第30話 勝てない勝負

慌ててグランドに駆け込もうとしたが、試合は既に始まっていて、いい加減、時間が掛かり過ぎていた。この時点で出場選手からは外された事になり、大原との約束は、実行しようとする以前に果たせなくなってしまった。

もしかしたら彼女は始まっていたのを、話しの途中で察していたのかも知れないし、そうでなければ、緩和させた条件を素直に呑んで来る筈がなかった。

「どこに行ってたのよ!大事な大会だっていうのに、何を考えているの?!」

佳織は、泣き出しそうな表情で責め立てたが、もはや何の言い訳のしようもなかった。

「長井は、肩をケガしているんだ。痛みがひどくて、どこかでうずくまっていたに違いない。元々、出れる状態ではなかったんだから、ちょうど良かったんだ。」

「そうだったの…?」

勝浦が間に入って、怪我の事実は擁護してくれた指摘通りだが、本当に遅れた理由は勿論、それではない。千秋が心配そうに聞いたが、それに頷く気にはなれず、そのまま座り込んでしまった。大原とのやりとりを知っているのは、当然ながら自分だけであり、むしろ漏らさず留めて置かなければならなかった。

グランドでは、高々と上がったボールをキャッチした河野が、敵陣に突っ込んでいた。まともに真正面からタックルを受けてしまい、大きく後方へ倒れ込み、後頭部を打ち付けて中々起き上がれずにいたので、レフェリーは笛を鳴らした。開始早々、中断の場面を迎え結局は、あえなく担架で運ばれ退場となった。

やはりと言うか経験の浅い彼を、出させるべきではなかったのかも知れないが、真っ先に気遣っていたのは長井だった。同様に該当するであろう箕田は、前の一回戦の試合途中で投げ掛けられた言葉を、思い出した。

『二回戦は、無理に出なくてもいい…。』

忠告は現実的なものになり次は自分が、こうなるのだろうかと、もう強がりだけでは試合はできず、少しばかりの脅威さえ感じ始めていた。だが問題は個人の心配感情どころではなく、これからをどうするかで、この先を残った十三人でやるのは明らかに厳し過ぎた。気の強い部員達の事だから、箕田以外は全員『続ける』と言うに決まっているだろうが…。

勝浦は、なるべくなら避けたかったが、もし続けるのであれば、長井を入れる以外に術は無いと考えた。無断で開始時間に遅れるという、決して許されない行為をしでかしたものの、登録選手である事に変わりはない。それに負傷者が出た時は言う迄もなく、選手の交代は認められているので一応、審判にキャプテンが遅れて来た事情を話した。

『怪我を負っていた肩の痛みが中々引かず、グランドの外で休息を取っていたが、開始迄には間に合わなかった…。』

殆どが嘘で補足された陳述ではあるが、致し方ない方法で、キャプテンを頭数に入れても十四人にしかならず、一人足りなかった。ケガ人により空いた穴を、ケガ人で埋めるという一見、無謀とも思える策ではあった。

負傷者が出場し続けるのは、トーナメントという形式上、珍しい事ではない。負ければ後が無い為、本当に立ち上がれなくなる迄、どこのチームも必死に試合に食らい付くものだった。だから負傷を抱えている事を理由に、審判から選手交代の許可が降りないという事態には、まず至らなった。

最終的に、主軸となるべき長井が『補充メンバー』という形ながらも、何とか選手としての参加を果たす事はできた。しかしながら負傷による選手入れ替えが、開始から間もなくして起こり、それだけ自分達が急速に、窮地に追い込まれて行っている証しでもあった。

これでやっと首の皮が一枚繋がったとばかりに、長井は溜息を吐いたが大半の部員達は、不信感を募らせているままなので、実際は何も解決はしていない。二度も遅れて来たキャプテンに不満はあったが、自分達だけでは試合が続行できない現実を、よく分かっていた。

だからこそ長井を支持しなくとも、渋々と承諾せざるを得なかっただけの事で、肩の負傷に関しては薄々、気付いてはいた。

『ボーッとしていたから負傷しただけで、自業自得であり自覚が足りない。』

その程度にしか受け取られていないので、理解や同情を得られている訳ではなく、本当に心配しているのは仲里達といった、極少数の部員だけだった。

「キャプテン、どこに行ってたんだ?別に、戻って来なくても良かったのに。」

守備に就くと、山元が冷たく言い放った。

「いい加減にしろよ!いつ迄そんな事を!」

そう木下が言い返した瞬間、ボールが大きく飛んで来て、長井が守備位置に入った時点で、試合は既に再開されていた。部員達の大半は、開始のホイッスルが聞こえていなかった程、集中力が欠けていた。唯一、ボールに気が付いていたのは長井で、キャッチして敵陣に独走で向って行くと全員、後に続いた。

