第35話 勝てさえすれば
以降の練習には毎日、ほぼ全員が揃う様になり、徐々に負傷箇所も癒えて来たので、日が経つにつれ普段の練習の形に戻って行った。意味も目的も無く、ただ部室に寄り集まっていただけの時とは大きく違って、学校から離れた練習場に集える様になったのだから、部の完全復帰と言っても間違いなかった。
長井だけは未だに顔を出していなかったので、無理にでも連れて来ようという話しにはなったが、事情を知っている藍子や河野達が何とか理由を付けては、ごまかし続けていた。
下手な行動に出ると、取り返しの付かない事態になりかねない事を、このメンバーだけはよく知っていた。そんな頑なな態度に、事情を知らない大多数の部員達は、ある日とうとう不満を爆発させた。収拾が付かない事態となった時、勝浦が遅れて練習にやって来た。
「みんなが希望していた新人戦の出場、たった今、決まった所だ。大事な時に、ケンカなんかしている場合じゃないだろう?」
決まったのはいいが、肝心のキャプテンがいないのでは何も始まらないと、誰も素直には喜べない不満が出始めると、逆に勝浦は少しだけ笑った。発端となった前の大会では散々、不信感を露にしていたにも関わらず、みんなが頼るべき存在は、やはりキャプテンだという強い意思を確認できたからだった。
「もう本人には伝えてあるから、きっと近い内に来る様になる。仲間を見捨てる様な事をしないっていうのは、みんなが一番、よく知っているんじゃないか?」
強制的に皆、取りたくもない休養期間を余儀無くされ、苦い思いをして来た訳なのだが、それ以上に理解しなければならない現状があった。誰よりも重傷を負った、キャプテンの精神的な疲労も相当なものなので、本当に慕っているのなら本人が戻って来る迄は、そっと見守るべきだと促した。
部員達は途端に静まり返ったが、実は出場決定の件を話すのは、これが初めてで既に長井に伝えてあると言うのは、場を納得させる為の大嘘だった。どっちみち、明日にでも話せば同じ事になるのだからと、順序など別に、どうでもいいと安易な考えがあった。
これで何とか収拾が付いたと片隅で小さく溜息を吐いたが、あまりの口の達者さに自ら感心していた時、部員達が遠くを指差しながら騒ぎ始めたので一体、何だと振り返った。眼中に飛び込んで来たのは、いかにも自分は無関係だとばかりに、自転車で悠々と帰って行く長井の姿だった。それは決して倒れる事の無いラグビーポールが、頭上に迫って来るぐらいの衝撃だった…。
「先生、キャプテンには大会出場の話しをしたんだろう?その割には随分、薄情な行動じゃないか?」
林が言った。とてもではないが、これから練習を始め様とする後輩達を目の前にして、キャプテンが取るべき行動ではないと思った。単に、無視して帰ろうとしているだけにしか受け取れず、本当に大会の件が伝わっているのだろうかという、疑問さえ浮かんだ。
「いざっていう時は先生が説得しておくから、みんなは普通に練習をしながら、出場の日が来るのを待っていればいいんだ。」
冷や汗を拭いながら弁解し出したが『いざという時』も何も、既に遅い様な気がしてならなかったし、何を説得するのかという部員達の不信感が、ますます募るばかりだった。
「っていうか有り得ないわ、あのバカ!」
せっかくの苦労した段取りや、とっさのお膳立ても全てが無駄になってしまったので、たまりかねた佳織が言った。長井自身の無神経さ以前に何よりは、こうも本人に告知されていなかった事が大きく響き、事態は最悪の方向に進みつつあった。事情を知らない部員達は一斉に、道路に駆け込んで長井の目の前に立ち塞がると、代表して佐野が問い掛けた。
「あのさ、キャプテン…。」
「あーあー、あーっ!」
もう手遅れに近くなったかと思われた時、河野と箕田が、意味不明な奇声を発しながら近寄って来た。どうしたんだと部員達が、あっ気に取られている隙に、長井は来た方向を慌てて逆走して行った。場を離れた事が、せめてもの『機転を利かせた行為』だと、藍子と千秋は溜息を吐いた。彼女達や、とっさの行動を取った彼等なら、事前の了解が無くとも勝浦に同調するのは容易だった。
「どうして邪魔するんだ!それに早く追い駆けないと逃げられる!」
山元が言ったが、事実を知らなければ、そう責め立てるのも必然的だった。あの驚き様から元々キャプテンは、やはり今回の件を知らされていないのではないだろうかと、部員達は疑問を抱かずにはいられなくなった。
