第32話 学園に潜む悪魔

後は会場を去るのみとなり、みんなバスへと乗り込み始めたが、長井だけは、帰る方向へと足を向けられなかった。

「一人で病院に寄ってから帰るから、みんなは先に帰っててほしい…。」

それは、遂に自身が重度のケガ人だと自覚しての、観念さらしきものを臭わせる発言だった。そうは捉えられなかった勝浦には、むしろ、これから何か無茶をヤラかしやしないかと、異常な迄の心配に至ってしまった。

『とてもではないが、彼を一人にはできない。誰か監視役が必要だ…。』

今迄の身勝手な行動で、周囲を振り回して来た経緯から言えば、そう察しられても当然かも知れないが、どんな理由を付けてでも今は一人になりたかった。理由は幾つか有り、すぐに済ませなければならない事だった。

「その体で自力で病院に行くのは大変だろう。バスに乗って行けばいい事じゃないか?」

できれば一緒について行ってやりたいし、具体的な肩のケガの状態も知りたかったので、何かの裏を感じた勝浦は促した。ただでさえ六人もの戦線離脱者が出たので、いっその事、ここに残った部員達も全員まとめて精密検査でもしに、病院に連れて行こうとも思った。

公認を受けている時間が決まっている為、念入りな行動を取っている余裕は無く、試合終了後は早目に学校へ戻らなければならないという、事前の取り決めがあった。本来なら、病院送りとなったままでいる部員達の様子を、すぐにでも確認したい所だった。

まずは部員達をバスに乗せて、これから学校へ向けて運転しなければならないし、長井一人の診療に付き合っただけで、帰りが遅くなってしまう。つまりは辛うじて自力で歩ける、河野以外の負傷退場した部員達は一旦、置き去りにして行かなければならなかった。

全ては何の実績も無き部であるが故、勝浦以外に引率を認められて来た教員が、今日は他にいない事情からだった。この場に居ない仲間への気遣いは、まずは帰ってからにしろ、との忠告なのかも知れない。

「それじゃあ、せめて病院の前迄、一緒に乗って行けばいいじゃない?そうしたら後は、私が診察に付き合ってあげるから。」

「俺は一人で行きたいんだ!」

せっかく千秋が自ら監視役を買って出たが、真っ向から断ったので、ある事を勝浦は言い残すと、本当に長井を置いてバスを走らせた。

「ここからすぐ近くの病院に前田達が、搬送されているから良かったら、先生達の代わりに顔を出してやってくれないか?自分の治療のついでで構わないから。」

きっと色々と考えたい事があるに違いないので、後は、このまま本人の意思に任せた方が、返って無難な手段だと思った。現実を言えば、顧問が重症を負った部員達を見舞わず、さっさと現場から引き揚げるのは、何とも薄情な話しではあった。やむを得ない事情から、そっとしておいてやろうと察したのはいいが、所詮は見舞いを代行させる事になるのだった。

「ねぇ、一人にして大丈夫なの?」

バスに揺られる中、そっと藍子が尋ねたが、見舞いに立ち寄るのがキャプテンであれば、説得力が十分ある。この後に及んで、もう無茶な行動は起こさないだろうとの確信があり、実に都合のいい様にしか捉えない、自分勝手な顧問の解釈だと受け取れなくもなかった。

長井が、まず最初に向かった先は、試合前に大原と会った場所だった。この件を済ませてからでなければ、搬送された後輩達に会わせる顔は無いし、ましてや自分の肩の治療など、二の次でしかなかった。通路を進むと待ち構えていたかの様に、彼女は立ち尽くしていたので、お世辞で言っても『待っていてくれて有難う』とは、なれない雰囲気だった。

「負けちゃった…。ワントライを取るどころじゃなかったから、約束通り今日限りでキッパリ辞める。それでいいんだろう?」

おどけた口調で話し始めたものの、彼女は一切、表情を変える事がなかった。しきりに紛らわす様に言葉をまくし立てたが、すぐに尽きてしまい、不穏な空気が流れるばかりで互いに無言のまま、しばらく間が空いた。