大半の部員達からは不信感を抱かれ、キャプテンとしての確立も失いつつある状況だが、それでも自分が、チームの一員である事に変わりはなかった。グランドに私情を持ち込む事は許されないので、目の前で先陣を切って突進して行く仲間がいれば、それをフォローするのが当然の試合の流れだった。

格好良く突っ込んで行った割には、余りにもあっさりと相手に止められてしまい、真正面から見事な迄のタックルを受けた瞬間、豪快に後頭部から地面に打ち付けられた。これは直前に退場となった、河野の二の舞いを思い起こさせる展開で、思わず勝浦は目を被いたくなった。

『許してほしい、試合を続行させる為には負傷者と知ってて起用するしかなかった。』

しかし運良く元々の負傷箇所には、それ程の致命傷は無く、スクッと立ち上がる事ができた。やはりと言うか同情や心配が寄せられる事はなく、タックルで吹っ飛ばされるといった場面など茶飯事であり、よほど危険な倒れ方でもしない限りは、試合も中断はしない。

むしろ普段のキャプテンであれば、倒されるには至らなかった筈だと、かえって不信感が増大する結果となってしまった。もう長井には『ただのケガ人』『足を引っ張っているだけ』といったレッテルが、貼れ付けられているかの様だった。

やっぱり大原は単に自分を、試合に出させない様にしたかっただけに違いないと、長井は立ち上がりながら思った。負ければ部の解散だとか言っていたのも、ただ話しを長引かせる為の策略に過ぎないものの、こうして一応、何とか試合への出場は果たす事はできた。

ここで自力でトライの一つでも入れさえすれば、彼女の思惑には絶対に、はまらないと断言できる。手から離れたボールはというと、相手チームが拾い上げ、パスを繰り返して突進して来た。目まぐるしい勢いは止める事ができず、追加点を許してしまった実力の差は、あまりにも歴然としていた。

打開策が見つからないまま、以降も奪われる点だけが増えて行き、やがては『一人では一人に立ち向かえない』という悲しい現実をも思い知らされる様になった。そこで、相手がボールを持って突進して来たら、二人か三人で迎撃しようという作戦に打って出た。

戦力の違い過ぎにより、一対一では渡り合えなくなっていた為、現状を逆手に取ってみた。誰の指示でもなく、各々部員達が持ち合わせている、闘争本能の様なものだった。

複数で一斉に一人に掴み掛かるのは勿論、反則になるので、ボールを手にした相手一人に対しては、一人で応戦するのがルールだった。ここからが問題で、仮に払い除けられたとしても、すぐ近くにいる別の仲間が阻止に入れば、効率良く突進を食い止められる。

この戦法が功を制し、相手チームが追加点を入れる間隔に緩みが出て来たが、リードが広げられて行く一方の事態に変わりはなく、勝機は全くと言っていい程に見当たらないままだった。ディフェンスに人数が掛かり過ぎていた分、本来の守備が手薄になっていた所を突かれる事となり、持続はしなかった。

良かれと思った戦術は、早々に読まれてしまい、追加点を許す結果に繋がってしまった。そんな中、あるチャンスらしき機会が訪れて、相手チームがパスの途中で取り損ねるという、珍しい失敗を犯した。前方へと、こぼれたボールはコロコロと、前田の目の前に転がって来た。本来であればパスの取り損ないにより、地面に落ちた時点でノックオンという反則が科されるが、相手チームに有利性が働く際は、そのまま試合は続行される。

タイミング良く、周囲に敵の選手はいなかったが、何故か彼は躊躇してした。アドバンテージが適用され、中断の笛は鳴らずにいたので当然、拾うべきなのだが…。

『無理に拾い上げずに、このまま反則として扱って貰った方がいいのでは?』

まさか、そう考えてはいないだろうかと周囲は心配していた時、彼には天の声の様な響きが舞い降りていた。

『前田、まさにボールは、お前の目の前だ。迷わず拾うのです…。』

危ない妄想に促されるかの様に、素早く拾い上げた次の瞬間、かなり体格のある相手に、タックルで捕まってしまった。体は大きく持ち上げられ、思いっきりグランドに叩き付けられる形になり、違い過ぎた体格差による、タックルを超えたタックルだった。