同時に、さっきから勝浦の言動に異様な迄に、つじつまを合わせる藍子や河野達を不審に思う様になった。口裏合わせなら幾等でもこなせても、長井と部員達との中立の維持には限界があった。
「今は、どうこう言っている場合じゃない。どうするんだ、追い駆けないのか?」
つまらない謎解きよりも即、行動を取らなければ進捗が無いと、江原は訴えた。別に裏事情などどうでもよく、みんなが大会に向けて一致団結できるなら、いい目標になるとの実に前向きな考えが彼にはあった。
「さっき言ったばかりじゃないか?何かあった時は先生が説得するから、みんなは練習を始めててほしい。長井は、今から先生が追い駆けに行く。」
『そう言う自分が一番頼り無いから、こんな事態になるんじゃないの?』
自分は場を締め括ったつもりかも知れないが、感謝すべきは江原の様な理解ある部員の存在なので、唐突に何を言い出すんだと佳織は呟いた。そうこうしている内に長井の姿は見えなくなっていて、とても今から追い駆けても、間に合いそうにはないと思われたが、ある推測が勝浦にはあった。
来た方向に戻って行ったという事は、辿り着く先は学校以外には有り得ない。気が動転したまま家路に着くのは考えられず、今頃は部室に、ひきこもっているに違いなかった。
『つまりは、帰巣本能というヤツだよ…。』
さすがは元来、理化学系を目指していただけの事は有り、まるで自慢げに語り出そうとはしたが、その分野の免許は取れずに終わっていた。うかつな発言はしないに限り、さっさと自分の通勤用の自転車にまたがると、部員達の前から走り去って行った。
後は仕方無いとばかりに全員、渋々と練習場から引き揚げ様とした。試合中のミスなど誰も気に何かしていないのに、いつ迄も引きずる事が何の解決になるのかと途中、誰もが呟いたが単に、事情を知らない故の誤解に過ぎないものだった。『キャプテンが悪いんじゃない』と、こらえ切れなくなった箕田は、ここでやっと真実を話し出した。
不甲斐なかった試合内容、開始時間に間に合わなかった理由を、ようやく今になって全員が理解する事となった。その頃、長井は遥か後方の勝浦の姿を察していて、追い駆けられている事で必死で距離を、縮められまいとしたものの無駄な抵抗になりつつあった。
軽量化されたスピード重視の競輪用タイプが、新聞配達用の自転車に追い着くのは、もはや時間の問題だった。やがて公道で繰り広げられた激しい自転車レースは、終わりを迎え予想通りと言うべきか、向っていたのは学校だった。追い詰められた圧迫感と焦りから、行く先を見失い逃げていたつもりが、いつの間にか戻っていた。
「キャプテン、ここに君が戻って来たのは、決して偶然などではない。もしも『無意識に』とでも言うのなら、やはり自分自身が全てを捨て切れていない証しなのだよ。」
無事に到着したからいい様なものの、これで何か大事故でも起きていたらと、まさかの大惨事も何のその、まるで総統にでも成り切ったかの様に不敵な笑みを浮かべた。彼の掲げた『帰巣本能』の予測は一応、正しい事が証明された。校門に立ち塞がり逃げ道を抑えた事で、ますます勝ち誇った様な振舞いを続けたが、長井は苦し紛れに自転車を乗り捨て、校舎内に駆け込んだ。
「どこへ行く!逃げる所なんか無いぞ?」
長井は相当の俊足だが、どうせ行き着く先は部室に決まっているので、足に自身の無い勝浦が、わざわざ追い駆ける必要は無かった。
「あれ、あれあれぇ?」
しかし予測が大幅にハズレとなり、校内の階段を一気に駆け上がって行った先は、屋上になるので何か嫌な予感がして来たが、そこへ何故か部員達が総出で現れた。
「先生、さっきから何やってんのよ!悪いドラマの見過ぎなのよ!」
真っ先に藍子が言ったが、長井が自転車を乗り捨てた辺りから、到着していたので以降の展開は全員、把握していた。それにしても先生に任せておく様にと、あれだけ念を押したにも関わらず、どうして勝手に追い駆けて来たのか、練習はどうしたんだと問い掛けた。
練習場では、事情を知らなかった部員達が、大会時に見えない所で起きていた出来事を、初めて聞かされていた。やがてはキャプテンを呼び戻そうと意見が合致し、普通に練習などしている場合ではないという、考えに至ったのは必然的な流れだった。