憎むべき相手が敗れた上に負傷も抱えた為、彼女の気も晴れたに違いないし、自分が部から撤退する意向を伝えさえすれば、目的は果たせた筈なので立ち去ろうと思った。さっきから何も言って来ない所を見ると、本当に異論反論するつもりも無いと察しられ、全ては終わったと背を向けて歩き出そうとした。

「待って!」

やっぱり何か、まだ言い足りないのだろうかと言う以前に、こんな気まずい空気の中に、いつ迄も立たされるのはまっぴらだった。何故、呼び止められるのか理由は分からないが、思わず振り返った。

「結構、頼りにされているのね。試合に遅れた事で最初は非難されていても、いつの間にか、みんなを引っ張る立場に戻っていたじゃない。さすがキャプテンね?」

『誰のせいで遅れたと思っている…。』

そう言い返してやりたかったが、もはや気力すら残ってはいなかったものの、部員達の中で一番、自分が実力が上だとか思った事は一度も無かった。『キャプテン』だと普段から慕われて来たから、みんなより学年が一つ上だというだけの話しで、そうなっただけだとの認識でしかなかった。

「その後輩達には、これからもあなたの存在が必要だって、よく今日の試合を観ていて分かったのよ。」

彼女らしくない素直な言葉に、嘘で言っている様ではないと思ったが、だからと言って別に聞き入れたくはなかった。『それはどうも…。』とでも言って、再び彼女に背を向けて歩き出すしかなかった。

「どこに行くの?勝手に素通りしないで!」

「病院だよ病院!観ていたって言うなら分かると思うけれど今日、ずっと骨折したままで試合をしていたんだ。それに後輩達の、見舞いにも行かないといけない。」

試合内容に心打たれて大方、気持ちを入れ替えたのかも知れないが自分は、その最中に決意していた事があった。キャプテンとして、何かが足りない事に気が付いたものの、既に遅く修復は不可能になっていた。結果的に、何人かの仲間を負傷退場させる事態に繋がってしまい、チームをまとめる立場にあったにしては、責任感が大きく欠けていた。

「責任なら十分、果たしたと思うわ。試合中は最後迄、仲間に掛かる負担を一人で被っていたじゃない?キャプテンとしての自覚がなかったら、絶対にできない筈よ。」

散々、敵対心をむき出しにして来たにも関わらず、打って変わったかの様な低姿勢に、どこ迄が本心なのだろうかと大きな疑問を感じた。今の彼女に長井を擁護するメリットなど、ある訳がないので今頃、同情の気持ちなど要らなかった。ただ無視する様に去って行こうとはしても、優しい言葉を投げ掛けられると、再び振り返らずにはいられなくなった。

「何だって今更、そんな話しをするんだ?最初から望み通りの結果になったんだから、つまらない同情は辞めてほしい…。」

自分の失態で、築き上げたものが崩れて行くのを眺めながら、笑い話にできるのなら、それで満足の筈だった。心配している故の同情か?個人的な同情を抜きにした心配か?

「同情じゃないのよ!今、キャプテンが急に居なくなったら、困るのは後輩達だって言っているのよ。別に、アンタの心配なんかしてないわ。」

どちらかは判別し難い発言だが、いずれにしても『余計なお世話』だというのが結論で、彼女の助言や促しは、もはや受け入れられなくなっていた。とにかく約束は守るので『安心』してほしいし、それなりに時間も掛かる。

「一度、決めた事を曲げるつもりはないから。でも色々と片付けないといけない事だってあるし、どうせ直ぐには辞められないから、今日明日とかっていう話しじゃない。」

次期キャプテンとなる後輩への引き継ぎや、部室に置いてある荷物の整理など多々あり、かつては同じく部長を務めた経緯のある大原自身も、よく把握している筈の事だった。

「アンタって相当に頑固なのね…。とにかく、これからもずっと、みんなのそばにいてあげて。またどこかで会いに来るからね。」

一方的に発した途端に足早に去って行ったが、頑固も何も精神的に追い詰めたのは、紛れもなく彼女自身だった。更に『また会いに来る』など、こっちの方からお断りだが走り去る後姿に、掛ける言葉は見つからなかった。