「か、肩が…。」

悲痛な表情で訴えると、勝浦とマネージャー達が、慌てて場に駆け付けた。いい加減、行動に移すのが遅すぎた結果でもあったが、試合は再び中断となった。

「声が…、何かの声が響いたんだ。みんなにも聞こえただろう?」

「はいはい、分かったわ。きっと疲れていたのね…。」

前田の危ない戯言に、藍子は同情さえ示した中、佳織と千秋に両脇を支えられながら、泣く泣く退場して行った。『お告げ』とやらが舞い降りた時点で、既にタックルを受ける前から、昇天に近い状態であったに違いない。

最終的に、先程のノックオンが反則となり、長井達がボールの主導権を握る、セットスクラムからの再開となった。ようやく巡って来たチャンスが、彼の退場と引き換えであったのは、あまりにも大きな代償だった。前半は、まだ半分しか経過していない時点で、早くも二人の退場者を出す展開を迎えてしまった。

人数が少なくなった分、言う迄もなく相手の突進が、以前より増して強く感じる様になった。ただでさえ学年の差という、どうしようもない壁もあり、この試合直前迄の普段の練習量の違いが、歴然とした差を生んでいた。

長井達が幾等、中学時代からキャリアを積んでいるとはいっても、当時は何かを目指していた訳ではない。このグランドでは、そんな過去の経験は何の意味も成さなかった。

それでもチャンスは再び回って来て、スクラムから自分達側にボールをかき出す事に成功した後、パスを順当に回し始めた。この勢いのまま相手のゴールラインへ突進だと、誰もが確信したが、佐野がキャッチして独走し始めた所で、また悲劇が起こった。

背後からユニフォームを掴まれたまま、無理に振り切ろうとしたので、円を描く様に強引にブンブン振り回されてしまった。かなりの勢いが付いていたので、やがて投げ飛ばされる様に倒れ込んだ。

『大丈夫、大丈夫…。』と薄ら笑いを浮かべながら、すぐに立ち上がった直後、崩れる様に倒れ込んでしまった。またも試合は中断となり、実は足首をひねっていたので、ためらい無く勝浦は、彼を退場させる事にした。立ち上がるのがやっとの状態で本人が続ける、無理な我慢にも限界があった。

『ピンチはチャンスに切り替わる』とは、よく耳にする謳い文句だが、長井達に巡り巡って来るチャンスこそ、即ピンチに切り替わるという悪循環だった。おまけに退場者の埋め合わせをしようにも、代えの選手がおらず、後は一人一人にかかる負担が更に大きくなって行った。

極め付けが『バックス』という攻撃と走りを専門とする守備位置で、試合の基本はスクラムや、モールといった密集を作る、フォワードと呼ばれる守備が鍵を握っている。スクラムから、バックスにボールを出せたかどうかで、試合の行方は大きく変わるのだった。

ルール上では負傷退場などの理由により、選手の数が少ないチームの方に、相手は人数調整をしてスクラムを組む事になっている。河野には悪い言い方になるが、彼一人を欠いたぐらいの事が、それ程に不利になるものではなかった。但しフォワード陣に限った話しなので、バックスの人員が減ったので相手も同じ二人分、攻撃の手を休めなければならないというルールは無かった。

前田と佐野を立て続けに失った事で、その穴埋めは困難を極め、フルメンバーで突進して来る相手を、残された人数で応戦しなければならなかった。当然の様に追加点を上げられ続け、まだ前半すら終わっていない中、体力も限界に近付き始めていた。

焦りを感じた長井は、応戦する人数が足りないのであれば、自らが埋め合わせをするべきと考え、味方のバックスの列に入り込んだ。威勢を振るった割りには戦力補強というには至らず、それだけ相手が強豪だという、実力の隔たりを感じる結果となってしまった。互角に渡り合える戦力も、頭脳プレーで対抗できる程の器量も無い事は、もう明らかだった。

作戦を練れる時間も、打開策も無いと察したのか山元が突如、タックルを仕掛けた。一時的に突進が食い止められた程度で、牙城を崩すには及ばなかったのか、すぐに相手は持ち直して、追加点へと繋げられてしまった。

中々動こうとはしない彼に、長井は歩み寄ったが返事は無く、勢いで倒れ込んだ彼が、そのまま起き上がる事はなかった。次の瞬間、どこからか担架が運ばれ、脳震盪を起こしたらしいと誰もが察した。あれだけの猛突進を、一時的とはいえ食い止めたのだから、事前に、それなりの覚悟はしていたに違いなかった。