手段を尽くしてくれた勝浦には、悪かったと言うよりは案の定の展開になっていたので、こうして戻って来て良かった。どうしてキャプテンは、そう迄して追い込まれなければならなかったのか、気付いてやれなかった、自分達にこそ責任があると思った。おおよその検討を付けた事で、のん気に残っている訳には行かなくなり、そのまま練習場を後にした。
「そうなのよ!これ以上、追い詰めてどうするの?説得しに来たんでしょう!?」
佳織が言った様に、下手に面白半分で刺激すれば、ますます事態は悪化するだけだった。結局は混乱を避ける為、勝浦一人で屋上へと向かって行き、階段を上り終えると長井は、隅で風にさらされながら体育座りをしていた。
「体を冷やしたら駄目じゃないか?みんな心配しているし、キャプテンが戻って来るのを待っているんだ。」
「もうキャプテンなんかじゃないし、これ以上は何もできないんだ。」
背中を向けたままでいたが、ようやく語り出した悲願する姿勢と態度は、中心人物としての欠片さえ失っていた。ただ急速に自転車を走らせたり、勢い良く階段を駆け上がった事から、もう状態は完治していると言って間違いなかった。
「もうすぐ新人戦が始まる。みんなは出たいって言っているから、キャプテンを欠いてしまうと出場する意味が無いだろう?」
仮に出場した所で、いい結果にはならない事を自分が嫌という程、理解していた。そう言う説得に今更、耳を傾けるつもりは無かったし、部員達の考えている事は、言われなくても大体は分かっていた。優勝を狙うだとかいう証しを、残そうと思って出場しようとしている訳でもなく、この間の予選大会にしても一回戦すら突破できるか、始まってみなけれぱ誰も分らなかった。
『出場する事に意義がある』とは以前だから通用した話しで、自分がキャプテンだと自覚できなくなった今、負けると分かっている試合に、わざわざクビを突っ込む気は無かった。そのぐらい、自分達には自信が無かった。
そんな姿勢に勝浦は疑問を感じていて、こうして色々と自身の心境や、部の現状を語ってはいても本心は、違うのではないかという気がしてならなかった。心底からキャプテンとしての自覚を失ったり、率先して退部を願っている筈ではないと思った。
疲れが限界に来ているのかも知れないし、よくよく考えれば、まだ二年生だというのに頼りになる先輩がいなかった。去年は全くと言っていい程、友達もいないまま殆どを過ごした上、たった一人で理不尽な先輩達からの『試練』とは名ばかりの、単なる罰ゲームを耐え忍んだ。同い年の仲間といえば中学時代を共にする、千秋らが挙げられるが、あくまで女友達であり頼れる範囲には限度があった。
出会った頃から仲がいい訳ではなかった事と、当時の先輩との上下関係は相当に厳しく、救いの手を差し伸べるなど皆無に等しかった。そこで二年生になると、自分を慕って入学して来た後輩達を、友達として迎え入れる様になった。先輩意識を持たなかった事で、同じ目線の仲間が増えた様に思えたものの、その数の分だけ今度は負担が掛かる様になった。
結局は、いつも頼られる存在になってしまい、その『友達』達は自分を同じ目線では見てくれなかった。一人で部を引っ張っている、面倒見の良い先輩でしかなく、ここでも、また友達を作る事はできなかった。勝浦が知る、長井や部の存在とは、それ以降だった。これらの話しは、周囲から何気に聞かされていただけなので、具体的に何があったのかは、この目で見ていた訳ではないので分からない。
それだけ慕っていたのだから尚更、発端になった試合での有り得ない失態は、後輩達を相当に落胆させた。誰も事情を知らなかったのは悲劇だが、キャプテンとして本来、やってはいけない事を起こした為、かなり動揺も走ったに違いない。『所でさっきの話しの続きを』と勝浦は、強引に話題を引き戻した。
現状が悲しい過去を引きずった、結果との答えは導き出せたが、これとは全くの別問題としか捉えていなかった。目的を果たそうとする余り、正常な判断ができずに血走っているとしか、思えなくもないが…。
「どうしても辞めたいって言うのなら無理には止めないから、それでも構わない。ただ本当に辞めてしまうなら最後に、みんなが一緒に大会に出たいって言っている。その願いを、せめて叶えてやってほしい…。」