やっと病院で治療を受けた後、搬送されている病室を訪ね様と思い、少しだけ空いていたドアの隙間からは一室で、固まる様にベットで横たわっている彼等の姿があった。ようやく探し当てて立ち寄ったというのに、それ以上、踏み込む事に躊躇してしまった。

勝浦に告げられていた事もあったが、彼等の様子を伺いに来るのが、ここへの本当の目的だった。実際は何気に辿り着いただけという感じで、見舞いに行く気持ちの整理など、付いている訳ではなかった。身代わり同然で試合続行が不可能となった、この退場者達に、どんな言葉が掛けられるだろうかとなる。

『お疲れ様、今日は大変な一日だった…。』

そうとでも言うのだろうかとなり、本来なら仲間の先頭を走る盾となり、フォローすべきなのがキャプテンとしての立場だった。それが自分の負傷箇所をこらえて終始、走り回るだけで仲間をかえりみる事が、殆どできずに終わってしまった。

『キャプテンが何をしてくれたって?!』

自分の心配しかできなかった上で、何か労いの言葉でも発し様ものなら、そう言い返されるのが予測できていたので、とてもではないが合わせる顔が無かった。結局は病室の前迄に来ながら、そのまま背を向けて帰る事にした為『空ける事が無かったドア越しの向こうで彼等が抱く思いは果たして何か?』を察する事はできなくなった。

次の日の放課後、まだ部活動の時間にならない内から、長井は一人で部室へ入った。あれだけの事態を招いたのだから、普通の時間になってから行動を取るなどといった、余裕は自分には無いと自覚しての事だった。運動などできる状態ではないが、それが練習に顔を出さない理由にはならないので、来ないのであれば単なるサボリ、若しくは怠慢になる。

『当たり前の時間よりも早く出るのが当たり前』が今日からの概念とは言うものの、とっくに練習が、いつもなら始まっている時間だというのに誰も来ていない。大会の敗戦明けとはいっても、それがショックで全員、怖じ気付いたというのなら、ただの引きこもりで終わってしまうのだった。

思い当たるのは今日、登校して来た部員達の姿は、とても痛々しかった事だった。退場組の様に入院と迄は行かなくても、みんな何かしらの後遺症を抱えていて、全員が体の何処かに湿布や包帯を巻いており、そういう自分も右肩脱臼と診断されていた。

しかも長期に渡り放置していた為、治療は念入りとなり自由が利かなくなるぐらい、右手は包帯で固定されてしまっていた。幾等、希に見る大敗であったとはいえ、ここ迄の重傷は高校ラグビーでは負わないが、こうして有り得ない事態を見事に生み出してしまった。

『試合後の移動中、乗っていたバスが事故に遭い、みんな巻き込まれたのでは?』

そう校内で誤解される程で、つまりは『思い当たるのは…。』どころではなく元々、今日はコンディションなど整う状況ではなかった。誰かが中止を決定する迄も無い事に、気が付く筈もない長井は、誰も来ない部室で溜息を吐いて座り込んでいた。

側にあったボールを手にすると、ふと思い浮かぶのは昨日の試合の事ばかりで、歯止めを掛けるラインが見つからないまま、自分は暴走していたに違いない。あんなに無理を圧しながらも、続ける必要性がなかったのは言う迄もないが、問題は至った経緯だった。もっと早く答えを導き出していれば確実に、負傷退場となった仲間の数を減らす事はできた。

それは冷静沈着になった今だからこその、後悔に過ぎないので『何としてでも続けなければ』と無我夢中でグランドに立っていた時には、既に『考える試合』が維持できなくなっていた。そこには、どこかで終わらせる事が、どうしてもできない自分がいた。