彼は決して手探りなんかで、無謀な攻撃を仕掛けた訳ではなく、弾き返されるのが分かっていても、真正面から体当たりするのがグランドのルールだった。それを守っただけであり、逃げ回っている行為こそが鉄則に反するので、自分は何をやっていたのかと思った。

本来なら自分がするべき事であり、身代わりになったも同然で、何の為に彼がいる列に加わって迄、加勢しようとしたのかを見失っていたのかも知れない。相手チームがトライ後のゴールキックを決めた所で、ようやく前半が終わり、僅かの時間ながら顧問が唯一、試合に介入できるハーフタイムへと入った。

「先生が言う事は何もない。このまま棄権した方がいいんじゃないか?」

勝浦は警告的に発すると、これ以上の勝てない勝負を、続ける訳には行かないという窮地に、確実に追い込まれていた。大原の思惑に、はまってしまうのは口惜しいが、自分がワントライを上げる所ではなくなっていた。

半分が経過したばかりの時点で既に、退場者が四人も出ている予想もしなかった展開に、みんなは動揺を隠せなかった。このまま残った部員で続けたとしたら、更に負傷者が出る事は目に見えており、後半の出場自体、絶望的となりつつあった。

まず真っ先に、河野が退場する羽目になり、自分が開始からグランドに立っていられたなら、起こり得ない場面の筈だった。自分の方こそが脳震盪でも起こして、退場していたのなら今、こうして色々悩まずに済んでいたかも知れない。キャプテンとしての立場や自信を、この時ばかりは見失いそうになっていて、良からぬ考えさえ浮かんでいた。

誰が居なかったからだとか、誰かがやっていればという討論は意味を成さないが、あの試合時間に遅れた時から、全てが狂ってしまったのかも知れない。事態が深刻過ぎる余り今更、長井一人を責められなくなっていて、全てが予測不可の出来事であり、一人の失態を追及する余裕は誰にも無かった。

ハーフタイムといったら普通、主に後半戦の組み立てを、短時間で練り上げる為に費やすものだった。必然的に前半の反省点の論議にもなるが、それを長く語り合っていては後の戦いには挑めないというのに、その答弁に部員達の殆どが偏り過ぎてしまい、決して入ってはならない域から抜け出せなくなった。

終えたばかりの前半戦は『課題』の固まりであり、反省する以前に後半戦に活かせるものは何も無く、それでも挑むのであれば自分達に、待ち受けるものは破滅のみだと確信してしまった。とてもではないが戦闘意欲を失っていたのは明らかで、これから後半戦に挑むチームには値し難いという、疑いさえ感じられる程だった。

「せっかく頑張ったのに冗談じゃない!第一、退場して行った仲間はどうするんだ?」

何人かの続行を強く求める部員は存在しており、その内の一人が箕田で、親友を早々に失ってしまったからこそ、無駄にしたくはないという頑なな思いがあった。その河野と同様に経験が浅い彼を、このまま起用する事に長井は迷いを感じていたが、言う迄もなく代えの選手など居ないどころか、メンバーは減る一方だった。次の退場者は、多分…。

「そうよ、みんな頑張ったわ。でも、ここ迄なのよ。無責任な言い方すると、これ以上、勝てない勝負をする必要はないわ。」

窮地を察したのか藍子が訴えると、千秋も賛同し始める様になり、彼の主張は最もではあるが、所詮は上辺だけの面目に過ぎなかった。果たして退場して行った仲間達が、確固たる結果が分かり切っている試合の続行を、本当に望んでいるだろうかという話しだった。

やむなくグランドを降りた仲間達の行為を、ないがしろにできないのは確かだが、その同情から来るスタイルだけでは試合に臨めない。それ程の余裕や実力は、自分達には無いというのが現状だった。

「どうするの?本当に試合を降りるの?」

佳織が、この時ばかりは真面目な形相で問い掛けたが、皆が抱く様な試合を停止させたいという強い願いは、特に持ち合わせてはいなかった。最終的な判断は、当人である部員達が決める事だと考えていたが、現実を言えば後半のボイコットというのも、一つの選択肢になりつつあった。

こういった結果を残す事で、周囲から中傷されたり、嘲笑の対象になるかも知れない。かき消すには相当の日数が掛かるだろうし、何よりは自分達で、実績を上げて行かなければならなかった。その為の大会には、これから幾等でも出場はできる為、挽回可能なチャンスは無数に転がってはいる。