馬鹿みたいに正義感が強い性格に付け込み、何も無理に出させる必要性は全く無いので、こういう迫り方は本心ではなかった。このまま、そっとしておいた方がいいとさえ思ったが、それでもキャプテンの手を借りなければならないのは、残された部員達の為だった。
「無理なんだ、本当に…。」
悲観したり無気力さからではなく、そう言い捨てたのは、それなりの根拠があったからだった。自分は指摘される通り殆ど完治はしているが、問題は他の部員達で、平気な表情を装って痛みを堪えて無理矢理、練習を再開させた経緯には目を覆いたくなった。
スプレーや、患部をテーピングでグルグル巻きにすれば、本番では幾等かは和らぐかも知れない。ただ、それは強豪が勝ち進んで行く過程で見られる光景であり、初っ端から最悪の状態で出場するチームなど例が無い。
実戦になれば前回と同じ繰り返しになり、途中で棄権なんかしたら、失笑さえ買ってしまうのが目に見えていた。ノーサイドの笛が鳴る迄、勝ち負けにこだわらずに『完走』を目指そうとか言う考えを、始めから持ち合わせているのなら、尚更お断りだった。
決して良好とは言えない体調で、勝てない勝負に飛び込む気は無かったし過去、何度と自らが掲げて来たのは単なる綺麗事でしかなく、もう沢山だった。『出場する事に意義は無い』ので、せめてもの願いは長井の耳には届かなかった。
『次の大会だけなら出ると言ってほしい、辞めるか続けるかは後で考えればいい…。』
勝浦は心の中で呟くしかなく、いい加減な考えで出たくない思いは、確かに否定はしないが、残された一年生が不憫でならなかった。
「自分なんかで良かったら、みんなの力になりたいとは思う。でも…。」
「でも?」
僅かな望みが叶いかけたが、ある事を条件にした決意で自分にできるのは、それ迄で考えは決まっていた。辞めるかどうかは、その後に考えればいいと聞かれれば、期待に応える返答はできなかった。この思いは絶対に変わらないので、それで良ければ協力の手を差し伸べると言うと、勝浦は黙ってうなずいた。
「とにかく部室に行こう。そこで先生が上手く話しておくから。」
会話が一段落したのを見計らってか、この一部始終を陰から見守っていた部員達がやって来ると、みんなの所へ駆け寄って行き部室に向かわせて、更に話し始めた。
「長井が、明日から練習に戻って来る事になった。肩の具合が、だいぶ落ち着いて来たみたいだから新人戦に向けた練習を、また十五人で始めたいと思う。」
大きな目標を持つなら、部は以前の様な練習体制に戻さなければならないので、それには条件を守る必要があった。まだ全員、負傷箇所が癒えていないので、大会には支障が出ないとは言い切れない。そこで無理を押さないと出場できない状況になったら、その時点で即、棄権させるというものだった。
つまりは万が一、何かの奇跡が起きて一回戦を突破できたとしても、体調が万全でなければ、二回戦は辞退しなければならない。
「って言うか今、勝手に作ったんだろう?」
こんな条件を付けられては目先を恐れて、満足な練習ができなくなるのではないかと、村田が不満を漏らすと、みんな同調し始めて騒ぎ出した。また前と同じ結果にならない為の、防止策のつもりだったが、長井だけは加わらなかった。これは学校からの指示であり、出場する為の条件なので、文句がある奴は出るなと言いたかった。
「ウルセー!本当なら出る事さえ無理だっていうのに誰のおかげで、こういう設定を組めたと思っているんだ!」
実は勝浦は、これから出場について学校と交渉しに行く所だった…。決定的ではない時点での爆弾発言だが、話術でも何でも使って、承諾を得る自信は相当なものだった。普段の大人しい性格からは到底、予測できない暴挙的な行動が顧問を務める内に、余計な知識や自意識過剰さと共に、身に付いた様だった。
出るからには多少どころでは済まない、負傷を承知の上で激痛や脅威さえ覚悟しなければ、思い切った試合には踏み込めない。現実は『以前の練習体制を取り戻す』ぐらいでは足りず、相当の試練が必要だった。
自分達の体力の低下は相当なものであり、この短期間での回復以上のものを望むのは、難しい気がしてならなかった。部員達は反対こそしないものの、素直に『ハイ』とも言えないまま、その方針に従わざるを得なかった。
弱小チームが出場権という高待遇を得る為には、理不尽な要求にさえ納得するしかなかった。一つの問題が解決した所で勝浦は、肝心な話しをしなければならなくなり、それは、新人戦が終わった時点での長井の退部だった。