出ない力は発揮するに至らず、やがては仲間を傷つけるという、当然の結果に繋がった。どうすれば良かったのかが判別できない、無責任さには何の言い訳のしようもなく、全ては自分が、頼りなかったからだと思った。

その頃、白装束を身にまとうがの如く、ベタベタと湿布や包帯を巻いた集団が、ゾロゾロと校舎の中を徘徊していた。これは仲里を先頭に部員達が集結して、長井を探していただけの事で、彼等の目の前に佳織が立ちはだかる様に現れ、こう助言するのだった。

「ひょっとして、長井を探している?さっき、フラーッと部室へ入って行くのを見たわよ。良かったら一緒に行かない?」

あれだけの試合の直後でもあり、まさか今日、そこには居ないだろうと、誰もが信じて疑わなかった。学年が違うと階も異なる為、何百人といる校内から一人を探し当てるのは、実は大変な作業なのである。怖じ気付いた訳ではないが当然ながら、練習は無いものと思っていたので長井が幾等、待ち続けていても一向に誰も姿を現さないのは、この為だった。

ようやく佳織達が部室に足を踏み入れると、外見から明らかに分かる後輩達の、負傷の度合いが予想以上で、顔を合わせた長井は愕然となった。しばらくは強制的に休部にしなければならないと即、判断できるに値したが、何もしない訳には行かないという思いから、ここに必然的に集ったのは確かだった。

「随分、早く来ていたみたいね。まさかとは思うけれど、今から練習でもしようって言うんじゃ…。」

佳織が何気に語り掛け、いつも通りの練習ができるなどと言おうものなら、とてもではないが悪い冗談でしかなかった。何を言ったらいいか分からず、むしろ何かを言える立場でもないと、薄々ながら感じてはいた。

「まぁいいわ。昨日、あれだけの事があったんだから、何も言い出せなくて当然かもね。ちょっと実は気になる事が起きたのよ。」

場を仕切ったかの様に彼女は喋り続けたが、そこへ藍子と千秋が血相を変えて入って来た。

「大変なのよ!さっき臨時の職員会議をやっていたみたいで、先生が…、先生が!」

そう藍子は必死に叫んだが、その現場を二人は立ち聞きしていたらしい。

「いや、アンタ達が今から言おうとしている事って多分、これから私が話そうとしている事だと思うのよね…。」

そう投げ掛けたものの誰も、耳を傾けなくなっていて普段、部員達が得られる彼女からの信頼感とは、余り大きいものではなかった。

『ここに誰のお陰で集結できたと思っているの!居場所を教えたのは私なのよ!』

「私達、聞いちゃったのよ。勝浦先生が他の先生達から、一斉に責め立てられていたみたいだった…。」

彼女の呟きはかき消され、千秋が話しの続きを切り出すと、臨時の会議とやらで取り上げられていたのは、言う迄もなく昨日の試合の件だった。やはり四人もの入院に至る、退場者が続出する試合は尋常ではなく、ただ事では済まされない事態になっていた。

特に問題視されていたのは、試合をする以前から負傷を抱えていた長井の事だが『出れる状態ではなかった』かどうかは、開始前の時点では未知の話しである。試合が進むにつれ負傷箇所の悪化が、棄権するキッカケになっただけであり、結果迄は予測できなかったので『顧問が何等かの事前策を怠った』と安易に解釈されるのは、筋違いにも程があった。

『ケガを押して試合に出るなど別に無謀でも何でもない、どこの部でもやっている。』

他の運動部の顧問を務める何人かの教員が、同じ経験を持ち合わせている故、賛同する意見を出し始めた。根本が込み上げる感情を抑え切れず、そう言ってくれたらしいが、事の重大さから、もはや綺麗事は通らなくなっていた。勝浦が、キャプテン抜きでは試合が成り立たないと考え、無理に負傷者の出場を強行させたのは明らか、と判断されてしまった。

