行っただけなので、何も不思議な事はないが…。それにしても気が紛れたせいか、尋常ではない緊張感から解放され、これは天使の仕業の様にさえ思えた。

つい話しに夢中になり過ぎてしまったが、これから試合を迎える直前で、瞑想にふけるのも結構だが、現実に目を向けなければならない。今から十四人で、しかもキャプテン抜きで始めなければならなかった。

「とにかく先生、早くグランドに入らないと。試合の主役は俺でも先生でもない!」

『いや、お前なんかに言われる筋合いはない。一体、何を血迷ってやがる!?』

長井の意味不明な発言に、そう勝浦は反応するしかなく、自分の体調管理も満足にできず今日に至り、それで何を言い出すのかとも思った。自分が監督として機能などしていない事は、よく分かっていたが、それなりの威厳を持たなければ、また部員達は勝手に走り出してしまう。長井が、そして皆が意地を張り続けた結果、試合放棄という忠告を無視して、暴走列車に乗ってしまった。

強制終了させられる迄、降りる駅も目に入らず途中下車する気は、グランドに居座り続けた長井達には無かった。これ以上は危険だと最終的に判断された時は、棄権させる事で話しはまとまったが、実に当たり前の確認内容だった。『力が続く限り』は過信でしかなく、あまりにも危険な飛び込み乗車だった。

絶対に守って欲しいのは勿論、疑わしいので念押しをする、監督としての忠告だった。あんな収拾が付かない事態になるのは、まっぴら御免としか言い様がなかった。

「へーえ、そうなの。『それ』を守らないと大変な事になるのね…。」

「アンタ、もういい加減にしなさいよ!」

またも佳織が、突如として意味不明な言動に走り掛けていたので、藍子は今度は叱責に近い警告を放った。さっきから冗談には聞こえず、何を仕出かすか不安でならなくなった。

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