「もうすぐ三年生で就職活動とかで忙しくなるから、誰かに次のキャプテンになって貰いたいそうだ。」
『三年生にもなっていない内から就職活動?ちょっと早いんじゃないか!?』
第一、就職どころか留年が予想されていた為、如何にもという理屈付けにより、そんな疑問を抱かずにはいられなかった。大体の経緯は直前に箕田が暴露していたので、何を言われるかは、それなりの覚悟があった。途端に部室内は静まり返り、その宣告を本当に受けると、さすがに言葉が出なくなった。
まだ早い『就職活動』といった理由をこじ付けて迄、退部で責任を取ろうとする姿勢に、ある程度の理解はあった。そこ迄、キャプテンを追い詰めた原因は、部員全員にあったに違いない。そんな簡単な答えに辿り着けなかった責任は、あまりにも大き過ぎた故、今回の様な事態を招いてしまった。
頼るべき存在が去ろうとしている今、自分達だけで部を続けて行こうとは思わなかった。もしかしたら来年は自分達と、もう一年間、二年生をやる事になるかも知れない…。辞める時は、みんな一緒だと思った考えが通じたのか、やっと長井は口を開いた。
「勝ち進んで行けたなら、どこ迄でも付き合ってやるよ…。」
勝浦が出した提示は『この大会が終わったら』であり、確かに敗れた時点で全ては終わってしまうが、もし勝ち続ける事ができたなら負けない限りは、キャプテンでいる時間が長引く事になる。いっその事、かなり良い成績を残して『まだ引き際と感じるには早い』とでも言わせたいので尚更、勝つ為の練習をしなければならない。
無理が祟って学校から棄権を勧告されたとしても、知った事ではないし気にしていたら、初戦で負けてしまうかも知れない。そうはなりたくないので、警告や勧告などクソくらえだと思ったが、キャプテンとしての役目は、それで終わりを迎える事になる。
『いつ迄も、良き仲間であってほしい…。』
みんなのせめてもの願いなのだが、キャプテンの寿命を縮めるかどうかは、後輩達に掛かっている様なもので、全ては『勝てさえすれば』の話しである。『何かとんでもない考えを起こしているのでは?』と勝浦は、不安を感じずにはいられなくなった。
ひょっとして決勝迄行って、キャプテンを少しでも長く居させようとかいう、野望を抱いているのではないだろうかと思った。部員達が今後、学校からの指導方法を無視した練習を続けたとしても、部の解散程度で済む話しかも知れない。そうなれば十分過ぎる程に大問題ではあるが、キャプテンの退任が、廃部を意味する事と同等と捉えていた。
部の存続よりも失いたくないものがある以上、怖いものは何も無かったので、目的を果たす為なら、どんな警告をも踏み倒す覚悟があった。間違いなく、その責任を問われる立場の勝浦は、学校には居られなくなる可能性が極めて高くなる。今の部員達はキャプテンを救済しようと、闘志を燃え立たせているあまり、正常な判断ができなくなっていた。
「いつ迄も、キャプテンに頼ってばかりはいられないんだ。これからは一人一人が、キャプテンになればいいんだよ!」
そう仲里が決起するも、顧問の立場の重要性迄は、気が回っていない様だった。まとめ役ながら普段から、あまり活躍が目立たないのは、周囲が気が付かない内に、サポートに回っていたからだった。以前の長井の様に率先してボールを手にし、大声を張り上げて先陣を切れば、誰もがキャプテンとして疑わない立場が維持できた。
いつも陰から仲間を支える立ち位置を、進んでこなして誰かが試合中、グランドで窮地に追いやられた時、必ず近くには彼がいた。いつも付いていてくれる事が茶飯事と化して、それに対しては、誰もが当たり前と感じる様になって行った。その行動は目立たなくなり、やがては必然と感謝されない、陰の存在になってしまった。
辞めると決めた自分が、キャプテンとして振る舞う事はできないので、最後になる新人戦は、彼にチームの柱になって貰うしかなかった。それ程の期間も無く、即興でキャプテンは務まらないが、どうせ最後なのだから何かに賭けてみたいと思った。
これから始まる大会が、決して勝ち進んで行く事が目的ではなく、次回の糧となって終われば、それでいい筈だった。たった一試合で終わってしまうのかどうかは実際、始まってみないと分からない。
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