いつの間にか『仕方なかった』『予測できない不可抗力』では、済まされない事態に発展していた。顧問が事前に気が付いていない筈はないので、病院にも行かせずに何故、無理に大会に出場させたのかと、最終的に責任を問われてしまった。

『先生は今、どうしているんだろう…。』

思った長井は、その場から急に飛び出して行こうとしたが即、部員達に総出で阻まれた。

「大体、何を考えているのかは分かっている。でも少し、落ち着いて考えて欲しい…。」

木下が、後ろを掴みながら諭す様に言った。

「離せ、離せバカヤロー!」

病院に行けとは散々言われたし、試合には出ない方がいいとさえ、助言を受けていたにも関わらず、あの時は全く聞き入れなかった。本当に受け入れていたなら、絶対に出場はできない、診断が下されるのが目に見えていた。

致命的な負傷を抱えて試合に挑む事など、何も怖くはなかったので、やるべき事が行なえない方が致命的であり、そっちの宣告が怖かった。全ては結局、忠告を無視し続けた自分に責任が有り、それで顧問が責められる理由など、全くもって無かった。

「もう離して上げたら?」

まだ必死で走って行こうとする姿勢に、見かねた佳織が部員達に語り掛けたので、仕方なくパッと手を離してやった。かなりの勢いが付いていたせいか、そのまま右肩からドアの角に激突してしまって、あまりの衝撃は重傷の箇所に痙攣が走る程だった為、結果的に嫌でも大人しくならざるを得なかった。

「どうせ今から職員室に行って、先生達に理解を求め様とか考えているんでしょう?」

佳織が、図星とも言える事を突いて来ると、痛みをこらえながら立ち上がって言い返した。

「その通りだ!校長にでも掛け合って、先生の誤解を解いてやるんだ!」

臨時の職員会議とやらは終了しているだろうし、勝浦も既に帰宅したに違いないので今、安易な行動を起こしても返って事態を、混乱させるだけになってしまうのは明らかだった。

本当に勝浦を思う気持ちがあるのなら、しばらくは自分達が、身を潜める程度に行動を抑えた方がいい。とにかく事を荒立てない手段を選ぶしかないと、まとまり掛けた矢先、長井は突然に自分のバックを手に取った。

「どこに行くんだ!?」

橘が言ったが、もう職員室に直談判などに行っても、何の解決には至らない事は、ここにいる全員が理解した筈だった。

「用が無いから帰るんだよ!それに何だ、さっきからみんなで悲しい目で見やがって!どうせ俺はキャプテン失格なんだ!」

未だ、良からぬ考えを起こしている様に思えてならなかった。何かをヤラかしかねないので、まだまだ目が離せない状態にあると察した部員達は、追い駆けて引き止め様とした。

「大丈夫よ。この部を一番、大切に思っているキャプテンが、おかしな真似をする訳ないじゃない?」

藍子が説得すると、血走るあまり冷静さをよく失う長井と違って、彼女や千秋の瞬時の指示や意見は、まさに鶴の一声だった。そう後輩達が即、同感を示したが、同じマネージャーでも佳織だけは除外される…。

『さぁて、これで一安心!』と言う余裕はある訳も無く、これからどうするべきかを、みんなで考えなくてはならなかった。ここには居ない、負傷した仲間の復帰は未定であり、勝浦には何等かの処分が下されるかも知れない。何よりは、キャプテンが自暴自棄に走り、まとめ役のリーダーが不在となってしまった。

誰かが言い出した訳ではないが、部としての活動は当面は無理だろうとの、必然的な流れを残された全員が察した。試合の翌日にして早くも練習の再開の見通しが、立たなくなった事を意味するものでもあったが、所で気になるのは、今回の要因になった昨日の結果の詳細だった。凄惨に進んで行った展開のあまり、最終的に何点入れられていたのかを、未だに知らなかった。