『ここは、やはり…。』

思いが傾き掛けた頃、大会に出場する直前の当時の決意が、しつこく全員の脳裏を過ぎった。『勝てない』とは言っても二回戦の組み合わせを知った時点で、承知で挑むつもりでいた筈なので、実戦で散った仲間達は結果的に、あえて自ら退場という運命を選んでいたに違いなかった。

誰も『絶対勝利』という言葉を信じて戦っている訳ではないので、空気の流れに反して迄、試合放棄の手段を取る事が最善策だとは思わない。散って行った仲間達が尚更、残った自分達が試合を投げ出す事を、望んでいるとも考え辛かった。

いつの間にか『無理矢理』は『美化』に変わってしまい、監督の立場である勝浦は、部員達の姿勢を無理に抑えるつもりはなく、続けたいと言うのであれば引き止めはしない。唯一、気掛かりな点があり肩のケガを抱えていても尚、平気な顔を続けている長井だった。

河野みたいになりかねないので、足をくじいた事にして、このまま棄権してもいいと後半開始の直前、箕田に促し始めていた。そんな要らぬおせっかいを働いて、周囲から反感を買っていた姿が、痛みを堪えたカムフラージュに見えてならなかった。

河野を始めとする退場者達は、負傷というアクシデントに見舞われた訳であり、長井の場合は事情が異なる。まず試合が始まる前から既に、体に爆弾を抱えており何よりは遅刻といった、グランドのマナー違反にも程がある失態をヤラかしていた。

他人の心配をする前に、まずは自分の体と何よりは、開始になっても現れない放浪癖を何とかしてほしかった。もはや相当の曰く付きなので、思わず心の中で呟いたが、かなり前半戦で動き回っていたので、そろそろ痛みがピークに来ている筈だった。

『出るな』と言った所で絶対に聞かないに決まっていたが、仮に素直に応じてくれたとすると今度は、キャプテン抜きで試合を続けさせる羽目になる。残った一年生だけという訳にも行かず、そうなると棄権という手段が、やはり無難に思えてならなかった。そこで次に誰か退場者が出たなら、その時点で、棄権させるとの条件を部員達に出した。

『どういう事?何故?』

そう、すっ呆けられても変える気など無く、これだけの大量退場者を出した経緯が答えだった。長井は既に、負傷箇所を抱えている為、呑み込みたくない気持ちは理解できなくはなかった。次に予想される退場者は、間違いなく自分との避けられない認識から、現実逃避するかも知れない。箕田を経験が浅いとの理由だけで勝手に『次の退場者扱い』にしているのも、身勝手な予測に過ぎないものだった。

『どういう事?』も何も後半を続けるなら、約束を念頭に入れて貰わなければならないので、従わないのであれば監督の権限で全員、後半は出させないのが辿り着いた結論だった。

「俺はやる、ここで試合を降りる訳には行かないんだ…。」

どんな条件を突き付けられ様と、できる限り戦い続けなければならない気持ちに、強く駆り立てられた村田が言った。反対する部員などいる訳がなく、後半は続行で意見は収まった。ただ長井には、なるべく皆が前に出る様にするのでケガが悪化しない様に、足を引っ張らないでほしいと部員達から警告が出た。

グランドに向かう途中、言い捨てられた内容は、まるでキャプテンがいたら棄権するタイミングが早くなる、といった言い回しにも取れた。ただでさえ『後一人でも退場者が出たら』の条件下で、始めから負傷者が交じっているのは致命的なので、ケガ人である以上は否定も反論もできなかった。

決して激励や心配などの意味合いではなく、危険と隣り合わせの位置に立っている今、皮肉を込めた忠告である事を自覚しなければならなかった。もう自分がキャプテンである誇りや立場は、捨て去らなければならない所に迄、来ているのかも知れない。

『そう迄して続けたいのか?事の進み方と場合によっては独断で試合を止めさせる。』

これから始まる後半戦に挑むには、それ相当の覚悟が必要で、勝浦は自分の前からグランドへと去って行く、部員達に投げ掛けた。河野達は試合の全てを、残った仲間達に託して退場して行ったに違いないし、このメンバーが一人も欠く事無く、できればノーサイドのホイッスルを聞きたいと願っていた。

大原との約束など、どうでもよくなっていた長井は、こうしてグランドに残れた事を、単に運が良かったとは思いたくなかった。これが例え自分にとって、本当に最後の試合になろうとも、いる筈だった仲間の分も尚更、走ろうと思った。

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