「途中迄は得点版を見ていたんだけれど、そんな暇も終盤は無くなってしまって…。」

「途中で棄権したアンタ達に『終盤』なんて言葉自体、存在しないのよ!」

林が何かを気取った様に語り出すと、佳織が直後に言い返したが、観戦時に冷静に終始、対戦記録を執り続けていた藍子によって反論はかき消された。

「えーとね、スコアは…。八十四対ゼロー!しかも聖ドレミ学園の棄権により、試合放棄負けー!イェーイ!」

すると続けとばかりに全員『イェーイ!』と大きく歓喜の声を上げ始め『白々しい発言にも程がある!』とは、この事だった。

『開き直ってんじゃないわよ!』

佳織が呟きながらも記録帳を覗き込むと…。

「あらーっ?みんな、よく見てぇ。八十四って、七で割り切れる数字じゃない?」

「わぁー、本当だぁー。」

すっかり乗せられた林が賛同して、結局は自ら開き直りに加担し、おちゃらけ出した。そればかりか更に悪ふざけに磨きを掛け始め、記録帳をラウンドガールばりに高々と掲げ、見せびらかしながら広げ出すと、八の字を描く様に部室内を歩き出した。

『ヒューヒュー!』

何人かの部員達が拍手や奇声を上げ、更に佳織を盛り立てた。相手チームはトライの五点と、その後のコンバージョンキックの二点を合わせた、計七点を綺麗に十二回も繰り返した事になる。トライの地点が端になる程、与えられるゴールキックの位置は厳しくなるが、一度も外される事は無かった。

それだけ自分達はゴール中央に集中して、得点を入れられてしまう要素を持つ、弱いチームであったという事になるが、ちなみにペナルティキックは一切入っていなかった。

もし棄権しないで終了時間迄、まともに続けていたなら計算上は、間違いなく百点代に突入していた。後半戦の途中で試合を降りてしまった為、少なくとも泣きっ面に蜂を、辛うじて免れられたというのが現実だった。

「ふざけ過ぎるのも、いい加減にしろ!幾等、開き直るにしても限度がある!」

木下が、たまらず叫んだ。完治できずに今日、学校に来れないでいる仲間が、ないがしろにされている様に思えてならなかった。とにかく後は彼等が戻って来るのを待つしかなく、近い内に勝浦からは何等かの指示は来るだろうが、それ迄は何もできない状態だった。

大々的な練習はできなくても、こうして部室に集ったり、各自がジョギング程度の範囲で行なう、最低限の活動には問題は無いと考えた。明日からは自主的に活動して行こうという、決意を元に今日は解散になったが、誰もいなくなった頃を見計らったかの様に、こっそりと長井は部室に舞い戻って来た。

本当なら自らの部の撤退の意思を、みんなに伝えなければいけなかったが、意味深な発言を繰り返した挙句、ごまかして帰って行ったフリをしてしまった。これだけは言える事があり、仮にも自分達は学校の地位や名声の元に、体を張って戦っていた筈だった。

私利私欲や願望の為に、勝てない対戦を強行したと言われれば、確かに事実ではあり否定もしない。その事で自分一人が、制圧されるのも何の異議を唱えるつもりはないが、まるで不詳事でも起こしたかの様に部の活動自体、停止も同然に陥らされてしまうに至った。

腑に落ちないのは、一向に学校側からは得られない理解の無さの上、臨時の職員会議とやらに迄かけられて『人の努力を馬鹿にし過ぎるのも大概にしろ』とさえ思った。

だからこそ、身を潜めなければならない理由も全くもって無いのだが、よくない結果や不安を招いた非が自分にあると指摘されれば、何も言い訳をするつもりはなかった。むしろ、自分が身を引く事で責任が果たせるのであれば、いつでも覚悟はあった。

色々と考えてはみたものの、やっぱり自分は、これ以上は頑張れないという所に迄、来ているのかも知れない。今となっては何の説得力も無い言葉になるが、キャプテンが弱気な場面を見せる訳には、どうしても行かなかった。だから今日は部員達を前にして、それを言う事はできなかった。

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